第2話 どら焼きのような世界
「どうぞ勇者殿」
ちとえりに案内されて入ったのは、何かの実験室のような場所だった。色々とあやしげなものが並んでいる。
そこにあった椅子にちとえりは座り、足を組んで俺を見る。
「じゃあまずそのエロプンもといエプロンを取ってくれるかね」
「嫌だよ。これ取ったら全裸じゃないか」
「全裸になって、と言っているのね」
「なんでだよ! ひょっとして何か身体検査的なことでもするのか?」
「いやいや、勇者殿の勇者らしいチンチラさんを拝見しようかと」
「絶対に取らねぇ!」
何をさせたいんだ。こいつは。
「ったく、なんてマセガキだよ」
「ナニ言っているのかな。多分私の方が年上ね」
ちとえりは少し呆れた感じの声でそう言った。
「え? え? 俺17なんだけど……」
「私は24。お姉さんって呼んでもいいね」
「うそつけ! どっからどう見てもガキンチョだろ!」
背が低くて童顔というレベルではない。歳だと大体10歳くらいだろうか。
「えーっとね、まずそれじゃあこの星の説明からしないとわからないかな」
突然話を切り替えてきた。
話を逸らそうとしているわけではなく、ここにいる連中がガキばかりなのを理解させるためにはまず根本を知った方がいいといった感じだ。
「聞かせてもらおう」
「この星は大きく分けて4つの重力層があるね」
「なんだそりゃ?」
「重力の違いがあるってことね。この国は一番重力が低い場所にあってね、それで人々や動物は大きくならないね」
ああ、それなら生物で習った。
地球は昔、もっと重力が強かったんだ。それに抗う筋力を得るため、生物は巨大化していった。それが恐竜の時代。
これには諸説あって、後で物理の先生と生物の先生が殴りあってたっけな。
そういえば言われて気付いたが、確かに体が軽く感じる。前かがみなんて変な姿勢をしていたせいで体感しづらかったようだ。
「試しにちょっと飛んでみなさいね。違いがわかるから」
どれどれ。
ピョンピョン。
おお、確かに体が軽い! 全然違うじゃないか!
「コンニチハ! コンニチハ!」
「やめろおぉぉぉ! 挨拶するなあぁぁ!」
飛ぶたびにチラチラとエプロンから見えてたらしい。
俺を飛ばせたのは違いをわからせるためじゃなく、見たかったからかよ!
「何さ、勇者な部分に挨拶しただけじゃない」
「アレを勇者って呼ぶのもやめろ!」
このガキ……じゃないんだよな。セクハラエロババアめ。
まったく、話がそれまくりじゃないか。
「とにかくそれでお前らが小さいというのは納得がいった。でもなんで姿までガキのままなんだ?」
「それは我々を守護する女神アンチエイジング様のおかげね」
名前だけで何をしている神なのかわかった。
それにしても……。
ぷにぷに。
俺はちとえりの頬をつついてみた。
「あら勇者殿。この私の熟れた肉体に興味が?」
全く熟れてない。微塵も心が揺さぶられない。
「なんつーか、見た目は確かに子供なんだけどさ、肌は歳相応なんだな……やめろ! 俺のエプロンを引っ張るな!」
「このクソガキ! 筆おろしてやる!」
「お、俺童貞じゃないから! やめろ!」
「それが本当かどうか試してやるね!」
「ごめんなさい! 嘘なんでやめて!」
半泣きの俺と怒りの形相のちとえりとのエプロンひっぱり合戦は暫く続いた。
「────話を戻そうかね」
「あんたが脱線させてたんだろ……まあいいや」
結局力で俺にかなわないとわかったちとえりは諦めた様子で椅子に座りなおした。
それを見届けてから俺はほどけかけたエプロンを直す。
で、何の話だっけ? ああそうだ。
「まず俺を勇者と呼ぶ理由なんだけど」
「勇者殿の世界では魔王と戦う人を勇者と呼ぶね?」
「うーん、まあそうなんだけど違うような気も……」
俺の世界というか、ゲームの中の世界だな。現実に魔王なんていないんだし。
「というわけで勇者殿、今度こそ魔王を倒して欲しいわけね」
ん?
さっきから少しは思っていたことで、今確信したことが1つある。
「なあ。今度こそって、俺の前に何人かいたのか?」
「あなたは丁度7人目ね」
何が丁度なのかわからないが、やはりそうだった。若干でも俺の世界のことを知っているみたいだったから気になっていた。
しかし俺の前に6人もいたのか。ぼちぼちいるものだな。
何故そんなにいたのか。そして俺が呼ばれた理由。
前の勇者はもういないからだろう。つまり……。
「ちなみに前の6人ってどうなったんだ?」
「さあ? 行方不明だし」
多分死んでるぞ、それ。
しかしどうなんだ? こういうのってセオリーでは魔王を倒さないと自分の世界に戻れないんだよな。かといってこの世界に住みたいかと言われたら、それはNOだ。
俺が本来生きるのはあっちの世界であり、ここでずっと暮らすということは、あっちの世界での俺は死んだことになる。
俺には向こうでまだやりたいことがあるんだ。
ならばに選択肢はない。
「しかたねぇな」
「何が?」
「勇者をやってやるってことだよ」
「それは話が早くて助かるね」
ちとえりは少しうれしそうな顔をした。
「俺だっていつまでもこの世界にいるわけにはいかないからな」
「なるほどねぇ。まあ帰りたいときはいつでも帰るといいよ」
「…………え?」
俺の聞き間違いか? いつでも帰れるってなんだ?
「あのさ、聞いてもいいかな」
「ナニをかね?」
「魔王を倒さなくても帰れるの?」
「うん。自由に出入りするといいね」
なんだそりゃああ!
俺の覚悟って一体何?
でも危なくなったら帰れるって、少しは気が楽になった。
「まあいいか。んで具体的にどうすればいいんだ?」
「じゃあさっそくこれを見てね」
そう言ってちとえりはでかい地球ゴマのようなものを指差した。
「これはなんだ?」
「この星の模型ね」
ようするに地球儀みたいなものか。
てかなんだこの形は。ボールかせんべいかと言われたら、せんべいのほうが近いかもしれない。逆ラグビーボール……どら焼きか……そんな感じの形をしている。
これでは確かに重力に違いが出そうだ。
「で、私らが住んでいるのはここ」
そう言って指差したところは地球で言うところの北極辺り。
「ふむ。んで魔王がいるところは?」
「ここの真逆ね」
南極辺りか。かなり遠そうだ。
「んで、ここらへんから巨人族。その先が大巨人族。この一番外側が山巨人族の住む地域なんだよね」
ちとえりは差した指を外へと滑らせながら言った。
赤道付近に近ければ近いほど重力が増すわけだな。それにつれて人も大きくなると。
どこらへんかわからないが、俺と同じサイズの人間もいるってことか。
そういえば女王のところで大巨人族とか言われていたな。つまりその辺りが俺の世界と同じくらいの重力地帯なんだろう。
この星のサイズはわからないが、そこまですら数日歩いて辿り着けるほど甘くはないはずだ。時間かかりそうだなぁ。
時間……あ、やべっ。帰れるってことは学校行かないといけない。
「それでさ、俺普段学校あるから冒険するのは週末だけってことでいいか?」
「ん、別にかまわないね」
いいのかよ。
「あとこの世界と繋がる入り口なんだけど、別の場所にできないかな」
「それは無理ね」
「なんでだよ……まあ服を着て入ればいいか」
「それも無理ね」
「なんでだよ!」
「ゲートを通過するにはルールがあるね。そっちの世界の物は一切持ち込めない。そしてこちらの世界の物も一切持ち出せないね」
「それって服……せめてタオルくらいもか?」
「当然ね」
俺、毎回全裸登場しないといけないのかよ……。
だけどそれも仕方ないのだろう。持ち運びまで自由だったら、この世界の宝をふんだんに持ち逃げされる恐れもあるから。
「もし何かを持っていた場合、ゲートは拒否するね。普段通る場所に着くだけね」
普通に風呂へ入りたいときは何かを持っていればいいってことだな。
「俺以外が通った場合は?」
「それもゲートが反応しないで本来の場所に着くだけね」
なるほど。
「しかし俺の前に勇者やってた奴らって、戻ってこれるのわかっていてなんで戻ろうとしなかったのかな」
「いやいや、行方不明のうち3人は自分の世界に帰ったまま行方不明だからね」
「ああ、そっか」
つまりボイコットしたわけだ。
てことは、俺はこの世界で冒険ごっこを堪能し、きつくなったらそうすればいいってことか。なかなかお手軽な勇者家業だな。
正直なところ、中二じゃないがそういうのに憧れていたんだ。
ここが剣と魔法の世界なのかは知らないが、こういうのワクワクする。
だけどなんで俺なんだ。
「俺を勇者に選んだ基準みたいなのってなんだ?」
こういうのって大抵、特にないみたいなこと言われるんだ。わかっているが一応な。
だって俺は別にこれといった技能もないし。
「ん? ああ、ヒマそうだったからね」
……もっと酷かった。マジ泣きしそうだ。
「ほ、他にないの?」
「あるよ。勇者殿はいわゆるロリコンじゃないね」
「ああそうだけど……なんで?」
こういうのって自分たちに興味を抱いている人物とかのほうが、色々な面で有利だと思うんだ。操れる的な意味でも。
「行方不明のうち、この世界で消えた3人っていうのがね」
「あ、ああ」
「この城のメイドかっさらってかけおちしたわけね」
…………ああ、そりゃ見つからないわ。
そして納得がいった。そんなことがありゃロリコンじゃない人物を選ぶわな。
俺はできれば年上の女、女優で例えるならイザベル・アジャーニ……まあいいや。
そういえば俺、ここに来てどれくらいの時間が経ったんだ? あまり遅くまで風呂に入っていると思われると、家族から変な目で見られそうだ。
「じゃあ明日詳しい話を聞くから、今日はもう帰ってもいいか?」
「はいはい。帰り道わかるかね」
「ああ、ここ来たところと同じなら大体わかるよ」
「そっか。とりあえず不安だからついていくね」
「ん、助かるわ」
俺が歩いていると、ちとえりは後ろからついてくる。
そして何故か俺の尻に視線を感じる。
誰かこいつ捨ててきてくれないかな。
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