第2話 おうよ、きしよ

Knight of the loyalty


▽▲


『王よ、王よ、お願いしたき議がございます』


『連れなり集まりどうしたというのだ、貴様らの繋がりが余にはわからぬ』



 彼の国での騎士たちは申した。王よ、我らが祖国は、彼の国であります、王太子の妻である姉姫に取り立ててもらい、仕えております。かつての国でぜんの王は果て申されました。なれど王は我らに生きる機会を与えなされた、此度の残りの生は王に捧げましょう。されど、一度だけで良いのです、我らが願いを聞き届けて頂きたい。彼の国の貴族は義をも忘れ、ただ徒に国を餓えさせ申した。いづれは前の王が彼の国に残したものをすべて喰らい尽くすでしょう。恨みはございませぬ、前の王は望まぬが故に。されど、前の王が残したものが、消えゆくことだけは耐え切れるぬです。



『ならば余の国を滅ぼすのは貴様らか、戦など望みはせぬ故の彼の国との婚儀であろう』


『王よ、王よ、それは間違いにございます』



 彼の国での騎士たちは申した。王よ、我らが攻めなくとも、彼の国の者たちはいずれこの国へと押し寄せてくるでしょう。王の代には流石に来ませぬ、なれど王太子の王になる時代には前の王が築いた全てを喰らいつくし、必ずやこの国へとやってくるのでしょう。王は後世に全てを投げるおつもりでありましょうか。我らが不忠と言うならばそれで良し、既に恐るるものもございませぬ、即刻我らが首を打つか、解免なされよ。



『彼の国が妹姫あねひめ南の国にしのくにがおろう、なぜ余が国に来たのだ。

 余の国が戦えば南の国にしのくにが攻めてくるやもしれぬ』


『王よ、王よ、それはございませぬ』



 彼の国のでの騎士たちは申した。王よ、我らには輩がおりまする。500が全て生き残り、各地に飛び申した。ある者は歴史家に、ある者は南の国にしのくにで将軍に、またあるものは西の国みなみのくにで騎士になり申した。我らが前の王の命はただ一つ、正しき歴史を紡ぐこと。そのため我らは戦うのです、一片たりとも前の王を悪く言うものは許せないのです。



『戦わぬというたならばどうするのだ、簒奪でもするのか』


『王よ、王よ、それでは我らが好かぬ彼の国の者たちと同じではありませんか』



 彼の国での騎士たちは申した。王よ、我らは既に生きる意味など持ちませぬ。故に裏切らぬ自信がありまする。ならぬと命ずるならば、諦めましょうぞ。ただ、輩に詫びこの首を捧げるのみでございます。一つ抱くは王のため、一つ抱くは友のため、抱けぬものは消えるだけ。夢に浅きしこの抱き、捧げるばかりは白の王。あかの王よ、後の世に語れることをなしませぬか。



『ならば成せい、その大言、騙りを果たせば貴様らの悲願、王の名にて助力しようぞ』


『王よ、王よ、成しましょう、我らが紡ぐ歴史に王の偉大さも残しましょうぞ』



<戦う歴史家著、第二編一章王余おうよ





△▼




『ヘスランには悪いことをしたな』


『将軍、宣誓将リオンデーン亡き今仕方がなかったことでしょう。

 我らベルスティアニアの騎士全てが出兵するには我らが占める地位は大きすぎます』



 軍馬にまたがり、馬を並べ隣り合って話をする二名、一人を将軍、進審将ルーンキスタン、一人を進将ウールクという。進審将とは侵攻の際に発せられる将軍の軍位の一つである、総大将と考えてもらいたい、進将とは副将のことである。以前仕えた王よりくだされた命を達成するために今この地にいるのである。貴族の全てを打倒し、されど彼らの知る内では略奪はさせず、ここまで来たのだ。



『貴族共のあの顔といったら、失笑ものでした。

 我らおうを苦しめたものが、必死になって命乞いをする様、見ては居れませぬ』


『だから、逃したのであろう、既に奴らの領地も残らず平らげた。

 何処へと行くかは知らんが、どちらが悪いにせよ自らの国の王を討ったのだ、他国も取り込みはしまい』


『そうでしょうな、だが、守備に残されたものも惜しい。

 この情景を見ることが叶わなかったのですから』



 彼らが進む先にそびえ立つ、巨大な紫水晶。つまるところ前の王が眠る場所である。この王都を中心に南東を南の国が、北西を西の国が治めるのだ。そして、此度の功より得た領地によって、ベルスティアニアの騎士たちは王都周辺を手に入れる。白の国より手に入れた地は貴族たちの手によって荒らされていた。みなみの王もにしの王も領地は欲しいが、邪魔なものはいらない。ならば枯れ果てる寸前の土地を彼らの任せてしまおうとそう考えた。ある意味力を蓄えるにはうってつけだが、ある意味では蓄えることは難しい。



 悪しき事を企むならばそれでよし、まとめておけば消すのは容易い。西と南は盟約を結び、かつての白の国を治めることとなったベルスティアニアの騎士たちを見張ることとした。騎士たちが一致してまって反逆されることも考えたが、攻める兵量で勝るのだ、もとより西に南にいた勇将たちも存在する。彼らだけが唯一の優将ではないのだ。度量を見せるは王の通り、反逆に恐れて臣下を蔑ろにするのも馬鹿らしい。白の王は些か行き過ぎたが、それは白の国に臆病なものきぞくが揃っていたからであろう。もし、周囲が白の王の度量を量れたならば、滅びたのは我らの国であったのだ。



『我らは守ろう、この宝石が消え、王が再び蘇る時まで』


『王が呟いた、魔法学園や学び舎、組合を王都を囲むように近くに築くのも良いかもしれませぬ。

 王が目覚めた時に喜ぶでしょう、あの方は気丈に振舞われても子供っぽいところがございましたが故に』



 王が蘇るなど誰が言ったのか、ただ願っただけである。あの時、王は間違いなく滅びると確かに言ったのだ。だが王の都は形はどうであれ、今もこうしてある。ならば、王が蘇ることを望んでもよいではないか。彼らが建てるのは学び舎、紫水晶に包まれた王都を囲むようにして二国家統治大都市である。都市内では税もかからず商売ができ、金が無くとも学ぶことができる。叡智の都、白の王の名より名づけられたその都市の名はリンフェリア。騎士より貴族となった者たちが出資、四区画に分けて整備され、一区画がかつての王都の大きさに相当、四倍の大きさを誇る都市群である。西、南以外の国からも民は分け隔てなく、その叡智を手にとやってくる。万民が騎士たちを褒め称えたが、彼らはこう言い否定した。



『かつて王は言われた、才能はあとから得るものだ。

 いくら天才であっても、言葉も文字も知らないならばその才を活かすことは出来まい。

 人が育つには学が必要で、学を得るには場所も必要だろう、とな』



 我らは王に命じられたのだ、ならば歴史を紡ぐ我らはそれを正しく読み取る者を育てねばなるまい。王は言われた、王は言われた、歴史は正しく伝えねばならぬのだと。人は間違えるものなのである、先人に習うと言う、ならば我ら先人が残すものは正しくあるべきなのだ。我が犯した間違いも、奴らが犯した間違いも、我が正した間違いも、奴らが知らしめた間違いも、全てが等しく伝えられるべきなのだと。税も、この都市での自由もかつては全て王が望み、作ろうとしたものである。我らはただ命を成し遂げただけである。臣下が命を成し遂げるは当然のことである。当然のことを行い、何を誇ろうことができようか。



 これを誇ることができたのは、我らが前の王のみであった。ならば称えられるのは我らが前の王のみであろう。人は己が成したひとであることを忘れてはならぬのだ。王は呟かれた。



『我は我を誇らぬ、誇れるはエピクテトスのみよ、我は先人に習ったのみである』



(第二編二章、知を紡ぐ王)



(戦う歴史家、後書き)


 王はかつて貴族を忠した際に言われたことがある。ヴォルテール、王が習う先人の一つであるとか。我らが知らぬは学のなさ所以だろうか。学ばねばなるまい、思想家は常に正しく間違っているのだ。



『我が知る偉人にこう言った者がいる。

 “貴方の言うことには一つも賛成できないけれど、 それを言う権利は命にかえて守る”とな。

 ならば我は誇るべき先人に習おうではないか、先人とは立場は逆であるが、貴様は我臣である。

 言え、言え、貴様には権利がある、いくら悪逆非道であろうともな。

 我が貴様を理解できないのは言葉を知らぬが故かもしれぬ

 我が前には我も貴様きぞくも民も等しく人であるのだ、申し開きはあるか』




△▼



 魔法学院、戦う歴史家達が諸国を練り歩き登用した魔法術の士を添え、作り上げた学び舎である。その他にも騎士学校、官僚学校など多々あるが等しく礼節を学ぶ場所である。この場所では貴族、四民、諸氏に全てが等しく同等に扱われるのだ。貴族嫌いな貴族が造り上げた場所である、貴族の権限が高いはずもなかろう。ここでは様々なものが研究される。今は隠れし神々も、人を焼きし龍たちも、魔を統べた魔王とも、神話を研究してそこからも歴史を読み取るのだ。騎士は言われた。



『後の世に歴史を正しく伝えるのは難しいのだ。

 彼らは神話として歴史を残した。

 我らの歴史が神話と同じく荒唐無稽な物とされない道理があろうか』



 騎士は言うのだ、神話も事実やも知れぬと。彼らが真面目に残したものであるならば、そこから正しい歴史を読み取るのも我らが仕事であると。人は人を理解できぬのだ、だが理解しようとする努力は必要であろう。歴史も同じである、我らは人だ、我らは間違うこともあるのだ。だから、我らは我らを正す為に、他の者を取り込んだのだ。彼の国で王が悪しき貴族とした者たちも、彼の国の貴族には正義であったのだ。それゆえ正義によって王は滅びた。なにごとも折り合いが大事なのだ。



△▼



題 おうよ、きしよ (児童書の詩集『おうよ』より)



おうよ、おうよ、わたしのおねがいきいてはくださいませんでしょうか

きしよ、きしよ、あなたのねがいをしりませぬ


おうよ、おうよ、ワルモノをたいじしたいのです

きしよ、きしよ、ワルモノはここにいないのです


おうよ、おうよ、でもたしかにここへとかれらはくるのです

きしよ、きしよ、ですがかれらはやくそくしました


おうよ、おうよ、ワルモノはやくそくなどやぶるのです

きしよ、きしよ、やぶればわたしがワルモノなのですよ


おうよ、おうよ、わたしたちがワルモノになるのです

きしよ、きしよ、わたしもワルモノになるのです



△▼



 はて、結局のところ、今後どうすればいいのだろうか。正直見当がつかない。あの状況から国が立て直すことはありえないし、「我は死にましぇーん」などと言って騎士たちの下に行けばいいのだろうか。ルーンキスタンならば温かく迎えてくれるかもしれんが、あれだけのことを言ったのだ。なんか、無様すぎるし、虚し過ぎよう。何より、この世界で生きて徹底的に育てられた、王としての矜持はそれを許さないのだ。


 ふと辺りを見回す、何も変わっていない(変なオブジェクトがいっぱいある以外)玉座の間。頭上より垂れ下がる、我が国の国章も、扉を飾る黄金の装飾は……うん、剣を突き立てて剥ぎ取ろうとしている兵がいるな。そのままオブジェクト化しているから面白いけど、気にしないでおこう。此度に得た生、何を得、何を為せば良いというのだろうか。とりあえず、一つだけ、どうしても成さねばならない事があるのだ。


「くたばれヒゲヅラァァァ!」


 ヒゲとカツラ、ついでに面を合わせたのだ、結構上手いこと言ったつもりである。さて、成さねばならないことだが、ふむ、安直に言うならラ○ダーキック、失敗することなく繰り出した蹴りは胴体へと直撃して、紫水晶化したヒゲヅラを蹴り倒す。豪快な音を立てたヒゲヅラ、あれだけ思いっ切り倒れたのに、細く脆いであろう指や腕も折れていない。そのまま抱き起こして二撃目、これはトビ膝蹴りである。もう一度大きな振動音、ガラスがキーンと響くような音に似通った音を立てながら倒れる。


「バーカ、バーカ百万年はぇーんだよ、我に逆らおうなんぞ、バーカ、バーカ」


 あの時の件の騎士たちが見たら、泣いて崩れ落ちそうな光景である。凛々しき、王は何処?とにかく、その後、いくらか満足したのか、やり遂げたのだ。「ふーぅ」息を吐きながらかいてもいない汗を腕で拭う、うむ、様式美である。ぶっちゃけ、ボロ負けしたくせにどの口が言っているのか、非常に不思議なものであるが。全てお前の能力ちゃうで、全部先人ごせんぞの残した魔法のおかげやで。


 いくらかして、急に自分の行いの虚しさに気づいたのか、いそいそと起きる前に座っていた玉座に戻る。ドカリと勢いよく座り込み、いつもはやらない事(うるさいやつらがおおいのだ)に足を伸ばしながら、体全体の伸びをする。なんぞ、結局のところ鬱憤を少しでも晴らしたところで、今後の問題は全く払拭されていないのだ。考えるべきことは多々あると、伸びを終えると玉座のアームレスト(肘置き)に文字通り肘を置く。腕を立て顎を支えると若干前屈姿勢となる。


 いやはや、目を細めどうしようかと考えるが、何も思いつかない。結局のところあの魔法がどういったもので、今はどういった状況なのかも判っていないのだ。まだ、戦いは続いていて、この間より外へ出た瞬間、貴族派の兵士がやってくることもあるかもしれない。そうなれば、死場所を選んだはずなのに、王城の廊下で刺殺されるなぞ、笑えないことになるかもしれないのだ。それだけは避けたい、もしこの眠りが一瞬のことだとして、今もなお王都の周りに集合した貴族軍が雪崩込んで来ている最中だったら?王は王らしく待たねばならんのだ。



……カリスマブレイクなんて言うなよ。



 さて、依然として目の前に突き刺さったままの剣を抜き取り、鞘へと戻す。そのまま再び玉座に座り直し、剣を床に立て柄頭を重ね合わせた両手で支える。そのまま数時間が経過するが、待てど暮らせども誰もやってこない。これはおかしい、都市門、都市区中央通り、城門、王城と一直線なのだ。防備的に問題はあるかもしれないが、王都を攻められる時、普通その前に全敗しているのだから守る意味もないのだ。意味はないのに一応造らねばいけないのが、他国へのアピールなのか。まあ、一直線であるからして、馬をかけさせれば一五分もかかるまい。兵がのろのろと周囲を哨戒しながら、こちらに向かっても既に着いていい頃合いである。


 はてさて、ひとつ忘れていた。自分がやったことでありながら、それを考慮することを忘れていた。ひと足先に往生に突入した貴族軍を壊滅させた魔法を警戒しているのだとしたら、どうなのだろう。あちらの魔法術士が諌めているのか、はたまた調査するまでは危険ということで様子見なのか、今現在雑兵でも使って王都を調査しているのか。どれであっても時間はかかろう。二日三日かかるかもしれない、だが、その間、我どうすればいいのだろう?とか思うだろうが、これまたどうしようもないのだ。


 食事とか花摘みとか、生きるためには色々とやらねばならないことがあるが、それらをしている間にもし来たら泣いてしまいそうである。一人寂しく調理場に行ってその場でもぐもぐしている時に「居たぞー!」、トイレに座っている時に「居たぞー!」どちらにしても最悪である。見つからないという考えはない、それこそ王城を万杯にするほどの兵士がいるのだ、すぐ見つかる。調理中(誰もいないから自炊)食事中はまあ、まだ許せるかもしれないが、トイレの最中はそのまま、それなんてエロゲ?ルート確定である。自分の容姿が傾国の美姫姉、妹以上に整っていると言われたことも多くあるのだ(現に戦争をしていたはずの西に国、南の国は姉妹との婚姻を儀に和平が結べたぐらいである)。


 如何ように?全てが後手に後手に回っている、この状況。これほどまでに様子伺いができる騎士たちが欲しいと思ったことはない。ああ、騎士たちを残していればなとも考えたが、少ない情報ではあの時彼らを逃すことしか、自分に選択肢はなかったのだ。よくいるのだが、虎の子部隊やキャラをゲーム内で作っておきながら、勿体無いからといって最後まで使わない人。それとはワケ、むしろ規模が違うが、結局のところそういう事なのだろう。あの時は彼らが自分きぞくと一緒に死ぬことはただの損失、惜しいモノとしか、そうとしか思うことができなかったのである。


だが、一言だけ言いたい、いや言わせて欲しい。



「二日、三日も、その間、我は何をすればいいのだ」

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