メメント・モリ
kj
第1話
〈1〉
鼻先を何かがかする。むずむずして僕は目を覚ました。窓から入り込む風が大きくカーテンを揺らし、僕の鼻をくすぐっていたらしい。
見慣れない部屋だった。壁や天井は全て真っ白く塗装されていて、どこか不気味にも見える。シーツからは消毒薬のツンとした匂いもする。
窓の外を見ればきれいに刈り揃えられた緑の芝生が広がっており、その周りは大きな広葉樹で囲まれていて、向こう側がどうなっているのかは分からない。空は澄み渡りどこまでも綺麗な青色が広がっていた。
ここはどこ?
「おや、目を覚まされたんですね」
徐々に覚醒していく意識の中で考えていると、窓とは反対側に位置するドアから白衣を着た若い男性が入って来た。首からぶら下げた聴診器が、この男が医者だということを主張している。
「あの、ここは…」
「病院ですよ」
そんなことはこの状況からすれば明らかだろう。知りたいのはいったいここがどこで、僕は何故ここにいるのか。はぐらかされているのか馬鹿にされているのか、とにかくもう一度聞き直そうとしたけど、
「おい、新入りが起きてるぞ!」
「ほんとっ?」
男性に続いて、入口から僕と同じ年ぐらいだろうか、少年と少女が慌ただしく部屋に入って来た。
少年は肌が浅黒くいかにもやんちゃそうという雰囲気を漂わせ、少女は少しもじもじしながら恥ずかしそうにしていた。
ベッドに近づいてきた少年は矢継ぎ早に僕に質問を浴びかせて来て、にわかに部屋はうるさくなった。ここがどこか分からない、会う人は知らない人ばかり、突然の出来事の連続に中々僕の頭はついていかない。
「まぁまぁ二人とも、まだ起きたばかりなのですから」
明らかに戸惑いをみせている僕の様子に気付いたのだろうか、優しく諌めるように医師は二人に言ってきかせると、二人は少し不服そうにしながらもそれにおとなしく従った。
「私は担当医師の早坂です。とりあえず心臓の音を聞くのでシャツをあげてもらっていいですか?」
早坂と名乗った医師はおもむろに自己紹介をしながら、結局は僕の意思などおかまいなしに聴診器を耳にはめた。
どう考えたって本人もさっきの回答で僕が満足するとは思っていないはずだ。つまりこの強引な展開はこれ以上の質問は「ノー」だと言いたいのだろう。さっきの答え以上の事を聞き出すのは難しいと思った僕は、素直にシャツをあげようとしてふと気付く。今着ている服はこの部屋の壁や天井と同じ真っ白な色をしていて、後から入って来た少年と少女も同じ服を着ていた。
「どうしました?」
「いえ、なんでも」
一瞬戸惑ってしまったが、シャツをめくり上げる。
早坂の聴診器が胸に触れると少しひやっとして、起きぬけの体がびくっと震える。おかげで完全に目が覚めた。数か所にそれを当てられた後、
「はい、問題なさそうですね」
聴診器をはずして早坂先生は僕に笑いかけた。その笑顔は人当たりのよさを感じさせる優しいものだった。僕がこんな不安定な状態でなければ、なにかあった時にさぞ安心できる笑顔だっただろう。
「なぁ、先生もういいの?」
すると、早坂先生の横でそわそわしていた少年が何かの確認を取り始めた。
「ええ、大丈夫ですよ。後の事は任せましたね」
先生の返事を聞いて「よっしゃ」と少年は小さく口ずさみ、ベッドに腰かけていた僕の腕を強引に取って引っ張り上げた。
「さぁ行こうぜ!」
予想していたよりも強い力に僕は驚く。
「行くってどこへ」
少年は目をキラキラとさせて答えた。
「ネバーランド、この病院の案内だよ」
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