第4話 Why?
――――なぜこうなった。
走馬灯のように今までの出来事を振り返ってみたがやっぱわからん。いや、ターニングポイントは分かっている。しかし、だからと言ってどうしてこうなる。おかしい。なぜ僕の人生はこうなってしまったのか。極々普通に過ごしてきたはずなのに! なぜ、こんな得体の知れないやつらと喫茶店に来ているんだ? この状況はどう考えてもおかしい。てか、心底帰りたい。飛鳥さんがこの場に居るなら別だったのだが。
「飛鳥、なんで帰ったんだ?」
男女がオレンジジュースをストローでチュウチュウ吸いながらゴリラに訊く。ゴリラはこういう洒落た喫茶店に入ることが無いのか、始終そわそわしていた。
「急に体調不良で来れなくなった子が居て、シフト変わったんだ」
「あー、じゃあ今バイト中か。だからお前当番なのにここにいるのか」
「うん」
「なんで飛鳥さんがバイトの時はスト・・・ボディーガードをやらないんだ?」
普通に疑問に思ったので、二人に質問をしてみた。しかし、男女はゴリラの方に向けていた顔を正面に向け、わざとらしくガキに話しかける。そして僕の隣にいるゴリラはというと、顔を下に俯かせた。二人とも無視かよ。
「ごめんねー。麗はツンデレなんだ。根はやさしい子なんだよ」
右隣のチャラ男が、男女を指さしながら言う。
「そんで、君の左に居るのが正人ね。正人、恥ずかしがらずに挨拶しな」
「ど・・・ども」
一瞬だけ、目を合わせると、すぐさま下に目線をやる。ガチコミュ障かよ。こんだけガタイ良くて熱血スポーツマンみたいなのに。やっぱ人は見た目で判断しちゃダメだな。
「そんで、正面の人達だけど、左から良・駿・ゐたみん・清さんだよ」
正面のガキ・インテリ・ヤクザ(仮)・ホームレスの名前を順番にチャラ男は教えてくれた。この人だけはなぜか一番友好的だ。あまりうれしくないけど。
「え、あの強面の方が『ゐたみん』・・・?」
小声でチャラ男に確認を取ると、同じく小声で「イエス」と返ってきた。
「かわいいでしょ。飛鳥ちゃんが付けたんだー」
・・・一体、彼女はどんなセンスをしているのだろうか。よく彼は怒らないな。けど、確かにこの呼び方をすれば怖さがかなり薄まる。遠慮をせずに(心の中だけは)使うことにした。
「そんで僕は『飛鳥ちゃんを守り隊』団長の成瀬智明。気軽に『成』と呼んでね」
キュピーンと効果音を鳴らしそうな勢いで、カッコつけて自己紹介するチャラ男、成。その様子を見た周りの席からはひそひそと話され(話されているのは成だけのせいじゃないが)、しかも他の団員からは普通にスルーされている。ああ、みんな慣れているんだな、と密かに思った。
「・・・というわけで、さっきの質問なんだけど」
何事も無かった(まあほんとに何も無かったんだけど)かのように椅子に座り直し、成は話し出した。ああ、こっちも慣れているんだ、と素直に思った。
「僕たちは、ストーカー集団じゃないんだ。言わば鉄の掟を持った親衛隊。『飛鳥ちゃんの迷惑になることは絶対にしない』これが僕たちにとって絶対の掟だ」
え? 本人、めっちゃ迷惑がっていましたが?
僕の中に芽生えたそんな疑問を知ってか知らずか、説明を続ける。
「だから、彼女を見守るのは行きと帰りと家が中心。バイトや授業中、友達とのショッピング等プライベートな活動を行っているときは絶対にしない。彼女のプライバシーを尊重してのことだ」
えへん、と威張るように言う成。『いや、プライベートを尊重するのは普通じゃないのか』と突っ込むべきか、『そもそも見守るのもアウトだろ』と言うべきか、いろいろ突っ込みどころのある説明文だった。しかし、その中でも一番僕が気になったのは『家』という単語。まさかとは思うが、一応確認をしてみた。
「家ってまさか盗聴・・・」
「あはは。そんなことしないよぅ」
ホームレス風というか、確信をもって絶対ホームレスであると言える清さんが口をはさんだ。
「それやったら完璧に犯罪だからねぇ。てか、飛鳥ちゃんを守るのにそんなの必要ないし。ただ彼女の周りに不審者が近寄らない様に家の周りを見張るだけだよぅ」
「そう。僕達とストーカーの大きな違いと言ったら、その対象者を舐めるように見つめるか、その対象者の周りを舐めるように見張るかだよ」
キラーンと音を立てそうな勢いで恰好づける成。しかし、強面なゐたみんもそれを無視して話す。
「俺らはな、飛鳥ちゃんを見つめていたいわけじゃねえ。守りたいんだ。その辺の意味をはき違えるんじゃねえぞ」
ピッとタバコで僕を指す。普通のことを普通に言っているっぽいのに、なぜか凄まれたかのように感じてしまう。
「分かりました・・・」
つい返事が敬語であるとともに、消え入りそうな声になってしまった。
「! ちょっと、ゐたみん。良が居るのですよ。少しはタバコを控えなさい」
弁護士の駿ってやつは、メガネをクイッと上げながら、ゐたみんを注意する。
「おっと、わりぃ。つい癖でな」
じゅっとタバコを灰皿に押し付けて火を消すゐたみん。
「おい、駿。俺をガキ扱いすんじゃねえよ」
「子ども扱いをしたわけではないさ。ただ若者にとって、タバコは害のあるものだから注意をしたまでさ」
駿は上手に言い訳を並べると、良は「なんだ、そいうことか」と機嫌をすぐに直した。「やっぱガキだな」と僕はついポロッと零してしまったが、幸か不幸か良は見栄を張って頼んだブラックコーヒーを無理矢理流し込んでいたために聴いていないようだった。
「―――で、なんであなたたちはこんなことをやっているんですかね?」
そして、僕はなぜこんなことに巻き込まれているのでしょうか。これも聞いてみたいが、この質問に対してまともな答えが返ってくる可能性が低いため、このセリフを無理矢理飲み込んだ。
「よくぞ、訊いてくれたね、シュウちゃん!」
成は顔を僕にグッと近づけた。あ、なんか嫌な予感がする。瞬間的に僕は判断した。
「それは僕が高校生の頃から始まる壮大な結成ストーリーなんだ!」
遠い日を見つめるような顔をして、舞台俳優のように大げさな身振りで話し出した。
「高校生の頃、彼女と同じクラスに入ったのがすべての始まり」
成の目は糸目になっていった。
「彼女を一目見てビビッときたね。彼女こそ僕の女神だと! 陶器のような白い肌にサラサラとした黒い髪、口紅も塗っていないのにまるで赤いバラの花びらを散らせたかのような唇に切れ長の神秘的な瞳。体のラインも言うまでもなく完璧で、細すぎず太すぎずいい肉体美。彼女以上の人なんか存在しないと、瞬間的に思ったね」
・・・僕も似たようなこと思ったけど、こうして口に出されると、スゲー気持ち悪いな。しかも唇の下りなんか『なんか詩的でかっこいいこと言えた』とかぜってーこいつ思ってやがる。顔がもうドヤッてる。
「最初は遠くから見ているだけで十分だった。彼女とすれ違うこのひと時を味わえればいいと思ってたんだ。―――あ、『見てるだけ』ってのはストーカー的な意味じゃないよ。授業中とか好きな子に目が行っちゃう感じのやつ」
「あーつまり、一目ぼれだと?」
「いやいや! まあ、そんなようなものだけど、君の言っている意味とは多分違う。僕のような存在が飛鳥ちゃんの彼氏的ポジションに着くとか考えるだけでおこがましいからね」
「は?」
何言ってるんだこいつ? いや、確かにそうだとは思うが、自分で言うか?
「つまりだね。君、アフロディーテが絶世の美女だからといって付き合いたいと思う?」
「全く思わな――「そう、つまりはそういう事だ!」
成は『分かるだろう?』と言いたげな目で僕を見てくる。これ、どうすればいいんだよ。他の奴らに目を向けても皆目を合わせようとせず、各々自由に喋っている。おい、誰か助けろ!
「女神の恋人のなろうなどと誰が思おうか。僕はひっそりと彼女を崇めていたいだけ」
崇めるとか、怖っ。こいつ、なんか狂ってる。只のチャラ男じゃねえ。
「しかし、僕はある日彼女のある人間性に気付いてしまったのだ。それはなんだと思う?」
「さあ?」
面倒なため、全く分からない風に口には出していたが、噂と先ほどの出来事を考慮に入れると天然であることかな、ぐらいには思っていた。
「彼女は――――――天然なんだ」
成は思いっきり溜めた。溜めてから答えを言った。しかし、僕としては内心そうだろうなーと当たりをつけていたし、そんなリアクションを求めるような顔をされても、大して驚く内容じゃないから、ほんと、そのテンション止めてほしい。
「なんだよ、つまらん」
ボソッと成は不満を言うと、「まあいいや」と話を続けた。
「あんな女神のような外見かつパーフェクトな頭脳の持ち主なのに、『天然』というこの事実は飛鳥ちゃんにどんな危険が待っているか考えただけでも恐ろしいっ」
「え。けど、飛鳥さん、その天然さで身を守れているとこあるよね」
僕は可哀想な初心な男子大学生の話を思い出していた。
「まあ、確かに自らで守れちゃっている部分はある。しかし、それは初心だったり、チキンだったり、危険性ゼロの牙の丸いオオカミに対してだけだ! 本当に恐ろしい牙の鋭い狡猾な狼に対しては、飛鳥ちゃんの『天然』という性質は襲ってくれと言っているようなものである!」
確かに。言われてみればそうだ。あの天然さが分かるエピソードだが、もしあの男子大学生がそれで引かず手八丁口八丁で誰もいないところに誘うような悪い輩だったら、飛鳥さんを襲っていた可能性もある。『天然』という武器は相手次第の諸刃の剣だ。多くの危険を退くことはできても、本当に危険な事には一番ヤバいのかもしれない。
「だから僕は『飛鳥ちゃんを守り隊』を作ったんだ。彼女を危険な魔の手から救うために。そして、それにみんなが賛同してくれた。だから、僕らは協力して彼女を交代で守っているんだ」
いつの間にか、他のメンバーも各自の話をやめ、こちらに顔を向けだした。
「僕らも飛鳥ちゃんも君が僕らに加わる事には賛成だ。けど、僕たちは君の口から聞きたい。君は入るのかどうかを」
この時まで強制に入らさられると思っていた僕は、まさかクーリングオフ期間があったことに驚いた。確かにこの話を聴くまでの僕だったら『入りません』と即断っていただろう。しかし、彼らには彼らなりの正義があるのだと、分かった今は彼らの言い分は理解できる。だから――――
「入りません」
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