第59話 片付けられないOL

 今回の作戦……作戦と呼べるほどのものではないが、やることは至極単純だ。

 とくしまが破壊の限りを尽くし、こぼれ落ちたのをごくまろが仕留める。とくしまが中心、つまり城の最上階から魔法を操り、俺はごくまろを背負って防壁を駆け回る。

 ここいらでちったぁ役に立つことを見せておかないとな。




『来ました!』


 伝達装置的なもので見張りからの声が響く。すると遥か遠くから蠢く群れのようなものがあちこちから現れたのを確認できた。

 日に3度、このような波が押し寄せてくるのが日常のようになっているらしい。コムスメがなんとか堪えているのは日に2回。つまり1回はコムスメなしで耐えないといけないそうだ。


 ……あのコムスメ、あんなものを止めてたのかよ。

 だけど当然止め切れていない。防壁はボロボロで、あと数回耐えられればいい程度になっている。一か所でも空けば城下町は滅びるだろう。

 なるほどうまいやり方だ。数にものをいわせ断続的に攻撃。退くときは退く。相手を徐々に疲弊させようというわけか。


「とくしま聞こえるか?」

『はいっ』

「ぎりぎりまで引き寄せてからやるぞ。合図を待ってくれ」

『わかりました! それで勇者様』

「なんだ?」

『まろまろはいつしていただけるんですか?』

「……全部終わってからだな。お前が使いものにならなくなったら困るし」

『ま、まろまろってそんなに凄いんですか!?』


 知らねえってば。


 そんな会話をしていたら、俺の横にいたごくまろが目を輝かせて俺を見上げていた。ああはいはい。お前と最初に約束したもんな。

 あとでしっかりとそこんところは言い聞かせなけりゃいけない。実はまろまろなんてないんだよと。


 今はやめよう。士気に関わる。


「勇者様、魔物たちが危険領域まで達しました!」

「よし、とくしま! やってやれ!」


 そして俺は通信装置的なものに蓋をした。とくしまの詠唱は聞くに耐えんからだ。



 …………んー?


「なにも起こらないな」

「そうですね」


 まさかあいつが邪魔を? それはないだろ。コムスメによく監視しているよう言ってあるんだから。

 ちょっとやばいんじゃないか? 危険域を完全に越えているぞ。これ以上寄られると防壁に到達してしまう。


 ひょっとしてもう慙死してしまったとか? いや、とくしまの周囲に近寄らないよう兵士とかにも厳重に言い渡してある。とくしまは思う存分妄想を叫べるはずだ。

 まさか逆に誰も聞いてないから恥ずかしくなく、興奮しないとか? いやまさか、いくらとくしまでもそこまで変態じゃないだろう。


 そんなことを考えている間に魔物は防壁まで到達。壁を破壊しようと魔物が武器を突き立てた。



 パアァァン!


 もう駄目だと思った瞬間、耳をつんざくような破裂音。そして地面……というか、魔物の群れが一瞬青白く輝いた。


「こ、これは……」

「雷撃系、でしょうか」


 なるほど。だったら合点がいく。

 雷は空気へ伝達し辛い。雷がまっすぐでなくあちこち曲がっているのは空気の薄いところへめがけて飛ぶからだという話を聞いたことがある。

 では空気を流れない雷はどこへ行くかといえば、当然地面だ。雷撃を受けたやつの足元から抜けていく。

 そうならぬようにするにはどうしたらいいか。簡単だ。密集させればいい。


 後ろからはどんどん迫ってくる。しかし前は壁で止まってしまう。その結果起こるのが渋滞。電撃は後続まで一気に伝達し、全て黒焦げにしたというわけか。

 なんだかんだいってやっぱとくしまは天才だな。同じようなことをちとえりにやらせようものなら、全てを埋め尽くすほどの巨大な雷撃を放って町ごとふっ飛ばしていただろう。



「ちょっと、なにがあったの!?」


 さっきの音に驚いたのか、コムスメがこちらへ慌ててやってきた。


「ただの魔法だ。慌てるほどのことじゃない」

「あんな音聞いたら普通誰でも驚くよ!」

「そうだろうな。だけどまあ見てみろよ」

「…………ぅゎぁ」


 コムスメが小さく呻いた。外を埋め尽くす魔物の死骸の山を見たせいだ。

 そんな感じのなか、城から飛んでくる物体が。警戒することなくそれがとくしまだとわかる。


「勇者様ーっ! どうでしたかーっ」

「おーうとくしま。お前普通に飛べるようになったんだな」

「はいっ! それでー」

「ああバッチリだ。向こう戻ったら最高級まろまろのギフトセットやるからな」

「がんばった甲斐がありました!」


 とくしまはそれだけ確認すると満足そうに帰って行った。

 よしとりあえず士気は落ちていないな。向こうに戻ったら酷い目に合いそうだが。


「ねえまろまろってなに?」

「んー? ああ、あっちの世界の高級スイーツだ」

「へーっ。私もそれ欲しいな」

「まろまろは滅多に入手できないんだ。それにこっちの世界へ持ち込めないだろ」

「そっかぁ、残念だなぁ」


 羨ましそうな顔をしているコムスメまじチョロい。所詮はコムスメってことだ。


「……勇者様、それってどういうことですか……」


 げぇっ、ごくさんいるの忘れてた!

 ごくさんは俺のことを疑わしい目で見ている。まだここでバラすわけにはいかない。確実に士気が落ちるため、魔物があれで全てではなかった場合、次の攻撃に支障が出る。

 俺はごくさんの耳元でそっと囁く。


「あ、あのなごくさん。コムスメの前で本当のこと言えるはずないだろ?」

「その呼び方なんか嫌ですけど、そう言われればそうですね。すみません」


 こいつもこいつでチョロくて助かった。

 当然罪悪感はある。ごくまろととくしま────特にごくまろは俺をよく慕ってくれている。それを裏切り続けるのは流石に良心が痛む。

 しゃあないな。帰ったらうるさい双子いもうとを実験台にまろまろを完成させるか。


「それよかこの死骸の山どうにかしないとな。放っておいたら不衛生だろ?」

「そ、そだね。でもどうしよう、ちょっと多すぎるなぁこれ」


 詳しい数はわからんが、100万とかの単位だろう。埋めるとしても市民総出でどれくらいかかることか。


「いつもはどうしてるんだ?」

「川に流してるよ」


 これだけ流せば海の生態系狂いそうだ。米のとぎ汁でさえ海洋汚染になるっていうからな。

 だけど今、魔物が増えすぎて生態系が狂っている状態だ。それくらいなら許してもらえるだろう。


「よしじゃあ川に流そうぜ」

「ええーっ」

「町人総動員すりゃなんとかなるだろ。後は自然に任せよう」


 埋めて腐敗させたら土地がダメになるということはないだろう。もしそうだったなら今ごろは森なんて枯れ果てているはずだ。

 だけどあまりにも量が多すぎる。あれだけの数を埋めるだけの穴と土地をどうするか頭の痛いところだ。

 同じ理由で燃やすというのも厳しい。生物は基本的に水分が多いから、肉を完全に焼くとしたら相当の燃料が必要になる。

 ん? 燃料さえどうにかなればいけるか?


「ごくまろ。お前の魔法でこの死体全部燃やせるか?」

「どの程度までですか?」

「肉が全部なくなるまでだ」


 ごくまろは顔をしかめ、少し考える。脳内で色々シミュレートしているのだろう。

 しかし1分も経たずに俺のほうへ顔を向けた。


「ちょっと無理ですね。多分とくしまでも厳しいと思います」

「うむぅ……。そうなるとちとえりに頼るしかないか?」

「それだけはおすすめできません」


 やっぱりな。俺としても最終手段ですら使いたくない。

 となると、やっぱ川流ししかないか。途中で詰まらないようにところどころで大量の水を流させればいけるだろう。


「そんなわけで空いてる人は全員死骸運びだな」

「だけどまだ夜になったばかりだよ。暗がりでの作業は危険だと思うな」


 コムスメの言うことも尤もだ。作業に集中して魔物の次弾と鉢合わせたら大変なことになる。しかしだからといってこのまま放置していたらとくしまの魔法が使いづらくなってしまう。状況的にかなり悩ましい。


「勇者殿、お困りのようね」

「ちょっとな。些細なことだからお前は出てこなくていいぞ」

「そうつれないこと言わないね。私だって折角来たんだからなにかの役に立ちたいね」

「本音で語れよ」

「私にもまろまろチャンス欲しいね!」


 そんなこったろうと思ったよ。上目づかいしたって無駄だ。俺にその手は通用しない。甘々だ。


「お前は紙一重の裏側なんだよ。そう簡単に使えるか」

「どういう意味ね!」


 天才と馬鹿は紙一重という。それは天才の考えが突拍子もないため一般人には理解できないという意味だった気がする。

 でもそれは逆もまた然り。馬鹿の考えもまた突拍子もないから一般人は理解できない。つまりそいつの言っていることが天才的発想なのか馬鹿的発想なのかわからないということなわけだ。

 んでもってちとえりはどうかというと、確実に後者だ。たまたま運よく魔法がエロと繋がっただけであり、もしこれで繋がっていなかったらただの変態性欲モンスターだっただろう。

 ただすぐキレて暴走するから周りがおだてているだけに過ぎない。俺の認識としてはこんな感じだ。


「ちとえりが出るほどのことじゃないって話だよ」

「でも人手が足りない感じね」

「だけどお前、ひとでなしじゃん」


 やばっ、口が滑った。


「おーっとわかってるぞ。今のは俺が悪かった。だから止まれ」

「ぐっ、ぬっ、ぐっ」


 飛びかかろうとするちとえりへ先に謝り制する。こいつは自分の過ちを素直に認めれば大抵の場合踏み止まってくれるから始末に負える。


「お前の魔法は威力がありすぎるから向いてないんだよ。こんな町のすぐ傍でなんかやったらどれだけ被害が出るかわからないだろ?」

「そう言われてしまうと引き下がるしかないね。強すぎるっていうのも困ったものね」


 そうそう。おだててやるから引き下がってくれ。

 ちとえりの件はこれでいいが、問題は全く解決してない。現状をどうにかせねば結局八方塞がりだ。

 せめてもっと事前に魔物の襲来がわかっていれば……。


「ごくまろ、ドローンで広域を監視することはできるか?」

「問題ないですよ」


 よかった。これでもし魔物がまた来ても作業員を壁の中へ戻す余裕ができるだろう。


「よしじゃあ動ける人は全員で外に出て魔物の死骸の片付けだ。ごくまろは広域確認、とくしまは次の波に備えて待機。コムスメ、あいつも存分に使ってやれ」

「いやー、うーん……まあ」


 コムスメが煮え切らない返事をする。


「なんだよらしくないな。言いたいことがあるなら言ってみろよ」

「えーっとさ、ピンチだからってわざわざ来てもらったのに、やることは魔物の死体片付けってどうなのかなーって」


 ああ確かに。俺だったら帰ってるわ。助けてくれって言うからわざわざ来たら掃除させられるとか、片付けられないOLかよ。

 ……アリじゃね?

 俺だったら全力で脱ぎ散らかした下着やストッキングを探す。血眼になってまで。

 いや魔物の下着やストッキングなんて絶対に触りたくもないけどな。


 そんな話はさておき、さっさと次の波に備えないといけない。

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