一章 選択

7月8日晴れ、絶好の自転車通学日和である。

坂道を軽快にペダルをこぎながら新井櫂斗はそう思った。

「お~い。ぼけっとするなよー。」

そんな言葉を櫂斗に浴びせてるのは同じクラスで幼馴染みの高原雅人である。雅人とは家が近いという理由で小さい頃からよく遊んでいた。だが彼の家はお父さんが小さい頃に事故で亡くなったらしく、雅人はお母さん一人で育てられたシングルマザーの家庭なのである。彼の家に何度か遊びにいったりしたが、雅人のお母さんはとても美人で優しくて、誰もが憧れるようなお母さんであった。

「にしてもお前ほんとに母ちゃん美人で羨ましいわ。」

「あ? いきなりなんだよ?」

「いや、ただ羨ましいなーと思っただけだよ。」

「何言ってんだよ。だったらお前だって…」

そこで雅人の言葉が詰まる。

「………………」

「ぅ…わ、悪い。つい…」

「いや、いいよ。」

そう、物心ついた時から櫂斗には母親がいなかった。母親どころか父親もいなかった。


ーー12年前ーー


「ねぇ、おばあちゃん。」

「なんだい?」

当時5歳だった僕は意を決して祖母に聞いてみた。

「何で僕にはパパとママがいないの?」

「………………」

祖母は沈黙を続けた。

「ねぇ、なんで雅人君ちにはパパとママがいて僕にはいないの?」

そう問い続けた。だが返ってる言葉はいつも一緒だった。

「櫂斗ちゃん、パパとママはお仕事で忙しいの。わかってあげて。」

「いっつもそれしか言わないじゃん。僕またパパとママに会いたい!」

当時俺はそう言ったが実際は父さんと母さんにほとんど会ったことはない。だが二人がいることはたしかである。それはアルバムを見ればわかった。アルバムには赤ちゃんだった俺を挟んで男の人と女の人が満面の笑みでたっていた。

「パパとママに会いたい…」

「櫂斗ちゃん、」


ーーーーーー


「…と、…いと、…………櫂斗!!」

「わっ!な、なに?」

「どうしたんだよ、ぼーっとしちゃって。」

「あぁ、なんでもない。ごめん。」

「いや、謝ることはないけど…」

一瞬よみがえった過去に少しながら苦悶した。何か忘れてはいけないことを忘れたような。だが俺の思考は雅人の一言によって書き消された。

「おい、このままじゃ遅刻するぞ。今日テストもあるし。」

「何?よし、とばすぞ。」


俺と雅人はチャイムギリギリで間に合った。こんなに急いで来たのは俺らだけだったらしく疲れはてている俺がなんだか恥ずかしくなってくる。そしてその日の最初の休み時間で、

「あんたたちが遅刻とはめずらしいものね。」

「なんだよ凛。わざわざその嫌みを言いにきたのか?」

「失礼わね、心配してあげてるのに。」

その凛と呼ばれた少女は黒い髪を風になびかせそれのたびにほのかにシャンプーの香りがする。なんかエロい。そして凛は俺の思考を読むように、

「あんた何考えてるの?このヘンタイ。」

「うっ…なんでもねぇよ。」

「今私の髪をかいでエロいって思ったでしょ?あんたの脳みそかき混ぜて味噌として売るわよこのヘンタイ。」

「顔は可愛いのに言うことはなかなか残酷だよね。」

可愛いという単語に反応したのか、凛は顔を真っ赤に染めて、

「か、かわいい!?ふ、ふん…あんたにも人をみる目というものがあったのね。」

凛は自信満々に言う。それをまた馬鹿にしたら左ストレートがきて、あら大変鼻からトマトジュースが…

「ごごごごごめん! 始めて殴ったから加減がわからなくて。」

「始めてにしてはいいフォームだったけど。」

何度も何度も謝ってくる凛を手で制していたら俺らのいるクラスのドアが開いた。そして次の授業の数学の教師である桐島が入ってきた。そしてチャイムがなる。皆が席につき、号令がかかる。また今日も平凡でくだらない日常を過ごせると思っていた。だかその日常もすべて消されていった。あの男と出会うまでは。





午前の授業が終わりクラスの連中どもは次第に弁当を食べる準備を始めていった。そして俺も妹手作りの弁当を開けようとしたとき、不意に教室の後ろのドアから声ををかけられる。

「新井櫂斗くんっているかしら?」

そう発言したのは金髪の髪が太陽に反射するたびに眩しく輝き、気を抜いてたら気絶しそうなほど美しい顔立ち、大きい瞳、揺れる胸、すべてにおいて学校一と呼ばれるほどのものを持つ秀才、椎名 葵である。葵はこの学校の生徒会長でありロシア人と日本人のクォーターであるらしい。無論、れっきとした先輩であるため声をかけたくてもかけにくい存在にいる。しかし、そんな会長が後輩のしかも話したことも面と向かったこともない俺に一体何のようなのか。

「あのー、俺が新井櫂斗ですが何かようですか?」

すると葵は、

「あなたが……」

「ん???」

「なんでもないわ。とにかく来て。」

そして俺は弁当を置き去りにして会長と共につれていかれた。



「あのー、一体俺に何の用ですか?」

途中の廊下で俺は我慢出来ずに聞いた。すると葵は、

「あなた、今日遅刻しかけたそうね。そのお仕置きとしてあなたは今日から生徒会役員になってもらいます。」

……………………………………………………………………

沈黙が俺らを襲った。

「え、今なんて?」

「だーかーらー、今日からあなたは生徒会のメンバーになってもらいます。」

「い、言ってる意味がわかりません!なんで僕なんですか。てかそもそも遅刻の罪重くないですか?てか俺遅刻してません!」

「問答無用!とにかくあなたには遅刻の罰として生徒会メンバーになってもらいます。」



それから昼飯も食べさせてもらえずコキ使われること四時間、資料整理やなんやで働かされてから解放されたのは午後5時だった。夏だったためまだ明るかったが夕焼けはみえた。今日は特に疲れたと思った。殴られ働かされて。だが今思えばそんなのはとても軽いものだった。あいつと出会うまでは………


いつもどうりに来てる道を逆にたどる。今日も平和であった。そう思った櫂斗だったが、妙な違和感を感じた。人の気配が全くなかったのである。おかしいと思った。いつもなら学校帰りの学生や仕事終わりの会社員が点々といるはずだが、今日に限って全くその気配はなかった。

そして………

不意に肩を後ろから叩かれた。驚いて後ろを向くとそこには一人の男が立っていた。その男とは面識が無かったが男の顔を見た瞬間頭の奥にある何かが暴れだし、ひどい頭痛に襲われた。

「ぐっ………ぅぅうぅぅ、………」

「酷いなぁ、私の顔を見て頭痛がするとか。」

「き、貴様………誰だ、」

頭痛を必死に耐え、今思ってることを率直に聞いた。

「私?そうだなぁ……しいて言うなら神様とでも呼んでくれ。」

その神様と名乗る男は不敵な笑みをうかべた。状況が全くわからない。この男は何を目的とし、何のために今俺の目の前にいる。思考を全力で巡らせていたら、その男は意外な言葉はを発した。

「君、すべてを変えるだけの力が欲しくないか?」

すべてを変えるだけの力だと?この男は何を言っている。

「簡単な事さ。私が君を無敵にしてあげるって事さ」

意味がわからなかった。まずこの男は誰なのかもわからなかった。親戚でも友達の親でもないし先生でも先輩でもない。ということは……

「お前の目的をおしえろ。」

すると男は言う。

「目的……か、そうだな………私の情報収集だな。」

情報収集?余計意味が分からない。俺に何の情報があるのか。

「とにかく、だ。お前は私に協力するだけでいい。それだけでお前の望みはすべて叶えられる。」俺は迷った。普通ならこんな名前も目的も分からないやつに協力するやつなんていないだろう。だが、どんな望みでも叶えられる。俺はその言葉に動かされてしまった。

「……んに………いたい。」

「ん?」

「父さんと母さんに会いたい。」

男の顔は見えなかったが、凄く悩んでるようであった。

「私に協力したらきっと会えるぞ」

男は言った。

俺はその男に協力してしまった。それが全ての間違いであった。そこで拒否していれば普通の学生でいれただろう。そして選択を間違えた俺は男の言うままについていった。

「君の判断は正しい。私が必ず君に力を授けよう。」

だが、その時は気づかなかった。







男がまるで獲物を捕らえた時のような笑みを浮かべてたことを。

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