石を投げる

@ippeichangg

第1話

 人だかりができている。大勢の人間が道の反対側から建物に向かって小指の先ほどの小石を投げ続けている。


「あれは、何をしているのですか」

「石を投げています」

「なぜですか」

「んー、一種の儀式というか、恒例行事というか」


 人々は立ち替わりながら、片方の手に持った石つぶてをもう一方の手でひたすら繰り返し投げ続けている。ほとんどの人間が覆面を被っているが、被っていない人もいて、周りの人間に何か大声で叫んでいる。表情をうかがい知ることはできないが、皆、嬉々として石を投げているように見えた。


「お祭りとか、お祝いの類ですか」

「お祝いではないですが、お祭りに近いですね。ある種の出来事があると、ああやって小石を投げるんですよ。ここまで大規模なのは久しぶりですね」

「出来事とは?」

「色々とあるので、定義はむつかしいんですけど……」


 建物の門扉から、壮年と思われる男性が顔を出すと、人々は怒号をあげながら更に苛烈 小石を投げつける。


「痛そうですね」

「そうですね。感じ方は色々ですけれど、肉体的な痛みより、見知らぬ人間によってたかって石をぶつけられるというのは堪えるものです。まあ一種の呪いのようなもので、投げられているのは取るに足らない小石ですけれど、自分と敵対する人間に囲まれているという状況を認識させるのが石を投げる側の目的です」

「なぜそんなことを?」

「好奇心と暇つぶし」


 一団の一角が建物の方を指差し、俄かにざわつき始める。指し示す方向をみると、建物の影から女性がこちらをうかがっている。誰かが一言発すると同時にそこにいた人々が一斉に女性に向かって小石を投げつけるがどれも届いていないようだ。女性が姿を隠すと、覆面をした面々は口々に何かを喚き立てながら立ち去っていき、覆面をしていない者達はその場をじっと動かず、女性の隠れた一角を凝視している。


「彼らは何故動かないのでしょう」

「あの女の人はこの祭りのキーパーソンのようです。彼女がまた姿を見せたら、石を投げるように扇動するのが彼らの仕事です。お金を貰ってやっているんですよ」

「うん。よくわからないです。……あの女の人が何かしたんですか」

「彼女は教師ですね。生徒を万引き犯と取り違えて、希望していた進学の道を閉ざしたということです。その後、生徒は自死しました」

「あの女の人が悪いんですか」

「わかりません」

「単なる過失とか」

「わかりません」

「いままで聞いた内容から、あの行為は非難や抗議の意を現していると思うのですが」

「はい」

「彼女が悪い、という確証もないのに、あんなに執拗に投げ続けることが出来るのでしょうか」

「2つあります」

「はい」

「一つ目は、彼らにとって確証というのは割とどうでもよい。いや、もう少し正確に言うと、どうでもよいと思っている人が石を投げる」

「よく、わかりません」

「覆面の彼らは自分達の目から見て不実であると思う者に石を投げます」

「覆面でない人達は」

「誰かしかが不実である可能性を示唆し、石を投げることを促します」


 何のために、という問いには答えがなかった。だが、彼らの姿には、ある種の人間の根源的な欲求の発露が感じられるように見える。とりあえず楽しそうではある。


「二つ目に、彼らは集合ではあっても集団ではないということ。何かに属しているというわけではなく、なんとなく集まって、なんとなくポケット溜まった小石をぶつけて、去っていきます」

「ポケット?」

「ポケットに小石が溜まるんですよ。貴方も、ほら」


 上着のポケットに手を差し入れると、一掴みできるくらいの小石が入っている。


「自分が気に入らないものに石を投げつけることを権利という人もいるし、そんなことをすべきではないと言う人もいます。でも、そ自体もやっぱり互いに石をぶつけ合っているんですけどね」

「コミュニケーションの一つでしょうか」

「そう捉える人もいます。でも大抵は投げることそのものが目的であって、投げ返されることは期待しないものです。ポケットを軽くしたいだけなんですよ」


 思わず、ポケットの小石を握りしめる。心なしか先ほどより数が増えている気がする。


「ただ、投げた回数が多いほど溜まるのも早くなります。依存性があるんですね。また、溜まった小石を投げられない時には、ポケットから溢れてしまうこともあります」

「破れるとどうなるんですか」

「どうなるんでしょうね」


 ふと、顔を上げると、建物を取り囲むように集まっていた覆面の群衆はいなくなっており、壮年の男性の姿も見えなくなっていた。ポケットのなかの小石がまた少し重くなったように感じた。







 

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