第5話 狂気の英雄! お前ら麻生をなめるなよ!

「な、なんだよ……何なんだよアレはッ!?」



 簡単な任務のはずだった。少なくとも、敵基地六キロ前に行くまでは、誰もがそうだと思っていた。疑う余地などなかった。


 娯楽の少ないこの地では人殺しが楽しくて兵士をやっている者が普通に存在する。解放軍の掃討など彼らにとっては遊びも同然だった。


 高給で楽な仕事、ボタンを押すだけで勝手に戦闘が終わる。それだけヒラガマツ軍は圧倒的であり他の者が敵う部分などなかった。


 毎日人を殺している。殺したのが解放軍なら報酬がつくので誰もが解放軍狩りには積極的だ。圧倒的な火力と人数で皆殺しにする。その際の苦労を言うなら戦車内の汗臭さと蒸し暑さだけだ。これだけはどんなに戦況が有利でも変わらない。


 蹂躙するのはこの上なく楽しい。自分は選ばれた者だと実感できるし、弱者を痛ぶるのはそれだけで言い知れぬ快感を与えてくれる。



 だが。



 「ひぃぃぃぃぃッ! 誰かッ! 誰かッ!」



 彼らは知らなかった。



 自分らもまたそれと同じ弱者なのだという事に。



 「来るなッ! 来るなッ! 来るな来るな来るなッ!」



 本当にいきなりの出来事だった。操縦手の頭からいきなり“腕”が飛び出したのだ。その後ゼリーを切るように戦車内が刻まれ、それが“手刀によるもの”だと気づいたのは随分後だった。


 今なら理解できる。他の仲間達が「悪魔だ!」といって砲撃していたのは嘘ではなかったのだ。


 “砲塔が前に転がっている”のを見た時に自分の命は終わっていたのかもしれない。普通、戦車の砲塔が転がっているわけなどない。砲塔が“切断されている”と、なぜ事実として認知しなかったのだろう。


そんなはずはないと、ありえるはずがないと警戒しなかったせいで今自分は――――――――



 「た、助けて……助けて……」



 いや、たとえ警戒していたとしても防げなかったろう。


 戦車三十輌を相手にして、たった一人が勝つなどありえないのだから。



 「お助けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 ドグオオオオオオン!


 また一つ戦車が破壊された。



 「おい! どうした!? マッカード! マッカード返事をしろ! 一体そこで何があった!」



 この部隊を率いているグラッサンは焦りを隠せなかった。


 破壊された戦車は今や十輌を超えた。さっきから七・六二ミリ機関銃の音が止まずに轟いては消えていく。


 最初は砲撃音が聞こえたが、今考えるとアレは始まりのゴングだったのではないか。 


 集団でなければ何もできない不良と、ヘビー級のプロボクサーとの試合という圧倒的に差のついた戦いが。


 でなければ――――――この惨状は理解できない。



 「き、きたああッ! ヤツがああああ! あいつがくるよおおおおおおおおお!」



 「状況を報告しろッ! 何が起こっている!? 相手は一体何者だッ!?」



 「ぐ、グラッサンた、たたた隊長はななななな何いってんすかぁぁぁぁ! そんなのわかりきってることじゃねぇかよぉぉぉぉぉ! 人間ですよッ! どっかの誰かが“たった一人”で俺たちを襲ってきてるんだよぉおおおおおおおお!」



 「ひ、一人だと!? たった一人の人間がこの惨状を作り上げているのかッ!?」



 「そうだよぉッ! だって、だって間違いねぇよ……だってアイツは素手で砲塔を…………ああああああああああああああ!」



 そこで通信が途切れ、また別の戦車の爆発音が響いた。


 悲鳴を上げ死んでいるのが至る所から聞こえてくる。混乱した通信がいくつも聞こえ、その中には「撤退」だと勝手に帰り始めるものもいたが、その者達の通信はもう聞こえない。撤退に失敗したようだった。



 「何なんだ!? 一体なにが起こっている!?」



 恐怖心を押し殺してグラッサンはハッチを開け外を見た。今起こっている状況がわからないので外を見るのは危険極まりないが、このままでは何もわからず殺られてしまう可能性があった。


 見えたのは見慣れた荒野だった。多くのレジスタンス共を駆逐する時に見える風景がある――――――はずだった。



 「な……何だアレは!?」



 しかし、見えたのはとても信じられない状況だった。



 「ブ~~~シ~~~ドォォォォォォォ!」



 戦車を踏み下にし、十メートルは跳躍した日本人が奇怪な声を上げているのだ。そして、その日本人は次の獲物である十六輌目の戦車を刻みにかかった。



 「くるぅうぃぃううぃぃぅぅぃぃぃぃぃ!」



 ブンブンと大げさに腕を振るい、その直後に戦車の装甲を簡単に斬り飛ばした。腕を振るえば振るうほど手刀で戦車は刻まれ、あっという間に戦車が裸にされていく。


 無力化するという表現が場違いに見える鎮圧だった。ハッチに手を抉るように突き立て中へ進入し、しばらくすると戦車は爆発。また同じ惨劇が繰り返される。




 「グラッサン隊長……アレは……あの悪魔は何なのでありますかッ!」



 人影を見たのだろう。部下のヒロップスが震えながらグラッサンに答えを求めた。



 「お、思い出したぞ! 聞いた事がある……ヤツは日本人……そしてあの強さ……間違いない……ヤツはサムライだッ!」



 震えながらグラッサンは言った。



 「サムライ!?」



 「そうだ…………死を恐れず死を省みず……主君や“愛する者”のために剣を振るう者の名前!」



 「シャグギギギギギギギギ! シャグギギギギギギギギギ!」



 悪魔の雄叫び。グラッサンは本能的に理解した。ヤツは戦車を一つ壊すたびに喜びを感じているのだと。


 また一台戦車が爆発しその日本人は跳躍した。十メートルの大ジャンプという、とても人とは思えぬ跳躍力で黒煙に塗れた空を舞う。


 直後、ギョロリと黒の瞳がグラッサンを捉える。


 すぐにグラッサンは戦車内に退避し部下に言った。



 「サーチ&デストロイ! そのサムライという修羅の名は大災厄とも言われている!」



 グラッサンが「逃げろ!」と告げようとした時、ドンと衝撃音が響きわたった。



 その意味を戦車内の四人はすぐに悟った。



 「わあああああああああああああああ!」



 恐怖にかられ自暴自棄になったのか、ヒロップスを押しのけ装填手のアダートンがハッチの外へと飛び出た。


 銃を引き抜き躊躇いなく発砲する。敵はハッチのすぐ目の前にいた。一メートルも離れていない。この距離なら絶対に的は外れない。



 ダァン! ダァン! ダァン!



 「ひ………」



 全弾撃った。そして外さなかった。弾は真っ直ぐ敵へと向かった。


 向かったのだが。



「そ、そんなバカな事が……」



 生きていた。何の外傷もなく。


 ヤツは虫でも払うように全ての弾丸を手の平で弾いていた。



 「にぃぃぐどぉぉぉりあああああああ!」



 「うあああああああ!」



 四つんばいの状態で、涎をたらしながらソイツは目を光らせている。首をコキコキと鳴らし、ニタリと獲物を見て笑う姿は恐怖しか思わせない。



 ――――死ぬ。殺される。



 震えるアダートンの体は思考をうけつけない。どうしようもないと震えながら相手を見るばかりだ。


 だが、悪魔はアダートンを八つ裂きにしようとはせずポケットから鏡の欠片を取り出した。



 「グ! ウグ……ぐぐぐ!」



 その行動はアダートンを救った。悪魔が突然苦しみだしたのである。鏡の欠片に映った自分を見て何やらもがいている。


 そして、悪魔はブツブツと何か呟き始めた。


 「オレハヒロアキダオレハヒロアキダオレハアソウヒロアキダオレハアソウダオレはヒロアキだ。おれはあそうひろあキダおれはアそうヒロアキだおれはあソウヒロあきだおれはあそうひろあきだ俺はヒロアキだ俺は麻生ひろ明だ」



 すると狂人と化していた悪魔が落ち着きを取り戻してきた。ダラリと腕が垂れ、ゼイゼイとソイツは息を整える。



 「お、お前……お前は一体何者なんだ……!?」



 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」



 息を切らしながら口元に垂れていた涎を拭う。鬼気迫る意思が両目に灯り、その姿は人でありながらも人を捨てる覚悟を決めた男の姿だった。



 「……そんなのに答える義務はない……だが、貴様には答えてもらう」



 アダートンの喉に指の先端を押し付け洋明は質問する。その首筋から一筋の血が流れた。



 「ヒラガマツは何処にいる?」

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