うなじ



ホームへ降りる階段。

そこからはすでにホームにいる人の頭や襟、マフラーが見える。携帯ゲームをしていたり、スマホから目を離さない人も多い。朝なら友人同士駄弁っている姿が日常だろう。

降りている時にうなじが目についた。

すっきりとした和装の衿。

くっきりとうなじが見下ろせた。

ゆるく上げた髪はうなじを隠すことなく剥き出しに。

衿が作り上げる壁の内側に見える背中へと続く柔肌。ミルクの白にほんの数滴垂らしたコーヒーのような甘い色合いの肌はきっと触れればもちりと吸いつくように滑らかなのだろうと思える。

視線を彷徨わせれば、左側につけられた造花の髪飾り。

電車を待ち、すっと佇む袴姿の女性。

卒業式だろうか?

着物姿は美しい。

袖から楚々と溢れる指も。白い足袋に包まれた足先もきちんと金属のように形作られた衿もとも心の内で感嘆の息を吐く。

同じ高さで見る若い女性。

しかし階段上から見下ろしたうなじを見た時のあの『コレだ』という誘惑感はなんだろうか。

え?

変態?

人は皆少なからず何かのフェチズムを持ってるものさ。

俺は手首足首、うなじ。

つまりは関節部分を美しいと思うのさ。

女性をかわいいなとは思うよ?

勇気があるならうなじを撮らせてくれと頼みたいくらいに。

ついでに和装の全身写真も撮らせてくれるなら嬉しいね。

もちろん、ネットにあげたりしないと約束してだとも。

ただ、俺にそんな声をかけることなんかできないさ。

ただ、そういう光景を妄想しておくくらいで平和なものだとも。

ほら見てるだけが美しい華だとも。

もし、そんなふうに声をかけることのできる人間だったなら俺の人生はきっと違っただろうさ。

ほんのちょっとの親切は空回るもんだし、意味なんてありゃしない。

もし、もしもなんて行動を起こさなければ意味はない。

悔いるのは起こした事だけでいいだろう?

起こさない行動を悔いるのは時間の無駄だろう?


ん。

「すいませーん。コレ落としましたよー」

ぉお。

頭下げてくれたよ。

いい人だったな。

ん?

声をかけているじゃないかって?

落し物を声かけただけだろ?

なんの意味があるって言うんだ?

ああ。

意味、意味な。

あったな。

感謝してもらえるっていう朝のいい出来事だろ。

片手だけの手袋っつーのは切ないしな。

それがプレゼントだったらと考えればニヤつくだろう?

無くしたことで喧嘩別れも仲直りもあり得るわけだしなぁ。

想像、妄想はいい。

黙っていれば誰にも邪魔をされない。

好きなように飛躍し、誰に覗かれるでもない。

あ?


それならなんで、対話相手を望むのか?



誰かと話す方が自分をまとめられるだろう?




それが自分自身でもさ。

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