第26話 多くの魔物

「いつつつっ」


 思い切り森の中へ突っ込んでしまったようで、完全に現在地が不明となった。

 とりあえずハーネスを外し、立ち上がる。

 後ろの席ではごくまろととくしまが気を失っており、ゆーながキョロキョロしている。

 隣の席にいたはずのシュシュは、ハーネスを外していたせいで吹っ飛んで行った。


 さて……。


「おいごくまろ、起きろ」

「あぅ、勇者様……おはようございますぅ」

「寝ぼけてんじゃねえよ。とくしま、お前も起きろ」

「はうぁぅぁー」


 よし2人とも無事だな。


「あの、勇者様。ここは一体……」

「わからん。どうにか現在地を探る方法無いか?」

「世の中には探知の魔法というものがあるそうですよ」


 言い方から察するに、こいつは知らないということだな。

 てか俺の考えだとこの世界の魔法はイメージやフィーリングが大事だと思うんだ。だから自分がどういう魔法を使いたいというイメージを頭の中で描ければきっと使えるはず。


「ごくまろ、突然だが火の魔法を使うときってどんなイメージなんだ?」

「えっ!? それ答えないと駄目ですか?」

「何か問題あるか?」

「それは、えっと……私の性癖を暴露してしまうことになるので……」


 お前の性癖は覗きと盗撮だろ。何を今更。


「いいから教えろよ。責任は取ってやるから」

「知ってますから! どうせ責任とって彼氏を探してやるとか言うんです!」


 ちっ、とくしまのときのを覚えてやがるか。


「わかったわかった。じゃあ何か願いごとを言ってみろ。聞いてやるから」

「どうせ聞くだけ聞いて終わらせるつもりですよね」

「うぐっ。ばばばばか言うなよ。ちゃんと俺が適えられることなら適えてやるからさ」

「……信じますからね」


 そう言われてしまうと心苦しい。これで揚げ足を取ったら信用を全て失うことになるのか。


「えっと、じゃあその……耳を貸してください……」



 ごくまろはこっそりとなかなか変態チックな性癖を暴露してくれた。


「……凄いな」

「やめてください!」


 ごくまろが顔を真っ赤にしている。とくしまといい、変態のくせに恥ずかしがり屋ってどうなんだ?


「それでその、私の……は、何か役に立ちそうですか?」

「んー、それを今考えてるんだ」


 大体俺の予想通りと見て間違いなさそうなんだよな。後はごくまろにどうイメージしてもらうかが問題だな。


「ごくまろ、ドローンって知ってるか?」

「はい。中年のサラリマンという人が飲み会の途中で帰るときの台詞ですよね」

「たまにさ、お前らがどこから知識を得ているのか非常に興味深くなるんだよ」

「基本的に勇者様の国から来る人からですね。あとは人伝いで」


 そりゃそうだろうな。こいつらの地球の知識は大体そんなものだと思う。


 じゃあまずドローンの説明をしてやるとするか。



「す、凄いです! なんて素晴らしい道具なんですか!」

「だろ? ドローンさえあればどこからでも盗撮し放題なんだぜ」

「欲しいです! ドローン、ああドローン……」


 ごくまろがドローンの妄想に浸ってしまいそうだ。そろそろ現実的な話をしないといけない。


「んで、そのドローンを魔法で再現できないかなと思っているわけだ」

「つまり上空高くから私たちを撮影するってことですよね」

「そうそう。広範囲が見えれば自分が今どこにいるかわかるだろ」

「やってみます………………フォーカス!」


 ごくまろが空に向けて手を伸ばす。するとそこに魔方陣さんが現れ、更にその魔方陣さんから4つの魔方陣さんが現れる。

 うん、確かに形的にはドローンっぽい。問題はそれからだ。


「ぬぅーっ」


 ごくまろが集中し始める。すると魔方陣ドローンが徐々に上空へとあがっていく。

 かなり高い位置までいった。目測じゃわからん。だけどこれくらいならいけるかもしれない。


「チーズ!」


 ごくまろの叫びと共に、魔方陣ドローンが発光する。そして地面へ周囲の地図らしきものが描かれる。


「おおっ、なんとなく凄いじゃないかごくまろ」

「いえ、これはまだ実用できませんね。もっと考えないと」


 ごくまろは首を振るが、これだけでもなんとなくわかる。

 写真に比べたらそりゃ全然駄目だろうが、雑把でも周囲がどうなっているか理解できるのは行幸だ。

 とりあえず……東西南北がわからんけど、あっちに進めば森を抜けられる。


「じゃあ持てるだけの荷物を運んで行くぞ」

「待って下さい。この飛びチンどうするんですか?」

「嫌な名前つけるなよ。そんな重そうなもの運べないだろ」

「いえ、まだ浮航水が残っているせいか、思ったよりも重くないようです」


 試しに引っ張ってみるとごくまろの言うとおり、大して重くはない。

 元々重力が低いというのもあるのだろう。これなら引いて移動もできそうだ。


「じゃあこれは俺が牽くか。みんなは降りて歩いて──」

「ゆんな降りないもー」

「いやお前が一番重いんだから降りてくれよ」

「重くないもん! 重くないもー!」


 重いんだよ! モーモー言いやがってこの牛娘が!

 はあ、これだからガキは嫌なんだよな。


「勇者様、ゆんなちゃんは女の子なんですから重いなんて言っちゃだめですよ」

「しゃーないだろ。お前らと比べたら体がでかいんだからその分どうしても重くなるのは」

「ん、まあそうなんですけど……」

「だろ?」


 ごくまろは少し悩んだ後、荷台に行き何かを探していた。


「あっ、勇者様。あの淫売な雌豚を探しておいて下さい。私としては置いていきたいのですが、この機体を貸して頂いたセイン卿に申し訳ないので」

「あいよ」


 さてと、あいつどこまで飛ばされたことやら。




 小人族で体が小さく、更に低重力のせいでかなり遠くまで飛ばされているようだ。方向的には機体の進行方向で間違いはないはずなんだが、なかなか見当たらない。


「……っぅーっ、ぅぅーっ」


 どこかから呻き声……じゃないな。口を塞がれている状態で叫んでいるような声が聞こえる。

 まさか何かしらに捕まったか? それはちょっとおだやかじゃないな。行ってみよう。



 思った通り、シュシュは──オークっぽい、イノシシ面のヒューマノイドに囲まれている。

 多くのオークに囲まれて、なんて冗談を言っている場合じゃない。助けないと。


 だけど……うーん、10匹くらいいるなぁ。俺だけじゃ無理っぽいかも。

 それでも戻ってごくまろたちを呼んでいる余裕はなさそうだ。仕方ない、行くか!


「おるるるぁ、やったるっちゃあああ!」


 俺の叫びを聞き、一斉にこちらを見るオークども。くそっ、槍の刃先を俺に向けるな!

 その中の一匹が俺目掛けて走ってくる。俺は石を2つ拾い、オークの顔に全力で投げる。

 オークはその石を当然かわす。右にかわしたのを確認した瞬間、もう一度顔──やや左寄りに向かって石を投げる。

 顔を戻そうとしたら当たるし、かわすには更に右へ傾けなくてはならない位置だ。そうすると当然体のバランスを崩す。


「その瞬間を待ってたぜええぇぇ!」


 わざとらしく声を上げ、無理な体勢でも突こうとする槍をかわし、柄を握る手を上から握る。

 そして槍先を地面に刺し、そこを支点にオークを蹴り上げ半回転。頭から地面へ叩きつけた。


「雑魚が、まず一匹いぃぃ!」


 自らを鼓舞するように大声を出す。これで相手を威嚇し、委縮させる。それに加え、ごくまろたちに届けばいいという仄かな願望も含まれる。

 でもようやく武器が手に入ったのは大きい。槍の使い方は知識でしかないが、あるだけマシなはずだ。

 頭上でブンブンと大きく振り回し、接近していく。オークたちは攻めあぐねているようだ。


「秘技、影幻槍えいげんそう!」


 オークに向かい、槍を投げる。するとオークは剣で槍を弾いた。

 だがその次に投げられていた石には気付いていなかったようだ。目に直撃する。


 マンガで見た技だったんだが、やってみればできるもんだな。悶えているオークに向かってダッシュし、持っていたシミターを拾い上げ一気に突き立てる。

 喉笛を切り裂くように突く。ジビエ料理も行うプロの猟師から学んだ技だ。

 まあ学んだといってもテレビでだけど。ここを狙うことにより、すぐ殺すことなく血を抜くことができるらしい。


「今手当をすれば助かるぞ! さあどうする、このまま全滅するか、仲間を連れて退散するか!」


 叫びにびびったのか、オークたちはやられた2匹を連れて退散していった。はぁ、助かった。

 喧嘩は7割がハッタリだ。威圧したほうが有利になれる。さすがにあの数で囲まれたら勝てなかったから上手くいってよかった。



「おいシュシュ、大丈夫か?」

「ゆ……勇者様……」


 よほど怖い思いをしたのか、今にも泣きそうになっている。だけどこいつに甘い顔をしてはいけない。こうなったのもそのせいなんだから。


「早く行くぞ。みんな待ってるからな」

「待ってください! これだけは言わせて下さい」

「あん?」

「ステキ! 抱いて!」

「よし元気だな」


 シュシュは放っておいても大丈夫だろう。さて帰るぞ。




「こ……これはぁ!!」


 機体のもとに戻ると、そこには神々しい光景があった。

 ゆーなが黒スト様を履き、足を組んで機体の先端に乗っている。なんと……なんと素晴らしい。

 やっぱり黒スト様には足組みだよな! 美しい脚線が際立つ。


「ゆんなちゃんを乗せたまま勇者様が運んでくれる方法を考えたらこうなりました」


 グッジョブごくまろ! 天才だ! 褒めてやるからそのすっぱいものを食べたような顔で俺を見るのはやめてくれ。


 こうして俺たちは森を出るため進み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る