第66話 村人Aからの脱却

 さて服を買おう。とはいえ時間も遅いし、店やってるかな。

 やっぱ電気のない世界は駄目だな。日が沈んだら店閉まるし。

 

「レクシー様、この時間は店やってますか?」

「ふんっ。ガキはタオルでくるまれていればいいのよ」


 おふっ、相変わらずの切れ味。

 でもタオルでくるまれてレクシー様があやしてくれるならそれはそれでありだ。幼児プレイちょっといいかも。

 そんな妄想をしていたらごくまろが割り入ってきた。

 

「あのレクシーさん! 勇者様は服が必要なんです! このままだとずっとすっぽんぽんで過ごすことになりますよ! 私は望むところですが」

「うーん、オスガキのマメミミズを見せられるのは確かに不快ね。いいわ、教えてあげる」

「ぶっぶーっ。違いますぅーっ。勇者様のは凄いんですぅーっ。ダイノウツボですぅーっ」

「あら。見たことあるの?」

「ありますぅーっ。勇者様はいつも全裸でやってくるんですぅーっ」


 やめて! 俺を擁護してくれているようだが、誰がどう聞いても変態だから! ほらレクシー様もしかめた顔でこっち見てるし!

 

「違うんです! これにはわけが……」

「やはりただの変態じゃない」


 のおおぉぉぉ!!


 俺は若干のM体質であることを自覚している。お姉さまに言葉責めにされたい。

 だけどそれはなんというか、愛情の延長線にないとだめだ。こんな冷たい仕打ちは望んでいない。

 しかしそれは仕方のないことなのもわかっている。レクシー様から見た今の俺は、俺から見たごくまろと同じなんだ。大人の雰囲気がない。


 なにはともあれ、まずはとにかく服だ。形から入るのも手段のひとつ。大人っぽい服装をすれば多少はマシになるはず。そこから始めよう。俺は財布ごくまろを持って早速向かった。

 



 レクシー様から教わった店は、大通りにあった。メイン通りなだけあってこの時間でもまだ多少人の通行があり、店もぽつぽつと開いていた。

 

「すみませんー」

「あん? もう閉めるぞ」

「そこをなんとか! すぐ済ませますんで」

「……ああ。仕方ねえな」


 俺の姿を見て店主らしき人は納得して店に入れてくれた。

 汚物まみれになった俺は服を洗ったが、この短時間で乾くわけなくビショビショのクシャクシャ姿だ。ひやかしで来たわけじゃないと一目でわかる。

 

「で、予算は?」

「これくらいで……」


 そう言ってごくまろは袋から金を取り出し店主に見せた。

 

「結構あんな。どういった感じのものを買うんだ?」

「5セットほど買うつもりです」

「ふん、質より数か。その数と金額だと、それほどいい服を揃えようってわけじゃない感じだな。おい、まずこれに着替えろ」


 そう言って俺に服とズボンを投げよこした。こんなびしょクシャな格好で店内をうろつかれても迷惑だろうしな。

 

 しかしさすが服屋の店主。ぱっと見で俺のサイズを把握してぴったりの服をよこしてきた。素材も悪くないし、貴族とまではいかないが、これで脱村人Aといった感じにはなった。

 

「よし、マシになったな。んじゃ好きな服探していいぞ」


 駆け込みとはいえ、それなりの売り上げが期待できるとわかった店主は迷惑そうな顔をやめていた。

 でもきっと食事前だろうからあまり時間をかけたくないな。とりあえずある程度地元で着ても恥ずかしくないくらいの服であればいいや。

 

「んじゃこれとそれとあれと……」

「おいおい、随分と適当じゃねえか……んん?」


 俺の指定した服を見て、店主が怪訝な顔をした。

 

「なにか?」

「いや、適当に選んだ割にはまともなモン掴んでると思ってな。案外目利きの才能あるんじゃねえか?」


 俺はマイケル○ャクソンじゃないからこっからここまでみたいな買い方はしていない。ただ現代日本人として仕立ての良し悪し程度ならぱっと見でわかる。

 もちろん日本の服屋に行って良し悪しが判断できるようなオサレ感覚は持ち合わせていない。普段着ている服と比べるというだけのものだ。機械による縫製はほぼバラつきがないと言ってもいいが、ここは手作りだ。重要なのは左右のバランスと縫い目。それだけわかっていれば問題ない。

 

「っと、こんなもんかな。全部買えますか?」

「んー、嬢ちゃんが用意した金で充分足りる」


 今着ているやつと合わせて上下5組と下着が10枚。これだけあれば充分だろう。




「うーい、帰ったぞー」

「お、おかえりなさい……」


 とくしまがしかめっ面で迎えた。俺なんかしたか? ……したな。

 ごくまろに次いでちとえりの処理も任せたんだ。そりゃ嫌な顔のひとつやふたつしたくなるってものだ。

 

「悪かったなとくしま。お前にもあとでまろまろしてやるから」

「えっ!? あー……、うぅー……」


 とても複雑な表情をしている。

 凄い興味あるのだが、これだけみっともない姿を晒す羽目になるのは抵抗があるのだろう。

 ちとえりなんか溶けきって牛のフンみたいになっている。てか完全に人間じゃないだろこいつ。

 

「俺たちがいない間に洗ってやらなかったのか?」

「洗ってこれなんです」

「洗ってこれなのか?」

「です」


 酷いなおい。ヌタウナギ洗ってるほうがマシかもしれない。

 それはそれとして、どうするかなこれ。


「仕方ない、捨てて行こう」

「そうですね」


 ごくまろも賛成してくれたし、これはこのままでいいだろう。

 俺たちは早速馬車に乗り、馬を進ませた。



「んでとくしま。この服どうよ?」

「えーっと、突然どうよと言われましても……」


 とくしまは言い淀んだ。

 こいつはファッションMであることを除けばわりかしまともだから、それなりの意見をしてくれるだろうと思って聞いてみたのだが、あまり気に入ってない様子。

 

「なんだよ。言いたいことがあるなら言ってみろよ」

「そのー……。私は勇者様に白タイツとカボチャパンツを着て欲しかったです」


 なんだそりゃ! てか少なくともこの世界へ来てからそんな恰好している奴見たことないぞ。どっから得た知識なんだよ。

 

「なんでかわからんが、そんな変な恰好させるなよ」

「変じゃありませんよ。込住さんのところの世界の王族及び上位貴族の正装です」


 そうだっけか? 女王様しか覚えてない。それ以前に野郎の恰好なんて興味なかった。


「なんだ他世界の恰好が気に入ったのか?」

「いえ、そうではなく……タイツっていいなと思いまして」


 こいつ変態か? いや変態だったな。


「なんですか勇者様、その変態を見るような目は」

「だってタイツ好きとか変態じゃないか」

「ゆ、勇者様だって黒スト好きじゃないですか!」

「は? 白タイツ野郎と女性の黒スト様を一緒にするな」

「なっ……」


 とくしまは口をパクパクさせ、信じられないと言いたげな顔をしている。全く、これだから歪んだ趣向の持ち主は。


「ほう、勇者殿はダンサーとかも否定するね?」

「あれは体の動きを見せるために着てるんだ。普段着と競技用の服は別だろ」


 普段からあんなの着てたらびっくりだ。少なくとも町中では見たことない。うぃすぽん以外許されないだろう。


「てか前にも言ったが、こっそり戻ってちゃっかり会話に混ざるのやめろよ」

「じゃあどうすればいいね」

「戻ったら普通に戻ったことを報告しろ」

「まあ勇者殿は面白い反応してくれないからそれでいいね」


 どうせ「うわあっ! いつの間に!」みたいな反応を望んでいたのだろう。悪いけど俺はそういう悪趣味な奴に合わせてやる気はない。


「んでよ、俺が帰った後、お前らどうしたんだ?」

「相変わらず唐突に話を変えるね。ちょっと色々やってすぐ帰ったね」


 こいつのちょっと色々にはとてつもなく嫌な予感しかしない。コムスメはさておき女王様に迷惑をかけるようなことは許さん。


「ご──とくしま、ちとえりはなにをやらかしたんだ?」

「今なんで私に聞くのをやめたんですか?」

「気のせいだ」


 ごくまろは義理堅いところがあり、意外とちとえりの不利になることは言い淀むからな。対してとくしまは欲のためならあっさりと売る。

 怪しげな目を向けるごくまろを尻目に、とくしまへ顔を向ける。


「えーっと、お話するのはちょっと……」

「ちゃんと話してくれたられろんぬしてやるぞ」

「れっ……!? なんか背中がゾクゾクする響きですね! わかりました!」

「あ……あんた私を売る気ね!?」

「ちとえり様の命よりもれろんぬのほうが魅力的なんです! えっとですね……」



「──殺す!!」

「お、落ち着いて下さい勇者様!」


 とくしまの話を聞き終えた後、俺はごくまろたちに取り押さえられた。

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