第67話 顛末覿面
「さて、邪魔なのはいなくなったね」
勇者たちが去ったところでちとえりはにやりと笑い、くるりと踵を返す。
「じゃあごくまろ、とくしま。このちんニキビよりもしょぼい羽虫魔法使いしかいない弱小世界を蹂躙するね!」
「えー……」
とくしまがとても嫌そうな目でちとえりを見る。
「なんね? なんか文句あんね?」
「師匠、こんなですし……」
なんとか洗ってはみたものの、ごくまろは汚物のままである。これでは使いものにならないのは明白。
ちとえりはぬぐぐと歯を食いしばる。いざというときに使えない弟子だ。
「仕方ないね。そこのスカトロイドは放っておいてとくしま、やるね」
「嫌ですよ。そんなことしたら勇者様、怒りますよ」
「あんなの怒らせておけばいいね。どうせ大したことできないね」
ちとえりは勇者をなめきっていた。彼はなんだかんだ言って甘い部分があり、多くの現代日本人よろしく一線はそう簡単に越えられない。
ちなみに相津と込住は既に越えている。特に相津は戦争で何百という人間を斬っているのだ。場数と覚悟が圧倒的に異なる。
「じゃあ男漁りなんてどうです? こんな底辺世界ならきっと男は女体に飢えてますよ」
「そうね。ケモノのような野蛮人どもにマワされるのも楽しそうね」
とくしまもなかなかに口が悪い。というよりも魔法がロクに使えない巨人族イコール野蛮人という世界で育った彼女であればそういう認識なのだろう。
そんな感じでちとえりはケダモノのように自分を襲う男どもを探しに、とくしまはそれを眺めるため町へ繰り出した。
「──あん? まだガキじゃねえか」
「悪いけど、子供にそういうことする趣味はないんだ」
「あと10年したら来な」
「そんなことより復興を急がないと……」
「ぬぐぐぐぐ……」
町の男たちの態度にちとえりは歯ぎしりをする。
この世界はちとえりたちの世界よりもずっと法整備がしっかりしており、つまりより文明的であるのだ。むしろちとえりたちの世界のほうが野蛮である。
「なんね! この世界の男どもは勇者殿みたいなふにゃポコしかいないね!」
「ちとえり様、勇者様はふにゃふにゃじゃありません。アダマントクラスです」
「私の前では常にふにゃポコね! それともなんね、アダマンポコを触ったことあるね?」
「ありますよ」
「なっ……!?」
ちとえりは驚愕した。この口先ビッチの生娘がそんな大それた真似をできるとは思っていなかった。
くやしい。先を越された。嫉妬の念が心に渦巻く。
「こうなったらやっぱり女王に直談判ね! この国を救った英雄様の注文なら喜んで受けさせるね!」
そう上手くはいかないだろうなと思いつつも、とくしまはちとえりの後をついて歩いた。
「大変申し訳ありませんが──」
ちとえりの酷い話を全て聞いて尚、本当に申し訳なさそうな顔で返事をする女王。できた女性である。
「な、なんでね!」
「我が国……というよりも、この世界ではこれから先、未来を非常に重要視しております。これからの世代を担う子供たちに対してよからぬことを考える輩は尽く排除してまいりましたので、その……」
つまりここにはロリコンやショタコンの類がいないのだ。とはいえ成人は15歳。込住は充分範囲内であった。
「そんな……この世界にはうちの勇者殿みたいな偏執者しかいないのね」
「そちらの勇者様?」
「そうね。巨人族の年寄りにしか欲情しないマジキチね」
「えっ」
女王はちとえりがなにを言っているのかいまいちわかっていない様子。彼女は下劣な生き物とは違うのだ。
「ああそういえば女王のことも性対象としていやらしい目で見て舌なめずりしてたね」
「なっ、なんてことを!」
この言葉に側近たちは顔色を変えた。陛下へ好意的な態度をしていたあの少年が、よもや心の奥底でそのようなことを考えていたなどと思いもよらなかった。
「あの、ちとえり様、その辺にしておいた方が……」
「いいや、こうなったら勇者殿でもいじらないと気が済まないね! 他にも────」
「──ということがあったとかなかったとか」
「おいてめぇちとえりぃ! ごくまろ離せ! そいつ殺せない!」
くそっ! こいつだけは許さない!ミンチにしてやる!
「そう怒らなくてもいいね。もうあの世界には行くこともないね」
「学校には行かにゃならんだろうがああ!」
そうだ。きっと今夜コムスメはあっちの世界へ行くだろう。そして明日学校で俺がどんな目に合わされるか。
ただでさえ手加減を知らないコムスメが本気で襲い掛かってくる。そして俺は手加減をしてしまう。
実際の戦闘力では俺やあいつのほうがちょっと上くらいだろう。だがコムスメ相手に本気を出すことはできない。つまり勝てない。
これは決してコムスメを馬鹿にしているわけじゃない。ただ俺たちにも譲れないものがある。下らない男の意地ってやつさ。だから本気を出してまで勝つくらいならコムスメに殺されたほうがマシだ。
「ったく、過ぎたことをギャーギャーとうるさいね」
「勝手に過ぎさすな! 俺にとっちゃ明日のことなんだよ!」
女王様はわざわざ言いつけたりしないだろう。だが側近は別だ。きっと……いや絶対コムスメに苦情を入れるはず。
そうなったら俺はコムスメから半殺しの目にあったうえ、ただでさえ浮いている学内における俺の立場が本格的になくなり浮きっぱなしになってしまう。
あいつから軽蔑されるのはいい。友達というわけでもないし、そもそもあれはロリコンという逮捕されないだけの犯罪者だ。
だがコムスメは違う。いやコムスメも友達という間柄まで行っていないのだが、いいヤツだし今後とも良好な関係でいたい。
ひょっとしたら義妹になるかもしれないからな。家庭内不和ほど面倒なことはない。
「あんね勇者殿」
「んだよ!」
「明日は明日の風が吹くね。今考えたって意味ないね」
「こ、ころ、ころ……っ! おいシュシュ! まろまろしてやっからあいつ刻め!」
「申し訳ありませんが、あれには然程興味ありませんわ」
しまった、こいつS女だった! しかも俺の対極、つまり無駄に俺との相性が高いヤツだ。
だからこいつに言うことを聞かせる方法は簡単だ。だが見た目ガキンチョのこいつにやるのはプライドが許さない。
背に腹は代えられぬと言うが、刺されりゃどっちでも一緒だ。無理に傷付く必要はない。シュシュには頼れないとしておこう。
「ごくまろぉ! 俺に手を貸せ! まろまろしてやるから!」
もう既に痴態を晒しているんだ。今更断る理由もあるまい。
「いっ、嫌です! 次されたらあれなしでは生きられない体になってしまいます!」
「ほんとはそういう体にして欲しいんだろメス犬が!」
「めっ……!?」
ごくまろは顔を真っ赤にさせ、泡を吹いて倒れてしまった。ああもうなんでこいつらはこう弱いんだ。
だがこれで俺を止めるものはなくなった。さてこれで……。
「さっきから狭い車内でうるさいわね。これだからオスガキは嫌いなのよ」
あああああ! やっべええええ!
そうだよ、俺がガキ嫌いなのは騒がしいからだ。だというのに、なに俺自らガキみたいなことやってんだ。これは酷い。
「おやどうしたね勇者殿。急におとなしく座って」
うるさい黙れ。俺は反省しているんだ。恨めしくもにくたらしいものを見る目でちとえりを睨む。
だがまあ静かになって冷静に考えればわかることもある。ちとえりがやらかしたことについてはほんと今更の話で、俺がここでどれだけ暴れても戻すことはできない。
ならば今俺がやるべきことは、これから先どうするかを考えることだ。
「……つまりちとえりを殺すのが一番だな」
「なっ、なにを突然恐ろしいことを言うね!」
こいつさえいなければ今後やらかす心配はなくなる。簡単な話だ。いつやるの? なぁう。
「だ、駄目ですよ勇者様!」
「邪魔だとくしま! そいつ殺せない!」
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