第13話 いざ巨人族の区域へ
馬車で寝る生活をして1週間ほど経った。
明日は土曜日。つまりずっと馬車に籠りっぱなしとなるわけだ。
そんな中、ごくまろととくしまの様子がだんだんおかしくなってきているのに気付いた。
「なあお前らさ、なんで車内で甲冑なんか着てるの?」
「これはトレーニングですっ」
なんのトレーニングなんだか。まさか武器を持って戦闘するつもりじゃないだろうな。接近戦なんてしたら20秒もたなさそうだ。
「ちとえりはしなくていいのか?」
「当然ね! そこらのひよっこと一緒にしないで欲しいね!」
「五十歩百歩だろおねしょ女」
途端、恐ろしいほどの速度でちとえりは襲いかかってきた。
「こっ、ころっ……ころぉぉぉっ」
「おう殺すか? できるのかよ勇者に」
俺は魔王を倒すためには必要不可欠らしいから、手を出すわけにいかないことはわかってる。
「こっ、こっ……殺してくださいって懇願するまでタンパク質を吸い取ってやるね!」
「マジやめて!」
ほんとこいつは性欲の塊だな。性欲というか、下品の塊というべきか。
とにかく俺はこの変態から大切なナニかを守らなくてはならない。
「で、なんで2人は体を鍛えてるんだ?」
「もうじき普人族のテリトリーが終わるからね」
今思い出したがそんな話だったな。俺からしてみたら超小人族から小人族へシフトする感じだろうか。
「そういや重力が違うんだっけか。どんな風に変わるんだ?」
「見ればわかるのね」
なにやら不気味な笑顔をしているのは気になるが、ちょっと楽しみでもある。急激な変化なのか、ゆるやかな変化なのか。
────なんて考えていたことの遥か向こうの結果が待ち構えていた。
「げええええぇぇぇっ」
「ふひゃはははっ」
俺は目が飛び出るのではないかというくらい見開いて驚き、そんな俺をみてちとえりは笑っている。
てか驚く俺を見たくて黙っていたんだろう。
なにせ道が無い。いや、道どころか何も無い。何かあるだろと言われたら、切り立った崖があるくらいだ。
その高さは10キロとかそういうレベルではない。大気圏外から星を見下ろしているくらいの気分だ。
「な、なあちとえり」
「なにかね勇者殿」
「これ、高さどれくらいあるんだ?」
「知らないね。少なくとも鳥じゃ登ってこれないね」
だろうな。こんな高さ、鶴だって飛べない。
「水棲生物に至ってはテンタコさんくらいじゃないかなぁ」
そういやいたな。あの巨体が吸盤を使って崖を登って来たのか。ちょっと見てみたい。
「だけどこんな段差、地球儀には無かったぞ」
「それは正確に計測されてないからなのね。全貌がはっきりしていればその通りに作るね」
あれ自体結構雑なものだったから仕方ないのかもしれない。しかしこれほどの規模、もう少しわかるようにしてくれればなぁ。
「それで、どうやって降りるんだよ」
「飛び降りるね」
「死ぬわ!」
物体は落とすと重力加速度によりどんどん速度が増す。
とはいえ空気抵抗があるから無制限には増えない。人間だと1Gであれば時速200~250キロほどで打ち止めだ。
ここは地球より重力が低いとはいえ、凡そ人が耐えられる速度で落ち着くとは思えない。
更に言うなら、こんな異常な高さから落ちた場合、どれくらいの時間がかかるのだろうか。
高さを50キロ、空気抵抗による重力加速度の限界が150キロと仮定すると、20分間も落ち続けなければならない。多分精神的に耐えられないだろう。
だけどやはり一番の問題は着地だ。ひょっとしたらちとえりが魔法でなんとかしてくれるのかもしれない。
ごくり。
崖の淵に立ってみたが、これ以上足が進まない。人が最も恐怖を感じる高さが15メートルくらいだっけな? あんなの嘘だ。今の俺には文字通り底知れぬ恐怖が襲っている。
「勇者殿、ナニをシているね」
「いや無理だって! こんなの飛べるわけが────」
「え? 本気で飛ぶつもりだったのね?」
ちとえりがじと目笑いをしている。くっそ、やっぱ嘘だったのかよ! ムカつく!
だけど飛ばなくていいとわかった俺は、かなり安堵していた。
「じゃあどうやって降りるんだ?」
「ワットベーターを使うね」
「なんじゃそりゃ」
ちとえりが返事もせずスタスタと歩いていくから、俺はその後を追った。
「これがワットベーターね」
「ただの縦穴じゃねぇか」
「ここに水を満たしてから船で降りるのね」
水流エレベーターか?
電気の代わりに水をつかうから、eleではなくwatということなのだろう。
「というわけでちょっと待ってるね。今とくしまが潮吹いてるから」
「他人を貶めるような言い方やめろよ! 魔法で水を出してんだろ」
だけどこれが下の階層まで続いているとしたら、考えるだけでも恐ろしい量の水を必要とするはず。とくしまが干からびてしまうのではないか。
「『あぅっ、あんっ! だ、ダメぇ、国王様あぁぁ』『どぅひひひひ、もっとじゃ、もっとじゃあぁぁ』『いやあああぁぁ!!』」
とくしまの痴叫がこだまする。本当に吹いてそうだ。
だがそれをかき消すかのような大量の水が怒涛のように落ちていく。
確かにこれは凄い。凄いが、ここを満たすには全然足りない気がする。
30分後、絶頂に次ぐ絶頂にて性も根も尽き果てたとくしまがぶっ倒れてしまった。
「やっぱとくしまじゃ厳しいのね」
「わかってたならやらせるなよ。どうすんだよこれ」
恍惚とした表情で痙攣しているとくしまをごくまろが介抱している。これはちとえり論の欠点じゃないか?
「仕方ないのね」
そう言ってちとえりが穴の前に立った。
何気にちとえりが魔法を使うところを見るのは初めてだ。
ちとえりが手を前にかざし、魔方陣さんを呼び出す。そして両手を胸の辺りに持って来、何かをきゅっとつまむ。
「あぅん」
は?
と思った瞬間、目の前には天をも貫くほどの巨大な水柱が。
そして重力のまま、一気に穴へなだれ込んだ。
「う、うおおおぉぉ」
凄まじい光景だ。
滝……というか、巨大な蛇口から水を流しているような感じ。流れが素直なせいか滝のような轟音が響かない。
「勇者殿、早く撤退するね!」
「ん? どうして」
「あふれた水で流されたら、最悪崖から落ちるのね!」
「早く言えよおおおぉぉ!!」
俺たちは全力でその場から走り去った。
「お前な、もうちょっと加減というものをだな」
「仕方ないのね、感度は調整できないね」
かなり危なかった。あふれた水は1メートルくらいの水位があった。あれじゃあ一緒に流されていただろう。
それよりもこいつは感じたままに魔法を放つのか。どれだけ厄介なんだよ。
水が引いたころ、ごくまろが魔法でいかだを持ち上げ、水面に浮かべた。
「さあみんな、早く乗るね」
全員が筏に乗って5分ほどすると、水位が徐々に下がっていった。きっと底が抜けたのだろう。
最初はだんだん速くなっていったが、ある程度のところで速度が一定になる。
俺は明かりを頼りに壁の凹凸を覚え、自分の身長からその凹凸がどの程度動くか見ていた。
「なるほど」
「何かわかったね?」
水位が1秒で1メートルちょっと下がっているのがわかった。時速4キロくらいだろう。
「ちなみにどれくらいで下まで着くんだ?」
「12時間ちょっとくらいね」
時速が4キロ近く。そして12時間ちょっと……崖の深さは45キロ程度と推測される。
「降りるのにかなり時間かかるんだな……」
「そうね」
「これはきついな」
ずっと穴の中だから景色が変わるわけではない。閉鎖された空間に長くいると気が狂うと言うが本当なのだろうか。
スマホとか……最悪、本でもいい。時間を潰せる手段があればよかったのに。
「なるほど、勇者殿は暇を持て余すのがきついと言うのね」
「そういうことだ」
寝て起きたら着いてたというのが理想なんだけど、そういうわけにはいかなさそうだし。
これだけの超長距離だ。気圧は変化しっぱなしになるはず。
俺、気圧の変化苦手なんだよな。耳キーンってなって頭痛くなるんだ。そんな状態じゃ眠れない。
あいつらと話す……にしても、限度がある。気心が知れた友人や、趣味の合う仲間というわけではない。
興味の無いことを無理して聞くのも失礼だしな。
「だったら乱交でもして時間を潰すね」
「らっ……! そんなこと気軽にできるかよ!」
「出っ張ってるものを引っ込んでるとこに入れるだけなのね。ペンにキャップをつけるのと同じね」
「一緒にすんじゃねえよ! なんならやってやろうか!」
「望むところね!」
「ごめんなさい」
できれば初めては綺麗なお姉さんがいいです。
てか彼女もできたことないのに、あまりにもハードル高すぎじゃないか?
とはいえ俺も健全な青少年だ。興味が無いわけじゃない。むしろ色々やってみたい。
でもこの面子はできれば勘弁して欲しい。それに12時間やり続けるって可能なのか?
せめて肉体年齢がなぁ……。ん? 肉体?
そういえば俺は重要なことを忘れていた。
「なあちとえり」
「なにかね」
「肉体と精神を入れ替えるような魔法って無いか?」
「んー……。あったらどうするね」
「ごくまろとゆーなを入れ替えることってできないかな……あああああっ! 違う、違うんだああああ!」
ちとえりが俺を道端で死んでいるGブリを見るような目で見ており、ごくまろはとくしまに泣きついてしまっている。
「違う、そうじゃないんだ! 聞いてくれ!」
「勇者殿を好きなごくまろを利用して勇者殿が好きなゆんなちゃんの体を弄ぼうとしているのね! このド変態!」
「だからそうじゃないんだってば! 誤解だ!」
「勇者様最低です! もう凌辱とかそういう次元を超えています!」
「とくしまの基準がわかんねえ! てか俺はそんなつもりじゃねえよ!」
「言い訳がましいのね! 男らしく認めるがいいね!」
誤解のせいで俺の評価は最底辺まで墜ちてしまった。
ここは閉鎖された空間だ。逃げ場がどこにもない。それなのにこんな空気でいるのは耐えられない。
「あのー、そろそろ弁解させていただけませんかねぇ」
「うっさいねド畜生!」
聞く耳すら持たない感じだ。ほんとやだ。
「……わかった、もういい。勇者やめる」
「そっ……う、し、仕方ないのね」
えっ、切られるの!? 俺そこまでダメ!?
俺が絶望の淵に追いやられていると、シャツの裾を誰かが引っ張る。どうやらようやく泣き止んだごくまろのようだ。
「勇者様、そんなに私の体、嫌ですか?」
目に大量の涙を浮かべて俺を見上げるごくまろに、俺はとんでもないほどの罪悪感を覚えた。
確かに聞くタイミングが悪かった。その点は俺が悪い。
「じゃあはっきりさせよう。俺は子供が苦手だ。例え見た目だけでもな。だけどごくまろ、お前は別だ」
「えっ!?」
ごくまろが驚きの声をあげる。
正直これを言ってしまうと後で散々ちとえりにいじられるのはわかっている。だけどこの空気よりは遥かにマシだ。
「だからお前らの思っていることは完全に誤解なんだ。そのうえで俺の話を聞いてくれ」
ごくまろが聞く体勢になったため、他の連中も話くらいはとこちらへ体を向けた。
「いいか、俺が思うに、これから先はごくまろととくしまじゃ厳しい」
「がんばって体は鍛えましたよ」
「そうじゃないんだ。重力ってやつはそんな簡単なものじゃない。体を流れる血液も重力のせいで頭まで上がらなくなる可能性があるんだ」
「勇者殿、それは本当ね?」
「ああ」
いわゆるブラックアウトというやつだ。強力なGにより、血液が頭まで上がらなくなり脳が酸欠を起こし視覚が奪われる。
湯船に浸かっていて立ち上がるとクラっとするのもそれに近い現象だ。暖められて血管が広がった状態で立ち上がると血液を上に押し上げる力が足りず、脳に血液が送られない。
ちなみに湯船に浸かっていて気持ちよくなり眠ってしまう現象って、実は脳に行く血液が足りなくなって起こる気絶らしい。
「だからこの先、2人の動きはかなり制限されると思う。そんな状態でもし魔物に襲われたら守りきれないかもしれないだろ。でもゆーなの体であれば、元々重力の強い地域のものだから普通に動けるはずだ」
戦力としてゆーなは数に入れられない。俺にもできる限度がある。とくしまの大魔法もいいが、詠唱が短く連射のできるごくまろの方が役立ちそうだ。
ちとえり? あんな力の強弱ができないような奴にやらせたらこっちまで被害を受けてしまう。
「勇者殿、申し訳ないのね!」
ちとえりが土下座をしてきた。
ようやくわかってもらえたようだ。正直きつかった。
「かくなるうえは、私がゆんなちゃんの体を乗っ取り、勇者様の突起を余すとこなく悦ばせるのね!」
「おうコラやめろ変態」
俺はエロやらしいお姉さんが好きなのであって、変態痴女が好きなわけじゃない。
「他人を巻き込むな馬鹿野郎。それに精神がお前じゃ興醒めだ。それだったら今のままのごくまろ抱くほうがマシだ!」
「えっ」
「えっ」
「……え?」
やばい。今とんでもないことを口走った。
さっきのより数段やばい。『みんなよりちょっと特別だよ』から『抱く!』に切り替わってしまう。
「デレたね! 勇者殿がとうとうデレたね!」
「ちっ、ちげーし! そんなんじゃねーし!」
「どどどどうしよう、全然準備できてないっ」
「わ、私の勝負下着貸します!
だから今のは口が滑っただけだ! てかとくしま、11歳がなんでそんなもの持ってんだ!
「いい加減お前らは誤解というものを理解しろよ!」
「誤解じゃないね! 確かに勇者殿はごくまろを抱くって言ったね!」
「
「なんだっけ?」
こいつら、自分の都合のいいように文章を切り取ってるんじゃなくて、都合がいい部分だけしか聞いてねえのかよ!
はあ、疲れた。
で、気が抜けた瞬間、俺は嫌な感覚に襲われた。
「ちょっとトイレ行きたいんだけど」
「大きい方ね? 小さい方ね?」
「んなこと聞くなよ」
「重要なことね」
なんでだ?
俺たちは今、水に浮いている筏の上にいる。
ただ用を足すならば水にすればいいだろうと考えるのが普通だ。
だがそこに問題がある。ここは海や川ではなく、言うなれば貯水なのだ。つまり用を足したらそこらじゅうに漂っている。
「た、確かにそれは重大だ」
「さっきからときたま水しぶきがかかっているのは知っているね?」
いかだは水に浮いている状態だが、水位が下がるため下に動いているとも言える。そこで内壁の出っ張りなどに当たり、バシャバシャと揺れる。
「ああ、つまりここでゆるいやつを放ったとしたら……」
「……勇者殿は私をいつも変態だと思っているのね」
「そうだけど、何を今更」
「真の変態とは、そういうのがかかったら喜ぶのね! 私にはそんな趣味はないね!」
「えっ、マジでっ」
もちろんちとえりは俺に飛び掛かってきた。
「や、やめろ! 今力んだらまずい!」
「げっ、やっぱ大きいほうね!」
ちとえりは超速で俺から離れた。
さてどうするか、だんだん波の間隔が短くなってくる。やばい、やばい。
こうなったら奥の手だ!
「とくしまぁ!」
「あの、私は凌辱とかいいんですけど、汚いのはちょっと……」
「えっそうなの?」
「あと勘違いしてもらいたくないのですが、本当に痛いのは嫌なので、初めてはちゃんとやさしくして……」
こいつ、ファッションMだったのか!
だけど本気でやばい。やばすぎて正常な判断ができなくなっている。とくしまに何をやらせようとしてたんだ俺は。
「そうだ! ちとえり、俺を城に飛ばせ!」
「それは名案ね! だけど戻るときどうするね」
「頃合いを見計らって水位を上げてくれ! とくしま、大丈夫か?」
「は、はいっ。少しは回復しましたっ」
「じゃあちとえり、頼むっ」
「わかったね! きっかり10分ね!」
「おうっ」
こうして無事ピンチを切り抜けた俺たちは、巨人族の住む大地へ降り立つことができた。
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