僕とストーカーの物語

久遠海音

プロローグ

――カランカラーン


 懐かしいベルの音とともに、僕は喫茶店の中に入った。「いらっしゃいませー」と白いシャツに黒のエプロンをつけた店員が、声を掛ける。洒落たジャズの音色に、シックな店内。店員の揺れるポニーテールに誘われるまま、僕は席に着いた。

本当に良い喫茶店だ。おしぼりとレモン水を丁寧に置く姿が、また良い。一人になるには、絶好な店だと思う。かわいらしい店員は微笑み、そして、お決まりの文句を言った。

「ご注文がお決まりになったら、お呼びください」


 ――行かないでくれ! 思わずそう叫びそうになった。こんな珍獣どもの檻の中に僕一人だけ取り残さないでくれ!

 だが、店員は振り向きもせず店の奥へと消えていく。そんな僕の気持ちを知らない七人の珍獣どもは、自由気ままに注文を決めだす。


「何にしよーかなー。そこのメニュー取ってよ」

 僕の右隣のチャラ男が僕とゴリラの間にあるメニューを指さしながら言った。

「僕はコーヒー一択だ」

 と言いながら、前方斜め左にいるインテリはメガネをクイッと上げる。

 そして前方斜め右には小汚い風貌だが、どこか品があり、優しそうなホームレスがガキに声をかける。

「良くんはミルクでいいかな?」

 その言葉に、インテリの左に座っているガキが目くじらを立てて反論する。

「ガキ扱い、すんじゃねぇよ!」

 どう見てもガキだろうが。だが、ホームレスは「ごめん、ごめん」と謝って、にこにこと微笑んでいる。

「成ー、これメニュー」

 僕の左に居るゴリラがメニューをチャラ男に渡す。「お、サンキュー」と言って、メニューを受け取るチャラ男。

「自分、何にしようかなー?」

 ゴリラの左に居る性別がよくわからないやつがもう一つのメニューを見ながらつぶやく。男女と呼ぶことにしよう、と密かに決めた。

「・・・・」

 そして前方に目を向けると、じっとこちらを睨んでいるかのように見つめ続けるヤクザっぽい厳つい人が。ほんと、怖すぎ。せめてなんか喋ってくださいよ。

 

 僕はもう半分泣きそうだった。なんだよ、これ。どういう状況だよ。何で、こんなことになったのか全くわからない。

 さっきまで、いい感じに現実逃避出来てたのにな。なんで、野郎七人とこんな洒落た喫茶店に入る事になったのか! 

 しかも、なんだ? この奇妙な組み合わせ。金に近い茶髪、ジャラジャラとしたアクセを付けた隣の男を一瞥した。こういう頭悪そうな男、苦手なんだよなー。苦手と言えば、このゴリラ顔負けのゴツい体の奴。絶対、熱い感じのノリだよ。脳みそ、筋肉の体育会系。あと、もうひとり。この妙にかわいく見える男はなんだ。恰好から何までは確かに男だ。だけど、なんか女っぽいんだよなー。オカマか?

 だが、こいつらはまだマシだ。チャラ男とゴリラは俺と同じ大学生っぽいし、男女も高校生っぽいから僕と同じ列にいるやつらはまだ違和感なく、同じグループに見える。

 問題は、僕と対面に座っているやつらだ。小汚いおっさんをちらっと見た。


―――なんで、ホームレスが居るんだよ!

 しかも、この中で一番やさしいというか、まともそうだし。

 どう見ても中学生くらいに見えるショタは生意気そうだし。

 弁護士バッチをこれ見よがしに見せつけてるインテリは面倒くさそうだし。

 ヤクザっぽい人は怖いし。

 一体これは何のパーティーなんだ!? このメンバーで狩りに出かけたらスライムにすら苦戦するよ!

 

 はあ、なんでこんなことに。僕はただ飛鳥さんが不審なゴリラにつけられているのを発見し、気になって様子を見ていただけなのに。

「・・・お前ら、一体何なんだよ」

ぼそっと僕は唖然としながら呟いた。いや、分かってる。さっき、訊いたから。だが、チャラ男は馬鹿丁寧に答えてきやがった。

「は? さっき言ったじゃん。シュウちゃん、もの覚え悪りいな」

イラッとくるな、ほんと。黙ってろよ、もおおおおお。


「僕たちはー、『飛鳥ちゃんを守り隊』だよー」


 わかったかなー、というチャラ男の言葉はほとんど耳に入らなかった。ただ、頭の中で、この言葉のみが、螺旋状に渦巻いている。



「お前ら、ただのストーカーだろうがあああああ」

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