第6話 黒ストの女神
町の様子は先ほど通り過ぎた時とは別物だった。
そりゃ襲ってきた魔物はもういないんだから当然だろう。
まだ店に店員が戻っていないところもあるが、普段はこんな感じなのだろう。
俺たちに群がっている連中を除けば。
周囲には人の山。皆一様にちとえり様、ちとえり様ともてはやす。
たまに勇者様という声が聞こえるが、何もしていない棒立ち勇者の俺には辛い。
隠れようにもこいつら曰く大巨人族の俺は目立ち、間抜けな姿を晒すしかない。
安請け合いしちまったかなぁ。
だがそんな折、一瞬みんなの視線が俺から外れたのを感じ、気付かれぬようこっそりと建物の陰に隠れることに成功。
狭い路地に身を潜め、ほとぼりがさめるまで待つ。
「ぬっ」
瞬間、俺は新しいタイプの人的にこめかみから逆のこめかみへ、パルスが走った。
奥に人がいる。しかも俺のセンサーにひっかかるということは……つまりお姉さん的な人だ。
俺は何も考えることなく路地の奥へと進んでいく。
いた。
しかもただのお姉さんではない。女神的な極上玉だ。
年の頃なら20歳ほどか。可愛らしさを残しつつ、美しさが表れはじめている。いわゆるキレカワ系だ。
なだらかなウェーブのかかった髪は実にやわらかそうで、大人の可愛らしさを演出しているよう。
胸は大きくない。かといってエアーズロック体型なちとえり達と違い、秘めた膨らみがある。
さらには真っ黒で艶のある足。これはどう見てもパンスト様じゃないか。
そのうえとても、とても好みな体型だ。
ウエストも、キュッとしまっているし、尻も控え目。
お世辞にもボンッキュッボンッとはいえない。しかし溜め息が出るほど俺好みの胸と尻。おぅっキュッおぅっ といった感想だ。
ちなみに俺は30歳くらいまでのお姉様が大好きだ。だがちとえりみたいな好色変態エロババアは論外である。
そんなレディが怯えるような顔で俺の前にいる。
先ほどの襲撃が怖かったのだろう。さあ、もう大丈夫だ。そう言わんばかりに俺は笑顔で手を差し出した。
「もう安心ですよ。素敵なマドモアゼル」
そう言った俺をいぶかしげに見ている。しまった、キザっぽかったか。
「勇者様、何しているのですか?」
突然背後から声が。振り返るとごくまろがきょとんとした顔で俺を見上げていた。
誰も見ていないと思ってこっそり来たのに、気付かれていたようだ。
「いや、なんでも……」
「あっ、山巨人族じゃないですか」
そう言ってごくまろは俺の前に出た。
「どうしたの? お嬢ちゃん」
ごくまろはやさしそうな喋り方で、素っ頓狂なことをほざいた。
「どう見たらこのキレカワ系お姉様がお嬢ちゃんに────」
ここまで言って思い出した。ごくまろたちはこんな姿でいてかなりのババアな可能性がある。
だとしたらこのお姉様も子供に見えてしまうかもしれない。
「ごくまろ、お前いくつなんだ?」
「はい、17ですが……」
なんてことだ、こいつタメじゃないか。
しかしそうならば、このお姉様のほうが歳上のはずだ。
「あのね」
と、ここでお姉様がその美しい口からかわいらしい声を発してくださった。
「あのね、おそとにね、こわいのがきたの。そしたらね、おじちゃんとはぐれちゃったの」
ん? んんん? んん?
このお姉様、やけに口調が幼くないか?
いや、これはこれでアリだ。無しかナシかでいってもアリだ。
幼い口調で甘えてくるお姉様、最高じゃないか! 素晴らしい、スバラシイ!
「そうなんだ。おじちゃんは知っている人なのかな?」
「ううん、しらないひと」
「……勇者様、この子を保護します」
ごくまろはやれやれといった感じに首を振り、そう言った。
えっ、ほご? 擬音でいうところのポゴォッ みたいな?
よくわからんが、見た目的にこのお姉様がごくまろを保護する立場だろ、普通。
……まて、こいつらと逆みたいな目で見てみろ。山巨人族といったな。まさか……。
「お、お嬢ちゃんはいくつなのかなぁ~」
ごくまろに習って同じような口調で聞いてみた。
「えっとね、11さい」
ノオオオオオォォォォォッ!
ノォ! ノォ! ノォ!
「ってなんっじゃそりゃああぁぁ!」
思わず叫んでしまった。
「勇者様、小さい子の前で大声出さないでください。ごめんね、びっくりさせちゃったねー」
驚いてしゃがみこみ、泣き出してしまったお姉様の頭をごくまろは撫でた。
「ちっちぇえのはお前のほうだろぉっ」
「勇者様、小さなこと言わないでください。せっかく立派なモノをお持ちなのですから」
少し赤らめた顔でごくまろが嫌なことを口走った。
「お前その人がちっちゃい子だと言うならそんなこと目の前で言うなぁ!」
「え? ああ失礼。ごめんね、あのお兄ちゃんのはそんなに大きくないから心配しないで」
「そぉいうことじゃねぇだろぉ!」
そんな俺の叫びを聞き付け、うしろから誰かが駆け寄ってきた。
振り返ると奴が……ちとえりがいた。
「2人ともどうしたのね? まさかこんなところでロジカン?」
「んなことするか! 見ろよ」
俺は目でごくまろの前にいる人を差した。
「あらま、こんな場所でスリーポイントシュートなんてさすが勇者殿」
「なんも射ってねぇよ! 茶化してないで現状を確認しろよ!」
ちとえりはふむふむといった感じで目の前の状況を吟味した。
そして腕を組み暫し熟考。やがて────
「勇者殿が山巨人族の少女をレイp……ああん待って、ごめんなのね!」
無言で立ち去ろうとした俺をちとえりはしがみついて必死に止める。
「こっちは真面目にやってんだよ」
「もうしないのね! だから帰らないでね!」
当然信用はしないが、これで暫くはおとなしくしてくれるだろう。
「────で、実際のところどうなんだよ」
糞みたいなやりとりを終えた俺はちとえりに尋ねた。
「ん、まあよくあることね」
何がなのかわからない答えを返してきた。
「前置きを言え。伝わらんぞ」
「簡単に説明すると、山巨人族は見ての通り老けるのが早いのね。んで、自分好みの成長をしたところでその少女をこの国に連れてくるわけね」
「なんでだ?」
「この国は女神アンチエイジング様のおかげで外見を維持できるのね」
なんて……なんてことだ。
俺は何度でも言える。歳上の女性が好きだ。
ガキはうるさいからという理由もあるが、主にその造形が大好きだ。
洗練されてきているそのスタイルが好きだ。醸し出す雰囲気が大好きだ。
だが1つ大きな問題がある。老いだ。
花は満開が一番美しい。そんなことは誰でもわかる。
しかしその後に待っているものはなんだ? それを考えてしまうと苦しくてたまらない。
だがそれを払拭できるとしたらそれはなんだ? そう、パラダイスだ。
なんて……素晴らしいんだ!
考えた奴天才じゃね?
「じゃあさ、この先もし俺が好みの女性をみつけてだな、この国に連れてきたら……」
「犯罪者として逮捕されるね」
やっぱりそうなっちまうのかぁぁ……。
保護対象になるんだからそうじゃないかとは思った。くっそぉ。
「勇者でもやっぱりダメ?」
「国家間の問題にもなるからねぇ。せいぜい勇者割引で片玉くらいで許してもらえると思うのね」
割引ってなんだよ。しかも片玉って……。
じゃあ普通の場合は全摘なのかよ。こえぇ。
「おい、こんなところにいやがったか」
山巨人族の少女の後ろから男の声がした。
見てみると髭面の小男がいる。
「なんだ?」
俺が声をかけると小男は少し挙動が不審になった。
「うおっ、あの、その、へへっ。娘が世話になりやした……」
小男は右手で後頭部をおさえながらペコペコと頭を下げた。
「知らないおじさんと来たと言っていたぞ」
「…………ちっ」
小男は舌打ちし、背中に隠し持っていたダガーを取り出した。
「フォーカス、チーズ!」
ごくまろはそのダガーをこちらへ突き出す前に呪文を唱えた。
「うぐごあおぉぉっ」
小男の言葉にならない声が路地に響く。
そして小男の腕は肩からばっさりと切れ落ち、地面へ転がった。
傷口からは血が噴き出し、壁と地面に赤黒い染みをつける。
…………うぷっ。
惨状だ。
「よくやったのね、ごくまろ」
ちとえりとごくまろはハイタッチをした。
「よくねぇよ! どうすんだよこの状況」
「どうって、正当防衛なのね」
当たり前のこと聞くなよといった
「どう見ても過剰防衛だろ。相手だって脅すだけだったかもしれないし」
「そんな判断している余裕ないのね。武器を出すのが悪いね」
そりゃごもっともだ。まるでブロンクスかロサンゼルスのようだが。
「でもさ、だからといって殺すことはないだろ」
「ん? まだ生きてるね」
確かにまだ息はあるが、時間の問題だ。
この状態を言い表すならば、7割殺しだ。
「でもこのままだと失血死するぞ」
「そうだねぇ。ごくまろ」
「はい」
ごくまろが呪文を唱える。その直後、辺りに鉄板焼の音がし、煙が辺りを包む。
そして小男はのたうちまわり、泡を吹いて痙攣した。
「ふぅ」
「ふぅじゃねーよ。何したんだ」
「治療魔法ですよ」
どう見てもとどめの一撃だ。
「ごくまろが考えた止血呪文なのね。名付けて『傷口に焼け石』」
それ治療じゃなくて拷問じゃないか?
とはいえ傷口から血は止まっている。
そこで騒ぎを聞きつけ警察のような人たちが到着。犯人は連行されていった。
片腕を失ったうえに全玉失うなんて……。俺はおとなしくしておこう。
「それでこの子どうしようかね」
「俺が育てます」
即答だ。
11歳の少女が一人で生きていけるはずはない。ならば彼女を見つけた俺が責任を取るのが筋というものだ。
「勇者殿……あんた何言ってるのね」
ちとえりにとうとうあんた呼ばわりされてしまった。しかし俺はくじけない。退かない。
「じゃあなんでさっきの連中に引き渡さなかったんだよ。警察みたいなものだろ?」
「彼らは暴力や武装犯罪専門なのね。こういった事件は別管轄なのね」
なるほど。となればしかるべき場所に連れていく必要があるわけだ。
そう、俺の元へ。
「大切にするから! 絶対にきちんと育てるから!」
「それ以上言ったら王宮魔術師としてあんたに刑罰を与えるね」
それだけは勘弁だ。
人は片玉のみに生きるにあらず。
「じゃあどうするってんだ?」
「施設に連れていくね」
「施設に連れていくとどうなるんだ?」
「親が迎えに来るのを待てるのね」
「もし親が貧しかったりで、ここまで来る手段がなかったら?」
「いちいちうっさいね。そんなの私が知ったことじゃないね」
なんて薄情な奴だ。信じられない。
「じゃあもしお前がそういうことになったらどうすんだよ」
「今さら私がさらわれるなんてありえないね」
「う、く。じゃあお前が子供だとして……」
「大人の頭で考えたことを子供時代にできたとは思えないのね」
ああいえばこう、こういえばああとこのメロウ。
「ああもう、お前がそんな奴だと思わなかったよ! ここでお別れだ!」
「そ、それは困るのねっ」
ちとえりは突然焦りだした。
何故かわからないが、こいつは俺じゃないとだめらしい。ならばこの局面でそれを有効に使わない手はない。
暫しの膠着状態。何かを考えている様子のちとえりが口を開いた。
「勇者殿はその子をどうするりね?」
どうもこうも、俺好みのレディに育てるに決まっている。
こんなストライクのキレカワ系、手放せるわけがない。
手放せるわけが…………。
「……できれば彼女を、住んでいた場所まで連れていってやりたい……」
とても不安そうで、今にも泣き出しそうな目で見上げられてしまい、俺の野望は完全にしおれてしまった。
俺が今したいこと。それはこの女神の笑顔を拝みたい。そのためには これが一番だ。
「うーん、私らが護衛としてついていると言えば問題ないかもしれないね」
「だろ? だろ? だからいいだろ。どうせ通るんだしさぁ」
「……仕方ないね」
こうして俺たちに新たな仲間が加わった。
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