第11話 性癖を暴露する意味での勇者
「……遅かったね……」
ちとえりが戦慄した面持ちで目の前の光景を眺めている。
そこには村があったのだろうか、建物らしきものが全て燃えている。
見つけた時には既に、遠くからでもわかるくらいに明るく燃えていた。
そして辿り着いたのはその3時間後。
直線で行ければもっと早かっただろうが、この大型馬車ではかなり迂回して行かなければならなかった。
「絶望する気持ちはわからなくもないが、今はやることあるだろ!」
俺はちとえりの肩をゆすった。
「そ、そうね。とくしま、消火活動をお願いね。ごくまろは助かった人がいるか探すのね!」
そう言って自らも行こうとするちとえりを俺は腕を掴み止めた。
「なにするね! 早く行かないと助からないかもしれないのね!」
「ああわかってる。だからこそ俺にも何か頼めよ」
「そんなことを勇者どのは……それじゃ、村の外に避難た人がいるか探してね」
「わかった」
俺はちとえりを解放し、村を囲っている森へと足を運んだ。
それにしてもちとえりは何を言おうとしたんだ? 勇者はそんなことしなくていいとでも? 一体勇者ってなんなんだ。
いや、今はそんなことよりも生存者を探すほうが優先だ。
ほどなくして空に巨大な水の球体が打ち上げられ、花火のように爆散。
それは土砂降りの雨のように降り注ぎ、あっという間に鎮火していく。
とくしまの魔法は相変わらず派手だな。
火は消えた。それはとてもいいことだ。
しかしひとつの問題が起きた。
周りが真っ暗で何も見えない……。
しまった、明かりがない。
戻ろうにもどこから来たかすら見えず、自分がどこにいるかもわからない。
──そうだ、魔方陣さんだ。
あれは光を放っていたから、周りを照らせるかもしれない。
俺はそっと両手を前に出した。
そこにはぼやっとした光……魔方陣が現れる。が、思いのほか弱い。せいぜい自分の手元が見える程度だ。サイリウムくらいだろうか。
これではないよりはマシ程度だな……。身動きがとれるほどではない。
…………魔法、使ってみちゃおうかな。
俺の心に、そんな少しいやらしい気持ちが浮かんだ。
そうだよ、せっかくのファンタジー世界だ。魔法を使わなくてどうする。
しかし1つ問題がある。俺は呪文を知らない。
だが幸運なことに、原理は知っている。ちとえり論だが。
ごくまろは……俺には無理そうだ。しかしとくしまの魔法ならば、なんとなく理解できる。
とくしまの詠唱を考えてみると、それぞれに特徴があることがわかる。
火の魔法には火に関わる、水の魔法は水に関わる言葉があった。
そして口に出すことにより、
よ、よし。やるぞ。
頭の中で物語をイメージし、息を大きく吸った。
「『うふふ、どうしたのかしら。僕ちゃん』『せ、先生。この縄を外してください!』『ダ・メ・よ。外したら暴れちゃうでしょ? えいっ』『先生、そんな熱い手でそんなところを握らな』」「何をしておるのかのう?」
突然の声で、ハッと我に返り、声のした方を見る。
すると魔方陣の薄明かりに照らされた老人の顔が。
「う、うわあ!」
びっくりした。マジびっくりした。一瞬魔物かと思ったが、喋っていたから人間のはずだ。
言葉遣いからしても老人なのは確かだろう。背丈はちとえりたちと同じくらいだろうが、さすが高齢になればそれなりに老けるっぽい。
「すまんな、大丈夫かの?」
じいさんはそう言って明かりを灯した。
それで周囲には数人いることに気付く。
「あ、あの。さっきの聞いていましたか?」
「さっきのとは、おぬしが女教師に弄ばれる妄想を大声で」「うわああああああぁ!」
俺は走った。暗闇のさらに向こうへ。
木にぶち当たろうが、こけようが、おかまいなしに全速力で。
気がつくと俺は馬車の横でうずくまっていた。
横にはとくしまが怪訝な顔をして俺を見ている。
一体俺に何があったのだろう。
まもなくごくまろが森から住人とおぼしき人たちを連れて戻ってき、村からもちとえりが合流してきた。
「間に合わなくて申し訳ないね」
ちとえりが村の生き残りの人々に頭を下げた。
「いえ……、これほど大きな魔物の群れなど初めてのことですので仕方ないことじゃ」
燃えるものは全て燃やし尽くしたような村は、石壁のみが残る廃墟の集まりといった方が伝わるほど凄惨な姿になっていた。
「それでも、もう少し早く来れればと思うと……」
一応ちとえりも大人で、こういうことに責任を感じるんだな。
「いえ、同じ種族とはいえちとえり殿は他国の者。そのお気持ちだけで充分ですじゃ」
国境がなかったから気にはならなかったが、やはり国が違うと色々とあるのだろう。
この世界の国というものがどういうものかは知らないが、この国とちとえりたちの国は友好的なのだろう。
それとちとえりの本意はわからないが、ここで助ければ恩を売ることになる。そうすれば外交として色々有利になるはずだ。
人助けは国助けというのは今の世も一緒だな。
「ところでちとえり殿、そちらの大巨人族の男は?」
重い空気を払拭させようとしたのか、長老らしきじいさんは話題を俺に変えてきた。
そして俺はふと思い出してしまった。
これはさっきのじいさんじゃないか?
だ、大丈夫だ。暗かったし、もうろくして俺の顔を覚えていないかもしれない。
「ああ、これは勇者なのね」
「勇者……ああそうでしたか。先ほどは見事な勇者っぷりで」
俺は再び走った。まだ見ぬ地へ向かって。
次に俺の意識が戻ったのは大木の根元で頭を抱えうずくまっているところだった。
俺を探しに来てくれていたらしく、横にはごくまろと馬車が。
「──勇者どのには逃亡癖でもあるのね?」
ちとえりが半ば呆れたような顔で言った。
面目ない。ただ無意識で走ってしまったんだ。
……あれ、俺なんで走ってたんだっけ? まあいいか。
馬車に乗り一息ついたところでごくまろが俺の服をつまみ、くいくいと引っ張った。
「何?」
ごくまろを見たら、いつもの困ったような笑顔で俺を見上げ、
「勇者様、少し呪文を覚えてみませんか? 周りを照らす程度の魔法なら詠唱も短いですし、便利ですよ?」
……ごくまろはほんといい子だな。これで盗撮癖がなければモテるだろうに。
あれこの世界にはまだカメラが無いか。だったら普通にモテているのかもしれない。
「ああ、頼むよ。ありがとう」
そう言うとごくまろの笑顔から困った感じが消えた。
ちょっとかわいいと思ってしまった。
「じゃあその、えっと、私のことはそのー、先生と呼んでくださあああっ! 勇者様! 走っている馬車から飛び出すのは危ないです!」
ごくまろは俺の詠唱を聞いていたらしい。やだもう死にたい!
「は、離してくれ! 後生だから、後生だからああ!」
「だめです! ほらとくしまも手伝って! ちとえり様も笑ってないでなんとかして下さいっ」
とくしまなんかものの数には入らない。ちとえりだって肌がカサカサしているだけのガキだ。俺を止めるには至らない。
「ユーナも見てないで助けるねっ」
「ゆーなじゃないもんっ」
そう言ってゆんな様は俺の襟首をガシッと掴み、席へ放り投げた。
「え? え?」
俺は何が起こったか一瞬わからなくなった。
「さすが子供とはいえ山巨人族ね。よくやったねユーナ」
「ゆーなじゃないもん、ゆんなだもんっ」
どうやらゆんなではなくユーナだそうだ。ガキ特有のアレにより、自分はゆんなだと言い張っているらしい。
正しくはユーナ・クマーポット。俺がいない間に服を着替えさせた時発覚したそうだ。
字体からして中流家庭。金がなく売られたのではなく、やはりさらわれたのだろうというのがちとえりの見解。
まあ俺としてはけっこうどうでもよくなってきたのだが。
やはり女は中身だ。外見だけステキでも、中身がガキだときつい。
現在の俺ランキングは ごくまろ>ユーナ=とくしま>ちとえり となった。
ユーナは……黙っているとこを見ているだけにしよう。見た目に騙されすぎだな。あんなガキだとは……11歳か。うむ……。
「ひと通り落ち着いたところで、勇者殿にはひとつお願いがあるのね」
突然神妙な顔つきでちとえりは俺にまっすぐ顔を向けた。
「なんだ?」
「勇者殿は自分の世界にいる時、夜ってどうしてるね? 寝てる?」
「そりゃ寝てるよ」
「それ、こっちでできないのね?」
「どういうことだ?」
「勇者殿も何度か見ているね。町や村が魔物に襲われているところを。小規模なものは昔からあったけど、ここ最近のは酷いのね。ひょっとしたらパワーバランスが崩れたのかもしれないね」
さっきの村長らしき人も言っていたし、町でもそうだ。あんなことが頻繁にあるにしては守りが貧弱すぎる。つまりあんなことはまずなかったはずだ。
それに魔物の大きさも気になっていた。ちとえり達を見ていればわかるが、この辺りは皆基本的に小さい。
なのに町を襲ってきた魔物は恐らく赤道近くの大型魔物だ。
そうじゃなかったらこの先どれだけ魔物がでかくなっていくんだよって話になる。
かなり侵攻されているのか……となると、原因が気になる。
そうだ、あの巨大タコだってとても珍しいといっていたし、海の魔物を食い止めているとかいう話だった。だったらあんなところにいるのはおかしいんじゃないか?
「パワーバランスってどんなものなんだ」
「魔物の力が強まった、あるいは人間の力が弱まった、なのね」
あるいはその両方か。
聞いたままだが、確かに侵攻される原因にはなる。
今まで同等の力でぶつかっていたのが、急に片方が崩れる。そのチャンスに攻め入るのは普通のことだ。
「それで俺に少しでもここへ居て欲しいっていうのは、早く状況を把握したいってことか」
「そういうことね。理解が早くて助かるね」
座った状態で眠るのは、かなり体に負担がかかる。
といってもこの低重力ならばそれも軽減される。この強行軍でそれは感じていた。だが……。
「寝ている間、いたずらとかするんじゃねぇか?」
「と、当然なのね! コラごくまろ、いくら勇者殿に気があるからって手を出すのはダメなのねっ」
「えっ、ええ~!?」
お前だお前。ごくまろは『なんで私!?』と言いたげに情けない声が出てしまっているじゃないか。
ごくまろはあくまでも見る専だ。手を出してくることはまずないだろう。
とくしまは受け専だ。だがシチュエーションによって行為に及ぶ可能性は低くない。
って言ってもなぁ。
ただの平凡な一般人に過ぎない俺を勇者とし、必要としてくれるこいつらを見捨てるのも気が引ける。
だけど何かが足を引っ張っている気がするんだよな。
……まあ俺なんだが。
「なあ、俺……ていうか勇者って必要なのか?」
「当然ね」
ふむ?
「くわしく」
「そういう言い伝えがあるのね。『新たな魔王生まれ、この世界に危機が訪れた時、異世界からの勇者が魔王を倒す』って」
よくある設定の話じゃないか。つまり異世界の人間にしか倒せない系なんだろ。
「わかった。俺もなるべくこっちに来るようにするよ」
その言葉を聞き、ちとえりは申し訳なさそうな顔で笑った。
まあいいか。
俺が考えていた世界観とえらく違うが、一度やると決めた手前、いい加減にしたらいけない。
平凡から脱したいと思っていた俺が、唯一勇者というただ1つの個を持てる世界だ。できる限りのことはしたい。
といっても本格的にやばかったらさすがに退かせてもらうけど。
それに魔王を倒した時には…………あれ?
そういえば魔王を倒すと何かメリットがあるのだろうか。
この世界の人々には当然メリットがある。武器防具屋や、道具屋の類は困るだろうが、魔物に怯えて暮らすよりはいいだろう。
しかしそれは俺のメリットにはならない。
「のうちとえりさんや」
「何かね勇者殿」
「もしこのまま魔王を倒したとして、ワシに何かメリットはあるのじゃろうか」
「そりゃ勇者殿の名が永遠にこの世界に刻み込まれることになるのね」
え? それだけ?
「ほ……他にないの?」
「この世界にいる限り、王族よりもいい暮らしができるようになるね。ハーレム作るぞって言えば世界中の女が勇者殿のところに集まり股を開くね」
何それ超魅力的。
ひょっとしたら俺の王国を作れるかもしれない。
そしたら法で女は黒ストッキングの装着を義務付けてだな……。
じゃねぇよ。
「俺の世界で役にたつものないのかよ。恩恵的なものでいいからさ」
「えっと、その~~……。あ、あるかもしれないね」
俺から目を逸らし、曖昧なことを口走るちとえりからわかったことがある。
ああ、こりゃないな。
いや、だからといって失望することはない。
魔王を倒した後でもこっちの世界と行き来できるとしたら、それはとてもステキなことになる。
元の世界で彼女ができても、こっちでハーレム王になったところで浮気の証拠は100%出ない。
つまり、元の生活に全く影響の出ないマイキングダムが造れる。
なかなかの報酬かもしれないな。
「勇者殿、なにかとてつもなくエロいことを考えている顔をしているのね」
「そ、そんなこと考えてねぇよ」
チクショウ、普段は何を考えているかわからないから不気味、とか言われる俺がポーカーフェイスを崩すなんて。
とりあえず今から選別しておくか。
ユーナはちとえりの国に連れ戻そう。この姿のまま精神年齢が育てば完璧になる。
ちとえりはいらないな。
とくしまは……遠慮したい。
ごくまろは、まあ入れてやってもいいだろう。
そんなことを考えていたら、シャツを引っ張られる感覚があった。ごくまろだろうと思って見たら、珍しくとくしまだった。
「どうした?」
「あっ、あのっ。ハーレムを作る際にはぜひ私も!」
くだらないことを言うマセたクソガキの頭を俺ははたいた。
──で、俺が悪いのか?
号泣しているとくしまを現在ちとえりとごくまろがなだめている。
「勇者殿、さっきのはあまりにも酷いのね。小さな女の子に暴力をふるうなんて、どこまで鬼畜なのね」
「そうですよ。いくら大人っぽいことを言ってもまだ11歳の子供なんですから」
ちびっこどもに説教されてしまった。
「だ、だけどこいつ、いつもマゾっぽい妄想とかしてるじゃないか。むしろ叩かれるのはご褒美なのでは?」
「は? 勇者殿は妄想と現実の区別がつかないね? 常識がないのね」
お前よりもずっと常識あるわ! バーカ!
……俺の世界の常識はな……。
でも冗談というか、軽くはたいたつもりでも、俺とこいつらじゃ筋力が違うんだな。
こいつら重力が低いせいで筋肉が全然ないし、骨なんて片手で折れてしまいそうだ。
それを俺の世界のガキと同じ体型になるくらい包んでいるのは……贅沢なお肉なのだろう。
そのせいか触るとやたらぷにぷにしていて気持ちいい。
いやかなり話が脱線したな。ようするに俺がふざけているつもりでも、こいつらには致命傷になる可能性があるわけだ。
もう少しソフトに接しないと危ないな。
「なあとくしま……」
「ヒッ」
とくしまはビクッとなり、小さく震えてしまっている。
「あーあ、どうするのね勇者殿」
「そうですよ、勇者様のせいなんですからね」
「ああもうわかったわかった。なんとかするから黙っていろ」
嫌がるとくしまを無理やり捕まえ、膝の上に座らせ包み込むようにやさしく抱きかかえ、ゆっくりと左右に揺らす。
やまかしい双子がケンカとかして泣いたときに黙らせる手だ。あいつらならばこれでおとなしくなるのだが、とくしまは…………寝た。
「おや勇者殿。ロリコンでもないくせに子供の扱いがうまいのね」
「そ、それ次っ、次私にもやってください!」
「これは今回だけの特別処置だ。うちの妹どもを黙らせる手軽な方法だから試してみたんだが、こんなにうまくいくとは思わなかった」
「私にも特別処置を! それ、それされたい!」
やけにごくまろが主張しているが、これやるの暑いから嫌なんだ。
「騒ぐな。とくしまが起きるだろ」
ごくまろはぶつぶつ言いながらも俺の横に座り、うらめしそうにとくしまを見ながらおとなしくなった。
しかしこれ、どうしよう。起こさないようにどかせられるかわからんし、かといってこのままってのもな。
まあたまにはいいか。俺も寝ておこう。今日は特に疲れたし。
そして数時間後、俺はとくしまのおねしょにより起こされた。
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