第4話 絶望の中の希望! 英雄はそこに存在する!
ガガガガガ……ガガガガ……
「おい! どうした! 一体何があった!」
爆音が乱れる戦場で聞こえた無線は非情を告げるものでしかなかった。
彼らは知っている。理解もしている。この壊れかけた無線の先が一体どうなっているのか。どんな惨状と化しているのか。
だが、それでも彼らは問いかけるのをやめようとはしない。諦めた時こそが真の終わりだと知っているからである。
しかし、無線は彼らの予想通りの現実しか聞かせてはくれない。
「た……隊長……聞こえますか……きこ……ます……か」
「聞こえる! 聞こえている! 早くそこから離脱しろ! これは命令だ!」
「へへ……すいません……その……命……令……聞けそうにありやせん」
「何を言っているベンジャミン! 入隊から今日まで命令違反も規律違反も一度もやってないのが貴様の数少ない自慢だろうがッ!」
「隊……長……この基地は爆破……しま……す。驚くだろうなぁ……アイツら……まさか、基地が爆発する……なんて思わな……いはずで……すぜ」
「そんな事は中止しろッ! ただちに帰ってこいッ! お前の娘達に俺が貴様の死を伝えにいかねばならなくなるだろッ! そんな面倒な事はゴメンだッ! 基地爆破など作戦にはない! 死ぬなど絶対に許さん! はやく帰ってくるんだッ!」
ここは日本ではないドコか。未だ弾丸の飛び交う音が日常となっている戦場の地、日本では考えられない常識と日常が繰り返される場所である。
「どうしたッ! なんとか言わんか馬鹿者ォッ!」
彼らは戦っていた。マツラリスト隊長率いる解放軍は、武力を振りかざし圧政を敷くヒラガマツ軍と戦っているのだ。
数年前マツラリスト達の住む国にヒラガマツは介入し我欲のままに支配を続けていた。
死んだ民衆は数え切れず苦しむ民衆はその何百倍もいる。暴動が起こるたびに軍を出動させ、力で全てをねじ伏せる所業を繰り返している。
逆らう者には死を。逆らわぬ者には苦しみを。
そんな圧政を敷くヒラガマツに反旗を翻そうとする者が出るのは当然の事だった。
元々、弾薬といった様々な面で劣る解放軍では奇襲でしかヒラガマツを討つ術はない。
だが、ヒラガマツの力は何もかも圧倒的だった。奇襲が成功しようとしまいと、その圧倒的物量はそんなモノ無にしてしまうのである。数とは最強の力であるとマツラリストは何度も思い知らされた。
作戦はただの一つも成功せず、解放軍は勝つ事ができなかった。
そして、ついに解放軍はこのマツラリスト達の率いる部隊だけになってしまった。他は全て壊滅してしまったのだ。そう、文字通りに。
そして、このマツラリスト本隊も。
「隊長……こんど、俺に子供ができるんです……ただグズって酒飲むしかできなかったこの俺にですよ……へへ……俺に似てなきゃいいけどなぁ……」
一人。また一人と仲間が失われていく。
「だったら戻ってこいッ! 親父のいない家族など私は認めんぞぉッ!」
「隊長……後は……頼みます………うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
無線から最後聞こえたのはベンジャミンの雄叫びと、銃の乱射音。
それを最後に無線は沈黙した。
「いつかのポーカーのツケ……まだ払ってねぇぞッ!」
マツラリストはテーブルを殴りつける。これまで何度やったかわからない。仲間が失われる瞬間というものはいくら経験しようとも馴れないものだった。
「隊長! 前方十キロにヒラガマツ軍! 戦車隊………さ、三十輌ッ!! 全てM1エイブラムスで編制されています!」
「何だと!? どっからそんな代物を!? ヒラガマツのヤツ……クッ! 徹底的に壊滅させるつもりらしいな……」
M1エイブラムス。アメリカ陸軍、アメリカ海兵隊が所有している第三世代の主力
戦車である。
何処でどうヒラガマツがこの戦車を手に入れてきたかはわからないが、こちらの対戦車武器であるRPG―7はもう残り少なく、他の弾薬も乏しいマツラリストからすればどうしようもない脅威だった。
いや、たとえマツラリストでなくとも、この戦車は脅威だったろう。
M1エイブラムスの砲撃射程は三千メートル。これだけの距離があれば、相手よりも遥か遠くから十分敵を攻撃できる。それに敵はただのゲリラだ、一国を相手にしているのではない。この戦車の性能なら、塵芥も残さず無傷での攻撃と制圧が可能だろう。
さらに、この基地の位置ははっきりと知られている。迷いなくヤツらは撃ってくるはずだ。
RPG―7の射程は三百メートル程。戦車付近にいる味方はいない。しかし、だからといって今から戦車に近寄ろうとするのは自殺行為だ。目の前の荒野で熱源反応を見つけようものならヤツらは何だろうと絶対に撃ってくる。人命など鳥のフンとも思っていないヤツらなのだから。
RPG―7以外の武装で戦車を破壊するのは難しい、というか無謀だろう。
歩兵が歩兵に向けて使う武器など戦車には通じない。それにM1エイブラムスは劣化ウラン装甲であり、ただでさえ硬い装甲がさらに固くなっているのだ。暗視装置つきのベリスコープや、高度な電子機器も備わっており破壊は不可能だ。
そんな戦車が三十輌。主砲、L7と呼ばれている五十口径から発射される百五ミリライフル砲は、すぐに跡形もなく基地を滅ぼしてしまうに違いない。
「ここまでの距離……五キロを切りました。もう……時間の問題でしょう」
「…………そうか」
隊長の力なく吐き出された言葉。皆は俯き、声を発する者は誰もいなかった。
誰もが絶望しているのだろう。これまでまだやれる、まだ戦えると自らを鼓舞していたが、ロクな武器がないのでは戦車には勝てない。すでに何十輌も壊してやったというのに、まだ三十も数を余らせていたとは。きっとまだ戦車はこの三十輛以外にもある事だろう。それもおそらく大量に。
圧倒的だった。集まった同志達は皆地面を見る以外にない。
「……………………くっ」
ここまでなのか。ここまでなのかと。後は任せろと言って見送った仲間達に我々は何もできなかったと告げなくてはならないのかと。
色んなものを失う覚悟で始めた戦いではあった。だが、それは何もかも失って終わりにしていい戦いなどではない。そんなものにしてはならないのだ。
「どうすれば……この事態……一体どうすれば……」
「隊長……ここでうな垂れたって事態は好転しませんぜ」
「エグナス……」
エグナス・スピナー。解放軍で一番ヒラガマツ軍にダメージを与えている男である。そして、最も勇気と根性を持ち、どんな時でも諦めを知らず生き残ってきた不屈の男だ。
「俺は行きますよ。例え死ぬしかできないような場所でもね。怯えて死ぬなんざまっぴらだ。一つでも多く戦車壊して俺は地獄へ行きますぜ」
しかし、そんな彼から出た言葉は、自殺してくるとの宣言だった。
やはり悟っているのである。もうどうしようもないと言う事に。
「待て、行ってどうする! この事態をどうにか好転できる手段を考えて――――」
「そんなのは無理って隊長が一番知ってるんじゃないんですかい?」
「…………………」
マツラリストは黙るしかなかった。エグナスの言っている事はどうしようもなく真実で、指揮官であるマツラリストは誰よりも今の状況を理解しているのだ。
「隊長……行きましょう!」
「そうですよ! ここでジッとしているくらいなら、一発でも多くヤツらに弾を撃ち込んでやる!」
「そうだ! 俺たちは何のためにここへいるんだ! 戦うためじゃないですか!」
「弾薬が尽きたとしても私たちは戦いますよ!」
「隊長! 言ってください! 最後の指示を!」
「………みんな」
さっきまであった陰鬱な顔は消え失せていた。全員散る覚悟を決めたのだ。どんな状況になろうが屈しないという覚悟を脳に刻むのではなく、精神に刻んだのである。
今の彼らをマツラリストは止める事などできなかった。
「……わかった。みんな! 最後の命令だ!」
全員が起立の姿勢。直立不動で全員の目がマツラリストへ。
部下達へする最後の命令。その最後の命令がこのようになるとは、こんな結果にしてしまった自分が腹ただしい。
だが、マツラリストは彼らへ命令しなくてはならない。
自分がリーダーである責任を果たさなければならないのだから。
「全員これより………」
「た、隊長!」
ジッとレーダーを見ていた通信士の部下の一人が驚いた声を上げる。
「どうした?」
「戦車隊の動きが……止まりました」
信じられない事を部下は言った。
「――――何?」
「様子がおかしいんです。何かに向けて撃っているようなのですが……」
困惑気味に部下は答える。何が起こっているのか全く理解できていないようだ。
「残った味方はここにいる全員だ。戦車隊の近くにいる者などいないはずだぞ?」
「しかし、たしかに敵は何か目標に撃っているようで……あ、撃破されました! 戦車の数二十九……いや、二十七です!」
「何だと? 三輌も戦車が撃破されたのか!?」
「は、はい……特に熱源も何も感知できないのですが…………あ! ま、また撃破です! 戦車隊の数がどんどん減っていきます!」
告げる部下の言葉は正しいモノだった。マツラリストもレーダーを見るが、戦車と思われる点の数が一つ一つ減っている。
「熱源反応は本当にないのか? 本当に何も感知できないのか?」
「はい何も……い、いやこれは……うっすらとですが感知できます。ですが……コレは人がいる程度の熱反応……兵器の類ではありません……これは一体……?」
「人だと? 戦車隊の真っ只中にか?」
「はい。おそらくですが……」
「………………わからん……わからんが」
考えるがマツラリストの取る行動は一つだけ。さっきと変わらない。ただ、敵の状況が変わっただけだ。
しかし。
「覚悟を決める前に……この戦場の様子を我々は見に行かねばならんらしいな……」
マツラリストは最後の部隊を引き連れて出発した。
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