第65話 狂人ごくまろ

 俺とあいつは結局タクシーで帰ることになった。てか一般邸宅と契約しているタクシー会社ってなんだよ。

 タダなのをいいことに理不尽な注文をしてやろうかと思ったが、タクシー会社に罪はないしそもそもさっさと帰って休みたかったから黙って運ばれることにした。


 そういやまだ日曜か。最近ずっと日曜不在だったからなぁ。なにかやることあるかな。

 っと、そんなこと考えている間に着いた。とりあえず休もう。

 

 ガチャガチャ

 あれ?

 ガチャッガチャッ

 あれあれ?

 

 ……鍵がかかってる。

 うちの親は昭和脳だから、家に誰かいれば鍵をかけなくていいと思っている。つまり誰もいない?

 いやそんな馬鹿な。親父いつもみたいにゴロゴロしてろよ。

 

 とりあえず裏へ回ってみてリビングを覗く。やはりいない。

 す、スマホ……は、持っているはずがない。当然鍵もだ。

 やばいどうしよう。こんな上下ベージュの村人ファッションで近所を歩き回るわけにもいかないし、だからといって家に入れないし……。

 

 こうなったらあいつを呼んで……だからスマホねえんだよ! あとあいつの番号知らないし!

 

 まさか最大のピンチが家の敷地内で起こるとは思いもしなかった。

 しかもこういうときってお決まりで親は遅くまで帰ってこないんだよな。……はぁ、どうしよう。

 

 

「おにーちゃんどーしたのーっ」


 こ、この甲高いガキンチョボイス。そして振り返ると奴がいた。


「ミナか!」

「サナだよーっ」


 どっちでも一緒だろ。

 それは今どうでもいい。ほぼ重要じゃない。


「そんでサナ。鍵持ってんか?」

「あるよーっ」


 マジか! さすが我が妹!

 

「よしでかした! あとでまろまろしてやるからな!」

「わーいっ」


 妹といえどこういうとき居てくれてよかったと思う。今後は若干大切にしよう。

 

 

 

 …………おかしい。

 なにがおかしいって、まろまろのことだ。

 ごくまろが汚物と化したことを全力で且つ繊細で丁寧に行ったはずだが、妹はキャッキャと喜んだだけだった。

 

 ひょっとしてごくまろにしか効かないとか? それは少し困る。あいつら完全に期待してっからな。これで効かなかったらかなりうるさく言われるぞ。

 というわけで別のあいつら相手にちょっと実験をしようと思う。もう夜だしちとたちも帰っていることだろう。

 

「おーい、いるかー?」

「あれっ、勇者様!?」


 とくさつが凄い驚いた顔をしている。ああそっか、こっちから帰ってなかったからか。

 ……あっ、やばい! 服ねえんじゃねぇの!?

 

「俺の服の予備ってある?」

「えっと、勇者様がいつも着ていたのが予備だったのですが……」

「なんだそりゃ。じゃあ俺の本命ってどこにあるんだ?」

「結構最初のころ、とくもりが匂いでトリップしてしまい、そそうを……」

「とくもりぃ! 出てこいやぁ!」


 俺が叫ぶとベッドの陰からビクッと反射的にとくもりが立ち上がった。全く、なんてことしてくれたんだ。


「そこか。よしとくさつ、シーツ持ってこい」

「ゆ、勇者様! どうか穏便に!」


 とくさつが俺の前に立ち止めようとする。悪いがそういうわけにはいかない。

 服を駄目にされたことに少しはムカつくが、それへの罰は今回の目的じゃない。それを理由にここでまろまろの実験台になってもらう。

 

「とくもりはまろまろの刑に処す。こっちへ来い」

「ま……まろまろの刑! 一体どんな刑なんですか!?」


 とくさつが期待に満ちた目で見ている。この際とくさつでも……いやだめだ。こいつはとことん弱いからな。まろまろなんてやったら全身の液体全てまき散らしミイラになるかもしれん。

 

 俺はシーツをむしり取るとローマ人のように纏いソファーへ座った。

 

「来いとくもり。二度と普通の暮らしができなくなるほどまろまろしてやる」

 

 その言葉だけでとくもりは泡を吹いて気絶してしまった。弱すぎるにもほどがあるだろ。


「と、とくもりを止められなかった私にも責任があります! なので代わりに私が!」

「駄目だ。とくさつの体はまだまろまろに耐えられるだけの作りをしていない。数年待て」


 とくさつが悔しそうな顔で俺を睨む。仕方ないだろ、死なれたら困る。

 

 

「で、その汚れた服ってのはどうしたんだ? 捨てたのか?」

「いえ、一応綺麗に洗って保管はしてますが……」


 一度汚れたものを着させるのもどうかという話らしい。別にいいよ、散々あいつらに汚されたんだから今更だ。

 

「いいから持ってきてくれよ」

「ですが……」 

「……あー、わかったわかった。ちょっとだけまろってやるから持ってこい」

「はっ、はい! ただいま!」


 とくさつは嬉しそうに駆けて行った。

 うーむ、どうしたものか。

 ごくまろに効くのは確定しているとして、ちとえりに効かなかったらしつこく言われそうだ。

 

「ゆーしゃさまー! お持ちしましたー!」

 

 おっ、早かったな。

 早速受け取り着替えようとしたところ、物欲しそうな顔でとくさつがこちらを見ている。しゃあねえな。

 ワクワクしているとくさつを膝の上に座らせた。さてやるか。

 

「ま──」

「へヴえヴおヴァー」


 ……まだなんもしてないのにとくさつは狂った声を上げ気絶してしまった。まあいいか。

 そんでゲートは……ちゃんと開いてるな。馬車が見える。揺れているから誰かしら中にいるのだろう。

 

「誰かいるのか……げっ」

「まろろろろおぉぉっ」

 

 何故かすまきにされたごくまろがツチノコのように飛んで襲い掛かってきた。だがロープに繋がれていたみたいでこっちまで届かなかった。

 

「勇者殿ようやく来たね!」

「おうちとえり。こいつどうしちまったんだ?」

「恐らくまろ中ね」


 なんだそりゃ。まろまろ中毒か?


「あの自制心の強いごくまろがここまで取り乱すとはね……恐ろしいね……」


 恐ろしいとか言いつつちとえりの目は輝いてる。

 そういえば……なんか違和感があんだよな、ごくまろの目に。

 ああそうだ、狂気が感じられないんだ。それどころかあの目からは不安や迷いみたいなものが感じられる。

 

「……ごくまろ」

「まろっ! まろろっ!」

「お前、狂ったふりしてんだろ」


 ごくまろはビクッと震え、顔を逸らした。

 

「ま、まろろ……」

「もうバレてんだよ。あまりに悲惨な醜態を晒しちまったもんだから恥ずかしくて、もうこうなったら狂ったふりをしようと思ってんだろ? な?」

 

 ごくまろの肩をぽんと叩くと、大量の涙を流しながらごくまろは俺に向き直った。

 

「バラさないでくださいよ! 私これからどうすればいいんですか!!」

「どうってそりゃ……みんな同じ目に合えばいいんじゃね?」


 ごくまろの目がキラリと光る。

 そうだ、ひとりだけ醜態を晒したから恥ずかしいんであって、全員が同じ醜態を晒せばさほど恥ずかしくない。

 いや恥ずかしいことは恥ずかしいんだろうが、そのことで周りからいじられることがなくなるのは安心できる。

 

「つーわけでちとえり。まろまろしてやるぞ」

「うっ、く、あ、ぐっ」


 ちとえりがとても複雑な表情をする。

 きっとまろまろされたいが、それにより晒した自らの醜態を見られることで、ごくまろをいじれなくなるといった感じだろう。

 

 だがやはり好奇心には勝てなかったようで、俺にまろまろをねだってきた。

 んじゃま、ごくまろの縄を解いてから、早速やってとっとと終わらせよう。

 

「まろまろまろまろおおぉぉっ」

「あぃうぉんちゅべぃべー」


 ちとえりの筋肉が弛緩し、いろんな液が噴出してきた。だがまだ止めないぞ。

 

「まろまろま……きったねぇっ!」


 俺は弛緩しまくってかろうじて人の形を保っているゲル状のちとえりをべちゃりと投げ捨てた。くっそ、また服が汚れたじゃないか。

 

 ん……服といえば、今思いついたことがある。

 この国は俺と同じサイズの人々の国だ。つまりここで俺の着られる服が手に入るんじゃないか?

 ようやく村人Aから脱却できる。よし、服を買おう。

 

「そんじゃちとえり……は汚物か。ごくまろ、金をくれ」

「突然そんなヒモみたいなことを言われましても……」

「いいからよこせよ! 俺持ってないんだぞ!」

「資金はそれなりに用意してますが、あまり無駄遣いできませんよ。下の処理なら私がやりますから」

「服を買いたいんだよ!」


 全く。服を買うのに無駄な体力使った気がする。

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