第64話 コムスメモード

「ほう、ここがコムスメの部屋か」

「ちょっ、バカ! じろじろ見ないでよ!」


 興味がないから見るつもりはない。視界へ勝手に入ってきただけだ。外でも見よう。


 てかコムスメが勇者やってる世界とはコムスメの部屋から行けるのか。しかもある程度の持ち出しは可能。つまり服を着たまま行き来できる。ずるくね?


 そしてここでひとつ問題……というか、個人的に好ましくないものがある。それは服装だ。俺の服は俺が勇者をやっている世界の服、中世っぽい感じの村人Aなやつだ。これを着て地元の町に出る勇気がない。


「なあコムスメ。俺に着れるような服ってないか?」

「うーん、ないかなぁ。うち、基本女所帯だから。長期出張しているお父さんいるけど服なんて持ってっちゃってるからあまり残ってないだろうし、そもそもポンポコリンだし……」

「女所帯か。姉妹でもいるのか?」

「お姉ちゃんが2人いるよ……あっ」

「えっ、いくつ!?」

「……きみだけには教えたくないなぁ」


 なんてことだ。コムスメにはお姉さまがおられたのか。コムスメは基本的に容姿の作りがいい。つまりお姉さまにもかなり期待ができるのではないだろうか。

 しかも俺に教えたくないってことは俺のストライクゾーンだということだろ。てことはコムスメが俺の義妹になる可能性もなきにしもあらず。


「コムスメ」

「な、なに?」

「なにかあったらお義兄ちゃんに言うんだぞ」

「えっ? お姉ちゃんたちまだ結婚してないよ。彼氏はいるけどお義兄ちゃんって言うのは違うと思うな」


 ぐう……しまった。考えてみれば当たり前のことだよな。素敵なお姉さまに彼氏がいる、というか男が放っておくはずがないんだ。数多の男どもがチャレンジし、奪い合い殺し合った結果手にしたのだろう。


 だがハードルが高ければ高いほど燃えるのもまた男の性。今たまたま彼氏がいるだけで、今後も付き合いが続くわけじゃない。つまり俺にもチャンスはある。


 ────っと、脱線した。さて俺はどうやって帰ろうか。

 そんな悩んでいる俺に向かってコムスメが手を挙げた。


「その服じゃ外出られないって話だよね。じゃああいつ君に借りたら?」


 あいつから? それはちょっと遠慮したい。ロリコンが感染うつったらヤだし、周囲から変な目で見られたくないし。


「他に手はないか?」

「おうなんでそこで嫌がる素振りを見せんだよ」

「だって俺、胸に『I'm Lolita Complex』なんて書いてあるシャツとか着たくないし」

「そんなシャツどこに売ってんだよ!」

「自作してんじゃないのか?」

「んなもん作る意味を教えろやぁ!」

「ちょっと! あたしの部屋で暴れないでよ!」


 俺とあいつが取っ組み合いになりそうなところでコムスメが割って入る。おっと危うい。未来の妹候補に迷惑はかけられない。


「……まあ背に腹は代えられない。あいつの服を借りて……なあ、ほんとにロリコンって感染らないんだよな?」

「おめーにゃぜってーに貸さねーよ!」


 あいつはふてくされている。ロリコンは狭量でダメだ。なんでもかんでも狭けりゃいいってもんじゃない。

 で、実際問題としてロリコンは感染る。俺は以前、感染したヤツを見たことがある。

 でも俺には耐性があるから大丈夫なんだけどな。妹どもワクチンもあるし。あの2匹がいる限り、俺はガキを好きになることはない。

 

 しゃあない。ここは大人らしく俺から折れてやろう。

 

「悪かったって。ちょっと言ってみただけだ。だから貸してくれよ」

「あ? 嫌に決まってんだろ。おめーに貸してBBAの加齢臭付けられたかねえし」

「ションベンくせーガキが好きな分際でなにぬかしてやがんだ!」

「ロリたんのお小水なら喜んで飲めるからいいんだよ!」


 くっ、この野郎、ここまで変態だったとは。やっぱロリコンとは相いれない存在だ。

 

「あのさ、どっちでもいいんだけど早く出てってくんないかなぁ」

 

 コムスメから苦情が来た。くっそぉ。

 ……いや、待てよ。

 

「悪かったな、コムスメ。じゃあ部屋から出るけどリビングか玄関にはいさせてくれないか?」

「あっ、うん。それなら……ハッ! それはそれでダメ!」

 

 チッ、勘のいいコムスメは嫌いだよ。

 玄関かリビングで待っていればここにいるよりも格段にお姉さまがたと遭遇する確率が高くなる。その考えを読まれた。

 

「うー……、仕方ないなぁ。じゃ1階にいてよ。あっ、機材には触らないでねっ」

 

 なんの話だ? それに1階って玄関かリビングがあるだろ。どう違うんだ?

 ちょっと落ち着き、改めてコムスメの部屋を見渡す。

 ……広っ! なんだここ、広っ! しかも丸い! 全く興味なかったから窓の外か壁くらいしか見ていなかったが、恐ろしく広い。

 20畳くらい? だめだわからん。少なくともうちのリビングよりは広い。

 そしてドアはひとつ。ベランダへ出るためのものか。

 ……ベランダが俺の部屋より広い。

 

 でもってドアの横には螺旋階段がある。あれで1階に降りるのか。

 

「なあコムスメ。お前家族と暮らしてるんじゃないの?」

「うん。あたしだけ離れに住んでるんだけどね」

「変な病気でも持ってんのか?」

「違うよ! 楽器やるからうるさくないようにだよ!」


 機材って楽器のことか。

 そしてよく見れば窓ガラスは2……いや、3重になっている。なるほど完全防音だな。さっきから騒がしくしているのに誰も苦情を言いにこないわけだ。

 

「コムスメってお嬢様だったのか……」

「ほら、学校でうわさになってただろ。丘の上のお屋敷。あそこだよ」


 マジかよ! 屋上からいつも眺めてたのってコムスメの家だったのか!

 くっ、うらやましくもねたましい。勇者か!? 勇者だからなのか!?

 ……そういやあいつは安アパートでひとり暮らしだった。勇者関係ねえ。

 

 俺は世の中の不条理を嘆きつつ、階段を降りていった。

 そして1階にあるものもなかなか凄いものだった。

 

 椅子の前にはキーボードとモニター。その左右には上下2段のキーボード。そしてスタンドにはギタータイプのキーボードまで置いてある。なんだこの空間は。

 

 なんかムカついたから、俺はキーボードの前の椅子に座り、キーボードのスイッチを入れる。

 

「ちょっ、触らないでよっ」


 知ったことじゃない。

 そして音を出し、スイッチをいじって調節する。

 

「勝手に設定いじらないで! ……あれ?」

「な、なんか手馴れてるな」


 よしこんなもんだろう。指をわきわき動かし軽く運動する。

 久々だけどまあいけるだろ。

 

 

「……嘘っ」

「……なっ……うめえ……」


 ガキのころ教室に通わされてたからな。これくらいならまだ弾ける。

 てかいいスピーカー使ってやがる。俺が奏でている音じゃないみたいだ。また始めたいとは思わないが、この機材は羨ましい。

 

「────っと、こんなとこかな」

 

 振り向くとふたりは唖然としていた。どうだ驚いただろ。

 

「き、きみ、それどこかで習ったの?」

「ああ。ガキのころ近所の音楽教室でな」

「へぇー……」


 コムスメが関心している。これがお姉さまだったらよかったんだけどな。

 おっとそうだ。

 

「んじゃコムスメ弾いてみろよ」

「えっ? うー、いいけど」


 コムスメは俺と席を代わり、音の調整をしてから演奏した。

 

 ……ちっ、普通に……じゃない。すげぇ上手いじゃないか。こういうのでよくあるパターンとして、機材だけいいもの揃ってんのに下手とかいうものがあるんだが、コムスメめ、テンプレをわかっていない。

 

「どお、かな?」

「あー……。なかなか上手かった。もし俺がノーマルじゃなかったら惚れてたかもしれん」

「どういう意味!?」


 普通健全な男子諸君は年上の女性が好きだからな。つまりノーマルでは同級生に惚れたりしない。もしこれでコムスメが年上の女性だったらやばかった。

 

「お前どうなんだ?」

「お、俺は楽器とか授業でやっただけだから」

 

 普通そんなもんだよな。俺だって自発的じゃなく親から習わされていただけだし。

 

「それよりきみ、どうするの?」

「あーそうだな。あいつが服貸してくれないなら……なあコムスメ。俺の家から服持ってきてくんね?」

「な、なんであたしが! あいつ君に頼んでよ!」


 俺はコムスメを引っ張り、あいつと離して耳打ちした。

 

「うち、6歳の妹がいんだよ」

「そ、それはやばいね。うん、やばい」


 コムスメも危機を感じた顔をしている。やはりロリコンは危険でしかない。

 

「おーい、なにコソコソしてやがんだよ」

「えっ? ちょっとコムスメのお姉さまから服借りれないかと思って」

「う、うん。もちろん断るよ」


 どさくさに紛れてゲットしようとしたが駄目だった。チッ。

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