巨人族(小人族)の世界
第14話 崖下
水がすっかりと抜け、縦軸の移動は終わった。今度は横方向へ洞窟を抜ける。
洞窟は曲がりくねっていて、これを抵抗にして水の流れる速度を調節しているのだろうと推測できた。
だけどここでひとつ、疑問が生まれる。
「なあちとえり」
「なにかね?」
「登るときはどうするんだ?」
「水を満たしてやっていけばいいね」
当たり前のように言っているが、それは無理だろ。そりゃ浮力で筏は浮くだろうけどさ。
もしそれが可能であるというのならば、できるのはちとえりくらいしかいない。
「普通それはできないだろ。ほぼ一方通行になっちまう」
「ちっ、今度はひっかからなかったね」
こいつ、俺を騙して楽しんでやがるな。そうはいくか。
「お前がすぐに本当のことを言うと思ってないからな。んで、実際どうなんだ?」
「崖を登るのね」
「ふざけんな!」
俺計算で45キロの高さがある崖だぞ。どう考えても登れるはずがない。斜面でも厳しいのに、ここは完全に切り立った崖だ。
どれほどクライミングが好きな人間でだって嫌いになってしまうほど絶望的な崖だ。
「いやこれほんとなのね」
「はいはい」
まあ俺は魔法で帰れるから、あまり気にしなくてもいいんだけどな。
やがて洞窟の奥から光が射す。やっと出口か。
どんなところなのだろうか。心が躍り、足が自然に早まる。
トンネルを抜けると、そこはズシンであった。
ナニソレ、イミワカンナイ。行ったことがない人はそう思うだろう。だけどここへ来たことのある人間ならばわかってくれるはずだ。
ズシン。そう、ズシンなんだ。
洞窟を抜け、外へ出た途端、一気に重力が増した。ズシンと全身に
とはいえまだ地球よりも軽い。突然荷重がかかったせいで驚き、重く感じたが、慣れてくればなんてことはない。
「よし、大丈夫そうだ……って、ごくまろ、とくしまああぁぁぁ!」
振り返ると、2人は地面にぶっ倒れ、口から泡を吹きつつ痙攣していた。
「うーん、やっぱ2人には厳しかったね」
「なんでお前は平気なんだよっ。それよりこれどうすんだ!」
腕を組みつつ、まだまだだなといった表情で2人を見下ろすちとえりに思わず怒鳴る。
泡吹いて痙攣してるとか、どう見ても危険な状態だろ。なんでそんなに余裕なんだ。
「おい、ごくまろ! しっかりしろ!」
ごくまろの上半身を持ち上げ、やさしく揺さぶる。しかし完全にアウトだ。
「仕方ないね。じゃあここに捨てていくのね」
「お前どれだけ鬼畜なんだよ!」
今まで一緒にここまで来た仲間だろ。それと弟子は大切にしろよ。
「だから冗談ね。とにかく近くの町へ運ぶね」
「いや運ぶのはいいんだが……」
こんな状態でいる2人を運び出して大丈夫なのだろうか。町に行くまで生きていればいいんだけど。
「とりあえずは一旦洞窟に戻そう」
「おっとそれはいいアイデアね」
お前ら賢い種族なんだろ。気付けよそれくらい。
てかこいつは何故か無事だから、気付こうともしていなかったんだろう。
「────あれ、ここは……」
「気付いたか、ごくまろ」
洞窟に置いた途端、顔色が良くなり普通の寝息をたてていたから安心していたが、助かってよかった。
「えっと、私はどうしてここに?」
「覚えてないのか。洞窟を出た途端、重力負けしてぶっ倒れたんだよ」
重力負けという言葉が正しいかはわからんが、凡そそんな感じだ。
「ちとえり様は?」
「近くの村に行った。多分助けを呼びに……おっ、戻ってきた」
森のある道からちとえりが走ってこちらへ向かってくるのが見えた。
だけど1人だ。助けを呼んだんじゃなかったのか。
「どうだった?」
「大丈夫ね。今、村を呼んできたね」
村を呼んだ?
「今村さんを呼んだわけじゃないよな?」
「それは何ね?」
今村さん知らないかぁ。学校近くのコンビニでバイトしている綺麗なお姉さんなんだけど。
……いや、逆に知ってたら怖い。俺の日常まで監視されてることになってしまう。
「村を呼んだのね。だから今夜には来ると思うね」
「ちょっと待て。意味わからんぞ」
「この辺は村が動くことができるのね。通称
「ちげえよ! 不動尊だ!」
不動尊は不動明王のことで、村とは全く関係ない。
というか村ごと移動ってことは、モンゴルの遊民族のようなゲルで暮らしているのだろう。
幸いというかなんというか、俺たちが使ったワットベーターのおかげでこの周囲には水が豊富になっている。だいぶ流れ出てしまったが、暫く困ることはないだろう。水がないと村ごと来ても不便だしな。
「それより勇者殿、こっち来るね」
「なんだよ……」
ちとえりに呼ばれ、洞窟から離れたところまで連れて行かれる。放ってきて大丈夫かと不安もあったが、ごくまろが起きているなら問題ないだろう。
「勇者殿、後ろを見るのね」
「なんだよ一体」
かなり歩いたところで、俺を振り向かせようとする。後ろって崖だろ……。
「う、ほ、ほおおぉぉい」
つい変な声を出してしまった。これだけ離れても視界には壁しかない。圧巻だ。
だけど何か……そうだ、道らしきものがある。それに、あれは町か?
「崖を登るってそういうことか」
「だから言ったね」
斜面をジグザグに、スイッチバックみたいな登り方をするようだ。そしてところどころに町のようなものがあり、そこで休憩をするのか。
「そしてあそこにあるのが最大の壁面都市ね」
ちとえりが指した方向には、巨大な壁画のような町があった。なんかすげぇな。
「そして移動村は登り下りをして生計を立てている村ね」
つまり行商の集団が移動できる村といった風にしているのか。この辺り特有の形態だ。
あとは崖を削って道などを作っている、つまり崖の内側を使っているわけだから重力は低く移動は楽になっているだろう。1日に縦軸で4キロ登るとしたら、11日くらいで上まで行けるだろう。
だけど色々とおかしすぎる。特に大気とかどうなっているのか。
「ちとえり、この星なんか変過ぎないか?」
「そりゃそうね」
わかっていたのか。つまり……なんだ?
「この星は世界召喚を何度か行ったせいでこうなっているのね」
「世界、召喚?」
「そうね。異世界の星の一部をごっそりと入れ替えるという、禁断の召喚魔法ね」
なんてことしてくれやがんだよ、そいつは!
つまりこの崖を境に別世界どころか別の星ということで、星のサイズが異なるせいでできあがった断層ということだ。
とんでもないなマジで。地球が犠牲にならなくてよかった。
「っと、ここで俺はとんでもない予感がしたぞ」
「ん、多分合ってるね」
やはりそうだ。
この世界にいる複数の種族、それぞれの重力帯、全てが元々別の世界の星ということになる。
はっきり言って、そんないびつな星が長く形状を保てるとは思えない。遠くない未来には崩壊するのではないか。
「勇者殿が言わんとしていることはわかるね。つまり異星人であればデキないからいくらでも出し放題ひゃっほーってことね」
「思ってねえよ!」
ったく、当事者だというのになんてお気楽なんだ。
「ほんと勇者殿は怒りっぽいね。カルシューム足りてないのね」
「カルシウムをカルシュームって言うなよ。それよりお前だってわかってんだろ?」
「亜鉛をしっかり取らないとたくさんの分身が生まれないことね?」
「玉の話じゃねえよ! このままだと──」
「この星が崩壊するって話ね。わかってるね」
そんなあっけらかんと言うなよ。
「大丈夫ね。もう移住計画とかできてるね」
「ほう?」
なるほどな。既にどうすればいいか決まっているから普通にしていられるわけだ。
考えてみりゃ俺でもわかるようなこと、既に誰かが気付いていてもおかしくないわけで、それはきっと大昔から対策について議論されていたことだろう。
「移住ってことは別の星に行くんだろ? どこだ?」
「秘密ね」
なんで秘密なんだよ。
「別に教えてくれたっていいだろ」
「勇者殿は知らない星ね」
「まあそうだろうけど……」
「じゃあ言うけど、シュステーマソーラーレクワトロ星ね」
うん、やっぱり聞いたこともない。多分俺のいる世界の星でもなさそうだ。全ての星を知っているわけじゃないけどなんとなく。
第一名前が長すぎる。もうほとんど覚えてない。
「だけどその星が住める場所とは限らないだろ?」
「大丈夫ね。もう既に人が住んでる星だから」
「なるほどな。でも人口が急激に増えたら色々と問題になりそうだ」
「それは心配ないのね。あっちの住民とごっそり入れ替わるのね」
「やめてやれよ!」
ひっでぇことしやがるな。
だけどここの星の人間も生きるのに必死なわけだ。俺だって誰かを殺さなければ自分が死ぬという状況になったら殺してしまうかもしれない。
国王とかだと更に厳しいだろう。大量殺人者の汚名を着せられようが、国民を生かすための選択をしなくてはならない場面もあるだろう。
そのことに俺は何も言えない。偽善を気取るつもりはないし、知らない星のことだ。可哀そうだなとは思うが、なんとかしてやりたいとまでは思えない。
「まあその、ごくまろたちがそれで助かるなら、その星の人には悪いけど反対はしないでおこう」
「勇者殿はいつもごくまろの心配してるのね。惚れたね?」
「まさか」
ただ単に、一番まともだからという理由で名を挙げているだけだ。
ちとえりの弟子らしく五十歩百歩の変態だが、その間の五十歩でまともに見える不思議。
「とりあえず、戻るか」
「そうするね。ついでに暫く滞在することになるから、勇者殿は元の世界に帰るといいね」
じゃあ次に来るのは金曜か。
それまでにあの2人が動けるようになるか。それが問題だな。
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