第2話 白金飛鳥という女
―――月日は流れ、僕はもう大学二年生になる。
入学してから一年が過ぎ去ろうとしていた。この一年、僕は何をしていたのだろう。無駄に友人と遊んでいた記憶しかない。飲み会や合コン、キャバにも行きまくった。居酒屋でバイトして稼いだ金は、家賃と交際費にほぼ全て飛んでいき、貯金なんてものは全く無かった。まだ大学生だし、社会人になってからいくらでも貯められる、という甘い考えがそこにはあった。
バイト先の先輩たちに無理矢理吸わされていたこともあり、タバコも常習化してきた。ピアスも、入学当初は一つずつ穴を開けていただけなのに、今では右に四つ左に三つだ。単位も成績キープしようと最初は燃えてたが、深夜にシフト入れたり、早朝まで友人と飲んでたりしていたため、講義をさぼったりするようになった。一応フル単だが、今年はもう特待生ではない。言うまでもなく、母親には罵られた。
だが、変わらなかったこともある。それはこの黒髪。あの時の決意のままだが、主軸が大いにぶれてしまった。実際やっていることは茶髪のそこら辺に居る大学生と同じ、非個性にありふれたもので、もう黒髪に意味があるのかないのか分からないが、髪を染めたくは無かった。そして、黒髪と言えばもう一人。白金飛鳥の存在が未だに僕の心を占めていた。
「――――え。お前、白金さんと同じ高校だったの?」
二年生のオリエンテーションの帰りに寄ったマックで、タカと駄弁っていると、丁度話の流れで、新入生代表のことになった。僕は、目の前でマックシェイクをチュウチュウ飲んでいるタカに、驚きのあまり聞き返していた。
「うん。そだよー」
軽く流すような感じで話すタカ。僕の頭は一瞬でショートした。
「うえええ!? まじで!? あの学校一の美女と!? うはうわええええ」
「落ち着けよ、ヒデ」
落ち着いていられるか、このアホ! とつい言いそうになった。正直、飛鳥さんと接するチャンスはもう無いと思っていたのが、なんと意外なところに落ちてたものだ。人生、何が起こるのか本当に分からん。
「はい、深呼吸して。ひっひっふー。ひっひっふー」
「妊婦じゃねえんだよ」
真顔でボケるタカに軽く小突く。けど、確かに深呼吸でもして落ち着かなければ。すーはー。よし。OK! 落ち着いた。
「じゃ、じゃあ、聞くけど、彼女は高校でもモテた?」
さりげなく、高校時代の彼女について聞いてみた。だが、タカが高校時代の彼女を知っているというのは何となくモヤッとするものがある。こんなことで嫉妬するとかバカみたいだ。そこはあまり考えないようにした。
「そりゃあ、あの容姿で、頭も運動神経も芸術とかなんでもかんでも卒なく熟してるからなー。密かに想ってる奴はかなりいたと思うぜ」
「・・・もしかして、お前も惚れてた口か?」
つか、『実は彼氏でしたー』てのはやめろよ。殺意湧く。
「まさか!」
タカは鼻で笑いながら言った。
「俺がタイプなのはマシュマロみたいな、ほわほわとした天然系の女の子だよ」
「w(ダブル)天然のカップルって、いろんな意味で危ういだろ」
「それ、どういう意味だよ、ヒデ君」
タカは少しムッとした顔つきになった。そうか。ヤシの木には対象外なのか。
「・・・それに、お高そーじゃん。俺とは絶対釣り合わねー」
「意外に自分を分かってるんだね」
「・・・ヒデってチョイチョイ刺さることを平然というね」
「? そうか? 普通じゃね?」
マックシェイクをすする僕。そして、訊いてみたくて仕方がない、禁断の話題に手を付けようか迷った。しかし、訊かなかったら訊かなかったで、今後悶々と考える自分が容易に想像ができたため、意を決して訊いてみることにした。
「モテるってことはさー、もしかして・・・彼氏有り?」
さあ、どうなんだ。いるのか? いないのか? いるなら早めにバッサリ斬ってくれ!
「・・・たぶん、いないと思う」
そして、眉間にしわを寄せ、タカはこう続けた。
「あの人、彼氏、一度も出来たことないと思うよ」
「え! それってまさか・・・・」
「そういうことだ、兄弟」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべるタカ。マジかよ。処女確定!?
「うっそー!? あんな綺麗な人なのに? 一度も出来たことないんだー。てっきり彼氏いると思ってたわ」
「まあ、お高く見えるからなー。意外と男が敬遠するのかも」
「あまりにも完璧すぎるのが欠点だと」
「まあ、それも理由の一つだな」
「他にも理由があるの?」
一体どういうことかと、少々前のめりになる身体。そんな僕には目もくれず、「お、ライン返ってきた」とスマホに目を落とし、スマホをいじりながらタカはいう。
「まあな。だが、それがいいって連中もいるな」
「どんな欠点?」
「まあ、ミステリアスっていえば聞こえはいいが、要するに、『変人』だ」
「へ?」
ミステリアスは分かるが、『変人』って。
「詳しく話せよ」
「なんつーか、あの人は女子にはかなり優しくって女友達もそれなりにいたんだけど、なぜか男子とは話したがらないんだよなー。俺も高校の頃、委員の仕事とかで話す機会があったんだけどよー、義務的な話題には礼儀正しいけど、プライベートな話題になると一切入って来ないんだよなー」
―――それでも話したことがあるんだから、いいじゃねーか。僕は一度たりともそんなチャンス無かったぞ!
「ヒデ、顔怖い」
ふと、顔をスマホから離したタカはギョッとした。どうやら、僕は無意識にタカを睨んでしまっていたらしい。「すまん、すまん」と平謝りをした。
「それに、お前も知ってるだろう? あの噂」
「・・・まあな」
そりゃ知ってるさ。だから一年間も話しかけることが出来なかったんだから。
―――それはまだ初々しい一年の入学したての頃。
すでに話しかけづらいオーラを身にまとった彼女に、勇気あるチャラ男が声をかけたんだそうな。最初はガン無視を喰らった。しかし、ナンパで無視をされ続けるチャラ男はそんなことでめげない。チャラ男は彼女の肩をたたくと、やっと気づいてもらえたそうな。しかし、その時の目はまるで、ゴミ虫を見るかのようであり、さすがに挫けそうになったとか。
しかし、彼は勇気を出して「こ、今度飲み会やるんですけど、白金さんもどう・・・ですか?」と誘った。なんで、敬語? とか、突っ込まないで頂きたい。それくらい、彼女のオーラは他を圧倒していたのだから。普通だったら、こんな誘い、やんわり断られるくらいですむはずだが、そこは、話しかけづらさ№1の女。「時間の無駄」の一言でバッサリ切ったそうな。そしてそのチャラ男は心が折れて学校自体に来なくなったとか。
まだ武勇伝というか天然エピソードがある。ある純朴な男の子が彼女を呼び出すことに成功(これ自体快挙なことだ)。「付き合って下さい」と誠心誠意込めた告白を「いや、まずどこに行くのかを教えてくれない?」と漫画でよくある勘違いパターンで華麗にスルーしたという。
「―――難易度高すぎだろ!? どんなギャルゲーでもここまで難易度高い奴はいねーよ」
改めて回想すると、飛鳥さんの酷さに、若干引いた。
だが―――
なんでだろうな。そんな酷い飛鳥さんなんだけど、一度だけ見た、女子と一緒に喋っている姿が瞼に浮かぶ。その姿を思い起こすと、やっぱり、ときめいてしまうんだ。あの優しい笑顔を、僕にも向けてほしいと思ってしまう。自分でも、どうしてここまで飛鳥さんのことを想い続けられるのか不思議だ。いつもなら脈なしだと分かると、すぐに次の子を探すのに。
「ラスボス級だよなー。魔王だよ、魔王」
『魔王』という喩が自分の中でツボったのか、タカは自分が喋ったことなのにブホッと噴出した。そんなタカに言おうかどうか迷ったが、気心知れてるし、意外に口が堅いことも知っている。意を決して打ち明けることにした。
「そんな魔王様を倒す勇者になりたいのだが」
自分の顔がみるみる赤面していくのが分かった。そして、アホ面のタカがさらにアホな顔になった。
「え? ヒデ、魔王のこと好きなの?」
てか、こんなに飛鳥さんのこと聞き出そうとしてるのに、今まで気付かなかったの?
「まあな。入学式の時から」
「えー。純愛じゃん」
「別に純愛ってほどでは」
やめろ。なんか、すげー恥ずかしい。
「だって、ヒデ、合コンで女の子といい雰囲気になっても、絶対二人で抜けたり、付き合ったりしなかったじゃん。だからおかしいなーって。俺、ぶっちゃけ、ゲイかと思ってたよ。まさか魔王に行くとはなー。お目が高いですなあ」
・・・ゲイだと思われてた僕って。
「ただ、付き合うほどいい女が居なかっただけっすよ」
「ヒデって案外お高いのな。俺なんか下半身に脳があるから、その気になったら、その辺の女に目がいっちまうよ」
「お前は見境なさすぎ」
僕だって、本当はいいなーって思う女の子が今までいたにはいたけどさ。どうしても飛鳥さんの顔が思い浮かんじまって、寸手でブレーキがかかっちまうんだよな。飛鳥さんには、僕の存在すら認知されてないってのによー。
「ほんと、お前が羨ましいよ」
「ふえ?」
マックを口いっぱいに頬張っているタカ。自由人すぎるぜ。
「なんでもねえ。―――ところで、僕はどうすればいいと思う?」
「告って、即玉砕すればいいと思う」
「・・・・」
「怖いから、そんな睨むなよ。だって、ぶっちゃけ、それ以外方法はないぜ? さっさと玉砕して想いを吹っ切るか、このまま想いを口に出さずにずっと引きずるしか手段は無いって」
「・・・意外と現実的だな」
現実的すぎて涙目になりそうだよ。
「いや、魔王相手に夢見させるほど、俺は鬼畜じゃないからな」
ありがとう。オブラートに包んでくれて。
「ぶっちゃけ、魔王に惚れた奴は、今まで見た限りじゃ、この二つの方法のどちらかを行っている。俺が勧めるのは断然前者だ。なぜなら、この方法を取った奴はほとんど吹っ切れているからな。だが、後者はやめといた方がいい。後者を選んだ側はみんな断ち切れぬ想いをズルズル引きづり、凄まじい容貌になる」
「希望が全く無い!」
お先真っ暗じゃねーか。
「どうにかして、お近づきになれねえのかよ」
「無理だな」
「即答かよっ」
真顔で言うタカに、思わず突っ込みを入れる。
「てか、お前、一応同じ高校だろ? 何とかならねえのかよ?」
合コンセッティングとかさ。どーせ無理だろうけど。
「『同じ高校』と言うだけでなんとかなるもんだったら、魔王は魔王じゃねえだろ」
「はは。だよなー」
力なく笑うと、ふとレジの方に目がいった。見覚えのある後ろ姿に、思わず体ごとそっちに向ける。
「ん? どーした?」
タカも僕と同じ方向に目を向ける。入学式とは違い、赤いスキニ―を履いているせいか、美尻と美脚があの時よりも強調されている。だが、分かる。間違えるはずもない。飛鳥さんだ。
「え・・もしかして」
「飛鳥さんだ」
タカのセリフに被せ気味にボソッと言った。飛鳥さんは、注文をし終え、商品を待っている様子だった。
え!? ウソだろ? 本物!?! てか、飛鳥さんマックとか食うんだ。意外すぎる。
「いや、お前、どんだけだよ。白金は普通の一般家庭出身だぜ」
なんと心の声がそのまま出ていたようで、タカに突っ込みを入れられた。
「だって、なんかオーガニック素材しか受け付けないとか、そんな感じっぽいじゃん。なんか、一気に親近感湧いちゃったなー」
一瞬も無駄にしない様に、瞬きすら我慢して飛鳥さんを見つめる僕。
「・・・。こりゃ重症だな」
呆れたタカの声も俺の耳には入らず、突然訪れたこの幸せを存分に噛みしめていた。
すると彼女の商品が届き、それを持って彼女は出口へと行ってしまう。僕は反射的に立ち上がり、彼女を追いかけた。
「は? おい、ちょっと待て!」
タカの制止も聞かず、僕はその場を後にした。
思えば、ここが間違っていたのかも知れない。この時点に戻れるなら僕は全力でこの時の僕を止めるのに。
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