第7話 勇者カタログ春夏号
「えっとね、ゆんなっていいます」
女神様は頭をぺこりと下げた。
そうか女神様の名前はゆんなっていうのか。
「ゆんなちゃんなのね。私はちとえりで、こっちがごくまろ。そんでもってとくしま」
ちとえりが愉快な仲間たちを紹介した。
「おいこらまて。俺を省くな」
「えっと、こちらおまたドラゴンさんね」
「てっめぇぇぇ!」
女神様におまたドラゴンなんて呼ばれたら一生許さないぞ。
と、ぶち切れそうになったところで何か変な感じがした。
なんだろうこの感覚は。
実は女神様におまたドラゴンと呼ばれたら興奮してしまうかも。
いや違うな。そんな変態的妄想の感覚ではない。
……ああ、違和感の正体がわかった。
「のうとくしまさんや」
「なんでしょうおまたドラゴンさん」
とくしまはいじわるそうな笑顔で振り返った。
「てめぇ、陵辱すんぞコラ」
「お、お願いしますっ」
ごめん、きみはそういう子だったな。
「それはおいといて」
「おかないでくださいっ」
おかせてください。話進まないから。
しがみつくとくしまを振りほどき、一息ついて話を戻す。
「とくしまって11だったよな」
「はい」
女神様も11なんだよなぁ。
「あの、それが何か?」
「あの子も11って言ってたんだけどさぁ、とくしまよりも幼い感じがするんだよ」
「あー、それは多分農民の子だからじゃないでしょうか」
「農民の?」
それから少しこの世界のことをレクチャーしてもらった。
学力でいうとちとえりたちの種族がトップ。それからサイズが大きくなるにつれ、賢さが下がり代わりに筋力が上がる。
それでいて農民──特に山巨人族の貧しい地方だと学校すらなく、識字率も10%未満な場所もざらにあるらしい。
だけどそれも仕方の無いことなのかもしれない。
どうやら赤道らしき場所から向こうが魔物のテリトリーだそうだから、山巨人族がいる場所はいわば最前線だ。
勉強などをしていられる余裕があまりないと考えられる。
それならば学がない分幼く感じられても仕方がない。
だがそれが悪いことだとは思わない。
純真無垢なキレカワ系お姉さん。なにそれ、素敵!
エクセレントだ。誰にかはわからんが褒美をやりたくなる。
「そうそうまたゴンさん」
「略すな。そしてそれやめろ!」
俺はちとえりによって妄想から無理やり呼び戻された。
どこぞの天災微胸女魔道士みたいなあだ名だけは絶対にいやだ。
「はいはい。んでさ、勇者殿に会ってほしい人がいるのね」
「ふぅん、誰?」
「会えばわかるのね。勇者殿をこの町に連れてきた理由があるのね」
ふむ?
俺に合わせてどうなるというのかはわからないが、ここは従ってみてもいいかもしれない。
「わかった。会ってみよう」
「決まりね。じゃあごくまろ、1時間くらいしたら戻ってくるね」
俺は女神様たちと暫し別れ、ちとえりに連れられて謎の場所へ。
町の端にある、少し大きめの屋敷に連れて行かれた。
ちとえりがノックをすると、中から返事が。ドアを開けるとそこには──
「お久しぶりね」
「あら、ちとえり様じゃないですか。あなたー、ちとえり様よーっ」
そこにいたのは俺と同じくらいの女性。
背が、というよりもちとえりたちとは違う感覚。
再び現れたときは男性も一緒だった。
こちらは俺よりも背の高い人だ。
俺以外にいる俺の世界の人か。
「あの、ひょっとして日本人ですか?」
「あら新入りさんね。いらっしゃい」
俺は家の中に通され、リビングのソファに腰掛けた。
向かいのソファに夫婦が座る。
ちとえりは買い物があるからと、俺を残して先に戻った。
「さて、何が聞きたいかな」
夫の方が俺よりも先に話しかけてきた。
まるで俺みたいな人に会わせるためにいるみたいな対応だ。慣れているというべきか。
「それでは……。お2人はどうやってこの世界に来たのですか」
この夫婦はそれぞれ4年前と6年前にこの世界へ来たらしい。
旦那さんは海難事故、奥さんは列車事故だそうだ。
やばいと思った瞬間にこの世界へ通じる門が開き、とっさに逃げ込んだと話してくれた。
もう帰れないのはいいのか、という問いに奥さんは『あのまま死んでいたよりずっといい』と答えてくれた。
ここで知り合った同じ境遇の男性と知り合い、結婚できたんだから悪くはないのだろう。
もし俺だったら、そこで死ぬくらいなら別の世界で生きていたいと思うだろう。
だからこの人たちの選択は間違っていない。考え方は俺と一緒だから。
俺の思っていたことは杞憂だったのかもしれない。
誘拐まがいかと思ったが、助けてもらったのだとすれば仕方がないことだ。
もう少し話を聞きたかったが、あっという間に時間が経ち、俺は戻ることにした。
馬車の外にはちとえりととくしまが俺の帰りを待っていた。
「もうじき出る時間なんだけど……」
ちょっと困った感じでちとえりがつぶやく。
「1人足りないな」
そう、ごくまろがいない。
盗撮癖がありそうだとはいえ、真面目なタイプだと思っていたのにいない。
とくしまの話だと、女神様に献上する品を買いに行ったらしいのだが、それにしても時間がかかっている。
「ちょっと様子見てくるよ」
「お願いね」
俺は踵を返し町へ向かった。
少しサイズが小さいとはいえ、なかなかの規模がある町だ。そう簡単には見つからない。
だが俺がごくまろを探しに来た理由は、俺だからだ。
こいつらに言わせるところの大巨人族である俺はとても目立つ。ならばごくまろが俺に気付いてくれるはずだ。
商店の並ぶ道や大通りを見てもそれらしき人物が見当たらない。表ではないのだろうか。
試しに裏道も進んでみる。この町はきちんと区画整理されているためか入り組んでいないからわかりやすい。
──いた。
一体何をやっているんだと普段なら文句を言っているところだが、そんな状況じゃなさそうだ。
俺と同じくらいの大きさの人間が2人でごくまろの両腕を押さえ口を塞いでいる。
これは……誘拐だ。間違いない。
「おい」
俺はとっさに声をかけた。
すると2人はこちらに気付き顔を向けてきた。
「おい、何をやってんだ」
俺は再び言う。すると口を塞いでいた男がその手を離し、剣を構え突進してきた。
「勇者様、逃げて!」
ごくまろが叫ぶ。だがそれよりも早く男は剣を振り上げ、斬下ろそうとしている。
剣先は鋭く早い。だが手の振りは普通だ。
俺はその手を左手で触れ引き込む。そして右手は無防備な首の後ろに。
それと同時に右足で相手の左足の膝を蹴り上げる。
相手がバランスを崩したところに右手で顔面を地面に叩きつけた。
「ふぐおぉぉぉっ」
男は顔を抑えて悶える。
うむぅ、重力が低いせいか投げの威力が思ったよりも弱すぎる。
殺すつもりなんて全くないが、もう少しダメージを与えられると思っていたのに。
「う、うおぁぁっ」
ごくまろを捕まえていた男はごくまろを置いて逃亡した。
そして取り残されたごくまろは、呆気に取られた感じで俺を眺めている。
「大丈夫か?」
「あ、はっはい!」
ごくまろは我に返ったようで頭を振るように下げまくった。
「無事ならいいんだ。みんな待ってるから行くぞ」
「あの、勇者様」
「なんだ?」
また捕まらないよう手をつないで歩いていたところ、突然ごくまろが話しかけてきた。
「勇者様ってもっと普通の人だと思ってました……」
「ん? ああ、俺は平凡だよ。平均すぎると言ってもいいくらいに」
「じゃ、じゃあ勇者様の世界の人ってみんなあんなことができるんですか?」
「いや。さすがにあれは習ってないとできないよ」
「だったら凄いんじゃないですか!」
ごくまろは目を輝かせ、まるで尊敬しているように俺を見上げている。
「何も凄くない。俺は普通だからな……」
そう。俺は平均でしかない。何も優れてなんかいない。
これは自分の才能を模索していた時、その過程で習った古武術の技だ。
20人ほどの小さな道場。俺はがんばったが……結局10番目くらいで落ち着いてしまった。
ここでも俺は平均だった。それでやめてしまったんだ。
だけどそれがこんなところで役立つとはな。
「──遅いのねっ」
「すみません……」
仁王立ちで少し苛立ったような口調でちとえりはごくまろを叱りつけた。
ごくまろは特に言い訳せず平謝り。
「そう言うなよ。ごくまろは誘拐されかかってたんだぞ」
「ぬぅー、ごくまろはかわいいからねぇ。危うく売られるところだったね」
「面目ないです……」
魔法で逃げればいいなんてふと思ったが、両手を抑えられ口を閉じられたら魔法は使えないのか。案外不便なのだろう。
しかし売られるところだったって……よくあることなのか? これからは気をつけてやらないといけない。
人ごみを利用すれば気配なんて簡単に紛れさすことができる。そのうえで路地裏へ引っ張り込めば簡単だ。
それにしてもごくまろはかわいい……のか?
俺はごくまろの顔を見る。
確かにまあ、うちの双子よりはいいかもしれない。顔立ちも整っているし、普通の感覚なら将来は美人になりそうだと思うだろう。
だけどなんというか、小さい子供のかわいいというのは小動物的なかわいさな気がする。ロリコンの評価が聞きたい。
「でもよく助かったのね」
「あのですね、ちとえり様。勇者様が悪漢を投げ飛ばしたんですよ!」
ごくまろが興奮気味にちとえりへ話した。
「えっ、勇者殿戦えたのね!?」
おいこらしばくぞわりかしマジで。
「んなこといいだろ。それより行くぞ」
馬車に乗り込もうとしたとき、ちとえりが俺の服を引っ張り阻害した。
「ゆんなちゃんが乗るから馬車が更に窮屈なのね」
「おい、そういうこと言うなよ!」
失礼にもほどがあるぞ。それではまるで女神様が太ってるようにも聞こえる。
山巨人族といっても俺よりも小さいんだ。若干ではあるが。
「じゃあ勇者殿が責任取るね」
「どうすればいいんだよ」
「ごくまろを膝の上に乗せるのね」
「なんっ……」
なんでそうなるんだよと言おうとしたが、それは仕方ないことだ。
女神様を膝に乗せたら頭が天井についてしまう。揺れの大きな馬車では天井に頭をがっすんがっすんぶつけ、痛い目にあってしまう。
かといって全員並んで乗れるスペースは無い。
さらにはちとえりなんて乗せたら絶対にセクハラされる。
とくしまなんかは新手のプレイと結びつけて興奮してしまう可能性がある。
ごくまろが一番適しているんだろうな。
重力が低いのと、ごくまろは小さいからあまり負担にならなさそうだし、それで妥協するしかないか。
「わかった。それでいいよ」
まいった。
具体的に何がどうまいったのかというと、女神様とごくまろだ。
サイズ的に並ぶことができない女神様と俺は対面で座っているのだが、これがまずい。
座席が低いせいで女神様は足を斜めにしているが、艶かしい黒ストレッグがセクシーポーズをしていることになる。
そしてごくまろ。こいつ見た目はガキのくせにタメだからガキ臭くなく、それどころか女の子の匂いをプンプンさせてやがる。
やばい、にょきにょきしてきやがった。
その感触が伝わったのか、ごくまろは俺に振り向き見上げ、少し困ったような笑顔をしてきた。
ちとえりに黙っててくれるのか。あいつにばれたら何を言われるかわからないからありがたい。
「何2人で見つめ合ってるね」
やっべ、そのちとえりに気付かれた。誤魔化さなくては。
「ち、違うんだ! これはその、あれだ。ご、ごくまろ。お前、屁したんだよな?」
あまりのテンパりように、ひっどい嘘をついてしまった。目の前にはビキビキッと音を立てていそうな雰囲気をかもし出しているごくまろ様が。
「……あれあれー、勇者様。何かがお尻のあたりでもぞもぞ動いてますー。何をなされているんですかー」
かかか勘弁、勘弁してつかーさい!
「えっ!? 勇者殿、ごくまろで欲情しちゃったね!?」
「してねぇから!」
俺はあくまでも女神様にだな……。しかしごくまろの匂いにやられたのもまた事実ではあるが。
いや、ここにごくまろがいなくても同じ結果になっていただろう。だからそれは無効だ。
「ごくまろ、よかったのね。相思相愛ね」
ちとえりは謎の言葉を発した。
「はぁ? お前何言ってるんだよ」
「そ、そうですよちとえり様! 私はただの付き添いメイドで……」
「何言っているのね。この勇者殿を選んだのはごくまろじゃないね」
「ちとえり様! それ、言わない約束!」
「まあ今更だし時効時効」
「本人を目の前に時効とか言わないでください!」
ん? おぅ? んん?
俺を選んだ理由って暇そうだったからじゃなかったのか?
それとも他に理由があるのではないか。いや、あるべきだ。
俺より暇な奴なんてこの世にいくらでもいるだろう。なのに何故俺が?
「今更だけど俺が勇者になった経緯を教えてくれ。暇だったからってのは嘘なんだろ?」
「実は勇者カタログ春夏号をぺらぺらめくって決めたのね」
え? 勇者カタログ……?
「なんっじゃそりゃ」
「そしたらね、ごくまろがこの人がいいって──」
「あっ! 勇者様! 知ってますか!?」
話題逸らしに必死なごくまろが突然叫んだ。
いや、お前の話より勇者カタログ春夏号のほうがずっと気になるから。
まあ一緒にいる限りこうやって聞き出すことを邪魔されそうだし、忘れないようにしておいて後で聞けばいいや。
「何をだ?」
「そうです! オダです!」
「あ?」
何かのギャグでも言って話題を逸らすには強引すぎる。
「次に行く町はですね、魔王ノブ・オダに勝った国の町なんです!」
「ほう?」
これはこれで気になる話だ。
次の町はもうこの国ではないということも初耳だが、それよりも個人的に織田の方が興味ある。
織田といえば鉄砲部隊だ。それに対抗できるものってなんだろう。
「どうやって倒したんだ? 魔法隊とかか?」
「いえ、無鉄砲部隊です」
……おう?
「ど、どんな隊なんだ?」
「剣と盾だけで突撃したらしいですけど」
なんて無鉄砲な奴らなんだ。スパルタの民か?
なんかすっごい興味あるんだけど、その国へ行けばもっと詳しい話が聞けるかもしれない。
どうでもよかった次の町へ行くことが少し楽しみになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます