第25話 必死の攻防の果てに
今から引き返してドラゴンと戦う。それは絶対にやめたほうがいい。
ドラゴンの強さがどの程度かわからないが、あの数をごくまろととくしまだけでどうにかできるとは思えない。
ああそういえばシュシュもいたか。だけどシュシュの実力がわからない。
速度で言えばごくまろのほうが圧倒的に速い。威力もとくしまに並べるとは思えないし、ならばそれほど戦力にならないだろう。
後はそうだな……。俺の魔法がどの程度の威力か不明といったところか。
ぶっちゃけ大したことはないと思っている。俺の予想だと魔法はこいつらの種族が最も優れており、体が大きくなるにつれ、劣っていく。
ひょっとしたら俺は勇者なだけにとてつもない魔法が使えるという可能性も否定できないが、期待するだけ無駄だ。期待が大きいほど駄目だったときの反動がでかい。
そういやクラスメイトの勇者、あいつはドラゴン退治に行くっていってたな。今ごろどこぞの世界で戦っているかもしれない。無事に帰れたら倒し方でも聞いておこう。
「とにかくシュシュ、やっぱり俺たちは急いで魔王を倒さないといけない。お前としては今どうにかしたいかと思っているだろうけど、今は耐えて欲しい」
「う……。わかってますわ……」
今の俺たちにはどうにもできない。下手に刺激して暴れられたら被害が拡大するかもしれないから、ここは何もしないのが正しい。
それにしてもシュシュはさすが領主の娘だけあって、国の被害に対して辛そうにしている。行遅れて焦らなければ普通にいい女なのかもしれない。
ただし見た目がガキだから惚れることはない。
「あのー、そろそろ会話に入ってもいいね?」
やっと戻ってきたか。前回しかとされたのが堪えたのか、あたかもずっとそこにいました的な、こっそり戻ってくることはやめたらしい。
「おせぇぞちとえり。んでどう思う?」
「遅いって酷いのね! 減速したからやっと追いついたのね!」
「そりゃあ悪かったな。で、あの数のドラゴンをちとえりならどうにかできるか?」
「やっていいのね?」
「ちとえり様、勘弁して下さい」
ごくまろとシュシュが止める。きっとやりすぎて町ごと吹き飛ばすのを危惧しているのだろう。
今犠牲を出しておけばこの先ドラゴンに襲われる町が無くなる。だがそのために町を全滅させてしまうのはいかがなものかと。そういうことだろう。
少なくともあれだけの数のドラゴン相手でもちとえりなら勝てる。それが前提に話が進んでいる辺りが恐ろしいのだが。
「ところで勇者様、今更なのですが何故セイン卿の娘の名を知っているんですか?」
「さっきごくまろが気を失ってたとき名乗ってたんだよ」
後ろを見たら泡吹いてたんだよな。
あれ? そういえば何か忘れているような……。
「ゆ、勇者殿! 大変ね! とくしまが土色になってきてるのね!」
「やっべ! おいちとえり、とくしまの口に手を突っ込んで舌を引っ張り出せ!」
完全に忘れてた。ごめんとくしま。お前の死は無駄にしない。
「そろそろ減速限界なので下降を始めますわ」
あまりにも上空のため、比較対象がないせいで現在どの程度速度が出ているのかわからないが、今から加速するため落下しないといけない。
完全に停止してから落下させようとすると、後ろへ向かってしまう可能性があるのだろう。
やがて先端から水が噴き出す。出した水が上へ向かっていくのはやはり不思議な光景だ。
ある程度放出させるとシュシュはハンドルを操作し、機体をやや前傾にさせる。すると徐々に降下し、加速が始まる。
「あとはこのままで4時間ほど経てば巨人族の境に着きますわ」
「今までと比べれば圧倒的に早いけど、あと4時間は長いな」
「だかららんこーでもしてればあっという間ね」
だからじゃねえよ。こっちはやりたくないって言ってるんだ、全く。
……いやまてよ。これから向かう先はこいつらが言う大巨人族、つまり俺と同じくらいのサイズの国だ。
そこは今、魔物の侵攻により大変なことになっているはずだ。
魔物に襲われた町、逃げ惑う人々。そこへ颯爽と俺登場。魔物たちを退ける。
すると町のお姉様方は俺をみてこう思うんだ。ステキ! 抱いて!
まずいな、これは実にまずい。俺は初めてだし、最初は1人相手くらいから始めよう。だが徐々に慣らしたところで恐らく5人までが限度だろう。まいったな、チケット制にして毎日とっかえひっかえ────。
「勇者殿、鼻の下が伸びているね」
「えっ?」
「すっごいやらしい妄想していたのね。一体ナニを考えていたね」
「してねえよ! そんなこと……ちょっとしか……」
やばいやばい、俺はそんな顔に出やすいのかな。気を付けないと。
「絶対にいやらしいこと考えてました!」
「なんでごくまろがわかるんだよ!」
「あの、その、んと……当たってるんです!」
なんだとぉ!?
くっ、静まれ!
「ちげーし! これはあれだ、これから激戦区に入るという心境が立たせてしまったんだ!」
男は死に直面すると立つらしい。これは死ぬ前に子供を残そうとする群選択というやつだ。種の保存のための生理現象であり、決してやましいことを考えていたせいではない!
「嘘です! さっきいやらしい顔をしてました!」
「それはあれだ、これから戦うというからだ! 俺実はバトルジャンキーで戦ってないとおかしくなるんだ」
「よくもまあそんな嘘をついて恥ずかしくないのね?」
なんでみんな俺のことを信用してくれないんだ。
確かに俺はエロい妄想をしてたよ。ああしてたさ。でもそれを誰かに言ったか? 勝手に俺がエロい妄想をしてたと決めつけているに過ぎないんだろ。それって酷くないか?
「で、勇者殿は何人の女教師に囲まれる妄想をしていたあああああっ、勇者殿、こんなところでハーネス外したら危ないのね!」
「離せちとえり! 俺は、俺はもう……っ」
「ごめん、ごめんなのね! もう言わないから大人しく席に着くね!」
女教師はトラウマなんだ。二度と口にしないで欲しい。
「勇者様、そんなすぐ枯れるような年増より私のほうが……」
「てめ今なんつった? お姉様のことなんつった?」
「い、いえ……」
ごくまろが涙目でガタガタと震えている。余計なこと言うからだ。
「全く、なんて変質者を勇者に呼んでしまったのね」
「誰が変質者だコラ」
「おっと、字が違ったのね。
「紛らわしいから
柔軟な思考を持つのが俺のポリシーだ。偏った考えは本質を逃してしまう。
「年上の女性しか認めないくせに……」
「それは一般論であり俺が偏っているわけじゃねえからな」
ロリコンは犯罪であり、悪として法により罰せられる。しかしお姉様へ恋愛感情を抱くことについて誰も咎めたりしない。つまり俺こそ正義であり、法の代弁者なわけだ。
「じゃあ聞くけど、逆にロリコンが正義で年上に恋愛感情を抱くのが悪の世界があったら勇者殿はどうするね?」
「そんときゃ俺が悪になる」
これこそ柔軟な発想。正義にこだわる必要はない。フレキシブルというやつだ。
「よくわかったね。勇者殿は柔軟な偏執者ってことね」
「わかってねぇじゃねえか」
何もかもが違う。杓子定規で俺を測ることはできないんだ。だからまず偏執者という括りを外せ。
「あの、勇者様。お楽しみのところ申し訳ありませんが」
「楽しくねぇよ。皮肉かよごくまろ」
「いえ。ですがその、今セイン卿のお嬢さんが沈んでおりますのであまりはしゃぐのはと……」
気付くとシュシュは俯いてぶつぶつと何かを言っていた。今特にやることがないせいで、気持ちが先ほどのドラゴンへ向いてしまっていたようだ。
ううむ困ったものだ。
「おいちとえり、ごくまろ。お前ら自分の席に戻れ」
「嫌ね」「嫌です」
「いいから大人しく戻れよ」
「私が戻ったらここで楽しいことが起こっても見れないのね! それは嫌ね!」
「何かの拍子にその雌豚が野生の発情に目覚めたらどうするんですか!」
「わかったね! 私を戻すのはこれから他人に見せられないようなすごいことおおおああああ!」
降下を始めて徐々に加速していくなか、俺はちとえりを外へ放り出した。さて次はいつ合流できるだろうな。
「さあごくまろも席に戻れ。それとも戻してやろうか?」
「いっ、いえ。自分で戻れますから!」
ごくまろはそそくさと自分の席へ戻って行った。大丈夫、心配しなくてもちとえり相手じゃないんだから放り出したりしない。
さてやかましいのが去ったし、ちょっとシュシュの相手でもしてやろうかな。もちろん性的な意味は無しで。
「あっ」
シュシュの肩をそっと抱き寄せてやる。辛いときは堪えずに泣くのも必要だ。余計なことを考えず、ひたすらに泣いた後、自分が何をすべきかはっきりわかるときもある。
「あまり気張るなよ。心が潰れたら体にも影響がある。だからやりたいようにやっとけ」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ」
ってあああああ! ズボンを引っ張るな!よだれを垂らすな! いや、やめて!
「そうじゃねえだろぉ!」
「いいえ、こうですわ!」
違う! これは絶対に違う!
必死な攻防の末、誰も操作しない機体はそのまま森へ不時着した。
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