イエローの憂鬱

鈴埜

イエローの憂鬱

 がらんとした店内を見回し、いつも変わらずそこにある姿にほっとする。

「いらっしゃい」

 カウンターの向こうでお決まりの赤いエプロンをつけてコップを磨く姿は、雨の日も風の日も揺るがない。

「おやっさん」

 なんだか泣きたくなった。

 カウンターに座ると、さっと水の入ったコップが差し出される。ここで俺の方からいつものやつと声をかければ、日常が戻って来る。そんな風にも思えた。

 だが、口から漏れるのは大きなため息だ。

「お疲れさま」

 ねぎらいの言葉が身にしみる。

 ああ、本当にどうしたらいいんだろう。

 一般的な会社と呼ばれる構造の状況は、正直詳しくない。だって俺の使命は悪の組織から世界を守ることだから。

 それでも、今ようやく理解したことがある。

 一部企業や組織に見られるあの方針。

 【社内恋愛禁止】。

 人を好きになる気持ちなんて止められない! そんな無粋なお約束、守る方がどうにかしてるぜ!

 そう思っていた時期もありました。

 しかし実際、その負の効果を目の当たりにすると、先人の知恵とでも言おう、先手とも言える方針を、堂々と反発も恐れず打ち出している勇気に土下座で謝っても謝りきれない。

「はあああああああ」

 俺の深いため息と、おやっさんのコップを磨くキュッキュという音だけが、二人きりの店内に空しく響いた。

 

 

 お互いの気持ちに気づいてしまったレッドとピンクが、きらきらモード発動! ずっと俺たちのターン! になったのが、第一の原因と思われる。これがなければ、今の最悪の事態に陥ることはなかっただろう。

 レッドは、熱血漢のリーダー気質をこれでもかと言うぐらい発揮して、チームのメンバーをまんべんなく(彼の求める)ベストの状態へ持っていこうと、日々声をかけ、アドバイスし、異変にも(事実とは違う、彼なりの解釈だとしても)すぐ気付き、(お節介でとんちんかんな方向だとしても)一緒になって問題へ取り組み、(結果的に)まとめ上げてきた。

 当時はうっとうしいなぁと思っていたが、実はあれが誰にとっても結構重要なスキンシップだったのだ。

 ところが、ピンクとの視線の間にハートの特殊効果が飛び交うようになると、明らかに、彼女へ割く時間が多くなった。完全に怪人と戦っているとき以外は二人でべったりあまあま、キャッキャキャッキャとなったわけだ。怪人と戦っているときだって、あからさまにピンク贔屓。それは別にいいんだよ。女子どもを守るのは、男の役目だ。でもさ、俺たち正義の味方なんだ。人類を守るのが俺たちの役目なわけよ。一般市民>>>>越えられない壁>>>ピンクだと思うんだよね。そこの、怪力女守る前に、すぐ横のお子様庇おうぜ? どう考えても距離のあるブラックが、慌てて飛び込んで余計な怪我を負うとか、実際戦闘にも影響出始めてるし。

 やんわりとブルーが注意してみたところでお花畑モードに突入してるレッドには、これまた自分の都合のよいような言葉としてしかとられない。超ポジティブって、こんなマイナスな一面があるんだな。

 そんなこんなで、色々と鬱憤が溜まっていたんだろう。ブラックの行動がおかしくなってきた。

 偶然街で見かけて声をかけようとしたところ、人目を避けるように怪しげな地下のバーへ行くので、好奇心を抑えきれなく後を追った。そこで目にした光景は、数分前の何も知らない自分に引き返せと叫びたくなる代物だった。

 ……ブラックよ、何、怪人の幹部相手にはにかんで酒飲んでるんですか?

 確かに、確かによ? ボンキュッボンのナイスバディーだよね、あの人(人なのか?)。胸をやたらと強調する衣装だし、化粧は濃くてけばいけど、あれってキャラだから。化粧っていうか、歌舞伎のメイクって感じだし。すっぴんはびっくりするほどきれいなのかもしれないけど! そいつ、敵幹部ですからっ!!! よく見てみれば、ブラックの斜め後ろにいる奴。あれって、その姐さんを右腕とすれば、左腕にあたる敵幹部の男じゃん。お前はめられてるってっ!!!!!! 手握られて、動揺してるけど嬉しそうなのわかるし。なんでそうなるの……。

 しかもやっかいごとは津波となって俺のカレーをさらっていく。

「少し相談があるんだ……」

 ブラックのことをどうしようかと思い悩んで、おやっさんの激うまカレー(五杯目)を食べる手がいつもより振るわなかった俺の元へ、ブルーが一人やってきた。

 はいはい。わかってるよ。よおっくわかってますって。

「レッドとピンクのことなんだけど」

 うんうん。あのね、気づかない方がおかしい。

 きっとブラックだって知ってるさ。平常時ならな。お前の熱い視線ってやつをさ。

 だから、相談をしたくてと言っていたにもかかわらず、おやっさんが淹れてくれた珈琲がすっかり冷め切るまで口火を切れないブルーを、促すことにした。

「好きなんだろ? あいつのこと」

 ずっとうつむいてたその頬に赤みが差す。

 可愛いなこいつ。初心なの? なんなの? っていうかブラックにブルーまでも、何みんな恋愛体質なの? カレーは俺を裏切らない。

「……いつから気づいてた?」

「んー、結構前かなあ」

 あの暖色系二人がいちゃラブになったかならないかの頃から、薄々は感じていた。ブルーの視線の先に常にある姿を。

「どちらかを異動してとか、そんなことできないからな。俺ら。お前は辛いだろうなあ」

「……そうなんだ」

 部署異動とか、学校の教職員なら学校を異動とかさせるのが普通なんだろうが、正義の味方を補充する際は、格好良く丸々一回放送分使って殉職するしかないんだよ。しかも少し前から伏線入れてさ。異動=お空の星にというシステムを、こんなときは恨まざるを得ない。

「せめてもう少し周りに配慮してくれたらなあ」

 好きな女といちゃつく姿を始終見せつけられるブルーの身には、同情の念しかわかなかった。そんな中で、健気にもよくやってると思う。ブラックみたいにならないよう、ここのところかなりこいつのことを俺としても気にしてたわけだ。まあ、本人がばれてないと思ってるならカレー進めるくらいしか、キャラ的にはできなかったのだが、打ち明けてくれるなら愚痴ぐらい俺だって!

 今まで誰にも言えずため込んできたのだろう。ここぞとばかりに吐き出すブルー。

 うんうん。そうやって楽になるならいくらでも話せばいい。三時間に及ぶ、ピンクへの想いを聞かされたわけだが、なんかホント、お疲れ様だ。俺もお前も。

 マスターも口を挟むわけじゃないけど、ときおり頷きながら、氷が溶けきった水をそっと差し替えたり、新しい珈琲を出してくれた。

「ホントに、ホントに……」

「よしよし」

 口元を震わせるブルー。男の頭を撫でる趣味はないので、肩を叩いてあやしてみる。

「ホントに……好きだったんだ、レッドが」

「え?」

「え?」

 ……え?

 ………………なんですか、暖色系ならぬ男色系ってやつですか?

 待って! マスタ-!!! 待ってよ。あれ、あの人いつの間にカウンターから消えてるの? ちょっとーっ!!! 一人に、いや、二人っきりにしないでくれっ!!

 き、気まずい……ここはテンション↑↑要員の俺として!! AKYの名の下に! 空気を変えてやらねば! 目指せイエロー、明るい方へ!

「そ、そうか、ブルーじゃなくてオレンジとかだったらよかったのにな!」

「え?」

「男色だけに!」

「え?」

「だ、だんしょくだけに……」

「え?」

「そうか……俺がオレンジだったら……レッドとふたりで男色系に……」

「うんうん、そうそう、だんしょくけいだんし!!!」

「だんしょくけいだんし!!」

「うんうん」

「だんしょくけいだんし!!」

「なぜ二回言ったし」

「大事なことなので!!」

 マスタああああああ!!!!!!!

 

 

 

 

「どうした、イエロー。今日は元気がないな?」

 なんだよ珍しいな。って、ああそうか、俺がカレー食べてないからですか? カレー喰わないイエロー=元気がない。の構図ですか? 我ながらわかりやすくて、気づきやすくていいですなあ。

「ほら、周りを見てみろよ。木々も、花も、人も! みんな生き生きとしているじゃないか。ああ。この美しい地球。必ず守ってみせる!!」

 こっ恥ずかしいことを叫んで拳を握りしめてるレッドを、俺は恨めしげに見上げた。

 お前が、お前が周りをよく見ておけよおおおおおお。ブラックの素行怪しいだろうが、気付けよリーダーあああああ!

「ふふふ……レッドらしいなあ……」

 ブルーお前の辛さは、うん、わかろうとするのは難しいが、このバカップルを前にしてる苛立ちは同じだと思う。ただ、俺の後ろには立たないでくれ。頼む。

 皿に残ってた、マスター特製カレーの最後の一口を腹に収めて、カウンターから振り返る。珍しく五人揃っていた。

「ははは……。そうだな、みんなでどっか、ピクニックでも行きたい陽気だな」

 これはもう、全員一緒に行動してるのが一番だと思うんだよ、俺。

「いや、すまないがこの後ピンクと映画館なんだ(照)」

「もう。イエローはいっつもそうなんだから。空気読まないと、女の子に嫌われちゃうぞ★」

 何がKYだよ。俺は読んでるんだよ。読んで読んで読みまくってあえてこの行動なんだよ。お前が空気読め。ブルーの視線に気づけよボケがああああああああああああ。

「…………」

 頼む、ブラック。お前もこの不毛な会話に参加してくれ。

 最近、あの女幹部だけじゃなくて他のやつらとも親しげに飲んでるだろ。俺知ってるんだぞ。何が哀しくて男の後つけないといけないわけ? 俺。

 ふふふと薄く笑うブルーに、腕を組んで窓際でその様子を静かに眺めてるブラック。喫茶店の中央で片足上げてレッドの腕に自分のそれを絡めていちゃいちゃするピンク。

 カオスだ。

 もう、無茶苦茶だ!

「マスター! おかわりっ!!」

「あら調子が出て来たわね、イエロー」

「本当にカレー好きなんだな」

 バカップルを尻目に、俺は素早く差し出された皿を受け取る。

 今日も元気だ! カレーが旨い!!!

「旨いよ、マスター」

 

 

   了

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イエローの憂鬱 鈴埜 @suzunon

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