ウォーターライン

さわだ

ウォーターライン

「どうだ格好いいか?」


「うん、凄いよじっちゃん!」


高校生の山本多聞(やまもとたもん)がいわゆる軍艦オタクになった決定的瞬間は少年の時に見た整然と隊列を組み鋼鉄の獰猛達が勇ましく隊列を組んで突き進む姿を目に焼き付けたこの時からだった。

先頭を突き進むのは一際巨大な体軀を持ち、一番高い天守閣のような鐘楼を持つ大和型戦艦が二隻並ぶ、その後には一回り小振りだが、全身に対空高角砲や機銃をハリネズミの如く装備した長門型戦艦が一回りも二回りも小さい矢のような細い船型に大砲を詰め込んだ重巡、軽巡洋艦を率いて続いて行く。

その後方には四隻の金剛型高速戦艦に引き連れられた機動部隊と呼ばれた空母群が続く。

空母は遠目から見れば板切れの用に見えるがその飛行甲板上には整然と並ぶ艦載機群が張り付いていた。

白い塗装に尾部に赤いラインが二本引いてある零式艦上戦闘機、緑色に塗られて魚雷を抱え込む一回り大きな九七式艦上攻撃機、爆弾を抱えたのは九九式艦上爆撃機だ。

それら超々ジュラルミン製の海鷲達がいまや遅しと発艦の時を待っているようだった。

赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の正規空母六隻が、高角砲を空を睨むように捧げた小さな駆逐艦達に囲まれて進撃する。

後方には更に大きな空母が二隻、黒い装甲甲板が特徴的な空母大鳳、二回りは大きく、長い艦橋と傾斜煙突が特徴的な空母信濃、商船改造空母の飛鷹や準鷹が控えるが、やはりこの大艦隊のクライマックスはこの南雲機動部隊に所属する六隻の正規空母までだと幼いながら多聞は興奮して先頭の旗艦である大和級戦艦から空母群までの隊列を何度も何度も見返した。


「やっぱりじっちゃんの作った戦艦凄いよ!」


「今となっちゃお前だけだな俺の艦隊を誉めてくれるのは、嬉しいもんだ」


孫の頭を撫でながら多聞の祖父は眼を細めた。


「他のヤツには、婆さんなんかには邪魔だなんだと言われたがな」


目の前の模型は実物の軍艦の七〇〇分の一スケールの大艦隊を多聞の祖父は一人でコツコツと作り上げた。

灰色の軍艦達は、小学校に上がったばかりの多聞には何よりも凄いものに見えた。


「じっちゃんこれ僕も欲しい」


孫の無邪気なお願いに祖父は笑った。


「はは、これは俺が死んでもやらないぞ多聞?」


「えっ?」


「この大艦隊は俺が俺の為に作ったモノだからな、他のモノはくれてやってもコレだけはやれないんだ」


その時多聞には祖父が何を言っているのか分からなかった。


「じっちゃん?」


「これだけは俺が自分の為に作って、自分だけで楽しむ自分の世界だからな、これだけは他人にはやれん」


「僕も自分の戦艦が欲しいよ」


「そうかじゃあ好きなの作れ」


部屋の片隅にはまだ作っていないプラモデルの箱がいっぱいあった。

買って作ってないプラモデルは棚にビッシリと詰まっていた。

喜んで多聞は箱の山に飛びついた。


「じっちゃんどれから作った方が良い?」


「うーん、まあ人それぞれだけどな」


「部品の少ない小さい駆逐艦から作るヤツも居るし、やっぱり一番目立つ大和から作るヤツも居るが・・・・・・まあ間をとって、作り甲斐があって楽しいのはこの辺からか?」


「じっちゃんはこいつらが好きだがな」


祖父は箱の山から一つだけ取り出す。

少し大きめの箱に多聞はワクワクした。


「じっちゃんこれ何て読むの?」


「こんごうだ」


「こんごう?」


「そうだ、強そうな名前だろう?」


「強いの?」


「この型の艦が太平洋戦争じゃ一番活躍した戦艦なんだ」


あれだよと祖父は戦艦群の隊列に居る金剛級四隻を指さす。多聞は細長い船体に沢山の武器を積み込んだ船を一目で気に入った。


「じゃあじっちゃん、僕これ作るよ」


「そうか、作ってみるか?」


多聞はあの時の祖父の楽しそうな顔は忘れられない。

自分の趣味を孫が興味を持っただけで、まるでこのまま死んでも悔いは無いような笑顔だった。

だからというわけではないだろうが、その後一月も立たないウチに、居間で倒れた爺さんは病院に入院してそのまま亡くなった。

入院中に書いた遺書に基づいて、祖父の軍艦プロモデルコレクションは跡形も無く全て処分された。

死んだ人間には逆らえない。

母親が無造作に手で掴みながらゴミ袋に詰めていく姿を見て多聞は泣いた。

でも無慈悲に捨てられる戦艦群は祖父のものであることは理解していた。

祖父が見せてくれた連合艦隊は少年の多聞にはどんなモノよりも価値があるものに思えた。そして戦艦達は自分で作らなければ手に入れられないものだと教えられた。

それから多聞は高校生になっても祖父が残した庭にある作業小屋で今日も戦艦のプラモデル、寸法七〇〇分の一に統一されたウォーター・ラインシリーズと呼ばれる第二次世界対戦の戦艦を作り続けている。

周りが携帯ゲームやアニメ、漫画にはまっていっても多聞は「じっちゃん」の艦隊を見たときから戦艦作りに熱中していた。

だが、ここ一年ぐらい多聞の艦隊建設は予定より遅れていた。

幻想の艦隊も現実の艦隊も建設を遅らせるのは主に予算の問題だが、多聞には祖父が買って作らずに肥やしにしていたウォーターラインシリーズのプラモデルがまるで模型屋のように在庫として棚に摘んである。

工具も贅沢に一式作業小屋に揃っている。

多聞の工作環境は一般の人に比べれば「おのれ米帝、圧倒的な工業力で毎週のように艦を造り続けるつもりか!」と羨望の眼差しで恨みと共に文句をつけられるくらい恵まれた環境だった。

誰にも邪魔されない広い作業スペースは模型作りにとっては素晴らしい環境だった。

だが、その祖父の残してくれた作業後屋は、徐々に別勢力に占領されつつあった。


「ねぇ多聞?」


床に付けられた作業机に向かって今日も背中を丸めて、艦船模型の製作に多聞は黙々とのめり込んでいた。

実際のスケールから七〇〇分の一という小さな世界を再現するために、一つ一つのパーツはピンセットを使うような繊細さが求められる。

多聞は高校一年生で身長が一八〇センチに届こうかという程の背の高い少年だったが、大きな手に持っているピンセットを巧みに扱って、二〇センチほどの細長い船台の形は魚のように先頭が細くて胴体に掛けて太くなり、船尾に向かってまた幅が絞られている。

波濤を切り裂く為に作られた見るからに流麗なその船体には既に様々な大きさの大砲が納められている。真ん中には大きな艦橋と呼ばれる城の天守閣のような見張り台と、廃煙口が黒く塗られている煙突が真ん中に大きく乗っていた。

大体出来ている軍艦に対して艦橋の横にピンセットで多聞は小物を接着していく。

大きさは数ミリほどの金属製のエッチングパーツと呼ばれる機銃を模したものだった。

米粒ほどの大きさのパーツを工作用のゴムマットに並べられたものを順番に取り付けていく。

神経質にならざる得ない細かい作業を続けていくうちに、多聞は初めて口元が緩んできた。

艦船模型、とくにこのウォーターラインシリーズの模型を作っているときに一番興奮を覚えてくるのはこのディティールアップ作業だ。

神は細部に宿る、艦船模型作りの一番大事な作業で、一見してオモチャと分かるプラスチックの小さな塊が、機銃や救命用の浮き輪や連絡用のボート、そして船に乗り込む艦尾に付けられた梯子などを徹底して付けていくと、目の前のプラスチックの塊が資料写真などで見た鉄(くろがね)の城、軍艦に近づいていく。

ウォーターラインシリーズと名付けられた静岡の模型会社が取り決めた七〇〇分の一という甲板上の人が米粒よりも、一ミリよりも小さくなる縮尺の世界では人の人形はあまり置けない、置いたとしても棒の様な単純なものになってしまう。

だから人が使うもの、梯子や対空機銃、救命道具などを作り込むとそこに人の姿を想像させて、目の前の動く機械、軍艦がただの模型から、大海原を疾駆する姿を想像させる幻の発生装置になるような感覚に包まれる。

多聞は今、神となって戦う船に命を宿している気分になっていた。


「ちょっと多聞呼んでるつーの!」


背中に衝撃を感じたのと同時に多聞はピンセットで掴んで居たパーツを落としてしまった。


「あっ」


押された衝撃でピンセットに力を入れすぎてしまい、小さな機銃のパーツは銃身の部分が折れてしまった。


「剛(つよし)! 、俺がピンセット持ってるときは触るなって言っただろ! 」


「なによ、さっきから呼んでるのに応えない多聞が悪いんじゃない!」


多聞が振り向くと、女の子は床に座りながら足を上げていた。

座りながら足で多聞の背中を蹴ってたらしい。

柔らかそうな栗色の髪を肩に少し掛かるくらいに伸ばしている。

足を上げている粗暴な姿でなければ可愛らしい少女なのだが、多聞に呼ばれた名前は完全に男の子の名前だった。

多聞の壁につけている作業机後では、テーブルを囲って女の子達が座っていた。

みな茶色を基調とした制服を着ている。

この辺では有名なお嬢様学校の中等部の制服だ。

先ほど多聞を蹴った少女はブレザーを脱いで白いシャツと襟元のリボンを外していた。


「多聞、お茶が沸きましたわ」


栗色髪の女の子の対面には、対称的に黒い艶やかな長髪の女の子が座っていた。

お淑やかそうな女の子は目の前のティーセットに手際よく人数分のお茶を注いでいく。

ブレザーやリボンなど纏っているものに乱れがなく清楚な姿だった。


「いらないよ」


素っ気なく応えて再び作業台に振り返ると、折れたパーツを見て多聞は溜息をつく。

そしてまた背中に衝撃が響く。


「多聞、お茶ですわ」


再び黒い靴下を履いた足が伸びて多聞の背中を叩く。

振り向くとお茶を容れていた黒髪の少女が足を伸ばしてきていた。

お淑やかそうな女の子はお淑やかそうなだけで、栗色の髪の女の子とたいして変わらない粗暴さのように見えた。


「わたくしが入れたお茶ですのよ?」


ニッコリと笑って剛の同級生の大隈春菜(おおくまはるな)は多聞にお茶を進める。

多聞は年下の女の子に文句一つも言い返さずに振り向いて、出されたティーカップの前に座る。

お茶を断るとずっと嫌味を言われるのを知っているからだ。


「さっ皆さんどうぞ」


「いただきます」


元気よく返事したのは剛の隣に座っていたショートカットの女の子だった。

目に掛かるくらいの前髪が少し暗めの印象を与えるが、声は溌剌としていた。

剛、春奈の同級生の日比野 江理奈(ひびのえりな)は目の前に出された生クリームの乗ったガトーショコラを見て眼を輝かせていた。


「あっ江理奈のケーキ美味しそうね」


「えっ」


自分のベイクドチーズケーキをさっさと食べ終わった剛が江理奈のケーキに眼を付けた。


「ちょうだい!」


「あっ」


剛は遠慮無く半分以上ケーキを持っていって、ケーキを食べられた江理奈は半分泣きそうだった。


「ほら、隆子も早く手を付けないと食べられてしまいますわよ」


テーブルの奥、多聞と対面にあたる場所で寝そべりながら文庫本を読んでいた女の子が起き上がってくる。


「食べたら殴る」


読んでいた本を手元に置いて、メガネを掛けた女の子は目の前に出された苺のショートケーキを見つけると、フォークで一刺しにして、ケーキに豪快にかぶりついた。


「隆子、頬にクリームついてますわよ?」


奥に座るのは春奈の幼なじみの桐嶋 隆子(きりしまりゅうこ)は口の横の頬に生クリームを付けていた。


「春奈ハンカチ貸して」


春奈がスカートのポケットからハンカチを取り出して渡すと、躊躇無くハンカチで生クリームを拭き取った。 


「今日はなんかあるのか?」


「なんかって?」


「みんな集まってる」


「別に、何にもないよ?」


剛が断言する。


「そうですわ、得に何もありませんわね」


背筋を伸ばして、春奈はお茶を飲む。


「じゃあ、なんで俺の作業小屋に集まってケーキ食べてるんだ?」


多聞は目の前でお茶会を開いている四人に疑問を投げかけた。


「ここが一番みんな集まりやすくていいからじゃん! ねぇ春奈?」


「そうですわ、ここでしたら他校の男子生徒に声を掛けられる事もありませんしね」


「他の人に見つかること無いし・・・・・・助かります」


紅茶のカップを両手で持ちながら江理奈は肩を縮めてボソッと喋る。


「まぁのんびり出来るし」


隆子はすぐに本を読み直していた。


「俺の分のケーキは?」


「あっ」


「まぁ」


「えっ」


「知ってた」


剛と春奈と江理奈は多聞の分のケーキを用意するなんて事は全く考えていなかったという顔をしたが、隆子だけは本を読みながら顔は笑っていた。

溜息ついて多聞は煎れて貰った紅茶を飲む。

良く分からないが、渋みがあって、ミルクティーにすると丁度良いような濃い味だった。


「とりあえず俺の作業の邪魔するなよ?」


「まだ作るの?」


剛が呆れたような顔をする。


「そうだよ」


「もうこんなにあるのに?」


剛が振り向くと、壁の窓際には膝の高さくらいの棚の上に青いシーツが敷かれていて、その上を大小様々な旧日本海軍の軍艦が並べてあった。

丁寧に作られた軍艦達は、甲板も綺麗に普通の色も塗り分けてあり、更には艦船群にはタコ糸よりも細い鉄線を高い艦橋から船首と艦尾に掛けて張り巡らされていて電信用の空中線まで再現してある。

軍艦に知識が無い人が見ても、そこまでやるのかと思うほど、小さな模型が緻密に作られていることは分かった。


「まだ全然足りねえ」


「ねぇねぇ同じものばっかり作って楽しいの?」


「同じじゃねえよ」


「だってこの板切れのヤツとかみんな同じだよ?」


剛が指をさした場所には、多聞が作った艦隊の中心とも言える、南雲機動部隊の正規空母四隻、赤城、加賀、蒼龍、飛龍が並んでいた。


「何度言ったら分かるんだよ、よく見ろ全然形が違うだろ?」


「全部同じにしか見えないんだけど?」


「よく見ろよ先頭の二隻はお互い形が全然違うだろ?」


「同じじゃん?」


多聞は苛つきながら立ち上げって、軍艦の並ぶ棚の近くに立つ。


「ほら、逆側を見て見ろ?」


「逆側?」


剛も立ち上がって、上から板切れのような空母を見上げる。


「左舷に艦橋があって傾斜した大きな煙突があるのが赤城で、煙突が小さくて艦橋が右舷についているのが加賀だ、全然違


うだろ?」


「うーん、そうなの?」


剛は興味無いといった感じで、違いが分からないと首を捻った。


「お前なあ、ここに入り浸るようになってから長いのに全然軍艦の事覚えないな?」


「だってどれも同じに見えるよ?」


知識も興味もなく見てれば確かに古い船なんかみんな同じに見えるのだろうとは思うが、多聞は納得いかない。


「じゃあ、俺の趣味を邪魔すんな」


「あっでもアレ、私の戦艦ってどれだっけ?」


剛は多聞が作った艦隊を覗き込む。


「あぁ?」


「ほら、アレだよねアレ」


近くに精密な模型が並んでいるのも気にせずに、足早に空母が並んでいる所から一メートルほど離れた場所に並んでいた、艦隊の中でも一際大きい艦の模型を見つけて、艦体を摘まんで取り上げる。


「剛、お前もっと大事に扱えよ!」


「大丈夫、大丈夫壊さないから」


そう言って剛は一つ大きな砲塔を持った戦艦を持ち上げて艦船模型を多聞の前に差し出す。


「これが僕の戦艦だよね!」


「ああ、金剛な」


「へへぇ私の戦艦だって」


「俺が作った戦艦だ」


「いいじゃん、沢山あるんだから一つくらい僕にくれたってさ・・・・・・」


「それは俺が最初に作った戦艦なの、大事にしてるんだから乱暴に触るな!」


「ケチ」


そう言って剛は戦艦の模型を元のテーブルに戻さずに、ケーキやお茶を置いているテーブルに置いた。

甘い紅茶とケーキの臭いがするガラス製のテーブルの上に、古い戦艦の模型が並ぶ。

なんだか模型雑誌で見たことあるような風景に多聞は唸ってしまった。


「僕の名前に似た名前の戦艦だね」


「まあ似てるっちゃ似てる・・・・・・か?」


金城 剛という男の子っぽい名前と戦艦 金剛 の名前は確かに同じ文字を含んでいるし、似通うところはあるのかも知れないが、目の前でテーブルに腕を組んで戦艦を覗き込んでいる女の子は誰もが好意を覚えるような明るくて、活動的に見える女の子だった。

多聞は男の子っぽい名前を聞いて、最初は男だと思っていた時期もあったが、今では名前以外は何処からどう見ても女の子だった。


「ねぇねぇ、どれが「ハルナ」?」


「ああ「榛名」は金剛の後についてるヤツだ、その隣が霧島と比叡だ」


剛は手を伸ばして、また戦艦を掴もうとする。


「だから、丁寧に扱えよ、丁寧に」


「分かってるよ、江理奈ちょっとどいて」


「えっ」


隣に座る江理奈を跨ぐように移動して、剛は再び並んでいる模型を掴む。

相変わらず剛の乱暴な扱い方に、多聞は気が気でない。


「これが「ハルナ」?」


「だからそっちは霧島だ!」


「どれも同じに見えるんだけど?」


「良いから机に置け、ゆっくりな」


渋々と剛は手に持った模型を先に置いた金剛の横に並べる。


「違いなんかないんじゃない?」


隆子が覗き込む。


「でも確かに微妙に違いますわね・・・・・・」


「本当ですね」


春奈と江理奈も模型を覗き込む。

四人の女の子が自分の作った模型を覗き込んでいる姿を見て、なんだか多聞は恥ずかしくなってきた。

「ねぇ多聞、どっちが「ハルナ」なの?」


「ああ、こっちが榛名だよ」


「何でわかるの?」


「この艦橋の一番上の野球帽みたいに張り出した防空指揮所と大きな遮風装置があるのが榛名だよ」


「あっホントだ僕の戦艦より出っ張ってる」


戦艦の一番高いところにはT字型の測距議と呼ばれる大きなステレオ式の望遠鏡が乗っかっている、その下には防空指揮所と呼ばれる出っ張りがあって、多聞が作った模型には小さな望遠鏡がビッシリと並んでいた。


「違いってこれだけ?」


「一番分かり易いのはな、榛名と金剛は改装時期が同じで似てるからな、細かい違いしか無いんだよ」


「「ハルナ」と似てないよ」


「似てませんわ」


剛と春菜に睨まれて多聞はたじろいだ。


「戦艦の話しだよ、戦艦」


「ふーん、なんで似てるの?」


「そりゃ同型艦だからな」


「同型艦?」


「同じ設計図で作った性能が同じ艦って事だよ」


「同じなのになんで微妙に違ってきますの?」


春菜の素朴な疑問に多聞は得意げに話す。


「同型艦って言っても色々艦毎に作られた場所も違うし改修を受けたタイミングとか、細かい変更点が多いんだ。得に金剛級は各艦バラバラで個性が出てる」


「ふーん、どこで作ったの?」


隆子は多聞が少し笑っているのが見えた、どうやら聞いて欲しかった事らしい。隆子は小さく舌打ちする。


「金剛はイギリスのヴィッカース社製でイギリス生まれだ」


「日本の名前がついているのに日本で作ってないの?」


「そうだよ日本じゃまだ自分で強い戦艦が作れなかった時代の話しだ、実物一つ作って貰って、他の艦は日本で作ったんだ」


「なんで私のだけ? 全部作って貰えばいいのに?」


「軍艦は自分の国で作るのが良いんだよ」


「どうして?」


「他人に作って貰ってたら、その国と戦争することになったらどうするんだよ?」


「じゃあしなければいいんじゃないの?」


国防上の問題は女子中学生には理解不能の無駄な事に感じられたようだ。

剛と噛み合わない会話をして、多聞は大きく溜息をつく。

自国で戦艦を作れる事が国の安全保障上どれだけ優位だとかはこの目の前の美少女に語っても意味の無い事だという理由は分かっている。

そういう事に興味がないのだ。


「多聞の癖に僕の事馬鹿にしてるの?」


「剛、オタクの話しは私達が聞いてもしょうが無いわよ」


隆子は鼻で笑った。


「そうですわよ剛」


隆子と春菜が剛を嗜める。


「そうかな、なんか分けがわからなくて僕は面白いけど?」


「自分と名字が同じ船だって言われてもね・・・・・・」


「私は名前が同じですわ」


隆子は眉間に皺を寄せながら机の上の模型を見る。春菜は興味なさそうにまたお茶を飲む。


「あのー私は・・・・・・」


剛の横からゆっくりと手を上げて江理奈が手を上げた。


「ごめんなさい、私の戦艦ってありませんでしたっけ?」


「江理奈の戦艦ってあったけ?」


「ああ、比叡の事か?」


「そう、それ」


金剛と金城剛で名前が似ているのと、読みが同じの「榛名」と「霧嶋」が同じなのは分かるが、

日々野江理奈と「比叡」はちょっと名前が遠い気がする。

でも、剛にとってはちょうど四人に当てはまっているので、それで良いらしい。

多聞は後を振り向いて、作業中の船をゆっくりとみんなのテーブルの前に運ぶ。


「これが金剛級の二番艦、比叡だ」


作業中なのでまだアンテナから伸びる空中線や吹き流しや、水上偵察機などの艦上に乗っかっているものは少ないが、勇壮なシルエットはもう出来上がっているので十分見応えがあった。


「この船だけ形が随分ちがいますわね?」


春菜が不思議そうに呟く。


「よく分かったな」


「馬鹿にしないでください、見れば分かりますわ」


「そう、分かる、分かる」


「なんか違う?」


春菜は違いが分かっていたが、剛と隆子は分かっていないようだった。


「比叡は大和級の実験も兼ねて艦橋と測距議を新型に変えてあるんだ、この金剛級四姉妹のなかで一番形が違うんだよ」

ふーんと皆で比叡を覗きこむ。


「四姉妹って?」


また剛が多聞に質問する。


「海外では船のことを女性に例えるからな」


「戦艦なのに?」


「戦艦だからだろう」


「なんで?」


「なんでってそりゃー・・・・・・」


多聞は剛の質問の前に考え込む。確か従来、英語では船の代名詞は女性扱いだったからの筈だったが、それがなんで女性扱いなのか、細かいことを突っ込まれると自信がないので多聞は黙った。


「ねぇ多聞、江理奈の船が一番凄いの?」


「何が?」


「この中でどれが一番なの?」


剛が横一列に並んだ戦艦群を指さす。


「一番?」


「この中でどれが一番凄いの?」


「言っただろう、みんな大体性能は同じだって・・・・・・」


「じゃあ、多聞はどれが一番好き?」


「はぁ?」


この時部屋の空気が一瞬凍り付くような、緊張感に満ちた状態にあったのだが、唯一の傍観者たる多聞は剛の質問に真剣に悩んでしまって気がつかなかった。


「どれが一番好きかなぁ・・・・・・」


そもそも金剛級の四隻は一番古い戦艦だが、空母機動部隊に随伴できる高速戦艦として太平洋戦争では一番活躍した戦艦だ。

他の戦艦は、あの有名な最新鋭にして最後の戦艦である大和級戦艦にしても、空母機動部隊と一緒に行動出来なかったので殆ど活躍が出来なかった。

西はインド洋、東はハワイ沖、南はガダルカナル島沖に陸上砲撃までした金剛級は正に太平洋を勇躍した戦艦だった。

他の戦艦は大抵温存されて、たいした活躍も出来ずにレイテ湾で殆ど沈められたのに対して、戦艦で唯一と言っても良い活躍をしたのは一番古い金剛級戦艦だった。

特に多聞は祖父が最初に手渡してくれたウォーターラインシリーズのプラモデルである金剛が好きだった。

やっぱり最初に作った戦艦、金剛には思い入れがある。


「まあやっぱり金剛型だったらネームシップの金剛・・・・・・」


その時チラリとみた剛の表情を見て多聞は少し言葉を濁らせた。

眼を輝かせて、まるで今にも飛び掛かりそうな毛並みのよい忠犬に見えた。

普通に考えれば可愛い女の子に飛び掛かれるのは嬉しいものなのだが、この時の多聞にはなぜか恐ろしい事のように思えた。


「も良いけど、やっぱり今作ってる比叡が最近では一番好きだな、大和級のモデルになった艦橋とか特徴があるしな」


「えっ私?」


江理奈が驚いたように声を上げる。


「この中の戦艦だったらって話しだよな」


多聞は目の前の戦艦を指さす。


「っそうですよね、戦艦の話しですよね」


江理奈は少し顔を赤らめながら、胸元で手を振りながら慌てる。


「まあこの中で最初に沈んだのが比叡なんだけどな」


比叡は太平洋戦争で最初に沈んだ日本の戦艦だった。


「えっ?」


「戦闘の後で舵がきかなくなって、動けなくなったところを攻撃されて沈んじゃった所なんか運がなくてなんか可哀想な感じもするし」


「そっそういうもんですか?」


模型を作るにあたって資料を読み込むと一つ一つのエピソードが積み重なってきて、同じような戦艦でも全くちがう歩みが


ある。多聞は模型も好きだが、各軍艦に纏わるエピソードも好きだった。


「この最終型の新型艦橋もよく出来てると思うんだ」


比叡の艦橋だけは他の三艦と違って、まるで塔のようにスッキリとした艦橋に置き換えられている。

そこに手すりや、旗、遠くの戦艦を発見するための望遠鏡などが細かく設置されている。


「いつ見ても多聞さんの模型は凄いですね」


「えっ?」


「とっても細かいです、勿論詳しいことは分からないですけど・・・・・・」


恥じらう江理奈を見て多聞も照れてしまい頭を掻く、言葉が繋がらなくなった。

大人しい江理奈は何だか話しやすく、多聞も剛や春菜、隆子よりも親しみを覚えていた。


「帰る」


照れ合っている江理奈と多聞の間に座っていた剛が突然立ち上がる。

脇に置いてあった鞄を取り上げて、剛は部屋を出て行く。


「私もそろそろ帰りますわね」


テーブルに置いてある茶器を飲みかけのものも含めて、春菜はお盆に載せて片付けをし始める。


「えっ剛ちゃん、春ちゃん?」


江理奈はどうようして、慌てて自分の荷物をたぐり寄せる。


「隆子は?」


「私はいま良いところだから、もうちょっと居る」


いつの間にか本を読んでいた隆子は視線を上げること無く返事をした。


「そう、じゃあね」


「お邪魔致しましたわ」


急に帰り支度を始めた剛と春菜にたいして多聞はどうしてよいか分からず、とりあえずお茶を飲もうとしたら既に春菜に片付けられてしまった。

春菜はお盆に白い陶磁製の茶器一式を載せて多聞の部屋を出ようとする。


「お台所借りますわよ多聞?」


「ああ」


「私も手伝います」


江理奈も荷物を抱えて立つ。


「結構ですわ」


江理奈の申し出を春菜は冷たく断る。

肩に通学鞄を掛けて邪魔そうだ。


「じゃあね多聞」


小屋のドアを開けて剛がさっさと出て行く、その後をお盆を持った春菜が続く。


「あっ待って、剛ちゃん、春ちゃん」


慌てて江理奈が続いて、部屋の中へお辞儀してからドアを閉める。


「なんだ急に?」


分けも分からず、とりあえず多聞は部屋の真ん中に有るテーブルに置きっ放しになった金剛級四隻の模型を元の場所に戻そうと思ったが、後で良いかと思って作り途中の比叡だけ持ち上げて作業テーブルへ。

再び作業テーブルの前に座り込み、多聞は比叡と向き合う。

まだまだ細かいディテールアップ作業が残っているので、普段だった腕が鳴るところだが、なんだか心にポッカリと穴が開く。

魚雷攻撃を喰らって大量の水が流れ込んできたり、飛行甲板に急降下爆撃機からの爆撃を喰らって大炎上というような形が変わるような大きな穴では無い。

ただ何か小さな穴を開けられて、そこからゆっくり水が漏れている。


「多聞、身体が傾いてる」


机に置いてある本のページを捲りながら、隆子が声を掛けてくる。


「そうか?」


「何、分からないの?」


「何が?」


「剛と春菜が帰った理由」


そう言われて多聞はやっと自分のモヤモヤの正体に気がついた。


「知らないわよ、剛を拗ねさせちゃって」


「拗ねてたのか?」


隆子はやっぱり気がついて無かったのかと、多聞を馬鹿にしたような顔をする。


「あんたは本当に軍艦の事しか興味無いのね?」


否定できない事実に多聞は押し黙る。


「剛と春菜はあれでいて自分の事を大事にしてくれないと拗ねる子供っぽさがあるからさ、ああいう風に江理奈を持ち上げると、拗ねるのよ」


「俺が江理奈を持ち上げる?」


「ほら、その名前の似た船の中で江理奈のが特別だって言ったでしょ?」


多聞はそんな事言ったなあと思い出す。


「言ったけどそれとなんの関係があるんだ?」


「節穴?」


「はぁ?」


「穴じゃないか、本当に見えてないというか見てないだけか・・・・・・」


呆れたように隆子は大きな溜息をついて、天井を見上げる。


「あんたねえ、さっき私達四人の微妙な立場を壊したの気がついてる? 自覚してる?」


「なんだよそれ?」


「私達四人のウチの誰か一人を持ち上げると、私達四人の微妙なバランスが崩れるのよ」


「バランス?」


「そうよ、仲よさそうに見えても私達の中にも色々とあるのよ色々とね」


隆子は手元の本を閉じた。

多聞を見ながら、また溜息をつく。


「まあどうでもいいけど、気を付けたほうがいいわよ」


隆子は読んでいた本を鞄に入れて、帰り支度をする。


「何にだよ?」


立ち上がって隆子はテーブルの戦艦と、部屋の奥に並んでいる戦艦群の見下ろす。


「私は軍艦には全く興味無いけど、この部屋の子供っぽさは嫌いじゃないけどやっぱり変よ」


「子供っぽいか?」


「昔の戦艦のプラモデル作り続けて何が楽しいわけよ?」


「まぁ確かにそういう風に思うのが普通かもな」


あっさりと多聞は自分の趣味の特殊性を認めた。


「でも、俺はこの部屋のあそこに自分だけの戦艦達を並べることが何よりも優先する事だと思ってる」


多聞の目には今まで作って来た戦艦のプラモデルが並んでいる。


「この部屋はあんたの心の中って事?」


多聞が隆子を見上げる。

隆子は恥ずかしそうに顔を背けた。


「まあ気を付けた方がいいよ、忠告よ忠告」


隆子も部屋を出て行くと、多聞の作業部屋は急に静かになった。

さっきまで女の子四人の話し声が背中越しに聞こえていて、賑やかだったが部屋は急に静かになる。

隆子が言ったことが気になりつつも、多聞はまたすぐに作業に没頭しはじめた。

残りの対空兵装を比叡の船体に取り付けていく作業を進める。

やっと静かになった部屋で多聞は黙々と作業を続ける。

そして、すぐに手は止まって目の前の作りかけの比叡を前に腕を組む。


「なんなんだよ全く・・・・・・」


結局多聞は帰り際に隆子の言った一言が気になって作業に集中できなかった。

タダでさえ剛達がお茶会を始めて作業に集中できなかったので、遅れた艦隊建設の進捗に多聞は納得がいかなかった。

そもそもこの自分の艦隊を作り上げるために用意された工廠ともいうべき作業小屋は多聞だけの世界だった。

そこにズカズカと入り込んできたのは剛達だった。

彼女達と多聞が知り合ったのは一年前くらいで、多聞が作業小屋の外に出て塗装作業をしているところだった。


「何してるの?」


多聞の家の裏手側は小道が通っていて、そこは庭の生け垣が低くなっている。

裏手の小道の向かい側には大きな高級フラットマンションが建って、高いコンクリートの壁が並んでいた。

そんな小道から庭で作業している多聞に声を掛ける少年が居た。

茶色で少し長めの髪にTシャツ姿の少年は元気そうで活動的に見えた。

多聞とは対称的に、なんだか溌剌として一目で学校のクラスで女子にも男子にも人気のありそうな美少年だった。


「塗装だ」


休みの日、作業小屋に籠もりっきりで髪もボサボサのままで見た目にやつれていた多聞はぶっきらぼうに応えた。


「なんの色を塗ってるの?」


「戦艦」


「戦艦?」


多聞は黄色いマスキングテープを巻き付けた船体を台に固定して、下地の塗装をスプレーで吹き付けていた。

少年は低い生け垣越しに多聞の作業を興味深く覗いている。


「お前どこの子だ?」


多聞は初めて見る顔の少年だった。


「あそこの五階に引っ越して来たんだ」


少年は後の高級フラットマンションを指さす。

五階は一番高いところで、テラス付きの屋上庭園まであるような場所だった。


「ああ、あそこか」


「ねえねえ、庭に小屋があるけどあそこってお兄さんの隠れ家?」


「隠れ家?」


「そう、自分だけの部屋じゃないの?」


「まあ作業用の小屋だけど・・・・・・」


高級マンションなんて幾らでも部屋がありそうだと思ったが、少年は多聞の家の庭にある小さな古ぼけた小屋を羨ましそうに観ていた。


「いいなぁ僕もそういう場所が欲しいな・・・・・・」


「そんなたいしたもんじゃないけど、見て見るか?」


「えっ良いの?」


多聞は生け垣の端にある木戸を指す。そこから入ってこいという指示だ。


「ありがとう!」


そういって男の子は生け垣を作ってる丈で出来た柵に足を掛けて、簡単に生け垣を越えてきた。


「見せて、見せて!」


何が楽しいのか、少年は眼を輝かせて多聞を催促する。


「お前みたいなのが見ても楽しくないぞ?」


「なんで?」


プラモ作り、しかも古い太平洋戦争時代の戦艦を作っているのだから、余程好き者じゃ無いと興味は沸いてこない。


「うわ、なにこれ!」


狭い作業小屋には開けっ放しのプラモデルの箱やら工具が散乱していてが、その端にはまだ建艦計画の道半ばの多聞の艦隊が数十隻並んでいた。


「すごい、おもちゃだらけの部屋だ」


少年は興奮して部屋の中に入って行く。


「これ、全部お兄さんが作ったの?」


「そうだけど」


「凄い、細かく出来てるんだね」


少年は多聞が作り上げた艦船群を端から眺めていく。


「いや、まだまだ出来が甘い」


多聞がその時に並べていた艦船は小学校の時に作ったものが殆どだった。

作ったときは自分でもよく出来ていると思ったが、模型雑誌や街の大きな模型店に行くと、もっと細かく作り込んでいるプラモデルを観てまだまだ自分の船はもっと細かく、繊細に作り込む事ができると思っていた。中学に入ってからは建艦ペースを落として、じっくりと作り込むようになっていた。

少年は急に黙り込んだ多聞をほおっておいて、多聞の作り上げた戦艦群を観ている。


「すごいんだねお兄さんは、こんな専用の部屋まで作って自分の好きなことに熱中して」


「別に、じっちゃんに貰っただけだからなこの部屋もプラモデルも」


「じっちゃん?」


「俺の祖父(じい)さんの事だ、じっちゃんがこの部屋で沢山プラモデルを、この軍艦を作ってたんだ、俺はその後を追ってるだけだ」


「ふーん、お祖父さんの戦艦は?」


「無い、全部捨てられた」


「どうして?」


「じっちゃんの遺言で死んだら捨ててくれって」


「なんで?」


「わからないけど天国に持って行きたかったのかもな」


「そうか、これは大事なモノなんだね?」


多聞ははじめて会った子に何を喋っているんだろうと思ったが、久しぶりに誰かとこの部屋の本来の持ち主、祖父の話をしたような気がした。


「僕にはよく分からないけど、凄く細かく作ってあるんだね、触っていい?」


「ああ、まぁ」


男の子は一番先頭にある戦艦を掴んだ。


「おい、丁寧に扱えよ!」


「ごめんごめん、以外と軽いんだね」


プラスチックで出来た軍艦を少年にはもっと重い鉄のようなものを想像していたらしい。


「ねぇこの船名前は?」


「金剛だ」


「コンゴウ?」


少年に金剛と聞き直されて、多聞はまるで何時かの自分だと思いだした。

後で考えればそれが隙を産んだ。

多聞は作業中の机の上に置いてあった箱絵を取り出す。


「こういう字を書くんだよ」


城のような戦艦が前方に砲門を並べて海上を突き進む勇壮な姿の絵が描かれていて、パッケージの下側の黒い帯の部分に金色で金剛と書かれていた。


「うわー凄い! 僕と同じ名前だ!」


箱絵を観ながら少年は声を上げた。


「同じ?」


「うん、僕は金城剛って言うんだ、このコンゴウのゴウの字と同じ名前だよ」


「へぇそりゃ良い名前だな」


戦艦に似ている名前という所で多聞は素直に感心してしまった。


「本当?」


「ああ、太平洋戦争で一番活躍した戦艦と名前が同じなんて格好いいじゃないか」


「本当に? 僕の名前格好いい?」


「俺は好きだけど?」


急に少年は目に涙を溜め始めた。


「どうしたんだ?」


「ううん、何でもないよ、なんか変だな」


金剛のプラモデルを持ちながら、男の子は急に泣きはじめた。


「だって、僕の名前誉めてくれる人なんか殆どいなかったから・・・・・・」


事情が掴めない多聞は右往左往しながら、何か涙を拭くものを探して、作業机の上にあるティッシュ箱を見つけて少年に差し出した。

でも、プラモデルを持って居るので両手がふさがっていた。仕方ないので多聞がティッシュを使って涙を拭いた。

その時多聞はなんだか悪いことをしている気分になった。


「ありがとう・・・・・・」


剛は少し落ち着いたみたいだった。


「大丈夫か?」


「うん、なんだろう、急に泣きたくなっちゃった」


「なんか悪い事言ったか?」


「違うよ、なんだか嬉しかったんだ」


「嬉しい?」


「ねぇまた来て良い?」


「別に見るだけだったら・・・・・・あっ強く握るな船体が歪むだろ!」


「あっごめん」


剛が泣きながら金剛を握っていたので、力を強く入れたのかポロッと真ん中に着いていたパーツが取れてしまった。


「丁寧に扱えよな・・・・・・それは俺が最初に作った戦艦だから大事にしてるんだ」


「これはお兄さんの大事なものなの?」


「ああ、すげえ大事、宝物だ」


それを聞いて剛は模型を元の部屋の隅にある水色のマットの上に戻した。


「ねぇ、また見に来ていい?」


「別に良いけど・・・・・・」


「よかった、僕はこの部屋が好きになったよ」


何が嬉しいのか、眼を腫らして笑う剛を観て多聞は分けがわからなかった。

後日多聞の作業小屋に、剛はスカートを履いて来た。

多聞は名前と格好からずっと男の子だと思っていたので心底驚いた。

剛の親はどうして女の子に剛なんて男の子の名前を付けたのだろう?

それから剛の友達、春菜や江理奈、隆子までもが小屋に入り浸るようになった。

どの子も剛と同じように金剛級の名前に似ている子達で、なんの冗談かと思った。

それからずっと剛達四人組は何かあるとこの作業小屋に集まってくる。

あの時、剛をこの小屋に入れなければこの作業小屋は多聞だけのものになっていたはずだった。

多聞にとって全てである戦艦を作り続ける工廠。

そこは女人禁制の、夢と現実の境目の曖昧な世界に没頭するための機械装置である筈だった。

決してケーキをフォークで突きながらお茶を飲むための場所ではなかった筈だ。


「ああ、失敗したな」


作業を中断して多聞は床に寝っ転がる。

そして拗ねて帰った剛の事を考えていると、なんだか自分が自分ではなくなった気がした。

自分はついこの間まで軍艦の事、旧日本海軍の事しか考えていなかった。

戦艦の名前は日露戦争から全部言えるが、クラスメイトの名前は半分も覚えていない。

それが自分の曲げられない性根だと思っていた。

だがさっきから頭の中には拗ねた剛と、自分のプラモデルを持って泣いていた剛の顔が思い出す。


「何をしてますの?」


転がりながら、悶々としていた多聞に声を掛けたのは春菜だった。


「何でもない」


慌てて多聞は起き上がって、作業にとりかかる振りをする。


「コレを置いたら帰りますわよ」


春菜がお盆に載せて持ってきた陶磁のティーセットはピカピカに磨かれていた。

それを多聞の作業小屋に設置した戸棚に仕舞い込む。

もとからそんな棚はなかったのだが、剛が棚を持ってきて設置していった。

茶器の他に戸棚にはお菓子も入っていてすっかり小屋は多聞のモノではなくなっていた。

軍艦の資料用の本や工具や塗装缶、未作成のプラモデルが並ぶ壁際では茶器の戸棚は異彩を放っている。


「さっき何か隆子と話してたんですの?」


「別になにも・・・・・・」


「嘘ですわ」


戸棚に茶器を仕舞い終わって春菜は多聞の方を向く。

多聞は背中を向けたまま、作業机と睨めっこしていた、手が動いて無い所を見て春菜は手元にあった電気ケトルに水を注ぐ。


「帰らないのか?」


「もう一杯お茶くらい飲ませて下さいですわ、もう台所お借りしませんからお片付けは多聞にお願いしますわ」


多聞も作業してないので小屋の中は静かで、早くも沸き始めた電気ケトルの音しかしない。

戸棚から小さな急須と茶筒を取り出して、お茶っ葉の塵一つ溢さない手際よさで春菜はお茶を煎れる。

優雅なさっきまでのティーパーティーとは打って変わって地味な感じになっていた。

急須の蓋を細い指で押さえながら、春菜はお茶を湯飲みに注ぐ。

湯飲みにお茶を注ぐ音は多聞には二回聞こえた。


「貴方の分も煎れましたわ」


また背中を蹴られるのは嫌だったので多聞は素直に振り向いて、自分の湯飲みに手を出す。


「さっき隆子と話してたのは剛の事ですわよね?」


お茶には手を付けずに、春菜は話し始めた。


「そうだけど・・・・・・」


「剛は多聞に会ってから変わりましたわ」


「俺に?」


春菜に一瞥されて多聞は怯んだ。

春菜は遠目に見れば可憐な美少女だが、こうやって隣でお茶を飲んでると黒い瞳にはどこか人を見下されているような気分になる。


「正確には多聞のこの作業小屋のお陰かも知れませんけど・・・・・・」


多聞の方を見ないでまるで湯飲みに話しかけているように春菜は喋る。


「なぁ、なんでお前達はこんなところに来るんだよ?」


「今更聞くのですわね?」


剛と知り合ったのが一年前で、剛達四人組がこの多聞の作業小屋に入り浸り始めたのはつい半年ほど前からだった。

その理由を多聞は聞いたことがなかったのは本当にそういう事には多聞は興味がなかったからだ。

春菜が溜息をついたのも今更聞くのかという意味だった。


「剛も、江理奈も、隆子も、この私も、私達はみな家に場所がありませんの」

はっとして多聞は春菜の顔を覗くが、春菜は手元の湯飲みを弄っていた。


「隆子も私も家に帰ると五月蠅い親と兄妹が多くて、落ち着く場所がありませんの。江理奈は一人で居ると部活の後輩や先輩に捕まってしまうので隠れる場所がひつようなんですわ」


「部活?」


「剣道は県大会で優勝するくらい強いんですのよ?」


「ほんとに?」


江理奈が一番鈍臭い感じに見えてたので、剣道というかスポーツやっているイメージが多聞にはなかった。


「最近は部活サボって街の道場に通ってますわ、どうしても先輩後輩の扱いに馴染めなくて」

そこはいつもオドオドしている江理奈のイメージ通りだった。


「だからよく私達は学校の帰りに色々な所で時間を潰すのが習慣になったのですけど、私達の制服は街では目立ちますから・・・・・・これでもただカフェでお茶してるだけで声を掛けてくる男子生徒とかの扱いに困ったのですよ?」


そのへんの事に疎い多聞にはピンと来なかったのだが、春菜の来ている茶色い制服はこの地域では有名な小・中・高一貫校の有名なお嬢様学校だった。

制服は一種のステータスで、みな憧れて入学を志す女子もいれば、声を掛けてお嬢様学校の彼女を作ってステータスを高めようとする男子も居る。


「まあ男子生徒が声かけてくると、大概は剛が先に喧嘩売って、隆子が口汚くののしって、最後は江理奈が叩きのめしたりしてまして、お陰で沢山のお店に入れなくなってしまいましたわ」


それで俺の小屋は体の良い避難場所になったって事かと多聞は納得した。

春菜が煎れたお茶を飲む。

多聞はあまり日本茶は好きではないのだが、春菜の煎れたお茶は飲みやすくていつも驚く。

なんだかお茶一つ煎れるにしても特技があるところも驚くが、背筋を伸ばしてお茶を飲む姿も凛として、なんだか住んでる世界が違う感じがするお嬢様だと思った。


「剛は此処に来る理由はあるのか?」


「興味があって?」


わざと春菜が剛の話をしなかったのには理由があるのだろう。

聞いて欲しそうな言い方しておいて狡いと多聞は思ったが、口に出さなかった。

ふと、多聞はテーブルの上に置きっ放しになっていた金剛級の戦艦を見る。

ガラスのテーブルの上は輝く海原のようで、灰色の船体とのコントラストは綺麗だった。


「剛はああ見えても名家の一人娘ですのよ」


裏の高級フラットハウスに住めるんだから金持ちの子なのは何となく知っていたが、一人娘だというのは知らなかった。

「金城家の本家大望の跡取りの子だって、剛のお父様は男の名前しか用意していなかったらしいのですわ、そして女の子が生まれたら意固地になって変えずに女の子に男の子の名前を付けられたんですの、金城家で剛の扱いはまるで女の子であることを否定されているようですわ」

そこまで語ると春菜は湯飲みのお茶を飲み干した。

多聞を見ると何か考えているようだった。


「多聞?」


「日本の戦艦に大和って戦艦があって、凄い戦艦だったんだけど名前に「大和」って日本の昔の名前を付けたから沈むと縁起が悪いから結局使わなくて出撃させなかったって話しをじっちゃんがしていたのを思いだした」

俗説だが大和の模型を見ながら楽しそうに


「・・・・・・なんで今戦艦の話しが出て来ますの?」


春菜は呆れたようで語気を強めた。


「いや、名前ってやっぱり「呪い」みたいな所はあるよなって・・・・・・」


微妙に繋がってるようで関係ない多聞の話しを聞いて、春菜は肩を落とした。


「多聞は本当に戦艦の話しばっかりですのね」


「俺にはそれしかない」


春菜の告白を聞いて多聞は再び作業机の方へと振り向いた。


「それが剛にとってはよかったんでしょうけど」


春菜は諦めたように溜息をついて立ち上がった。


「なぁ」


春菜が靴を履いて小屋を出ようとするときもう一度多聞が声を掛けた。

「なぁじゃありませんわ、私は春菜という名前があります」


「春菜・・・・・・さん」


「なんですの?」


「ありがと」


小さい声で多聞が何に対して礼を言っているのか春菜にはあまりピンと来なかった。

剛の事を聞かせてくれたからなのか、それとも単純にお茶を煎れた事に対する礼なのだろうか?


「私・・・・・・」


春菜は私達も多聞には感謝してますわと言おうと思ったのだが止めた。

春菜は小屋を出ようと思ったとき、ふと振り返り見えた沢山の艦船模型を見て、この小屋は多聞の逃げ場所のような印象を持ったからだった。

榛名の眼にもなんだか昨日まで楽しかった場所が急に不安な場所に見えた。


「今日はもう作業お終いだ」


榛名が帰ったあと、作りかけの比叡をそっと持ち上げて多聞は部屋の真ん中のガラステーブルの所に置いた。

作業中だがやっぱり金剛級は四隻並んでる姿が様になると思った。


「なんだかなあ」


隆子と榛名との話しを思い出しながら、多聞は力なく横になってそのまま寝てしまった。


次の日、学校から帰って早速多聞の作業部屋には昨日と同じ面子が集まって、昨日と同じ場所に座っていた。

昨日と違う所は二カ所あって、一様にみな顔を下に向けている事と、テーブルに置かれた戦艦、金剛、比叡、榛名、霧島の高速戦艦四隻の七〇〇分の一スケールのプラモデルが見事に大破している姿。

ネームシップの金剛は横転して船腹を曝して、艦上の構造物が殆ど剥がれ落ちていた。

二番艦の比叡は特徴的な艦橋が根元から折れていた。

三番艦の榛名も横転して、細かい部品が剥がれ落ちている、四番艦の霧島は後部上甲版の構造物がたたき壊されて、三番、四番砲塔が外れていた。

昨日までの雄志とは掛け離れた廃墟のような姿の金剛級四戦艦の姿を見て、多聞は怒るのを通り越してただガラスのテーブルに横たわる残骸を見ながら思考停止になる。

今日は学校の帰りが偶々遅かったので、部屋に入ったのは多聞が最後だった。

何時ものように先に剛達が部屋に入っていてお茶会を開いていた。

普段だったら部屋に入る前に喧噪が聞こえて来る筈が、何も聞こえてこないので変だなと思った。

ドアを開けて入ると、四人が身を乗り出してテーブルを囲んでいた。


「何してんだ?」


声を掛けたが誰一人少女達は多聞の方へ振り返らない。


「多聞、私達の戦艦って作るのどれくらい時間掛かった?」


「うーんまあ半年ぐらいか?」


「これ、結局全部でお幾らくらいしますの?」


「まあ、エッチングパーツとか流用部品とか含めれば一隻一万円以上ぐらいは掛かってるかな?」


「大事なものなんですよね・・・・・・」


押し殺すように江理奈。


「案外壊れやすいのね」


「まあプラモデルだからな・・・・・・」


いつものように壁際の作業机に腰を降ろした後、やっと多聞は今までの会話のおかしさに気がついた。

振り返ると剛も春菜も江理奈も隆子もみな一様に固まってテーブルの真ん中を覗き込んでいた。


「お前ら何してんだ?」


ふと多聞が目線をテーブルの真ん中に落とすとそこには地獄の釜がひっくり返ったような光景が広がっていた。


「ぶっ」


壊れた戦艦群を観て多聞は言葉が出ない変わりに何か別のモノが口から出て来そうだった。


「大丈夫多聞?」


心配そうに剛が声を掛ける。


「俺の戦艦・・・・・・」


丁寧に組み立てて、マスキングテープを貼り塗装し、細かい金属製のエッチングパーツを貼り合わせて作り上げた高速戦艦部隊が見るも無残な姿をさらしていた。


「どういうことだこれ?」


多聞は絶句してその場に座り込んでしまった。


「江理奈ちゃんが」


剛が江理奈を指さす。


「隆ちゃんがトドメを・・・・・・」


同じように江理奈も桐嶋を指さす。


「春菜も」


桐嶋も隣に座る春菜を指さす。


「原因は剛ですわ」


最後に春菜は対面の剛に指さした。

各々が別々に口を開き、それぞれが別の名前を口にして多聞は分けが分からなくなった。


「だって江理菜ちゃんが私の戦艦落としたんだよ!?」


「ごっごめんなさい悪気は無かったんです」


ひたすら手を合わせて机に頭を擦りつけるように江理奈が謝る。


「あれは剛が悪いですわ? 江理奈が手で持ってるときに後からいきなり声を掛けたんだから・・・・・・」


最初に作業小屋に入ったのは江理奈だった、机に昨日から置きっ放しの四つの戦艦から、金剛と自分の名前に近いと言われた比叡を持ち上げて比べていたのだ。

なんとなく昨日の話から少しだけ興味を持って、自分の戦艦と言われた「比叡」と剛の名前に似た「金剛」を持ち上げて色々な角度から見ていた。


「声をかけただけだもん・・・・・・」


頬を膨らませて剛は春菜に反論する。


「あんな扉をあけていきなり大声で声を掛けたら落としてしまいますわよ」


「本当にごめんなさい!」


遂に江理奈は床に頭を擦りつけて、土下座して多聞に謝った。


「それでなんで他のも壊れてるんだ?」


戦艦が壊れたのは連鎖反応が起こったからだった。

「あっ江理奈が壊したの僕の戦艦!」


靴を脱ぎ捨てて。すぐに剛が詰め寄るとすでに江理奈は眼に涙を溜めていた。


「ごっごめんなさい」


机の上に落とした戦艦金剛は横転して、幾つものパーツが飛び散っていた。


「江理奈、どうして僕の戦艦を!」


興奮してるのか剛は泣きそうな江理奈に詰め寄って、両肩に手を当ててオモチャのように江理奈を振り回した。


「ごっごめんなさい、剛ちゃん・・・・・・」


ついに涙腺が決壊して江理奈は泣きはじめた。

「僕の戦艦壊したな!」

遠目に分かりづらい同型艦だが、すぐに剛には江理奈が落とした戦艦が金剛だと分かった。

そもそも江理奈が手に金剛と比叡を持っていたのも、似た同型艦の違いをみながら、何が違うのかを確認していたからだった。


「ちょっと剛、あまり江理奈を困らすのはよくありませんわよ」


ゆっくり靴を脱いで春菜が仲裁に入って来た。


「だって、僕の戦艦が」


「多聞のですわよ」


春菜は冷静に剛を諭す。


「ごっごめんなさい・・・・・・」


すでに江理奈は口から泡を吐きそうなくらい、頭を回していた。


「剛がこの戦艦に思い入れしてるのは分かりますが、貴方が怒るのは筋が違いますわ」


「だってこの戦艦は僕と多聞の・・・・・・」


春菜は泣きそうになった剛を見てハッとする。


「春菜は自分の戦艦が壊れたら悔しく無いの?」


「別に私は・・・・・・」


剛は江理奈の肩から手を離して、部屋の中央にあるガラステーブルに乗っかっている無傷の戦艦の前に座り込む。


「これが春菜の戦艦?」


残った三つの戦艦から榛名を指さす。

似たような霧島との違いは高角砲の数だった。

その違いを剛はすぐに見つけて、戦艦榛名の模型を指さす。


「そうですわね」


この時春菜は嫌な予感がした。

剛の目が完全に据わっていたからだ。


「ってい!」


指に力を入れて剛は戦艦榛名の模型に思いっきりデコピンをする。

艦橋の天辺から細かいレーダーのアンテナなどが飛んでいく。


「ふんだ!」


さらにもう一回デコピンを喰らわすと、戦艦榛名はひっくり返ってしまい細かい高角砲や機銃は剥がれ落ちてしまった。


「剛なにしてますの!」


手を顔に当てて、驚いた後春菜は剛に詰め寄る。


「なんだよ春菜は戦艦と関係ないんじゃ無いの!」


「そう言うことでは有りませんわ!」


「どういうことなのさ!」


「これは私達が勝手にしていいものではなくてよ!」


まるで子供のように売り言葉に買い言葉。


「これは多聞が作ったお船でしょ、剛が勝手に壊していいものではありませんわ!」


「だって僕の戦艦だけ壊れてるなんて!」


小屋の中にパンっと乾いた音が響いたのは春菜が剛の頬を叩いた音だった。


「これは貴方の戦艦じゃありませんわ、多聞の戦艦ですわ」


真っ直ぐと春菜は剛を見た。


「貴方はいつも勝手ですわ」


江理奈は二人の対峙に一歩も動けなかった。

この二人が喧嘩している所なんて初めて見たからだ。


「僕が勝手なら春菜はいつも後出しだ」


「どういうことですの?」


剛は何も言わずにテーブルにあった無傷の比叡を取り上げた。


「この戦艦が僕のじゃ無いことくらい分かってる」


持ち上げた比叡を剛は突き出す。


「そうですわね」


「でも僕は自分の名前が似ているってだけで嬉しかった、それが一番好きだって多聞が言ってて凄く救われた気持ちになったんだ」


「剛?」


「だから自分でも分からないけどこの子が一番好きだって言われたときなんだか許せなかった」


「子供みたいなスネ方ね」


「ほら、いつも春菜はそうだ」


「何がですの?」


「そうやって後から僕のやる事に文句を言う」


「当たり前の事を言ってるのですわ」


そう言って春菜は剛が手に持っている戦艦比叡に手を付ける。


「これは多聞が作ったモノでしょ、元に戻しなさい」


「分かってるけど、僕の戦艦も壊れちゃってこの戦艦だけあるのはなんか嫌だ!」


「どういう理屈ですわ!」


春菜は戦艦比叡を元の場所に戻そうとして力を入れる。

当たり前だがプラモデルはプラスチックという加工しやすい軽い素材で出来ている。

女の子の力でも、別方向から強く引っ張る力には脆い。


「あっ」


「きゃっ」


剛と春菜が強く引っ張って船体に亀裂が入って、戦艦比叡の一番大きい特徴的な艦橋が根元から取れてしまった。

床に落ちた比叡の残骸を最初に拾ったのは剛だった。


「ボロボロだ・・・・・・」


「ですわね」


ヒビが入って、艦橋が取れた船体を剛はテーブルの上に乗っける。

床のカーペットに散乱したパーツを春菜は一つ一つ拾い上げる。

小さなパーツはカーペットの毛糸に食い込んで中々取れない。

無言で江理奈も手伝い初めてパーツを拾う。

何故か比叡が壊れてから剛も、春菜も、江理奈も一言も喋らなかった。

ボロボロになった多聞の作った戦艦を見て事の次第の大きさに気がついて声も出せないのと、どうしてこうなったのかがよく分からなかったからだ。


「何これ?」


最後に遅れて入って来た隆子は開口一番部屋の異常な空気を理解した。

テーブルにある壊れた戦艦群を見て、小さく鼻を鳴らした。


「剛がやったの?」


隆子テーブルの横に荷物を降ろして座り込む。


「僕の戦艦は江理奈がやった」


隆子は泣きはらした赤い眼をした江理奈の顔を見た。


「へぇ、江理奈もやるときはやるのね」


「ちがいます。壊したのは違わないけど・・・・・・」


「自分の戦艦が一番って言われて悪い気しなかったでしょ?」


「そんな事・・・・・・ないよ・・・・・・」


「まあ勿論そんな嬉しいことでは無いけどさ、四人の中で一番っていうのは些細な事でも嬉しかったのは確かでしょ?」


「私はそういうの嫌いです・・・・・・」


「って言っても剛や春菜はそう思ってないでしょ?」


「何がおっしゃりたいの隆子?」


「別に・・・・・・あたしらもいつも一緒だけどさ、以外とこの小屋に集まるのはプライド高い奴らの集まりだからさ」


隆子がテーブルの上に転がっているボロボロの戦艦群を見る。


「一つだけ壊れてない」


テーブルの上には唯一無傷で残った戦艦霧島が残っていた。


「なんで壊れてないの?」


「別に他のだって壊したくて壊したわけじゃないさ」


頬を膨らました剛の言葉にふーんと隆子は何か考えたようだった。

そして、何か思い付くと右手を振り上げて拳を作る。


「隆ちゃん?」


江理奈が止めに入った時には既に隆子の右腕は振り下ろされてしまい、そのまま戦艦霧島の船体後部を直撃して後部砲塔のパーツが吹っ飛んだ。


「これでみんな平等に壊れたわね」


江理奈は隆子残った戦艦を壊しそうだと思っていたのか振り下ろされた拳を見てまた眼に涙を溜めたが、剛と春菜は隆子がそんな行動を取るとは思ってなかったので、飛び散ったパーツをただ見送ってしまった。


「全部壊れちゃったね」


「そうですわね」


「どうしましょう・・・・・・」


「まあ、これで此処にも居られなくなるのは確実だね」


四人ともそれ以上は言い合いも喧嘩もせずにただ壊してしまった戦艦を見続けていた。

自分達の名前にそっくりな四戦艦を囲んで、家主の多聞が帰って来るまでただ目の前に横たわるプラスチックの残骸達を見ていた。


「最後の桐嶋の一撃は要らなくないか?」


多聞が事の顛末を聞いて、最初の台詞は冷静だった。


「そうだったかも知れないけど、まあ私達的には必要かなって思った」


「意味が分からん」


頭を抱えて多聞は苦悩する。


「僕の「コンゴウ」が・・・・・・」


剛は肩を落として自分の名前に近い、自分のモノだと思っている壊れてひっくり返っている戦艦金剛を見つめる。


「ごめんなさい!」


江理奈は土下座して謝っている。


「これは元には戻りませんわよね?」


多聞が見たところ粉々になったパーツと歪んだ船体を見たら作り直した方が早そうだった。

この四隻を作るのに掛かった時間は多分数ヶ月、細かい作業は並行して小まめにやっていたのでもっと時間が掛かっているかもしれない。

掛けた労力がたった数分で粉々になった。

頭を抱えた多聞を四人の女の子が囲む。


「多聞、ごめん本当に悪気があったとかなかったとかじゃなくて僕たち・・・・・・僕が・・・・・・」


沈黙に耐えきれずに剛が声を出す。

でも多聞はテーブルの真ん中で壊れた戦艦を睨むように見ていた。

自分が時間を掛けて丁寧に作ったプラモデルを壊されたのだから、怒り狂って暴れたって良いはずなのに、多聞はずっと壊れた戦艦を見つめている。


「多聞大丈夫?」


春菜が声を掛けると、初めて多聞は顔を上げた。


「ああ、とりあえずちょっと時間くれ」


「多聞?」


「剛、行こう」


隆子が声を掛けようとした剛に静止を掛けた。

隆子はまだ頭を下げている江理奈に声を掛けて立ち上がりを即した。

剛も渋々と腰を上げる。

春菜は最後まで座っていたが、隆子に肩を叩かれて立ち上がった。

剛達は一人ずつ小屋のドアの前で頭を下げて部屋を出て行く。

全員が出て行ってから、小屋で一人になってから多聞は大きく溜息をついた。

目の前には自分が作った戦艦の残骸が横たわっている。

帝国海軍が誇る高速戦艦群は見るも無惨に破壊されてガラスのテーブルの上に横たわっている。

そういえば昔の戦艦の写真は当たり前ながら戦闘前の優雅な姿が多かった、そこから想像して模型を作り上げていく。

だからあまり戦闘で壊れた写真なんか殆ど多聞は見たことがなかった、祖父が残した沢山の資料にもあまり戦艦が壊れた姿は映っていない。

ましてや金剛級は殆どが戦地で撃沈されている戦艦で、壊れている写真は殆ど無い。

例外は榛名が呉沖で港に停泊しているところを沈められて、大破着底している写真などはあるが、あまり破壊された戦艦の写真は少なくとも多聞は見たことがなかった。

やっぱり誰しも壊れている戦艦なんて好きじゃない、猛々しく主砲を連ねて海上を疾走する姿に魅力を感じるのだ。

壊れてしまった戦艦を見て多聞はなんだか白けてしまったのだ、自分でも驚くくらいあんなに寝食を忘れて組み立て上げた戦艦が剛達に壊されても怒る気力も沸かずに、ただ目の前の壊れてしまった戦艦達を見て、多聞は自分が妙に冷静に考えている事に驚いていた。

自分は自他共に認める戦艦好きで、戦艦の事だけ大好きだった筈だ。

寝ても覚めても戦艦の事ばかり。ノートの端には戦艦のレイアウト図を書いては消して、勉強なんかは上の空で、そんな空の下をいつも夢の自分が思い描いた戦艦が海の上に浮かんでいる。

興味のない人間にとってはなぜそこまで考えられるのか、想像もつかない世界だろう。

なのに剛達に壊された戦艦を見て、どう考えても剛達が悪いのに、自分が責任感を感じているのは不思議だった。

自分は戦艦の事だけ考えて生きていたと思ってたのに、あの祖父の大艦隊を見たときから、戦艦の事だけを第一に考えていた筈なのに、なぜこんなに大事にしていた戦艦を壊されても何も言えなくなってしまっているのだろうか?

多聞はテーブルの真ん中で壊れてひっくり返っている戦艦金剛を取り上げた。

落とした衝撃で船体にヒビが入っている。

この戦艦が多聞の戦艦模型作りの原点だった、真珠湾攻撃から始まって終戦間際まで活躍した高速戦艦。

そして自分に声を掛けて来た男の子みたいな名前の金城 剛が自分の名前そっくりだと笑った戦艦。

関係ないことだと思っていたのになんだか繋がりがあったのか、じゃなきゃ自分が作った最初の戦艦がこんな無残な姿になっていない筈だった。

この小屋は祖父さんからもらった時に自分だけの世界の筈だった。

そこに一人入れた時点で、もう自分だけのモノではなくなっていたのだ。

多聞が考え込んでいると、ドアを叩く音がした。

鍵は掛けてないので、開くはずだが誰も入ってこない。

しょうがないので多聞が立ち上がってドアを開けると、帰ったはずの日比野江理奈が立っていた。


「どうした?」


「ごめんなさい、多聞さん」


扉を開けた瞬間、江理奈は深々と頭を下げた。


「本当に大事な船を壊しちゃって・・・・・・」


声は半分泣いてているようだった。


「私が剛ちゃんの戦艦落としちゃったから・・・・・・」


「とりあえずそのことはもういいよ」


「ほんとうにごめんなさい」


江理奈はもう一度頭を深々と下げる。

こういう時男は、多聞はどうしていいのか勿論わからない。


「いや、なんか俺も剛の前で君を持ち上げるような事を言った・・・・・・ような気もするからその・・・・・・」


「私も悪かったんです、いつもみんなに付いていくだけだから、そのみんなの和を乱さないように気を付けてもやっぱり小さな事でその和は崩れちゃうんです」


そこまで言うと、江理奈は急に頬を赤らめた。


「ごっごめんなさい、なんだか変な事言っちゃって・・・・・・多聞さんには関係ないのに」


多聞はあそこまで戦艦を完膚なきまでにたたき壊しておいて関係ないは無いと思った。


「でも、いつもこの部屋に入れてくれてありがとうございました、私達四人は集まれる場所がなかったから、本当に助かりました」


「俺の作業部屋が?」


「はい」


「剛は最初からここがそういうのに便利な場所だって知ってて俺に声を掛けたのかな?」


「ごめんなさい、でもこの多聞さんの部屋はなんだか居心地がよかったのは確かなんです」


「今日、初めて手に持って多聞さんの戦艦の細かい所とかじっくり見て、やっぱりすごいなあって私は思ったんです・・・・・・ゴメンなさい、私が落として壊しちゃったんですけど」


いつも剛や隆子は躊躇せずに多聞のプラモデルを触るのだが、江理奈は怖がって触ったことがなかった。

今日初めて手に持ってみて、一つ一つ丁寧に作られているのはよく分かった。

手に持っている戦艦がどんな歴史を辿った船の模型なのかは全く知らないが、模型が丁寧に異常な執念と執着から作られているのはよく分かった。

遠い昔に壊れた戦艦を今の時代に作る意味なんて江理奈には理解できなかった。


「でも手に持って、剛ちゃんや春菜さん、隆ちゃん達が気に入るのは何となくわかりました」


剛は分かるが、春菜や隆子が気に入っていると言うのは多聞には意外だった。


「みんな、多聞さんの小さな船がある部屋が好きなんです」


顔を上げて応えた江理奈はいつも挙動不審みたいに前屈みになっている姿ばっかりなので気がつかなかったが、胸を張ると意外と胸の勾配が現れる。

多聞は驚きながら、照れ隠しで頭を掻きながら後ろを向いた。


「この工廠は俺だけの部屋のつもりだったんだけどな・・・・・・」


女の子から素直に好意を見せられた事が少ない多聞は首を捻る。


「どこで間違えたんだろう?」


部屋に戻ろうとする多聞は立ち止まって、もう一度江理奈に向かって振り返る。


「多聞さん?」


小屋と家の間の移動用のサンダルを履いて、多聞は小屋の外に出た。

として小屋の壁際から顔を出してこちらを見ている剛と春菜と隆子の顔を見かけた。


「アイツらに言っておいてくれよ」


多聞はもう一度溜息をついた。


「コソコソするくらいだったらちゃんと謝れば俺は・・・・・・何度邪魔されても自分の艦隊を作り続けるんだって」


「直すんですか?」


「いや、また作る」


テーブルの上でボロボロになった金剛級戦艦四隻の事を思い出す。


「壊れたらまた作れば良いんだ、それが出来なくなったとき戦争に負けるんだ」

意味が分からず不思議そうな顔をする江理奈の顔を見て、多聞は顔を赤らめた。

次の日、学校に通いながら多聞は昨日江理奈に格好つけた事を後悔していた。

流石に手塩に掛けて作った戦艦を四つも一気に壊されたら気持ちも落ち着かない。また作るという気力もなかなか沸かなかった。

開戦一年以内で主力の正規空母四隻失ってもまだ戦争やろうとしていた帝国海軍は凄いなあと他人事のように多聞は思った。

学校を出て歩きながら、ぼんやりとそんな事を考えながらいつものように多聞は下を向きながら一人で下校していた。


「多聞!」


張りのある元気な声が後から聞こえた。

嫌な予感がしたのでそのまま振り返らずに多聞は歩みを止めなかった。


「無視すんな!!」


背中を思いっきり叩かれて、前のめりに多聞は転びそうになった。


「痛いなぁ」


「無視する方が悪い!」


「そうですわ」


「怠い」


「隆ちゃんそんな事言っちゃダメだよ」


多聞が振り向くと昨日の四人組が並んでいた。


「何しに来たんだよお前ら?」


「謝りに来たに決まってるじゃない」


剛は胸を張って応えた。

悪びれた様子は一切ない。後ろに立っている春菜も隆子も同様で、江理奈だけオロオロとしながらも多聞と目線が合うと頭を下げた。


「剛、早くお渡しになったら?」


「 隆子準備良い?」


「分かってるって」


気怠そうに隆子は分かったからと剛を追い払うように手を振る。

剛は大きく息を吸って、手に持っていた縦に長い大きな紙袋を多聞に差し出した。


「昨日は戦艦壊してごめんなさい」


頭を下げて剛は紙袋を差し出した。

その後で春菜はお腹の辺りで手を併せて深々と頭を下げる。

江理奈は一生懸命に隆子に声を掛けて、一緒に頭を下げていた。

初めて見る光景に多聞は思わず見取れてしまい、なにも返答が出来なかった。


「多聞、早く受け取ってよ」


「えっ?」


「ほら、コレ」


とりあえず多聞は剛から差し出された紙袋を受け取る。

あまり重くないが、大きな三十センチ以上ある長い大きな箱が入っていた。


「大和・・・・・・」


箱には大きな戦艦の絵が描かれている。

金剛級とは対称的な太い胴体と、三連装砲塔が並び、高い鐘楼に纏わり付くような高射砲と連装機銃座の折り重なる高密度感、最後の戦艦に相応しい雄志が描かれたパッケージを何度も模型店で手に取っているはずなのに、多聞は感動しはじめた。


「ディティールアップパーツ付きのタミヤ製だ、レーザー加工の二五ミリ三連装機銃パーツ付き・・・・・・」


パッケージを持ちながら多聞はただ我慢しても零れてくる笑いから、引き攣ったような笑顔になる。


「作りやすいタミヤ製のキットとディテールアップパーツ、フジミ製の大和も良いけどやっぱり最初のウォーターラインシリーズの戦艦を作ったタミヤの大和は良いよなあ、良さがある」


既に紙袋を腕に掛けて、箱を開けてキットの中身を覗き始める。

人の往来がある道路でプラモデルの箱を開けて、大事な宝箱を覗き込むように多聞はキットを凝視する。


「ちょっと多聞?」


「あっ」


剛が頭を上げて多聞を睨み付ける。


「すまん」


「私達が折角謝ってるんだから、なんか言ったらどうなのよ!」


「謝る?」


「ああもう!」


剛は拗ねた。


「とりあえず変わりにと言うわけではありませんが、壊れた戦艦とは別のモノを用意致しましたの。本来は同じモノを用意するべきなんでしょうけど・・・・・・」


春菜が後から声を掛ける。


「とりあえず一番高そうなので手を打った」


隆子は興味なさそうに言うと、隣の江理奈はすぐに頭を下げた。


「すみません、ラッピングもしてなくて・・・・・・」


どうやらこれが剛達四人組の謝罪の形らしい。


「無駄よラッピングなんて、すぐにこうやって箱開けてニヤニヤし始めるんだから、キモ!」


謝りに来たと思ったらまた馬鹿にされていることに気がついた多聞は箱を閉じる。


「今更気を使われてもな」


大和の箱を袋に戻して、


「返品は出来ないからね、僕がその戦艦渡されても作れない」


「私だって要りませんわ」


「邪魔」


「ごっごめんなさい!」


四人それぞれの反応を聞いて、多聞はそりゃそうだと苦笑した。


「わかったよ、俺が作る」


「ねえねぇ出来たら最初に僕に見せてね!」


「なんだ興味あるのか?」


「ない」


剛のハッキリとした返事に、ふと多聞は女の子が戦艦に興味持つ世界ってないのかと想像した。

大きな瞳を輝かして剛は多聞を見つめる。

思わず多聞は顔を背ける。


「とりあえずお菓子も買って来ましたので、お茶にしますわよ」


「わたしここの葛羊羹好き」


「今度はちゃんと多聞さんの分も買ってあります!」


笑顔でお菓子の話しをする春菜達は、早く行こうと即すように多聞より先に歩き出した。


「ほらグズグズしない!」


剛は動かない多聞の腕を引っ張る。


「まあ、戦艦に興味ある女の子だらけの世界なんて俺の居場所は無いな」


「なに?」


剛は怪訝そうな顔をする。


「なあ、なんで壊した金剛級四隻にしなかったんだ?」


「さぁ、何でだろう。みんな何も言わなかったよ」


剛は直ぐに顔を背けたので表情は分からなかった。

多聞はとりあえず剛に腕を引かれながら、レイテ湾に突入する栗田艦隊の気持ちは、こんな何が起こるか不安でしょうが無い感じだったのかと思った。

でも多聞は栗田艦隊と違って自分はもう引き返せない所に居る気がした。

戦艦という多聞の揺るぎない羅針盤を壊した少女に腕を引かれて、多聞は歩き始めた。




END

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ウォーターライン さわだ @sawada

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