第一章 飛鳥とゆかいな仲間たち

第1話 運命の出会い


 これは、ストーカー七人と出会う一年程前―――


 第一希望だった国立大に落ち、第二希望、第三希望の私立にも落ちた僕は、無気力なまま第四希望の大学に行くことになった。別にこの大学が嫌いなわけじゃない。むしろこの大学に受かって、羨ましがる奴らがいるくらいのレベルのとこだ。そこそこ有名で、そこそこ頭もよく、キャンパスだって広くて綺麗な大学。ただ、もともと志望してた大学に比べると、やはりレベルは低かった。なんというか、結構努力したのに、報われなかったという想いがこの時の僕には強かった。そのため春休みはずっと引き籠もり続けた。普通だったら友達に連絡して憂さ晴らしするのだろうが、僕は高校の友達に連絡したくなかった。特に有名大学を受検した奴らには近況を話したくない。こんなプライドばかりが高い自分がカッコ悪いと思いながらも、どうすることもできなかった。


 入学前に気分転換も兼ねて、大学の下見に行った。悪くないキャンパスだ、と正直に思った。近代的なデザインの校舎や整った芝生や植物。解放感があって、ここには高校の頃のような、うっとうしい校則は無い。自由な服装や髪型、ピアスの穴をあけて校内を歩く自分の姿がまぶたの裏に見えた。これは僕が高校の頃からずっと描いていた、キャンパスライフそのものだった。

「―――でさ、やばくね!?」

 未来に想いを馳せていると、チャラい男の声が耳に入ってきた。どうやらスポーツ系(サッカーか?)のサークルをやっている男どもの集団のようだ。馬鹿みたいに大きな声を出し、みんなでお揃いにしたかのような茶髪だ。仲の良い集団だ。

ふと他の人たちにも目を向けてみると、自販機で屯している女二人組も、テラスでスマホをいじるチャラ男も、どいつもこいつもみんな似たような茶髪だった。自由なはずの大学に、非個性を感じた。急に僕の中で何かが覚めていくのを感じた。


『絶対染めねえ』


 そう決意した。



 決意した日から幾日か経ち、入学式を迎えたその日。

 僕の髪色は、もちろん黒のままだった。周りはいかにも大学デビューしたてのような奴らばかりで茶髪の山。人の顔を覚えるのが苦手な僕には嫌がらせのようにしか感じなかった。

 しかし中には金髪とか、銀髪とか奇抜な色の奴もいた。どうせ染めるならそれくらい思い切りよく染めればいいのに。その方が僕としては覚えやすい。

そんな奇抜な奴らの中でも一番吹いたのは、緑の髪の奴。肌が焦げ茶色だから、「木かよ!」って失笑しちまった。黒縁メガネかけたそいつは、服のセンスはなかなかだ。ファッションに相当自信があるのだろうか。

 こいつのことは「ヤシの木」と呼ぶことにした。そんな感じで勝手にあだ名を付けて楽しんでいると、会場はもう目の前。スーツの団体が、扉に吸い込まれていく。僕もこの流れに押されるように入っていくと、扉の両脇でパンフレットを配っていた。その人たちはお揃いの白のジャケットを着ていた。どうもボランティアでやっている大学生のようだった。自分だったら絶対やらないな。

 大変だなあ、と他人事のように感じながら、中に入る。すると映画館のような椅子がズラッと並んでいた。どうやら自由席らしい。席を探すのが面倒なので、入り口のすぐ近くの席に座った。僕のお気に入りのヤシの木は、どんどん前に進んでいく。その存在に気付いた人たちは、「何あれ」と友達とクスクス笑ったり、指さしたりしていた。

 てか、なんでもう皆友達いるんだよ。ありえなくね? それともこの大学は地元から通う奴が多いのか? 僕の疑問は絶えない。

 喋る相手も居らず暇な僕は配られたパンフレットを見てみる。そこには「入学おめでとう」の文字があった。文字を黒く塗りつぶしたい衝動を必死に抑え、スケジュールがどうなっているかを見た。


 入学式が始まっても、僕はこのどうでもいいパンフレットをガン見し続けた。いや、見てはいなかった。目線はそこにあっても、パンフレットは見てはいなかった。

「―――新入生代表の言葉」

 これが聞こえた瞬間、僕は顔を一気に上げた。僕が取れなかった一位の座をとった奴の面をよく見ておきたいからだ。まあ見たからと言って、どうとなるわけでもないけど。

「代表、白金飛鳥」

「―――はいっ」

 きりっとした、女性の声がした。前列の脇から、すらっと立ち上がるその声の主は、モデルのように軽やかにウォーキングし、最後列からでも美尻であることが伺われた。

 彼女が壇上に上がり、こちらに目を向けたとき、今までのネガティブな感情がどこかに吹き飛んでいくのを感じた。肩のところで揺れる黒髪。色白の肌。大きな瞳に、真っ赤な唇。そこから零れ落ちる声は凛として、彼女のクールな人間性を表している。

 今まで人並みに恋をしたことをあるけれど、元カノたちに、これ程の想いを持ったことは無かった。僕の中では女の子を褒める賛辞は「かわいい」だけだったし、それだけで十分表現できると思っていた。けど、彼女は・・・

「美しい・・・」

そんな言葉が恥ずかしげもなくポロっと声に現れ、言い足りないと感じるくらいだ。


 彼女は何学部だろう。自分と同じ文学部だと嬉しい。いや、いっそのこと学科も同じ方がいい。「しろかね あすか」っていうのか。字はどう書くんだろう。てか、学科が同じだとしてもどう話しかけるべきだ? やっぱ、「新入生代表をやってた子だよね?」かな。つか、ライバル多そう。もうこれこそ美女って感じだ。もう、ほんと、お近づきになりてえ。

「―――では、新入生の諸君はこれから、それぞれの学科の教室へ向かいます。会場を出ますと、先輩方が学科のプラカードを持っていますので、各々自分の学科のプラカード付近まで行ってください。会場に人が居なくなり次第、移動しますので、くれぐれもプラカードを見失わない様にしてください」


 いつの間にか式は終わってた。みんなぞろぞろと一斉に動き出す。僕は入り口付近の席に着いていたおかげで、すんなりと外に出ることが出来た。パソコンで印字されたプラカードを持ちながら、ズラッと先輩たちが立っていた。どうやら学部ごとにまとまっているらしい。一先ず文学部を探すことにした。

 噴水方面に英米があるのが見えた。英米も文学部の一つだからあっちのほうに行けばなんとかなるだろう。とりあえず、僕は噴水の方へ向かった。えっと、歴史は・・・。あそこか。

「二列に並んでくださーい」

プラカードを持った先輩が、新入生に聞こえるように声を張っている。歴史の列には、もう十五人くらい並んでいた。僕のイメージ的には、歴史はオタクだらけな感じがしたけど、そうでもないかも。今の所、結構かわいい女子ばかりだ。

 そういえば、ヤシの木はどこだ? ――いた。こっちに来てるってことは文学部か。学科はどこだ? なんかあいつキョロキョロしすぎだし。あ、僕の列に並んだ。歴史なんだ、あいつ。この学校、商学部の偏差値悪いから、絶対そこだと思ってたわ。

えーと、あとは白金さんだな。―――あ、見つけた。この学校、茶髪多いから助かる。お、彼女も文学部っぽい! 歴史かな。なんか歴女っぽい感じもするような気も・・・。あれ? あっちの列に並んだ。あっちってまさか、英米!? すげーな。僕にとって一番足引っ張った教科が英語だったから、普通に尊敬するわー。てか、学科違うのか。遠い。一気に白金さんから遠くなった感じがし、一人で勝手に落ち込む僕。そんな僕を尻目に

「では、移動しまーす」

 と朗らかに言う先輩。はあ、儚い。儚い夢だよ、全く。


 教室に通されると、一気に大学感が漂っていた。広い教室や、机と椅子の雰囲気は、昔の漫画とかでよくある感じだ。けど、机は白く、椅子は黒のクッションがあり、現代的でモダンなデザインになっている。

「ホワイトボードに、ザックリと席順が書いてあるので、それを元に自分の名前が書いてある席を探してください」

 ホワイトボードを見ると、「あ行」とか「な行」とか、ほんとに大雑把な感じで書かれていた。えーと、「は行」は・・・やっぱあっちの方かよ。「平野」「平野」はと。ここ・・・だよな? 

 自分の席らしきところをみると、そこにはもう既に先客がいた。


 例のヤシの木だ。


―――え? 間違えてないよね?

 確かにここには「平野 秀」って書いてあるし。まさか、同姓同名か? 一応僕は前後の席の名前を確認した。前「平井 健太」後ろ「平野 貴信」というシールが貼ってある。こいつ、名字だけ見て判断しやがったな。

 我が物顔で机に座っているヤシの木に仕方がなく声をかけた。

「あのー。君、平野 貴信君だよね?」

「え! なんで名前知ってんすか!? まさか、エスパー?」

 なんだ、こいつ。わざとか? と思うほど大げさなリアクションをするヤシの木。いちいち相手にしていられない。僕は自分の名前が書かれたシールを指さす。

「ここのシール見てみ。『平野 秀』って書いてあるだろ。これ、僕の名前ね。そんでもって、この名前と間違える可能性のある席は、後ろの『平野 貴信』かなって・・・」

「うわ。ほんとだ。俺、間違えてるー! てか、そっか。普通に考えりゃ名前すぐに分かるよな。お前、天才だわ―」

 こいつ、ただのバカだ。しかも天然系の。

「同じ『平野』同士、仲よくしようぜ。俺のことは『タカ』って呼んでくれ」

 フレンドリーに背中をドンと強くヤシの木は叩く。何、このキラキラとした笑顔。調子狂うわ。

「よろしく。俺のことは普通に『シュウ』でいいよ」

「えー。普通すぎてつまんねー」

 お前のあだ名も普通だろ。

「つまんねーから、俺、とりあえずお前のこと『ヒデ』って呼ぶわ。面白いの思いついたら、そん時決めるわー」

 人のあだ名に面白さ求めるな。どうせだったら自分のあだ名を面白くしろよ。

「あ、ねえ、ラインやってる? ライン交換しよー」

「いーけど」

 自分のポッケからスマホを取り出すと、相手のスマホを見て、驚いた。

「え、この機種、僕と同じ」

「ほんとだー。この機種すげーマイナーだから、同じの見たのヒデが初めてだわ」

「僕もだよ。ぶっちゃけ、みんなが持ってる機種より、こっちの方が性能よくね?」

「だよなー。画質もいいし、何より充電の持ちがいいよなー」

 おいおい。ヤシの木の癖に、話が分かるじゃねえか。まだほんの五分くらいしか話してないが、僕には分かる。こいつはいいやつだ。

「では、みなさん席に着きましたね。では、説明を―――」


 司会の人のアナウンスが聞こえた。僕たちは会話を一時中断した。大学のシステムやゼミについてとか、ダラダラと聞く。だりーな。しかし僕は「単位を取れればそれで良し」ってわけではない。一応特待生だから、成績キープは必要だ。せっかく大学費が浮いて、母さんも喜んでるし。英語が得意だったら、留学させてもらえたかもなあ。

「―――では、説明を終わります。明日のオリエンテーションは必ず参加してください。では、解散」

 アナウンスが終わったと同時に、ガヤガヤと騒がしくなる教室。これから本当に始まるんだな、としみじみと実感した。


――――そう。この頃はまだ、順調に大学生活を送り始めていたんだ。

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