第3話 不審者


――――てか、僕は一体何をやっているんだ?!


 少しずつ冷静さを取り戻してきた僕は、今の状況を客観的に整理してみた。

 最初は人混みに紛れるかのように彼女を追いかけていた。そして周りに人が少なくなると、何を思ったのか電柱の陰に身を潜め、数メートル先の彼女を見失わないようにちらちらと様子を窺っている。


 今の僕は、正しく・・・ストーカーだ。


 冷や汗がダラダラと流れ出てくる。これ、犯罪じゃん。何やってんだよ。こんなんでもし飛鳥さんに途中で気付かれたりなんかしたら、不審者確定だ! 大学に二度と通えなくなる。やばい。気付かれる前に何としてもこの場を退散するんだ。


 その時、前の電柱で何か動いたのがちらっと見えた。


 気になって、前の電柱をじっと見てみる。するとその陰には、春といってもまだ肌寒いのに、タンクトップ一枚の筋肉モリモリの野郎がいた。

 なんだ? あのゴリラ野郎。あんなでかくちゃ、電柱に隠れる意味ないだろう。てか、なんで電柱なんかに隠れてるんだ? 

 不審に思ったので、ゴリラの視線の先を見てみる。


 ! まさか、飛鳥さんをつけているのか!? 


 ゴリラの視線の先には間違いなく飛鳥さんがいた。

 何てことだ! 彼女はストーカー被害に遭っていたのだ。

 そうと分かればここは退くわけにはいかない。彼女を付け回す不貞な輩を遠ざけさせなければ。

 そしてそれをきっかけに彼女と仲良くなって、ストーカーから守ってくれた僕を彼女は・・・。

 にやにやとそんな妄想を繰り広げていると、後ろから肩をグイッと掴まれ、無理矢理後ろを振り向かされた。


「おい」


 ドスの利いた声。一瞬にして、にやけていた顔が青ざめる。僕の正面には、過去も未来も絶対関わることはないと思っていた強面の人だった。

 サングラスの奥から見える目は鋭く、少しでも動こうものなら捕食されそうな勢いだ。何か喋らなければとは思うが、脳が上手く言葉を紡がない。口も上手く動かず、喉から空気がヒューヒューと漏れていくばかりだった。


「てめえ。なんで飛鳥ちゃんの後をつけてるんだ、ああ?」


!?


―――飛鳥・・・ちゃん? 

この人、飛鳥さんの知り合い!?


 え? どういうこと? 僕の頭はショートしそうなほど混乱していた。もしかして叔父さんとかかな。昔、結構やんちゃしててー的な。てか、飛鳥さんの知り合いってことは絶対それだ。ヤクザなわけがない。そんな人だと勘違いしたとか失礼だろ。きっと、この人はかわいい姪が誰かに後をつけられていることに気が付いて、引き止めた的なあれだな。ここはちゃんと誤解を解いて貰わなければ。徐々に落ち着きを取り戻してきた僕は、説明しようと口を開きかける。だが、それよりも先に強面の人が捲くし立てる。


「なんとか言わんかい、ゴラアア! 事務所に引っ張るぞ」


 ・・・。『事務所』って。もしかして、モノホン?! 弁明しようと思ったが言葉が出ず、アホみたいに口だけが半分開いていた。

 ヤクザと知り合いって。飛鳥さん、あなたはいったい何者なんですか? 飛鳥さんに対しての謎がどんどん深まっていく中、僕はただ棒みたいに立っていた。一瞬でも瞼を閉じれば食われそうなほどヤクザの迫力は凄まじいため、僕の眼球はカッサカサだった。

 強面の人は舌打ちをした。すると、どこかに電話をかける。少し離れたので、電話の内容は聞き取れないし、今なら逃げようと思えば逃げられる。だが、僕の中ではなぜか逃げるという選択肢が出てこず、どうすれば誤解を解くことができるのか、ということばかりを考えていた。


 

 しばらくすると、ぞろぞろと人が集まってくる気配がした。ああ。僕はこれからリンチに遭って、東京湾に沈められることになるんだ。なぜか他人事のように客観的に自分を見つめていた。しかし、やってきた人は予想とは全く違う人種の人達だった。


「よお、ゐたみーん。怪しい奴ってそいつぅ?」


 普通に大学生活をエンジョイしている感じのチャラい茶髪男子大学生が、知り合いに軽く挨拶するノリでヤクザっぽい人に話しかける。どう見てもヤクザと知り合いの危ない奴には見えない。

 しかも集まってきた他の人たちもみんなそうだ。てか、誰ひとり同系統が居ないというか、どう考えても一生お前ら友達になんないだろっていう感じの集まりだ。インテリみたいな人はバッジから察するに弁護士のようだったし、どう見ても小学生くらいにしか見えない子供や、果てはホームレスみたいな人などなどが一堂に会していた。


「こいつ、ヘタレそうじゃん。ゐたみんが一喝すればいい話ジャン。わざわざ俺たち呼ぶ必要ないって」

 小学生が僕を見下すように言った。

 このガキ。シバキ倒すぞ。しかし、ヤクザは間髪入れずにそれを諭す。

「いいか良。人を見た目で判断するな。判断するなら目だ。こいつは目に獣を宿していた。それどころか俺の恫喝に微動だにもしなかった男だ。ただ者じゃねえ」

 ヤクザっぽい人は、小学生に目線を合わせ、そう注意した。見た目ほど怖い人では無さそうだ。だが、しゃがんだ時に見えた頭の傷が、ただ者じゃないことを臭わせていた。


『買い被ってくれているのは嬉しいですが、ただ単に恐怖で固まっていただけです』

 そう言いたかったが、喉が渇いて言葉も出なかったし、わざわざ誤解を解く必要もないしで、黙っていた。


 けど、これは本当になんの集まりだ? 一人を除いて、どうみても暴力団関係者には見えない。かといって、全員に共通する趣味とかがあるようにも見えない。


 すると、聞き覚えのある、澄んだ綺麗な声が耳に入る。 


「どうしたの? みんな」

 

 後ろを振り返ると、そこには飛鳥さんがいた。


 !? やっぱりこの人たちと知り合いなのか!

 それにチャラ男が手をひらひらと振りながら答える。

「やあ、飛鳥ちゃん。実はねー、飛鳥ちゃんをコソコソつけてるアヤシイ人物がいたんだよ」

「いやっ、違います! これには訳がありまして―――」

 今まで出なかった声は急に出るようになり、僕は必至に弁明の言葉を紡ごうとした。飛鳥さんに変質者のレッテルを張られるわけにはいかない。しかし、飛鳥さんの堂々と横に立っている男を見て、言葉を失う。


 は? なんでここに・・・? 


 怒りが湧き起こってきた僕は、そいつの胸ぐらを掴み、激しく怒鳴りたてる。


「てめっ、ゴリ・・・じゃない。何堂々と飛鳥さんの横に突っ立ってるんだ、このストーカー野郎!」


 そこには僕が追いかけていたストーカーゴリラが居た。

「ストー・・・カー?」

 飛鳥さんは不思議そうな顔で、僕とゴリラを交互に見る。

「おい、離せよ」

 ゴリラは睨みを利かせながら、僕の手を振りほどいた。クソが。そんな態度取れなくしてやる。

「そうですよ! 僕はコイツが飛鳥さんの後をつけていたのを見たんだ! だから飛鳥さんが危ないと思ってこいつを捕まえる隙を伺ってたんだよ」

 きっとこいつは飛鳥さんの知り合いの一人なのだろう。何食わぬ顔で駈けつけ、自分を棚に置いて僕を断罪しようとしたゲスな奴に違いない。こんな奴は飛鳥さんから一刻も早く遠ざけなければ。

 飛鳥さんは考え込んでいる様子だった。そりゃそうだろう。知り合いに尾行されているなんて思いもよらない筈だ。きっと混乱しているんだ。

 他の取り巻き達はぽかーんとしている様子だった。ただヤクザっぽい人とチャラ男、ビジネスマンはそれぞれ「なるほど」と呟いていた。


 え? てかそれだけ? 


 僕は拍子抜けした。他は別として、ヤクザっぽい人はすぐさまゴリラに掴みかかるかと思っていたのに、どうも何もしようとしない。どっちかというと、「気をつけろよ、ゴリラ」と言いたげな目でゴリラを見ていた。

 すると、やっと思考回路が回ったのか、飛鳥さんは口を開いた。

「そうだったのね。それは気が付かなかった」

 驚きの交じった声。それはビックリするよな。今まで知らず知らずにストーカーとかされていたんだから。


「ごめんなさい」


 飛鳥さんはなぜか俺に謝ってきた。

 え? 普通ありがとうとかお礼の言葉では・・・。

 あ! そうか。もしかしたら「ご迷惑をかけてすみません」的な感じかな。きっとそうだ。彼女は慎ましい性質なのだろう。

「いやいや。僕は当然のことをしたまでだよ。女の子がストーカー被害に遭っているのに無視なんてできなよ」


「いえ。そういうことではないの!」 

 飛鳥さんは、本当に申し訳なさそうな顔をしている。一体どういうことだ? 周りの男たちも、「たっく、正人はドジなんだから」「成、どうする?」「んー、ここは静観かなー」と口々に言ってる。僕の頭は?マークでいっぱいだった。


「一体、どういうことか、説明してもらえますか、飛鳥さん」

 この訳の分からない空間から抜け出したくて、飛鳥さんに恐る恐る尋ねた。なんだろう。とても嫌な予感がしてならない。なんだかとんでもないことに首を突っ込んでしまったような感じだ。

「その・・・彼らはストーカーじゃないの」

は? 『彼ら』?

「なんというか、ボディガードみたいな・・・」

「・・・・へ?」

 ボディガード? お金持ちだったらそれもあり得るかもしれない。けど飛鳥さんは、タカ情報によると、一般家庭のはず。

「確かにそうよ」

 僕は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。どうやら、声に出していたらしい。

「誤解しないで欲しいのだけど、私が頼んだわけではないの。彼らが勝手に行ってることであって。でも、彼らを止められない私にも責任があるというか・・・」

 頼んでいなくて、勝手にやってるって、それストーカーじゃね?

「ごめんなさい。どうか彼らを責めないでほしい」

「いやいやいやいや! なんで飛鳥さんが謝ってるの」

深々と頭を下げる飛鳥さんに思わず突っ込みを入れる。

「いや。止められなかった私が悪いのだし」

「いや、そうじゃないだろ!」

 何? この子天然なの!? てか、それよりまず・・・

「『彼ら』ってなによ。このゴリラ以外にもこんなことしてる奴がいるってこと?」

「? ボディガードのことなら、ここにいる皆がやっているけど」

「は?」

 ここに集まった奴全員ストーカーとかどういうことだよ。何この子。天然とかそういう概念飛び出しちゃってるよ。七人に堂々とストーカーされながら、それに気づいていないとか、ありえないだろ。

「ストーカーとか、てめえに言われたくないんだけど」

 また僕は口に出して言ってたようで、女みたいな男が喧嘩腰で言う。

「は? 僕は事実を言ったまでなんだけど」

「それ言ったら、自分たちにとってもてめえはストーカーだよ」

「なんでだよ」

 なんで僕がお前たちと同類になるんだよ。意味わかんね。すると、十歳くらいのガキが鼻で笑う。

「だって、お前も飛鳥を尾行してた理由も要は『飛鳥を守る為』だろ? だったら、同じ『飛鳥を守る為』に後をつけてる俺たちを否定できるわけがない。それをしたら、お前も黒だよ」

 このガキ。屁理屈こねやがって。

「あのな。確かに同じ守るでも意味合いが全然違うから。僕は怪しい奴が居たからつけたのであって。危険がないのに四六時中尾行してるあんたらとは根本的に違うの」

「何言ってるの? 急に車が向かって来たり、殺人鬼が来たり、隕石が落ちてきたりするかもじゃん。普通の日常だって危険がいっぱいだよ」

「つか、隕石落ちてきたら救いようねえし」

 屁理屈をこねまくるガキに僕はつい突っ込みを入れた。たく、これだからガキは。

「ぶっふぉ」

 チャラ男が急に吹き出し、ゲラゲラと笑い出した。

「君、ツッコむポイント、そこなの!? 面白すぎなんだけど」

 ツボに入ったのか、涙を浮かべながら笑っている。何、こいつ。変な奴。

 「あーちょーおもしろ」とか何とか言いながら笑いを収め、とんでもないことをこの男は口に出した。


「君のこと気に入っちゃったんだけど。どうだろ、みんな。彼を僕たちの仲間に向かい入れないかい?」


 ・・・は? 


「ハッ。なんでこんな奴」

 女みたいなやつはすぐに反論した。ガキとゴリラもそれに同意するように文句を垂れている。僕の頭はそれについていけず、なぜか他人事のようにその様子を眺めていた。

「だって彼は飛鳥ちゃんを守ろうとしてくれたんだよ」

「けど、こんな得体の知れないアヤシイやつを入れるとか―――」

「――――あれ? 今さっき彼に自分たちと『同類』だって言ってたのは誰だっけ?」

「―――っ!」

 この言葉で、ガキと女みたいなやつは押し黙った。けど、ゴリラは反論を続けた。あまりにぼーっとしすぎて、彼が何を言っているのか全然聞き取れない。彼の言葉は全て「ウホウホ」としか聞こえなかった。

「今回のことは、正人のミスだよー? 正人にそんなこと言う権利は無いはずなんだけどなー」

 この言葉で、とうとうゴリラも黙る。

「・・・というわけで、彼も仲間に入れていいかな? 飛鳥姫」

「『姫』はやめて。というか、ボディガード自体を私は止めてほしいと思っているのだけど」

「あ、それは無理」

 手を横に振りながら、チャラ男は即却下した。

「だろうね。別に、いいんじゃない? この人多分同じ学校の子だし」

 その言葉で、夢うつつの状態から一気に現実に帰ってきた。 

 飛鳥さん、僕の存在に気づいていた!?? やばい、頬が緩む。


「では、飛鳥ちゃんも許可してくれたし、『飛鳥ちゃんを守り隊』に入ってくれた彼に歓迎の拍手を!」

 拍手がばらばらと起こる。ホームレスは「新しい仲間だー」とほわほわとした雰囲気で温かい拍手を送っていたが、ヤクザの人はつまらないオペラを見たように三回手を叩いただけだった。ビジネスマンとゴリラは渋々といった感じで手を叩いていた。男女とガキはふくれっ面のままで拍手は一切しなかった。

 てか、これどういう状況!? 『飛鳥ちゃんを守り隊』って何? ダサい名前! 飛鳥さんは複雑そうな顔でこの光景を見てるし・・・。

 ほんと、なんなんだよ。

 こんな変な団体に入るくらいなら遠くで見てた方が良かったあああああ。

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