第9話

「あっ……あっ……あ……葵が女の子を連れてきたぁーっ!?」

 翌日。隆善の邸に戻った葵を真っ先に迎えたのは、紫苑の叫び声だった。あまりに甲高く大きいその叫び声に、その場にいた者達は思わず耳に蓋をする。動じていないのは弓弦だけだ。

「……っとに、相変わらず元気が良いな、紫苑。そんだけでかい声なら、惟幸達にも届くんじゃないか?」

「だ、だってだって……盛朝もりともおじさん! 女の子だよ!? 今まで浮ついた話がまったく無かった葵が、女の子を連れてきたんだよ!?」

 京までの帰り道の護衛にと、惟幸が葵達に同行させてくれた男――盛朝に苦笑されても、紫苑は声を落とそうとしない。それどころか、更に大きくなっている。

「浮ついた話が無いのは、お前も同じだろうが、紫苑。たまには男の一人も通ってきた、なんつー噂を立てられて、惟幸の度肝を抜いてみろ。多分、京に戻れねぇとか何とかほざく暇も無くすっ飛んで来るぞ」

「させるか。師匠の俺が祝言もせずに忍ぶ逢瀬で我慢してるっつーのに、弟子に男なんざ通わせるわけねぇだろ」

 不機嫌そうな顔で、隆善が奥から出てきた。邸の主の登場に、盛朝はぺこりと頭を下げる。

「たかよし様。お久しぶりです」

 盛朝もまた、隆善の事をたかよしと呼ぶ。惟幸同様、隆善とは昔馴染みらしい。

「おう。久しぶりだな、盛朝。嫁や子どもは息災か?」

「お陰様で」

 言いながら盛朝は懐から文を取り出し、葵達の目から隠すように隆善へと手渡した。受け取るなり、隆善は文を開き、ざっと目を通す。

「惟幸からです。……この他にも、言伝がいくつか」

 声を潜める盛朝に頷き、隆善は懐をまさぐった。そして、銭の束を取り出すと、葵に投げて寄こす。

「葵。その弓弦っつー娘の事情はわかった。お前、今から一緒に京を歩いて、弓弦が記憶を取り戻す手掛かりを探してこい。それは小遣いだ。弓弦に旨い物でも食わせてやれ」

「……師匠。何だか今日、妙に気前が良くないですか? 普段、俺や紫苑姉さんが遊びに行く時には小遣いなんてくれないのに……」

 訝しげに葵が言うと、隆善は「当たり前だろ」と言う。

「将来性のある美少女に投資するのは、男として当然だろうが。お前や紫苑に金をかけたところで、俺には何の益も無いからな」

「うわ……師匠、サイテー……」

 隆善の発言で、紫苑は顔をしかめている。弓弦も、先ほどよりも葵の後に隠れているように見えるのは気のせいだろうか。

「うるせぇ。それよりも、紫苑。俺はちょっと用事ができた。……っつーわけで、お前、今から俺が行くはずだった依頼人のところ、代理で行って来い」

 そう言って、隆善は盛朝を伴い、さっさと邸の中に入ってしまう。

「え、ちょっと……師匠ーっ!?」

 叫び、しばし唖然とし。そして少し不貞腐れながら、紫苑は虎目の首根っこを掴んだ。

「にゃにゃ!?」

「行くよ、虎目!」

「んまっ……待て、待つにゃ、紫苑! にゃんか、このまま行くと、またあの馬鹿と関わり合いににゃりそうにゃ、嫌にゃ予感が……と言うか、紫苑が一人で行くって時点で、あの馬鹿が現れるフラグが立ってるにゃ! 嫌にゃ! オイラは、二日も連続であの馬鹿の相手はしたくにゃいにゃー!」

「問答無用!」

「にゃー!」

 必死に抵抗する虎目を掴んだまま、紫苑はずんずんと歩いて行ってしまう。その様子をしばらくの間ぽかんと眺めてから、葵は苦笑した。

「じゃあ……俺達も行こうか、弓弦」

「はい、葵様」

 頷き合い、二人はてくてくと歩き出す。しばらくして、どこからか虎目の叫び声が聞こえてきた。

「またおみゃーか! この馬ー鹿!」

 どうやら、フラグとやらはしっかり役割を果たしたようである。

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