第8話 日本に帰る前
「へぇ、ここが」
俺たちは再び馬車で一夜を明かし、次の町へ到着した。
寝ている間に国境を越えていたからわからなかったが、国が違うということで確かに町の雰囲気は異なっていた。
前回の町が中世風と言うのならば、この町は近代に近い。
「さて、この町で勇者殿とは暫しお別れなのね」
駐馬場に馬車を停め、降りたところでちとえりが別れを告げた。
「え? なんでだよ」
「あれ? 勇者殿は元の世界に戻るんじゃないのね?」
言われて思い出した。そうだ、俺には学校があるじゃないか。
この世界では知らないが、俺の世界で今日は日曜。戻らなくてはいけない。
「ああ。じゃあまた金曜の夜に……ってちょっと待ってくれ。俺はどうすればいいんだ?」
「どうって、どうね?」
「俺は城じゃないと元の世界に戻れないんじゃないのか?」
「そのことなら心配ないのね」
そしてちとえりから長々と説明されたが、要約するとこんな感じだ。
俺の世界とこの世界が繋がっているのは、やはりあの城でなくてはいけないらしい。
だが城へ行くのはこの世界だったらどこでも繋げられるようだ。
だったら俺がいない間に先へ進み、そこに俺が行けばいいというとそうはいかないようだ。
どこからでも城へ行けるが、城からは転移した場所へしか行けない。
さらにはその転移ができるのが、勇者だけ。
異世界から来るゲートと同じ感覚で通過するため、この世界の人間ではできない。
「なるほどな。じゃあお前らはここで駐留することになるのか」
「そういうことね。馬車も大型のを用意しないといけないし、数日はやらないといけないことはあるのね」
馬車の大型化はありがたい。俺もそうだが、女神様を窮屈にさせてはいけない。
それに勇者といえば仲間、パーティーの存在は不可欠だ。
できれば俺と同じくらいの……大巨人族がいい。
こんながきんちょみたいなのばかりは嫌だ。
でもできれば日本人、勇者ではなくともこちらに来た人がいい。
年間1人ここへ来るとして、年齢を考慮するとできれば10年以内の人がいい。
昨日の夫婦も該当するし、それ以外だと8人ばかり候補があるわけだが、ひょっとしたら他にもいる可能性がある。
具体的には、ちとえりが知らないところで召喚された人がいるかもしれないという話だ。
「召喚魔法ってのはどこの国でもできるのか?」
「基本うちの国だけね」
基本とわざわざ言っているのだから、実際よその国でもできるのだろう。
でもそうなると+αくらいでしかいないと考えられる。期待はできない。
「ノブ・オダを召喚したってのもお前んとこか?」
「勇者殿はやたらとノブ・オダについて聞きたがるのね」
そりゃまあ日本の歴史上ではトップクラスの有名人だし、大抵の男なら興味を持つだろう話だ。
それに昔はもっと頻繁にいろんな国が召喚していた可能性も考えられる。
「まあな」
「大昔からほぼうちの国だけで召喚していたのね。だからノブ・オダもそうなのね」
他の国は偶然できた程度なのだろう。10年に1人いればいいほうか。
しかし素っ裸の織田信長を召喚か。なんか情けないのやらなんなのか。
と、ここで1つ疑問が現れた。
昨日の夫婦のことだ。
海難事故はまだいいが、電車事故だ。
一瞬で生死が決まる状況で全裸になれるかどうか。
「のうちとえりさんや」
「どうしたね勇者殿」
「ここに来た俺の世界の連中ってみんな全裸なんだよな?」
「そんなわけないのね」
やはりそうか。
……って、やはりじゃねぇよ。
「なんで俺だけ全裸じゃないと駄目なんだよ!」
「勇者は仕方ないのね」
「なんで勇者だと仕方ないんだ?」
「勇者は行き来できるからね。勇者じゃない人は戻れないから着たままでも大丈夫ね」
なるほど。そういうルールなのか。
行き来できてしまうと物を自由に持ち出せてしまう。だからそれを防ぐために何も持ち込みできないようにする。
だが一方通行であるならば、持ち出される危険がないからその制限は必要ない。
……だけどそれでは単に俺の世界のものがどんどん減ってしまうことになるんじゃないか?
とはいっても服とかその程度じゃそんなに影響出ないだろう。
「それなら仕方ないか」
物事には必ず長所短所がある。それによってバランスが取れているんだ。
そう考えれば納得せざるをえない。
「んで、どうするね? もう帰る?」
「もうちょっと町を見てからにしようかなって」
まだ時間は昼過ぎだ。こんな時間に風呂場から出てくるところを見られたら怪しまれる。
できれば寝静まった頃……いや、飯時を狙うのがいい。それまではここで時間を潰そう。
「わかったね。ごくまろ、勇者殿を案内してあげるのね」
「なっ、なんで私ですか!?」
ごくまろは驚き、抗議の声をあげる。
昨日の一件以来、若干気まずい雰囲気があるんだよな、ごくまろとは。
何度でも言えることだが、俺は小さい子供が苦手だ。好きか嫌いかで言えば嫌いに該当する。
これは中身うんぬんの問題ではなく、外観がそうなら当てはまる。
先入観というか、心の奥底で違いはないと認定してしまう。
「ほらごくまろも嫌がっているんだから押し付けるなよ」
俺は自分の保身も含め、ちとえりに文句を言ってやった。
「いっ、嫌がってなんかいません! 嫌がってなんか……」
そういって顔を赤くしてもじもじしているごくまろを見ても、特になんとも思わない。
散々耐性が付いているというか、逆に嫌悪感が出るほどだ。
主に双子のせいだけどな。
『にーたん、あのね、ミナ、にーたんとけっこんするのー』
『ちがうもん! サナがけっこんするんだもん!』
数年前はこの喧嘩の渦中に置かされてしまい、本当に気が狂いそうになった。
今なら少しは落ち着いたとはいえ、若干マシ程度な状況だし。
1人暮らしをしたいと本気で両親に懇願したこともある。
だけど両親は高校生のうちは駄目だと反対し、結局あの家にいなくてはいけなかった。
俺がここで勇者をやると決めたのも、それが原因でもあった。
あいつらから離れられるのならありがたい話だと。
なのにここでも大差ないという悲惨な結果に。
できれば女神様に来てもらいたいものだが、恐らくはこの町を知らないだろうし2人で迷ったら目も当てられない。
「なんかめんどそうだし、やっぱ俺1人で行くよ」
「い、いえ! 案内させていただきます!」
結局ごくまろが俺の案内役をすることになった。だったら最初からそうしてよ。
「──で、勇者様。どちらへ向かわれますか?」
「ん? お前がどこか行くんじゃないのか?」
「えっ。だって案内するって言ったじゃないですか」
ああそうか、普通そういうものだよな。
親から無理やり双子を押し付けられてどこかへ行く時、いっつも振り回されている。
だから俺が1人な時以外は特に行き先を考えていなかった。
どうせ決めたところであいつらは従ってくれないから。
「そうだなぁ……。じゃあ武器屋とかどうだ?」
一応勇者なんだし、見てくれだけでもそれっぽくしておきたい。
素手で勇者というのも格好がつかないから、せめて剣とかを持っておきたい。
「かまいませんが、勇者様に装備できる武器はないと思いますよ?」
どういうことだ?
まさか勇者には専用装備があって、それ以外はできないとか?
いやいやさすがにそれはないだろう。
「一応見ておきたいんだよ」
「わかりました」
ごくまろに連れて行かれた店は、確かに武器屋だった。
ちゃんと剣や槍などが陳列されている。
だがその一つを手に取ったとき、ごくまろが言っていた意味が理解できた。
全体的に細く、小さい。
ブロードソードと思われる武器はショートソードに近く、さらにグリップが細くて握りづらい。
確かにこれを装備したくはない。
全体的に2/3くらいのサイズだ。
鍛冶屋を見つけて特注で作ってもらうこともできるだろうが、そんなに悠長な時間があるとは思えない。
それならば俺と同じサイズ……大巨人族の場所まで行くしかないだろう。
防具も同様だ。暫らくこの村人その1みたいな格好で過ごすことになる。
……なんか考えていたのとは違うんだよなぁ。もっと勇者らしい姿の自分を想像していたのに。
「あの、勇者様。どうかなさいましたか?」
「なんでもない」
いくつか武器を手に取り、少しがっかりした面持ちでいたのを察してだろうか、ごくまろが心配そうに見上げていた。
「武器はいかがでしたか?」
「言われた通り、俺が使えそうなものはなかったよ」
「そうですか。あの、ちょっと行きたい場所があるのですが、よろしいでしょうか」
ほら来たよ。やっぱりこうなるんだ。
俺を案内するふりをして、自分の目的を達成させようとする。双子と大差ないじゃないか。
だけど一応俺の目的は果たせた。時間もあるし、付き合ってやってもいいだろう。
「別にいいけど」
ごくまろに連れて行かれたのは……なんだここは。
「ここはどういう店だ?」
例えるならば神殿のような、豪華な感じの建物の前に来た。風呂……じゃないよな。
「お店ではありませんよ。歴史資料館です」
「歴史資料館? そんなものに興味あるのかよ」
「あの、ここにノブ・オダに関する戦記が残っているんです。勇者様が気に入ってくださるかなと思って……」
おお、無鉄砲部隊の話か。それは見たい。
信長がどのように本当の晩年を過ごしたかとか、そんな話も面白そうだ。
「でも俺、この世界の文字わかんないからなぁ」
「私が翻訳します。それにノブ・オダが残した書とかもあるので、勇者様なら読めるかと思います」
あの時代の文字とか、正直ちゃんと読める気がしない。
ごくまろは俺が興味ありそうなところに連れてきてくれたうえに、説明とかまでしてくれた。
変に勘ぐってちょっと申し訳ない気がする。
しかもごくまろは話してみると、とても知的で教え方が上手い。
それにつれ、俺の心がどれだけ醜いかをひしひしと感じさせられた。
こいつブスだから嫌い。それと同じことを俺はやっているんだ。
いつも『人間は見た目じゃない、気持ちだ』みたいなことを言っている俺は、自分のその偽善とした態度を振り返り、今こうして一緒にいてくれるごくまろに対して失礼なことを思っている。
ごくまろは小さく、幼く見えるだけで俺と同じ17歳なんだ。
それなのに見た目で否定していた。本当に申し訳ない。
見た目で判断し、馬鹿にしている連中をロクでもない奴らと非難していた。だけど俺自身もそうだった。本当に情けないな。
「──ということみたいですね……。勇者様、どうかしましたか?」
「ん? ああごめん。もう一度聞かせてもらえるかな」
「仕方ないですね」
そう言って少し困ったような笑顔をするごくまろに、どきっとしてしまった。
ちとえりによれば、ごくまろが俺を勇者に選んだんだよな。
もう少しがんばってみようかな、勇者らしく振舞えるように。
罪滅ぼしというわけではなく、選んでよかったとごくまろが自慢できる勇者になろう。
俺はごくまろと歴史の勉強を楽しんだ。
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