第61話 便所娘とくしま

「どうやらこれで全部だったみたいだな」

「そうだね。いつもより多い気はしてたんだけど」


 今回全力で壁を崩すつもりだったんだろう。全体的に被害が及んでいたからどこか一か所だけでも抜ければいいといった感じだったと思う。

 実に危ないところだった。俺たちが間に合わなかったら終わっていた可能性がある。



「はあ……疲れた……」

「お疲れさん。ほらよ」


 あいつが座り込んだところに俺はねぎらいの水の入った筒を投げ渡す。あいつはそれを半分ほど勢いよく飲み、残りを頭からかけた。


「くあーっ、よく冷えてんなぁ!」

「ごくまろが魔法で冷やしてたからな。汗かいた後にはいいぐぶぉっ」


 何故かあいつに突然殴られた。わざわざねぎらったというのにふざけんな!


「てめぇなにしやがる!」

「てめぇが悪いんだろうがぁ!」


 冷やした水を持ってきてやったのになんで俺が悪いのか。ロリコンの考えることは理解できない。


「俺に落ち度はねえよ!」

「あるだろ! なんで先に言ってくれなかったんだよ!」

「はぁ?」


 もし俺が先に言っていれば頭からかけるなどというもったいないことはしないで、最後の一滴まで体の中に取り入れていたとのことだ。

 別にごくまろはその水に浸かってないし、もし浸かっていたとしてもそれを飲み干そうだなんて変態の発想じゃないか。


「ちっ、変態め」

「おめーなんかにわかんねぇよ。ロリに飢えた男の気持ちなんて」


 そんなもの永遠にわかりたくない。人間には不要な感覚だ。

 ロリコン? あんなの人間じゃないだろ。


「……大体な、何度も言ってるがごくまろは同じ歳なんだぞ」

「だからお前も何度も言わせるな。見た目ロリなら全てロリなんだよ。お前だって逆だったら……あっ」

「思い出したか馬鹿め」


 そう、俺たちのなかには見た目お姉さまだが中身はガキンチョなのがいるんだ。俺はそいつを見た目だけしか愛でない。あいつとは違うんだ。


「人間、やっぱ重要なのは中身なんだ。いくら外見がお姉さまでも中身がガキじゃ全然心に響かない」

「ごくまろタンは中身結構大人だぜ?」

「……外見あっての中身だ」


 ようはバランスなんだよ、バランス。偏っていたらだめだ。

 その点俺はバランスの鬼だぞ。乳尻太ももだけでなく、首筋だろうとつま先だろうと分け隔てなく均等にお姉さまを愛でられる。完璧だ。


 と、こんな話じゃあいつとは語れないし、今は別の重要案件がある。


「そんで、どんなもんだよ」

「突然どんなって言われても……死骸の量か? 正直なとこ思わしくないな。まだ10分の1も済んでないんじゃないか?」


 これでは数日要すな。そうなると腐敗も始まり妙な菌とか繁殖し出すかもしれないし、俺たちがいなくなった後じゃごくまろのドローンで監視もできないから、突然襲われるかもしれないし、あと1日でどうにかしないといけない。

 倒したら倒したでなかなか厄介な問題があったものだ。



「なにやらお困りのようね」

「おーう、やっと現れたなちとえり。お前には聞きたいことが色々ある」


 物陰からこっそり覗くように俺へ話しかけてきたのはちとえりだ。何故そんな真似をしているのかというと、きっとあいつが横にいるからだろう。

 あいつはちとえりと聞いた途端振り返り、今にも飛びかかろうとする獣のような雰囲気を醸し出している。


「そ、それよりもその猛獣をどうにかしてね!」

「お前の答え如何によってだな」

「魔物どもの死骸をどうにかしたいって話ね。私がどうにかしてあげるね」

「却下だ」


 ちとえりの極悪魔法じゃ最悪のところ、星ごと燃やすか星ごと水で流すかのどっちかになってしまう。

 さすがにそこまで酷くはないかもしれないが、用心に越したことはない。


「聞いてね! ちゃんと勇者殿が満足できるだけの結果を出すね!」

「ほんとかよ……」

「ほんとね! 私だってまろまろして欲しいね!」


 やはりそうきたか。こいつらを操る便利な呪文となりつつあるな。


「お、おい! てめぇまろまろってなんだよ!? どんないやらしいテク持ってやがんだ!」

「なんでお前が食いつく! まろまろはそんなんじゃねえよ!」

「嘘つけ! 響きがいやらしいんだから絶対にいやらしい技だ!」

「んなわけねーだろ! これから妹を実験……あっ」


 妹を実験台に開発するんだからいかがわしいわけがない。思わず言ってしまいそうになって慌てて口を閉ざしたがもう遅い。

 口にしたところまでならばまだ存在しない技だということには気づかれないし、言い訳できる。だが問題はまろまろのことじゃない。


「お、義兄おにいさん!」

「だれがじゃごるあぁぁ!!」


 このファッキンロリコニアンにだけは知られたくなかった。俺の妹ズのことを。

 正直煩わしいし、とっとと嫁にでも行ってもらいたいものだが、あいつだけは別だ。絶対に触れさせたくない。


「そんなこと言わないでくださいよぉ、義兄さん。あっ、ちなみに妹君はおいくつで?」

「……16だ」

「ケッ。16のクセに妹とか言ってんじゃねえよ気持ち悪い。妹って言っていいのは14までだ!」


 打って変わってこの態度。とにかくこれで俺の妹たちは魔の手から守れた。


「おや? 確か勇者殿の妹たち────」

「さあなんだっけかなちとえり! お前の作戦を聞こうじゃあないか!」


 余計なことは一切言わせないぞ。別に妹が大事というわけじゃなくてもあいつからは守らねばならない。


「んー、水で全部流せば早いと思ったね」

「お前……いや、とくしま辺りでもできるだろうが、それほぼ確実に町も被害にあうパターンだよな」


 魔物の死骸は町の防壁を囲うように散乱している。まあ町を囲って襲って来たんだから当然と言えば当然なんだけど。

 つまり魔物の死骸を流すということは、囲まれている町にも水が押し寄せることになる。今までの攻撃のせいで壊れかけた防壁は水の圧に耐えられず崩壊するだろう。

 すると中は水浸しになり、建物は崩れ大参事になる。結局魔物に襲われたのと大差ないほどの被害を受ける可能性がある。


「そこらへんにぬかりはないのね! 天才と言われた私に任せるといいね」


 もう既に不安しかない。住人は高い場所へ避難させればいいだろうが、町や城は復旧可能な状態を保てるだろうか。




「────どうね」

「ああ、これならいけそうだな」


 ちとえりの作戦は、防壁を町と城ごと凍らせるというものだった。

 防壁も町も全て氷漬けにしてしまえば、大抵の水の流れには耐えられるだろう。

 俺たちのほか、町や城の人たちは近くの丘の上へ避難し、凍った町を見下ろしていた。


 氷の城や街並みはなかなか幻想的な景色なのだが、それが安心に繋がるわけではない。


「ねえ本当に大丈夫なの?」

「不安を抱えている俺のことを信用しろよコムスメ」

「それ信用できないよね? どこを信用すればいいの!」


 世の中には100%なんて存在しないんだよ。みんなどこかに不安を抱えて生きている。それが大きいか小さいかの違いなんだ。

 だから俺を信用できないってことは、世の中全ての人を信用できないと言っても過言ではない。たとえ俺の抱えている不安が巨大だとしてもだ。


「……私は異世界の勇者といえど、あなたを信頼しています」

「は、はい! 女王様が悲しむような結果には絶対にさせませんから!」


 そうだこの世界にはコムスメだけじゃなかった。ここは穏便に済ませよう。俺は急いでちとえりのところへ向かった。



「じゃあいくね!」

「まてコラちとえり。この場はとくしまに任せよう」

「それじゃ意味ないね! ここでいいとこ見せないと────」

「お前の案なんだからお前の功績だ。帰ったらまろまろしてやっから」


 なにもせずまろまろをしてもらえるとわかり、ちとえりはご満悦な表情でとくしまに場所を譲った。だけどとくしまは納得しかねる表情をしている。


「なーんか私、便利に使われてる気がしますー」

「そう言うなよ。お前にはもうやめてと懇願しても止まらないまろまろやるから」


 耳元で囁いてやるととくしまはゾクゾクっと身震いをさせ、いやらしそうな恍惚とした表情を見せた。


「い、遺書は必要でしょうか」

「そこまで激しくないんじゃないかなぁ……」


 こいつらと話していると俺のほうが異常に思えてくる。だけど実際のところ俺が正常でこの色ボケどもが異常なんだ。普通の人はここまで性欲に正直じゃない。

 もちろんあいつも異常だ。まともなのは俺とコムスメくらいだろう。


 ……あれ、コムスメってまともか? ひょっとしたら俺だけかもしれない。困ったものだ。



「じゃあちょっと行ってきます!」


 とくしまは元気よく水を流しに行った。まるで水洗便所のように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る