第63話 帰路

「あれ、ごくまろちゃんは?」

「疲れてるらしくてな、今は寝ている」


 みんなのところへ戻った俺は、ごくまろになにがあったのかは言わなかった。

 ごくまろは汚れてしまったのだ。文字通り。放って置いてやるのが人道的だと思う。あんな姿を晒したら、とくしまだったら首をくくっているかもしれない。


「きみも疲れてるんじゃない?」

「いや俺は特になんもしてないからな」

「そういえばそうだね」


 コムスメの分際で酷い言い様だ。俺だっていろいろやっているふりをするので大変だったんだ。第一そもそもなにかの役に立てるわけじゃないんだから仕方ないだろ。


 てかそれでも俺が一番動き回っていた気がする。なんだ頑張ってんじゃん。


「さて、そんなわけでもう俺たちは用済みだな。帰る準備するか」

「あっ、うん。ほんとありがとうね。すっごく助かったよ」


 コムスメが深々と頭を下げる。だから礼を言う相手を間違えてるって。


「俺はなにもしてないって言っただろ」

「そうじゃないよ。きみがごくまろちゃんたちに頼んで連れてきてくれたんだよ。だからきみのおかげだよっ」


 何故そこまで俺のおかげにしたいのかわからないが、ちとえりが勝手に行きたがっただけなんだから知ったことではない。むず痒いから礼の対象を間違えないでくれ。


「ちゃんとちとえりたちにも言って……いややっぱ言わなくていい」

「そういうわけにはいかないよ。私たちが生きていられたのはみんなのおかげなんだから」


 まあ、あんな凶悪な魔法が使えるのはとくしまくらいなものだしな。

 ちとえり? あれは凶悪を通り越して厄災だ。ハリケーンのほうがまだマシじゃないか。シャー◯ネードクラスだと思う。




「────ほう、このちとえり様に礼とな?」

「あっ、うん。ありがとうございました」


 コムスメが深々と頭を下げている。一応コムスメよりもちとえりのほうが年上だから、小さい相手でもしっかり礼をしている。しかしちとえりは不満そうだ。


「……あの、なにか?」

「なにかじゃないね! 報酬を寄越すね! 若い男! 数ヶ月分は──ぐがっ」

「黙れ淫獣」


 鬱陶しいから殴って黙らせた。大体おまえこそなにもして……ああしてたわ。ここまで来るためのゲート開いたのこいつだったっけ。

 やばい、本格的になにもしてなかったの俺だけじゃん。


「ちょっ、それはやりすぎなんじゃない?」

「いいんだよこいつはこれで。さあ行くぞ」

「待つね! なにかしらご褒美があってもいいと思うね!」

「わかったわかった。帰ったらまろまろってやるから」

「その手には乗らないね! だいいちまろまろってなんね!」


 おおっと気付きやがったか。だがもうまろまろについては解決済みだ。

 俺は無言でちとえりの襟首を掴み、例の場所へ連れていく。

 そこにはもちろん汚物ごくまろがいる。まだ気を失ったままのようだ。


「……なんねこれは」

「まろまろを受けた成れの果てだ。昇天しまくってもう二度と立ち上がれない」

「そ、そんなに凄いのね! わかった、すぐ帰るね!」


 ちとえりは輝望と興味、それに恐怖を混じらせつつ帰り支度を始める。

 しかしこの汚物どうしてくれようか。


「おーいとくしま」

「どうしたんですか勇者様────うわぁ」


 とくしままでドン引くほどのごくまろの姿。流石にやりすぎたのかもしれない。

 だがこいつらに対しての加減が全くわからなかったから仕方ないんだ。


「とくしま、悪いがこいつ洗って着替えさせてやってくれないか?」

「うっ、え……あ、は、はい……」


 凄く嫌そうだ。まあ肥溜めに手を突っ込めと言われているのと同じわけだからそりゃ嫌だろう。しかし自分の師匠だぞ。なんとかしてやれ。俺はもちろん触りたくない。

 この場はとくしまに任せて、俺はとっとと退散する。


「うええぇぇ……」


 とくしまのうめき声が聞えるのはきっと気のせいだ。


 さて、それはどうでもいいとして、問題がひとつある。

 それはさっきから頭をなやませているちとえりのことだ。さっきすぐ帰るといっていたのに、まだなにもアクションを起こしていない。ひょっとして帰れない?


「ちとえり、帰れそうか?」

「んー……思ったよりマナが低くて魔法陣さんの増えが甘いね。この世界の魔法使いがしょぼいのもそのせいかと思うね」


 しょぼいとか言うなよ。みんな節度というものを持ち合わせているだけだ。

 しかしそうなるとすぐには戻れないのだろうか。俺はあいつ同様、コムスメのところから帰ろうと思えば帰れるだろうからいいんだが、こいつらはそういかない。

 俺の世界を経由して元に戻る……いや、こいつらを俺の家に入れたくない。そもそもこいつらが出入りできるのなら最初からやっていただろうし、そうなるとできないと考えるのが自然だ。


「じゃあ戻れないのか?」

「いや多分戻れるね。ただやっとこの世界に馴染んできた魔法陣さんが絶滅するかもしれないのね」


 うーん、それもなんか悪い気がするんだけど、ここでひとつ問題がある。


「別にいいんじゃね?」

「なっ……勇者殿はなんて残酷なことを言うね!」


 残酷なのはお前だろ。どれだけの犠牲でここへ来ていると思っているんだ。

 それに俺が危惧している問題がある。


 元々この世界には魔法陣さんはいない。それを増殖させる。つまり外来種を川に放流するのと同じなのではないかということだ。

 だから去る際に絶滅させるというのは理に適っていると思うんだが、どうだろう。


「そもそもこの世界に魔法陣さんを増殖させる意味はあるのか?」

「そっ、それは……あれ! そうあれね!」

「どれだよ」

「察し悪いね。これだから生理のない生物は」

「生理の有無でそんな変わりゃしねーよ!」

「変わるね! 男には一生わからないね!」


 う、ぬう。確かにその感覚はわからない。きつい人は立つのも辛いというからな。

 そんなものが毎月訪れ、耐えている大人の女性はステキだと思う。


「でも魔法陣さんと生理は関係ないだろ」

「かっ……うー……関係あるね!」


 絶対ないな。こいつ嘘をつくときは普通の人とは逆に視線を外さない。ようするに嘘をつくときは視線を外すという知識をどこかから得ていたのだろう。面倒なやつだ。


「まあいいや。なあコムスメ、俺ならお前んとこから帰ることできるよな?」

「え? あ、うん。できると思うけど、うちから帰るの?」


 とりあえず俺だけでも帰れるなら帰りたい。ちとえりたちに付き合う必要はない。

 魔法陣さんが増えるまでどれくらいの時間がかかるかわからないからな。


「じゃあま、俺は先に帰らせてもらうから」

「うー……仕方ないね。でも今晩には戻れる予定ね」

「なんだ思ったよりも早いじゃないか。でも俺が帰った後で変なことすんなよ」

「す、するわけないね!」

「後でコムスメから聞くからな」


 ちとえりは悔しそうな目で俺を見送った。

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