第60話 そんなものはなかった
「……ねえ、きみも手伝ってくれない感じ?」
「俺だって客人だぞ。だったらあいつも使えよ」
「そ、そうだよね」
あまりにもおぞましい量の死骸を前に、コムスメはぼやいてきた。なんで俺が手伝わないといけない。
そりゃま、確かに今回も俺は特に役立ってないが、こんなことをするために来たわけでもない。これがもしお姉さまな感じの人からのお願いだったらホイホイやるところなんだけど。
「ああそうだコムスメ」
「なによ」
「お前の勇者的な力ってどんなんだ?」
「え? ええとね、私はこの世界だと、なんと7倍の速さで走れるんだよ」
7倍か。そりゃ凄いな。赤い〇星よりも優れてるわけだな。ドヤ顔をするだけのことはある。
コムスメの最高速を30キロと仮定しても、210キロの速度で走れることになる。もちろんそれに見合った体力と肉体強化もされているだろうし、さすが勇者だと言わざるをえないな。
畜生、羨ま悔しい。俺なんてなんの力もないんだぞ!
「それできみはどんな力を?」
「よし、俺もなにかいい片付け方を考えてやるからがんばろうぜ」
「うえっ? あっ、うん」
余計なことは一切聞かせないぞ。俺は秘密主義を貫く。
……っと、ここで俺は大切なことに気が付いた。あいつのことだ。
ここは他所の世界なはずなのに、なんであいつは勇者としての力が使えるのか。
コムスメはあいつがいなかったらやばかったと言っていた。それはつまり役立つだけの力を有していたということだ。
俺とあいつの実力に大差ないのは知っている。そして俺はあの数の魔物をどうにかできる力なんて持ち合わせていない。もしなにかできるというのならば、それは勇者の力に他ならない。
「そんなわけでちょっとあいつんとこ行ってくる。そっちは任せたぞ」
「う、うん。それじゃあとでね」
俺はコムスメみたいに遠慮はしなくていい立場だからな。あいつを散々こきつかってやろう。
「おーぅぃ、いるかー?」
「うー」
返事があったため、ドアを開ける。するとあいつは呑気に寝転がっていやがった。
「みんな忙しいところでいいゴミ分だな」
「なんか言い方おかしくねえか? まあいいや。休んでろって言ったのお前だろが」
「ん、まあそう言ってられない状況になったんでな」
「おう?」
俺はあいつに状況を伝えた。するとあいつの顔は徐々に渋さを増していった。
「……さっきの轟音の正体か。本当にあの数どうにかしちまったのかよ。いよいよお前の存在感ないな」
「言うな。────ああそうだ、お前はなんでこの世界でも勇者の力が使えるんだ?」
するとあいつはムカつくドヤ顔で、手首に巻いているチェーンを見せた。
「これにあっちの世界の勇者としての力が封じられてるんだ。大量のマナを消費するから地球じゃ使えないけどここなら問題ない」
「ふーん? マナってやつは共通なのか」
俺のなにげない疑問に、あいつはなに言ってんだというか、頭大丈夫かみたいな表情をした。
「お前な、空気や水だって共通なんだからマナだって共通に決まってんだろ?」
「知るかよ!」
なんだそのそれくらい常識だみたいな口調は。授業で習うのか? 科目なんだよ!
……まあいい。あいつの常識は世間の非常識。ロリコンなんていう危険思想を持ち合わせているんだから常識が通用しなくても仕方ない。
これはこれとして、色々と問題がある会話だった。
勇者専用アイテムが存在し、あいつはそれを持っている。コムスメも持っているかもしれない。なのになんで俺は持ってないんだ?
ちょっと優先度高めでちとえりを問い詰めないといけないな。
「じゃあコムスメ手伝ってやってくれよ。俺も用を済ませたら行くから」
「おー」
さて俺は義務を果たした。あとは女王様にご報告だ。休んで頂いているが、あの音で起きているだろうし、なにより不安に思っているはずだ。ならばきちんと事情を説明する必要がある。むしろ話さないほうが悪い。
「勇者殿、どこ行くね?」
ぎくりと思い振り返ると、当然のようにちとえりがそこへ立っていた。腕を組みこちらを怪しげに見ている。
「え? あ、ああ。これはあれだその、報告」
「誰にね?」
「女王様に決まってんだろ」
「女王様はお休み中ね」
「あんな轟音響かせて寝てられるわけねえだろ。安心してもらうために説明しないと」
「うむむ……」
よしぐうの音も出ないほど正しい内容だ。どこにも穴はない。
「じゃあ私が言ってくるね」
「な、なんでお前が行くんだよ。その情景を見ていた俺が説明するべきだろ」
「相手は女王様で居場所は寝室ね。そんなところへ未婚の男を入れるわけにはいかないね」
うぐっ。
そりゃそうだ。女王様しかいない寝室へ普通は男なんて入れさせない。なにかあってからでは遅いからだ。
普通王や女王の子供……つまり王子や姫が継承し、次の王になる。だから血統を重んじなくてはならないため、子作り系な出来ごとはご法度だ。
だがあんなナイスバディを目の前に熱くたぎらない男なんていない。もう体のどの部位でもいいからお相手願いたい。
……やはり行かないほうがいいな。行ってしまったら精神的に崩壊してしまうかもしれない。それは俺の望むべきものではなく、できれば俺のほうが襲われたい。
「ちとえり、頼んだ……」
「だ、大丈夫ね? 目から血が流れてるね」
「血の涙というやつだ。気にするな」
「……それ、すっごく気になるね」
血の涙。それは真の漢にのみ流すことを許された勲章。とうとう俺もその域に達したようだ。
あいつには無理だ。
俺はいろんなものを引かれつつ、この場をちとえりに任せコムスメたちのところへ向かった。
「なっ……!?」
地上へ降り、防壁の外へ出たところで俺は驚愕した。
あいつが……あいつが血の涙を流している。
馬鹿な。そんなことがあるはずない。それとも真の漢にロリコンかどうかは関係ないとでも? おかしい。
「おい、目から血が出てるぞ」
きっと目を怪我したんだ。それならば納得がいく。
「これは……血涙だ!」
「なにを馬鹿なことを」
ロリコン如きが血の涙を流すほど苦渋の選択をしているとは思えない。
ということを考えていたら、あいつは無言でどこぞを指さす。そちらへ顔を向けるとガキンチョが魔物の死骸運びを手伝っていた。
「ほう、ガキンチョのくせに殊勝なことだな」
「……ふざけんな! あんな小さな子供たちにやらせることじゃねえだろ!」
「だったらお前が代わってやれよ」
「代わったところで人手不足が解消されるわけじゃねえ。それだけの量があんだよ。俺が運んでも結局まだ運んでないものを運ばされるんだ」
そうなるわな。実際この場に立つとわかるが、かなり引くくらい死骸が山になっている。
「でも手伝えば少しは軽減するんじゃないか?」
「……俺、ああいうの触るの苦手なんだ」
その気持ちはとてもわかる。同じ死骸でも調理前の鶏や魚は触れても、轢かれた猫とか触りづらいもんな。
「だけど腐敗して変な汁とか出てくる前になんとかしてやろうぜ」
「……ああ」
そんなものが出始めたらもう完全に触れなくなってしまう。俺はあいつになんとかやる気を出させ送り出すことにする。
「っと待ってくれ」
「なんだよ」
「お前の勇者の力ってどんなんだ?」
「ああ、勇者装備一式と肉体強化だな」
…………きいいぃぃぃっ!
悔しいザマス! 悔しいザマス! 思わずスネ夫の母親みたいな口調になってしまうほど悔しい!
俺にも勇者な力をくれよ! あとでちとえりをとっちめてやる。
それはそうとして、まず目の前の惨状をどうにかしないといけない。あまりにも数が多すぎてどこから手を付ければいいかわからない状態だ。
更に魔物のサイズも問題がある。小さいのは大人ならひとりで運べるが、でかいのになるとどうしたものか悩ましい。あいつやコムスメが請け負うにしても数が多すぎる。
と、ここで俺はちょっとした考えが浮かんだ。それさえあれば今よりもマシになるはずだ。コムスメにでも聞いてみるか。
「────えっ、ネコ?」
「そうだ、ネコだ」
工事現場とかにある、通称ネコ。ネコ車とも言うな。
「そりゃあ猫の手も借りたいとは言うけどさ、ニャンコじゃ役に立たないと思うなぁ」
「いやニャンコじゃないほうのネコだ……うごっ」
コムスメは突然顔を真っ赤にさせ殴って来た。やめろよ今のお前勇者なんだからその力で殴ったら死ぬぞマジで。
「な、なに言ってんのよ! わ、私はノーマルだから! ちゃんと男の人が好きなんだし!」
「……お前、なに言ってんの?」
俗に言う百合用語のネコかよ。よく知ってるじゃねえかコムスメが。
「だ、だってニャンコじゃないほうのネコって……」
「一輪手押し車のことだよ。あれさえあればかなり効率よくなるはずだ」
「そっ、そうだね! 手配してみる!」
コムスメが町中を奔走し、ネコをかき集めて来たのはいいが、結局明け方になってもほとんど減った気がしないほどの量だった。
第二波? そんなものはなかった。
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