第3話 メイドとローマ人

「はぁーあ」


 俺は自室のベッドに倒れこむと、声に出るほどのため息を吐いた。

 家族から怪しまれないためには短時間で入浴を済ます必要があった。湯船に入る余裕もなく、急いでシャワーを浴びるだけで出るはめになってしまった。

 それもこれも、勇者がどうという話のせいだ。


 しかし俺が勇者ねぇ。どうなんだろう、実際。

 自分的には気楽にやれて、もてはやされるのは大歓迎だ。

 だけど魔王がいるってことは、魔物とかも当然いて危険なんだろうな。

 どこまで続けられるかなぁ。


 まあでも俺を勇者に選んだあいつらにも責任がある。そこらへん適当にやったところで批難される筋合いはない。


 それにしても本当にあの国は嫌なところだ。

 ちとえりに言われたように、俺はロリコンではない。どちらかと言えばガキは嫌いな方だからな。


「にーちゃんにーちゃん!」

「おにーちゃぁん!」


 原因は主にこいつらのせいだ。


「お前らノックくらい覚えろって言ってるだろ!」

「だって、だってミナがぁ」

「ちがうよ! サナが悪いんだよ!」


 このけたたましい双子の妹ども。俺と10歳離れている爆弾だ。

 こいつらはとにかくうるさい。俺の部屋に入ってこなくても、隣の部屋でいつもギャーギャー騒いでいる。


 俺は静かなところが好きだ。だというのにこいつらはそんなことおかまいなしに、自分たちの都合で俺を巻き込む。

 そのことを親に言ったら「あんただって昔はそうだったのよ」だってさ。

 ようするにガキはみんなハイテンションってことなんだろ。

 だから俺はガキが嫌いだ。


 でもあっちの世界は……見た目がガキなだけで、中身は大人なわけだろ。

 つまり少なくともうるさくはされないわけだ。

 寝るときだけ向こうのお世話になろうかな。

 ……いや、それだとちとえりに別なところまでお世話になってしまいそうだ。

 それだけはなんとしてでも避けたい。最悪でも初めては体も大人の女性がいい。


「だってさぁ、にーちゃん!」

「あのねあのね! サナね!」

「だからうるさいっつーの! 俺は寝たいんだ!」

「はい! はい! サナおにーちゃんと寝る!」

「ミナもにーちゃんと寝る!」

「お前ら暑苦しいからやだ!」


 擦り寄る2人を俺は部屋から追い出した。

 俺は再びベッドに寝転がる。

 天井を見ながらまた今後のことを考え始める。

 勇者か……。

 明日は土曜だし、向こうで色々見ながらゆっくり決めるか。




 現在朝6時。家族はまだ寝ている。

 俺は少し思いついたことがあり、それを実行することにした。

 脱衣所に入り、服を脱ぐ。全裸になった俺は風呂場の扉を潜り抜けた。

 この時間ならきっとあっちの世界もまだみんな寝ているだろう。誰もいないうちにカーテンか何かを取り、体をくるんでしまおうという作戦だ。

 そしてここに戻る時、そばに置いておけば次来るときはまたそれにくるまればいい。

 よし、予想通りだ。見てのとおりみんな床に寝ている。


 ん? 床に寝ている……?


 どど、どういうことだ!? メイドが5人ほど、床に倒れている。

 まずい、俺がいない間に魔物が侵攻してきたのか?


「おい、大丈夫か? おい!」


 俺はしゃがみこんで手近にいたメイドの1人を揺すってみた。


「……んっ……あ……あふぅ。あ、勇者様おはようございます……まあなんて朝から勇敢なお姿」


 メイドは寝ぼけた顔から一転、赤くなって俺の腹の下を凝視している。

 ……やっべ、俺全裸じゃん! 動転して忘れてた!


「ちっ、違うんだこれは!」


 俺は慌てて手で隠した。


「それよりもどうしたのですか? こんな朝早く」


 メイドの一言で、俺は少し正気に戻った。


「そんなことよりもこの状況はなんだ? 説明してくれ」


 目の前で他のメイド4人が倒れている。何故そんなことになっているか説明を求めた。


「えっと……? あっ、みんな起きて! 勇者様がいらしたわ!」


 メイドがそう叫ぶと4人はもそもそと起きだした。

 あれ? 何かの惨劇みたいなのがあったわけじゃないの?


「勇者様、おはようございます!」


 4人が整列をし、俺に頭を下げてきた。


「あ、いや、えっと、お、おはよう……」


 俺もつられて頭を下げた。


「……ってそうじゃない! なんでみんな床に倒れていたんだよ」

「それは勇者様が来られるのをお待ちしている間に眠くなったからです」


 は?


「あのさ、眠かったら自分の部屋に戻ればいいじゃないか」

「いえいえ、私らは勇者様専属のメイド。ここが居場所なのです」


 メイドは手をぱたぱたと振り、少し困った感じの笑顔で答える。


「えっと、じゃあさ、ベッドをここに置けばいいんじゃないのかな」

「めっ、滅相もございません! 私らごときが勇者様の部屋ともいえるこの場所にベッドを置いて寝るなどとんでもない!」


 床に寝られるよりもずっとマシなんだけどなぁ。

 てか俺専属のメイドか。熱いな。

 だけど……実年齢はわからないが、どう見ても子供なんだよなぁ。それが残念でしょうがない。

 ん、俺専属なのか。ということはだ。


「じゃあさ、俺の言うことは聞いてくれたりするのかな」

「当然です! 掃除洗濯、お食事の用意。勇者様のご子息のお世話だろうとなんでもさせていただきます!」


 メイドは顔を少し赤らめながらも興奮した感じでそう言った。

 勘弁してくれないかなぁ。

 ちとえりといい、ここの種族は頭の中がピンク色なのがデフォなのだろうか。


「まあ、いいや。それじゃあ何か大きな布を持ってきてくれないかな。カーテン的なものでもいいからさ」

「かしこまり!」


 そう言ってメイドの一人がタタタッと走って出て行った。

 俺は前かがみの姿勢のまま他のメイドに目を向ける。


「それでさ、できれば俺の服を用意してもらえないかな。ここらの種族のサイズから考えればすぐには無理だろうけど、できれば早急に」

「それでは体の採寸をとらせてくださいませ」

「ああ。お安い御用だ」


 よかった。これで俺は全裸じゃない方の勇者になれる。


「では準備してきます」


 もう1人のメイドもどこかへ向かって行った。

 多分メジャーや紙を取りに行ったんだろうな。


 数分後、メジャーを持ってあふれるよだれを袖で拭きながらやってくるちとえりを見て、俺は自分の世界へ飛び込んだ。


少し経ってから顔だけ枠から覗かせると、メジャーを持って待ち構えているちとえりがまだいる。


「ちょっと、なんで逃げるのね」

「当たり前だろ!」 


 俺とちとえりがにらみ合っている中、最初に出て行ったメイドが何かの布を持って戻ってきた。


「ゆーしゃさまーっ。シーツですよ、シーツ!」

「おおっ、でかした!」


 俺はシーツを受け取ると、古代ローマ人のように片方の肩にかけてまとった。普通のシーツに比べるとやはりいくぶんか小さいが、かなりマシになった。


「ちっ」


 本気でくやしそうな顔をするちとえりを見ると、とても勝った気分になれる。


「さあ測ってくれ」


 ちとえりはやる気なさそうな顔で俺のサイズを計測する。そしてある程度わかったところで紙に書き、それをくるくると丸めた。


「ちゃんとしたもの作れよな。じゃないと俺、城から出られないから」

「えー」

「えーじゃない!」

「わかりましたって。じゃあ次までには用意しておくのね」


 今日は色々回る予定だったが、服ができるならその時でいいか。

 今週の冒険、終わりっと。

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