第二章 僕とムカつく仲間たち

第6話 見習いくん


「ほんとに? やったー」

 わざとらしく喜ぶ成の声が耳に入ってくる。こいつの声を聞くとなんか腹立つ。「思った通り」という成の内心が聞こえてきそうだ。段々と辞めたいという気持ちに傾いてくる。

「じゃあ、今日からシュウちゃんは『見習い』ね」

「は?」

 『見習い』? なんだそりゃ。

「そー、『見習い』。入りたての子はみんな一度は経験することだから。本当は一人で見張るんだけど、一か月ほどは毎日誰かと一緒に飛鳥ちゃんを守ってね。それを無事にクリアすることが出来たら正式に僕らの仲間になることが出来るから」

 不快な機械音と共に不可思議な言葉が聞こえた。ただのストーカー軍団と思ったら、入団テストみたいなことをするらしい。なんというか、この変態集団は変なとこで真面目だ。

「それじゃあ、今日の夜からよろしくね」

「え!? 今日!?」

「都合でも悪いの?」

「いや、その急すぎて全然心の準備が出来てないというか・・・」

「まあ今日は初日だからそんなに身構えなくても大丈夫だよ。ちゃんと先輩がいるんだし。そんじゃ、ま、がんばってねー」

 成は軽く言い放ち、一方的に電話を切った。

「・・・・」

 ほんっと、自分勝手な野郎だな! なんか予定が入ってたりしてたらどうするんだよ。まあ、悲しいことに今月の予定はバイトぐらいしかねーけどよ! 僕はイライラしながら、スマホをズボンのポケットに突っ込んだ。

 てかあいつ、集合場所とか言ってなくね? ・・・まあ、あいつのミスだし。僕が悪いわけでもない。今日はこのまま行かなくてもいいよな。だって何時にどこ向かえばいいのか分かんないし。それに急にストーキングしてこいとか、マジ無理だわ。

 すると程無く、LINEが来たときの音が僕のスマホから聞こえた。嫌な予感しかしない。おそるおそるポケットからスマホを取出し、画面を見ると、待ち合わせのことについての内容だった。

 未読スルーしようかな。と考えていると、再び通知が来た。そこには『飛鳥ちゃんのことで未読スルーするのはご法度だからね? もししたらお仕置きだゾ☆』と書いてあった。

 お仕置きってなんだよ。怖っ。イっちゃってる集団なだけに、何をされるか分からない。結局行くしかないんだと、僕は諦めてLINEを開いた。



「おっせーよ。このひょろノッポが!」

 成に言われた時間に成に言われた場所まで来ると、一番相性の悪そうな奴が目の前で立っていた。――――初日から男女かよ。ついてねーな。

 黒いフードつきのパーカーに黒いズボンという恰好をしていたため、周りに街灯がなければ暗闇に同化してそうだった。なぜ初っ端からこいつとストーキングもといSPごっこしなければならんのだ。もっとマシな組み合わせは無かったものかね。・・・まあ、ゐたみんではないだけ有難いけど。

「いや、時間通りに来たし」

 僕は黒いフード目深に被った麗に反論した。

「普通、五分前には来るもんだろ? たっく、マナーがなってねーな」

「いやいや麗君。多分だけど、僕の方が年上だよ?」

 目上へのマナーがなっていないと言い返すと麗はフッと笑った。

「でも、この隊の中じゃお前は一番の新入りで、自分は先輩だ。年齢じゃなく、ウチは入った順なんだよ」

「相撲界かよ」

 生意気な奴。いつかぎゃふんと言わせてやる。

「マナーのお勉強が終わったら、サッサと付いてこい。もうそろそろ飛鳥のバイトが終わる時間だ」

 麗はくるっと僕に背を向け、小走りした。そのあとに僕も渋々付いて行った。


 麗はオシャレなレストランの近くまで来ると、その近くの廃ビルの中に入っていった。

「ほら、お前もこの中に来て身を隠せ」

 麗の隣に一緒になって隠れると、小声で麗は説明しだした。

「飛鳥はこの店のウエイトレスとして働いてるんだ。だからここがベストポジションなんだよ。怪しい奴がどこにいるかも探しやすいし、従業員が出てくる裏口も見える。だから、飛鳥がバイトの時はここで見張るのが一番だ。よく覚えておけ」

 どうやら、という名目は本当らしい。裏口側では厨房の小さな窓しかない。せっかく表は丁度飛鳥さんの働きぶりが見える全面ガラス張りの造りだというのに、だ。裏で見えるのは汗水たらして料理を作るおっさんの顔のみ。よくみんなやるよ。

「この店には入らないのか? よくお客がしつこくウエイトレスに言い寄るとか聞いたことあるけど」

「だとしても店の中で大っぴらにはやんねーだろ? やるとしたら店を出てから。そっからのが危ないんだ。それにここは基本女性客ばっかだしな。男が居ても彼女連れだし。彼女いるのに女口説く奴はいねーだろ」

「なるほど」

「それにそんな店に野郎だけが店に入ったら完全に怪しまれるだろ。しかも飛鳥がシフトに入るたびにとか。出禁になるわ」

「・・・・」

 確かに男だけで入るには勇気の入りそうな店だ。洒落たヨーロッパの片田舎をイメージしたその店は、如何にも女性をターゲットとした感じであった。

「あ! そだ」

 不意に麗は鞄から何かを出した。どうやら飲み物らしい。ペットボトルの蓋を半分開けて僕に渡した。

「ほら、喉乾いたろ」

「・・・ありがとう」

 ただの生意気な奴だと思っていたが、そうではないらしい。めちゃくちゃ気が利くじゃねえか。僕は一気に半分まで飲み干した。

「それ、炭酸なのによく飲めるな」

 麗は呆れた顔をしていた。

「炭酸、うまいじゃん。もしかして苦手なの?」

「飲めないことはねえけど、一気飲みは無理。咽るわ」

「この飲み方がいいんじゃん」

「わかんねー」

 そう言って麗も僕と同じジュースを飲むが、本当に苦手なようで一口二口しか飲まなかった。僕はふと、今まで疑問に思っていたことを訊いてみることにした。

「そういえば麗っていくつなの?」

 僕より年下という事は訊いた。しかし、僕が見る限り、彼は高校生のように思える。もし本当に高校生だった場合、夜は外出禁止とかいう法律があったはずだ。

「十七だけど」

 一瞬、時が止まった。恐る恐る時計を見てみる。時刻は11時を回っていた。

「高校生じゃん! 補導されたらどうすんの!?」

 やばいよ、これ。確か一緒にいる大人も捕まるんじゃなかったっけ。どうすんだよ。童顔に見られるけど、一応、こっち大人だぞ。

「チッ。いちいちキンタマの小さえ奴だな。そうならねえようにフード目深にしたり黒で服を統一して目立たねえようにしてんじゃねえか」

「いや、逆に怪しいって。職質されるよ!」

「気にすんな」

「いや、気にす―――」

「シッ」

 麗は僕の唇を抑えた。柔らかく、細い指が顔に絡まった。麗に促されて、裏口に目を凝らすと、従業員が出てきた。そしてお互い『お疲れ』と声を掛けあうと、それぞれの方向に歩き出した。どうやら飛鳥さんと一緒の方向に帰る人はいないらしい。他の従業員が見えなくなり、かつ飛鳥さんを見失わないタイミングで「行くぞ」と麗は囁き、飛鳥さんを尾行する。

「これ、他の従業員に気付かれないの?」

 気になって小声で麗に訊く。

「さあ? けど一度も通報はされたことねーし。ないんじゃね?」

 麗は飛鳥さんから目を離さずに答えた。そういうんもんだろうか? 毎回毎回飛鳥さんの側で見張る奴が居たら、誰か一人くらい気づきそうなのに。

 一定の間隔を保ちながら麗は飛鳥さんをつけていた。ある時は電柱だったり、草叢だったり。なるべく身を隠しながら後をつけるのが基本らしい。何でも飛鳥さんには普通の日常を過ごして貰いたいかららしい。僕たちみたいなのが近くで見張っていると飛鳥さんが知り合いに見られたとき困るらしく、それが基本になってるとか。確かにな、と思った。ゐたみんとかが傍に居たらややこしい事態になりそうだ。

「おい! もっとしっかり身を隠せ」

 麗は僕の服をグイッと引っ張り引き寄せ、しゃがませた。その時、麗の髪から甘い匂いがした。ぴったりとくっついている部分から華奢な身体つきが伺える。ふと下に視線を下ろすと長い睫毛と雀斑、そして適度に潤んだ唇があった。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

 これはやばい。瞬時にそう思い、思いっきり息子を抓った。男に欲情するとかありえねーだろ。欲求不満なのか? 確かに大学に入ってから自分でしか慰めてねーけど。でも、男だぞ? 女にも見えるような中世的な顔立ちの子だが、それでも男だぞ? 

 もう一度、下に視線を下す。やはり女にも見える。いい匂いもするし。こいつ絶対、女受けいいだろーな。女って中世的な美形が好きだし。

 そんなことを考えていると、徐に麗は立ち上がった。

「ちょっとトイレに行ってくるわ」

 麗は隠れていた茂みから出ていく。

「え!? は、ちょ・・・」

「このまま普通につけていけばいいから。すぐ戻ってくる」

 と言い残し、飛鳥さんが歩く方向とは逆の方へと走り去った。


 なんでこのタイミングでトイレなんだよ。この辺茂みだし、もうその辺で済ませろよ。男なんだからよー。もしお巡りさんに見つかったら一体どうすれば・・・。

 このままバッくれようかとふと飛鳥さんの方向に視線を向けると、飛鳥さんは何事もないかのように規則正しく靴音を鳴らしながら歩き続けている。

 もしここで帰ったら、麗にこのことを報告されるよな。そしたら裏切り者として制裁を受け、今まで以上に飛鳥さんの傍に近づくことが難しくなる。こういうのって全くの他人よりも裏切り者の方が厳しい罰を受けるのが定石だし。結局のところ、僕は飛鳥さんを尾行し続けるしか道は残されていなかった。

 しかし本当に彼女はいい女だ。細い腕とキュッと締まったウエスト、そして何よりも足が綺麗だった。細すぎるわけでも無く太すぎるわけでも無いその足は、ヒップラインが見事なことは勿論の事、足の付け根の当たりと膝の上下の隙間、そして足首当たりの隙間がいいバランスで空いている。あんな綺麗な足を自分の思うがままにすることができたなら―――――


 ――――て、さっきからなんでそういう方向に思考が回るんだ、僕は! これじゃあ僕が一番の危険人物じゃないか。性欲は薄いほうだと思っていたのだが、今回は相当溜まっているらしい。飛鳥さんだけでなく麗みたいな男にも欲情するだなんて。ああ、もう。さっさと家に帰りてえ。このままじゃ犯罪犯しちまいそうだ。てか、麗、遅いな。もしかしての方なのか? だからさっきの茂みではなく、トイレのある方に向かったのかも。

 飛鳥さんが歩いている前方の方からこちらに向かってくる人影が見えた。そちらに注視すると、中折れ帽を顔が見えなくなるまで被り、ロングコートを中が見えない様に両手で掴んで着ている人物だった。春とはいえ、こんな暑い日にロングコート? 僕は直感的に怪しいと思った。するとそいつが飛鳥さんの存在に気付いた。にやりとそいつが笑ったように見えた。僕は隠れていた場所から飛び出す。するとそいつは僕がいることにも気がつき、顔をそむけ小走りで走り去っていった。

 春とはいえ、初日で不審者を発見するとはな。この辺は不審者が多いのだろうか?

「よ!」

 急に声を後ろから掛けられ、振り向くとそこには麗がいた。

「『よ!』じゃねーよ。今、危ないとこだったんだぞ!」

「さっきすれ違ったロングコートの奴のことか? 多分露出狂だよな、あれは」

 何とでもない様な顔をして、ちびちびと炭酸を飲み始める麗。

「いや、もっと慌てろよ」

 大切な飛鳥さんがもう少しで不浄なものを目にするとこだったんだぞ。

「はあ? なんで慌てる必要があるんだよ?」

「いや普通そうだろ」

 てか、お前らストーカーどもにとったら、飛鳥さんにそんな汚物を見せるのは発狂ものなんじゃ? てっきりそいつに制裁をするのかと思っていたくらいなのだが。

「飛鳥の性格だったら、あんなの見ても動じねーよ。寧ろ『ちっさ』とか余計な一言を言って、相手のプライドを傷つけちまうくらいだ」

 確かに。

「けど、そしたら相手が逆上する可能性もあるじゃんか」

 逆上するタイプだったら、もっとひどい目に遭わされていたかもしれないのに。大事にしている子が危険な目に合っているかもしれなかった場に居合わせてなかったとしたら、僕だったら後悔するのに。すると麗は深いため息を吐いた。「こいつ全然分かってねーな」とでも言いたげな眼差しだ。

「何のためにお前がいると思ってんだよ」

「え?」

「だからよ、お前も飛鳥に魅了されたクチだろ? 同じ漢だったら飛鳥の身の安全は命をかけて守るだろ」

 思ってもみない言葉だった。正直僕のことを嫌っているかと思っていたからな。『信頼している』という感じの言葉がこいつから出てくるとは。

「いや、そこまでは言ってねーし!」

 麗は耳を真っ赤にさせて反論した。また心の声が出てしまったらしい。しかしこいつ、案外扱いやすいかも。

「てか、お前、もう帰れ!」

 麗は唐突に言いだした。

「なんでだよ」

 帰れるのは嬉しいが、あともう少しで飛鳥さんが分かるというところまで来てる。ここで帰るのは何とも惜しい。さては、嫌がらせか? すると、麗が僕の股間あたりに指を指してきた。

「!」

 今度は僕が赤面する番だった。

「さっきから発情した猿みたいな顔しやがって。どんだけ女に飢えてんだよ!」

「うるせー!」

 畜生。なんでこんな時に。恥しすぎる。

「さっさと家帰ってオナってろよ、糞童貞が」

「おまっ、言うに事欠いて『童貞』って。言っとくがとっくに『卒業』してっからな!」

「けど溜まってんだろ?」

 これは何も言い返せない。二年間ご無沙汰なのは事実だからだ。麗は勝利を確信したかのように鼻で笑った。耳まで真っ赤になるのが自分でもわかった。

「ふんっ。じゃあな! せいぜいパクられねーように気をつけろよ!」

 ゲスい笑いを浮かべながら、麗は捨て台詞を吐いた。


 畜生畜生畜生! ちょっとはいい奴だと思い始めていたのに。やっぱりあいつは悪魔だ。絶対気を許すもんか! そう決意し、鼻息荒く自分の家に帰っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕とストーカーの物語 久遠海音 @kuon-kaito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ