第5話 魔物VS変態

 夢を見た。


 下らない夢だ。

 夢にまで見てしまう現実の話。


 ────俺は平凡だ。

 何をやっても平均しかできない。

 勉強も、部活も、習いごとも。

 何か1つくらい自分に才能があるかと思っていろんなことをやってみた。

 でもどれも駄目だった。何をやっても上にはなれなかった。


 確かに俺より下もいる。だけどそれと同じだけの数、上がいる。

 俺は……平凡だ────。



 何か足元でもぞもぞしている。

 その奇妙な感覚のせいで、起きてしまった。

 座ったまま寝ていた。


 ────ああ、俺馬車に乗っていたんだ。

 俺、勇者やっているんだよな。

 そこで夢のことを思い出す。

 平凡な俺が勇者。滑稽な話だ。

 ちとえりが言っていた、ヒマそうだったから俺を選んだという言葉。

 突き刺さる。

 俺には勇者なんて…………。


 ちょっと待て。

 俺、寝ていたんだよな。

 そして起きた。

 何故だ? そりゃ足元の変な感覚のせいだ。

 変な感覚? どういうことだ。

 目を開け、視線を下に向けてみた。

 そこには俺のズボンを下ろしているちとえりが。


「て、てめぇ何やってんだ!」

「おや勇者殿、おはようね」


 俺を見上げてちとえりは、ズボンを下ろす手を止めず挨拶してきた。


「おはようじゃねぇよ! 何やってるんだって聞いてるんだ!」

「ん? ああ、2人に勉強させようかと」


 よく見るとごくまろととくしまは、顔を赤くしながらも興味津々な目で見ている。


「なんの勉強だよ!」

「大巨人族の男性のチンチラさんのね」

「そんなもん勉強させなくていい!」


 俺は急いでズボンをあげた。


「なんでさ。いつもと形状の異なる、モーニングライズを見るのも勉強なのね」

「いい加減にしろよ! お前はいっつもいっつも……」

「あ、ほらほら勇者殿、テンタコさんね!」


 ちとえりは窓の外に向かって大声で叫んだ。


「話を逸らすな!」


 俺の言葉に耳を貸そうともせず、ごくまろととくしままで窓の外を見ている。

 なんだっていうんだその物体は。

 仕方なしに俺は視線を窓の外へ向けた。

 そして視線を真っ直ぐに戻すと、今度は顔ごと窓の外へ向ける。

 二度見だ。二度見をしてしまった。


「ぬおわああぁぁ! !」


 俺はそう叫び、そいつに目を向けたまま、反対の窓へ飛び退いてしまう。

 馬車が走る崖の下方、海らしきものの先に奴はいた。

 でかい。いや、でかいなんてものじゃない。

 距離が遠くて判断できないが、恐らく100m以上はありそうな、タコだかイカな軟体触手生物。


「ななななんだあれ! なんだあれ!」

「勇者殿は運がいいね。テンタコさんの貴重な産卵シーンが見れるなんて」


 俺の貴重ではない錯乱シーンを前に、ちとえりはニコニコしながら言った。


「なあ、あれ魔物だよな? 魔物なんだよな?」


 俺の問いにちとえりは首を左右に振って答えた。


「あれは聖物しょうぶつなのね」

「しょうぶつ?」

「魔物の対極にいる生物なのね。私たちと同じようなものね。私たちが陸を魔物から守っているように、テンタコさんたちが海を魔物から守っているのね。基本的にもっと外側の海にいるからこっちでは珍しいね」


 見た目は魔物っぽいが、仲間みたいなものなのか。


「それとテンタコさんは塩茹でするとおいしいのね」


 ちとえりはじゅるりとよだれを吸い込みながら、とんでもないことを口走った。


「おい、仲間なんじゃないのかよ」


 そう聞いた俺にちとえりは『何言っているんだこいつ』と言いたげな目を向ける。


「豚や牛も聖物で仲間なのね。でも私たちは生きるために食べるのね。それとも勇者殿は魔物を食べるのね?」


 ここで俺はこの世界の括りの1つを理解した。

 俺の世界でも大分類すれば豚や牛、そして人間も哺乳類という括りの仲間だ。


「今理解した。そりゃ食うよな」

「それにテンタコさんくらい勇者殿の世界でも食べてるよね?」

「んん、まああそこまででかくないけど……」


 と、ここで大きく気になっていたことがある。

 今までも少し気にはしていたが、大したことではないとスルーしていたこと。

 俺の前に6人の勇者がいたといっても、俺の世界に関して色々と知識が揃い過ぎている。

 何よりもこいつらが今話しているのだって日本語だ。


「もしもしちとえりさんや」

「何かね勇者殿」

「ワシの世界からここに来た人間は、確か7人じゃったかのぅ」

「ううん、違うのね」


 ちとえりは否定した。


「おい待て、お前が言ったんだろ。俺は7人目の勇者だって」

「そうね、勇者は7人だけね」


 ……ああ、俺って案外バカなんだなぁ。

 勇者以外に人を呼んでいた。それが答えじゃないか。


「ちなみに何人くらい呼んだんだ?」

「1000人くらいだと思うのね」

「せんっ……。随分と多くの人間が行き来しているんだな」

「ん、往復できるのは勇者だけなのね。後は来たら帰れないのね」


 大量だ。大量誘拐事件だ。


「お前ら何してくれてるんだよ!」

「んー、大抵は死にたくないのに死んでしまいそうな人を選んでいるからいいのかなって」


 曖昧だ。

 山や海で遭難しているとか、そういう類だろうな。

 病気で死に掛けている人が来ても意味無いだろうし。


「ちなみにどれくらいのペースでさらっているんだ?」

「人聞きの悪いこと言わないでね。年1くらいね」


 毎年1人か。

 日本の行方不明者の年間数からすれば、些細なものなのかもしれない。


「って、1000年も昔からやってるのかよ」

「文献によるとそうらしいのね。そういえば昔、勇者殿の世界の魔王を呼び出して大変なことになったらしいね」


 は? 俺の世界の魔王?


「俺らの世界に魔王なんていないぞ」

「なんでも天下統一とか言い出して、ここいら近辺の国をどんどん滅ぼしたらしいのね」


 ……いました。該当者1名。確かにあの方は魔王だ。

 多分合っているだろう。


「その魔王の名前って知ってるか?」

「えーっと、確かノブ・オダだったのね」


 やっぱりだった。第六天魔王だっけな。

 本能寺の変で死体が見つからなかったらしいが、まさかこんなところで魔王をやっていたとは。

 貴重な話を聞けた。誰一人信じてくれはしないだろうけど。


 あれ、なんか話が逸れている気がするが……まあいいか。




「ほら勇者殿、町なのね」


 巨大タコイカを見つけてから3時間ほど経った頃、ちとえりが言った。

 その言葉に俺は身を乗り出すように窓の外を見る。

 町だ。

 この世界に来て初めての町だ。

 今までの話から察するに、俺の世界から来ていたのは日本人ばかりなのだろう。

 だからひょっとして日本家屋みたいなのが立ち並んでいるのかと思っていたがそうでもなく、西洋っぽい町並みだった。

 なかなか町々している。

 この表現はいかがなものかと思うが一言で表すなら、町々している。

 都会という表現だと、俺の世界の都会────渋谷とかをイメージしてしまい、何かが違う。

 だけどここもたくさんの人で賑わっている。故に町々している。


「どうかね勇者殿」


 ちとえりが少し自慢げに聞いてくる。


「なんか、思っていたよりも凄いな」


 素直な感想を答えた。

 御者は駐馬場に馬車を置き、俺たちは馬車を降り町へ踏み出した。

 その直後、町の反対側から腹に響くほどの爆発音。


 ブオオォォッ。ブオッブオォォォ。

 カーンカーンカーン


 法螺貝を吹いた音と、鐘の音が鳴り響く。

 それと共に逃げ惑う人々。


「な、何ごとだ!?」

「多分魔物なのね」


 魔物が町に攻め入ってきた。なんてタイミングだ。

 さっきの音はそれを知らせるためのものだったのか。


「ごくまろ、とくしま、準備を! 勇者殿は……来る?」


 まるで俺をおまけか補欠みたいな感じでちとえりは聞いてきた。


「行くに決まってるだろ。一応勇者なんだから」


 俺たちは人波に逆らうように町の逆側へ向かった。


 数回の爆発音の後、やっとのことで町を抜けた。

 爆発の正体は町からの威嚇射撃だったらしい。

 だがそれに臆することなく魔物たちはこちらへ向かってきている。

 町に辿り着く前に倒さなくてはいけない。ごくまろととくしまは俺の前に立ち、魔物に向かい両手を突き出した。


「俺もやらないとな」

「あれ、勇者殿魔法を使えるようになったのね?」

「いや……。なんでだ?」

「素手で戦うつもりなのね?」


 そういえば俺、武器とか持っていなかった。

 だけど武器を持っている魔物もいることだし、奪ってそれで戦えばいい。


「なんとかなるよ。それより来るぞ!」


 俺の言葉でごくまろととくしまは大きく息を吸った。臨戦態勢だ。


「フォーカス────チーズ! いいよいいよぉー」


 ごくまろの手先にある魔法陣から炎が勢いよく噴出した。


「わ、私も! 『ぐひひ、どぉだぁ』『領主様、やめ……あつぅい!』『ひょほほ、お前の白い肌をこの赤いロウソクで染めてやるぞぉ』『熱い! こんなの嫌なのに……嫌なはずなのに!』」


 とくしまの魔法陣からも炎が大量に吐き出され、魔物を燃やしていく。

 俺は……その2人の詠唱を聞き、やる気をなくした。


「勇者殿、そこは危ないからもう少し下がるのね」


 そう言ってちとえりは、どこから持ってきたかわからないパンを食いながら俺を下がらせた。


「何やってんだよ。お前も戦えよ」

「ん、あの2人なら大丈夫なのね」


 呑気にむしゃむしゃとしていやがる。多分どさくさに紛れてくすねてきたのだろう。


「信用しているんだな」

「まぁね。ごくまろは私の一番弟子なのね。とくしまはそのごくまろの弟子、みたいな感じね」


 なるほど。

 昨晩ごくまろがとくしまにやらせたのは、俺に少女へのセクハラをさせるためではなく、弟子がどれだけ勉強していたのかテストするつもりだったのかもしれない。


 それにしても2人の攻撃は凄まじい。

 だが魔物の数も半端ではない。徐々に押され気味になっている。


「埒があかないわ。とくしま、最大呪文いくわよっ」

「はい!」


 そしてごくまろは片膝をつき、一瞬手を前に突き出し魔法陣を発生させ両手の人差し指と親指で、被写体を覗くようにかまえた。


「オートフォーカス!」


 その言葉と共に、魔法陣が5つに分裂。それぞれの魔法陣が一気にきゅっと締まった。


「連射モード!」


 ごくまろの魔法陣から無数の火が飛び散った。


 とくしまは空に向かい両手を伸ばし、魔法陣を発生させる。


「『フフフ、どうしたぁ』『へ、陛下! どうかご容赦を!』『んー? 聞こえんなぁ』『熱い、熱いのいやぁぁ!』『そんなこと言いながら体は疼いているじゃないか』『火鞭なんかで……なんで私の体、こんなにいぃぃぃ!』」


 とくしまの魔法陣からは、まるで火山が噴火したかのような火柱が。

 その火柱は龍のように空を舞い、一気に地表へ突っ込んだ。


 見てくれはかっこいい。かっこいいんだ。

 だけど目をつぶったらなんなんだとしか言いようがない。

 特にとくしまはやばい。この子の将来が不安で仕方ないぞ。


 でもそのおかげというか、最大魔法の威力で周囲は火の海。魔物は全滅していた。

 そしてちゃんと始末するため2人は水の魔法を使い、消火させた。


「ありがとうございます……あ、あなた様はもしやちとえり殿では?」


 見た目は少年のようなのに、おでこがずいぶんと後退している人物が話しかけてきた。


「そうなのね。ちとえり一行と勇者ね!」


 何もしていなかったちとえりは偉そうに胸をはって答えた。

 それよりも、なんか勇者が端に追いやられている気がするぞ。


「おおっ、やはりそうでしたか! わたしはこの町の町長をさせていただいております。どうか歓迎させてください」


 町長は手揉みしながらちとえりにぺこぺこしている。


「それじゃ遠慮なく行くね。勇者殿、この町で旅の支度を整えるのね」

「そうだな」


 俺たちは総出の歓迎を受けながら町に入っていった。

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