第24話 股間じゃないほうのドラゴン

「……!? ────っ! ──、────!」


 小石を指で弾いてごくまろの額に命中させてみた。

 目を覚ましたごくまろは驚いた顔で辺りを見回して何かを叫んでいるが、全く聞こえない。

 俺は身振り手振りで隣のとくしまをおこしてやれと伝えるが、なんかこっちを見て睨んでいる。


「何を言ってんだ、聞こえねえぞ!」


 と俺も言ってみたものの、恐らく聞こえていないだろう。

 するとごくまろは危険も顧みずハーネスを外し、こちらへ体を乗り出した。


「何してるんですか! この雌豚!」


 どうやら俺にしがみついているシュシュへ言っているようだ。


「ごくまろ姉様、これは愛の結晶の作成中、伝説のトイメンザイですわ」

「騙されるなごくまろ、いかがわしい行為は一切してないからな」

「いいから早く勇者様から離れなさい!」


 睨みつけるごくまろに、シュシュが不敵な笑みを浮かべる。


「なんですかごくまろ姉様。ひょっとしてあなた、勇者様のことを」「フォーカス」「生意気で申し訳ありませんお姉様もういたしませんわっ」


 流れるようなやりとりでシュシュは俺から離れた。さすがごくまろ姉様。


「助かったよごくまろ」

「いえ。ですが何故あいつがここに?」

「操縦士に化けてたんだよ。まあ最初から気付いていたけど」

「そうだったのですか。勇者様、気を付けてください」


 気を付けるって何をだよと思ったが、ナニをだな。こいつちとえりよりも危険かもしれない。


「おっと手が滑ってしまいましたわっ」


 わざとらしい声を出し、再び機体は逆さまになる。身が浮き吹き飛びそうになったごくまろの手を慌てて掴み、引き寄せる。


「大丈夫かごくまろ!」

「あ、ありがとうございます」


 顔を赤らめ、うつむき加減にごくまろが礼を言う。こいつが妹だったら俺もガキ嫌いにならなかっただろうなぁ。


「おいシュシュてめぇ、今のはちょっとカチンときたぞ」

「も、申し訳ありません! 機体は元に戻したのでごくまろ姉様をお戻し下さいっ」

「いやごくまろはもうこのままでいい。魔除けになるしな」


 ごくまろは基本的に俺へ何かすることがない。だからこうして抱きしめていても問題はない。それどころかシュシュが何かしようものなら威嚇してくれる。完璧だ。


「くっ……」

「日頃の行いの問題ですよ。私は長い時間勇者様と行動を共にし、信頼を得ていますから」


 ごくまろが勝ち誇った笑顔でシュシュを見る。こいつもこいつで変態だが、この面子の中では最も安心できる。

 ゆーな? あれは駄目だ。中身ガキでも体が大人っぽいから反応してしまう。俺はそんなことで理性と勝負したくない。


「それより勇者様、これはなかなかいい景色ですね……よっと」

「なにどさくさにまぎれて体をこっちに向けてるんだ」


 ごくまろがこちらへ体を向けたせいで腹と腹が当たるような、さっきまでのシュシュと同じ姿勢になった。


「だって私ハーネス無いですから。何かに捕まってないと不安なんです」

「う、んー、まあ仕方ないな」

「えへへ」


 顔を俺に埋めるな。景色見てたんじゃなかったのかよ。


「うぎぎぎぎ……」


 シュシュが鬼瓦のような形相でこちらを睨んでいるが、自業自得だ。

 てかこんなガキどもじゃなくてお姉様方だったらどれだけよかったことか。


「そういえばシュシュ、お前17だったよな」

「そうですわ」

「そういえば巨人族って……ああ、行き遅れなんですね」

「う、うるさいですわ! 私は私に見合う相手でないと嫌だったのですわ!」


 行き遅れってまだ17だろ。

 つってもこの国ではそれが普通なんだろう。俺の世界ではどうだという話は意味が無い。


「てかそれならごくまろだって同じじゃないか」

「いいえ、巨人族の婚期は平均16ですが、私たち普人族だと20くらいです。これはアンチエイジング様のおかげで姿が保てるからなのですけど」


 種族によって異なるわけか。まあ妥当といえば妥当なのかな。


「それはさておき、だったら自分に見合ういい男探せよ」

「だから勇者様なのですわ!」

「へっ?」


 自分で言うのもきついが、俺なんて平凡な容姿だ。そんな必死にすがりつくようなものではない。


「まず肩書きが勇者。もうこれだけで濡れますわ。更に巨人族! 大きく力が強いのにウブな少年とかもうずぶ濡れですわ! それに」

「あ、もういいですわかりました」


 これ以上の言葉を聞きたくない。頭が痛くなってくる。


「何故だか急に余所余所しくなっておりませんか?」

「いえそんなことありません。気にしないでください」


 こいつとはなるべく距離を置こう。ちとえりは半分ふざけてやってる印象を受けるが、こいつはガチでやってそうだ。必死感が漂っている。さすがに本気で来られたらまずい。

 ゆーなより年上くらいの容姿で行き遅れ感に焦る、少しがっついた感じのお姉様なら最高なんだが、ガキは勘弁だよなぁ。


「とにかく、セイン卿のお嬢さん。勇者様は忙しいのでちょっかいをかけるのはやめてくださいっ」

「今この場では何もできないので暇なはずですわ。ですからこの間に子供さえ身籠ってしまえば万事OKですわっ」

「い、今なら……」


 おいごくまろ、お前が諭されてどうする。そんな何かを欲しているような顔で俺を見ても駄目だからな。


「何度も言っているが、俺はガキと寝るつもりなんか微塵も無いからな」

「私は勇者様と同じ年です!」

「えっ? 勇者様はおいくつなのかしら?」

[……17だよ]

「まあ! まあまあまあ! うふふふふ、ばっちりではありませんか!」

「何が……」

「私、自分の年齢以下の殿方がよろしいですの! 以下であれば同じ年齢も含みますわよね!」


 お前の性癖なんてしらねえから! 頼むから俺を対象外にしてくれよ。


「勇者様で、巨人族で、若い……うふふふふ、うふ、うふふふふっ」


 駄目だこいつ、完全に自分の世界へ入り込んでいる。


「クン○危うきに近寄らずね」

「ってちとえり! なんでここにいるんだよ!」

「だって暇だったのね。てか勇者殿、ごくまろとナニをしているね」

「えっ? いや、これはその……」

「タイメンザイです!」


 ごくまろてめ放り投げんぞ!


「な、なんてことね! 私が後ろでぼけーっとしている間にそんな楽しげなことになっているなんて! 許せないのね!」

「全然楽しくなんかねーよ! ごくまろなんか死にかけたんだぞ!」

「どういうことね?」


 ここでごくまろはちとえりに先ほどの顛末をチクッた。



「なるほど、経緯はわかったのね」

「ですがちとえり様、これは……」

「言い訳は聞かないのね! 私の弟子を危険な目に合わせるような人物を一緒に連れていくわけにはいかないね!」


 珍しくちとえりが真面目なことで怒っている。怪しい。


「本音はなんだよ」

「私の知らないところで愉快なことが起こってるのは許せないのね!」


 やはりこうでないとな。こいつにとって周囲は快楽を得るための道具に過ぎない。

 この世界にPCがあったら永遠に引き籠っていそうだ。主に某掲示板へ入り浸っていると思う。

 でもこいつ沸点低いからな、煽られてブチ切れ、PCを破壊する未来まで見えた。


「こいつの言い分はともかく、俺もついてくるのには反対だ」

「勇者様まで……」


「勇者殿が反対する理由はなんね?」

「だってあいつ、ちとえり以上に危険なんだよ。本気で襲ってくるんだぞ」

「ほほう、それは面白そうね……」


 やばい余計なことを口走ってしまったかもしれない。

 くっ、こいつ俺の顔色を見ていた。つまり今俺が少し顔をしかめたのにも気付いているはず。


「そんな悲しい顔しないのね。条件次第では連れて行ってあげるね」

「ほ……本当ですか!?」


 悲しみに打ちひしがれているシュシュにちとえりがやさしそうな声で話しかける。

 そして嫌な笑みを浮かべて俺を見る。くっ、殺したい。


「勇者殿の1号さんはごくまろなのね。あんたはあくまでも2号。きっちりと遠慮はしてもらうのね」

「力の2号ですわね!」


 どこかで聞いたことあるな。確かあれは俺が子供の頃にハマっていた仮面ライダートライクのことをネットで検索してたら見つけた言葉だ。なんでこいつ知ってるんだ? てか日本人どれだけ浸透しているんだよこの世界で。


「とにかく1号とか2号とかないからな」

「じゃあごくまろが本妻ね?」

「なんでそうなるんだよ。てかごくまろが1号だった場合、本妻が誰になってるんだ」

「私に決まってるのね!」

「ちっ、行き遅れガキが……あっ」


 やっべ、思ってたことをつい口にしてしまった。

 固定されている今、ちとえりに襲われるのはかなり厳しい。


「こっ、この! クソガキ! 赤玉出るまで吸い出してやる!」

「あれは都市伝説だ! だからやめろ!」

「本当に都市伝説か試してやるのね!」

「ごめんなさいもう言わないんで許して!」


 くそっ、ようやく解放された。誰だよロリババア最高とか言ってる奴は。あんなのに初めてを捧げるなんて最悪だ。



「てかちとえりよ、ゆーな1人で放っておくなよ」

「大丈夫ね。ゆんなちゃんは自らを慰められる子だから放置しても問題ないね」


 11歳に何させてんだよ! このド変態、早くなんとかしないと。

 しかしゆーながねぇ……いや、いかん。想像しては駄目だ。あいつは11歳、あいつは11歳。


「それにしても……今高度はどれくらいあるんだろうな」

「おや、話題を変えてきたね。珍棒たまらなくなったね?」

「ちっ、ちげーし! ただ雲よりもずっと高いなって思っただけだし!」


「あー確かにこれは高いね。ほらほら勇者殿、ドラゴンが群れを成して飛んでいるのね」

「おっマジ!? へー、あれがドラゴンなのか」


 ファンタジーといったらやっぱりドラゴンくらいは見ておかないとな。高さがあまりにも違い過ぎてよく見えないが、首が長くて翼がある。あれ鶴じゃね? と言われてしまえばそれまでなのだが。


「あれだけ群れで飛んでるんだから、1つ2つの都市くらいは滅ぼされるかもね」

「嫌なこと言うなよ」


 やっぱりドラゴンは強いんだろうな。それがあれだけ────100匹以上いればひとたまりもない気がする。



「ああああああぁぁぁーっ」


 突然機体がひっくり返り、ちとえりが遥か後方へ吹き飛ばされていった。俺はごくまろを離さないよう手に力を入れる。


「おいてめシュシュ! なにしやがる!」

「ド……ドラゴン……ほんとに……」


 なんだドラゴンをよく見たかったのか。

 だけどただ見たかったというわけじゃなさそうだ。顔が青ざめている。

 この国の人間なんだから、そりゃ心配くらいはするか。


「大丈夫か、シュシュ」

「だ、大丈夫じゃありませんわ! ドラゴンの飛行高度では巨人族のテリトリーから上がってこれないはずですわ!」


 なんだと? じゃああいつらはどうやってここへ来たんだ。


 魔物の侵攻がいよいよ本格化したってことか。相当やばい気がしてきたぞ。

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