第13話 エルフとグラム


「王女殿下。よければ剣を見せて貰ってもいいですか?」

「ええ、勿論です」


 ディーナより剣を受け取り記憶と照らし合わせるジーク。

 スラリと伸びた刀身にシンプルな柄、どこにでもありそうな剣に見える。

 しかし、それが発する魔力は強く、何らかの魔法付加効果が付いているのは間違いない。


「……懐かしい。間違いない、この剣はグラムですね……」

「――!? 懐かしい? この剣は300年も昔に滅んだ国の宝剣ですよ?

何故、人族である貴方が知っているのですか?」

「……ジーク、やっぱり貴方は……」


 セドナは何かを察したように、隣のジークを見つめていた。


「話せば長くなりますが、これは私の父の剣です。まず、間違いありません」

「……詳しくお話を聞いてもよろしいですか?」

「……はい」


 ジークは自身の生い立ちを語り始めた。

 5歳の頃に魔物の襲撃で家族を失い、何者かによって300年の眠りに着かされて、その後、実験のために魔石を埋め込まれた経緯を。そして捨てられ拾われて、今のジークに至るまでの過去を話す。ペルトナとディーナは興味深そうにジークの話を聞き、納得したように頷いた。


「その話し……いえ、貴方の記憶は300年前の出来事に酷似しています。

それに、確かに貴方には魔石に似た気配が混ざっています。その話は本当なのでしょう。……つまり、ジーク様はネーデルラントの王子様……ですね?」

「いえ、そこまでは記憶にありません。大きな屋敷で大勢の使用人と共に暮らしていた記憶、そのくらいしか残っていません。ただ、父が持っていた剣は覚えています、いつも大事にしていましたから……。……そうか、ネーデルラントが俺の故郷なのか」


 ジークは握り締めた剣を見つめていた。

 記憶に残る父の面影を思い出して。


「よく見れば確かに面影がありますね……シグムンド様の若い頃に似ています」

「確かに似ております! 王女殿下の言う通り、間違いないと私も思います」

「――――えっ!?」


 ペルトナとディーナの発言に耳を疑ったジーク。


「……父を知っているのですか? 300年以上も前ですよ?」

「……? ええ、懐かしい話です。一緒にお食事などもしました。

木食い虫の幼虫をうまいうまいと喜んで食べていましたね」

「……木食い虫の幼虫!? そ、そうか、ペルトナ様はエルフでしたね。もしや300年以上生きてらっしゃるのですか?」

「ええ、私は今年で543歳になります。ディーナは1206歳でしたか? レギンは187歳で、まだまだ子供です」

「おっふ」

「……私よりも年上しかいませんわね。さすがエルフですわ」


 そうだった、エルフは長命で不老に近い種族だったと思い出したジーク。

 目の前のペルトナとディーナは、どう見ても10代後半から20代前半の若さであった。


「ですが、よかった。エルフの国に来て正解でした。自分の故郷の名前が分かり、自分の父を知っている方にも会えるなんて、運がいい。ありがとうございます。

そうか……俺は王子だったのか……」

「……フフフ。予想はしていましたが王族ですか、面白くなりそうですわね」

「かつて、ネーデルラントとは同盟国でした。滅びたとはいえジーク様はその国の王子。これは何かの運命なのかもしれません。まさか王子だったとは驚きですが、私達エルフは改めてジーク様を歓迎致します。たとえファーヴニルを討てずとも、ジーク様とエルフが手を取り合う未来をつくりましょう……」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 ペルトナは嬉しそうに微笑み、グラムを見つめた。


「そうですね……この剣の正当な持ち主はジーク様です。グラムはジーク様にお返しします。ですが、もしよければ、ファーヴニルを倒すまでディーナにお貸しください。ジーク様次第ですが……」

「グラムをくれるのですか? ありがとうございます。勿論ファーヴニルを倒すまで好きに使ってください。その方が助かります」

「よかった。では、ディーナ。その剣でジーク様達の手伝い、よろしくお願いしますね」

「はっ! 必ずやファーヴニルを倒してみせます!」


 力強いディーナの返事にペルトナは静かに頷いた。

 

「もしよければ、これから皆で昼食にしましょう。ジーク様とセドナ様の話をもっと聞きたいです! ディーナとも良好な関係を築いて欲しいですし、どうでしょうか」

「私はもちろん構いませんよ。セドナさんも大丈夫ですよね?」

「勿論ですわ。私も色々と聞きたいことがありますし……」

「決まりですね。では、すぐに準備させます。それまで客室でお寛ぎください」

「わかりました、では後ほど……」

「ジークは先に行ってください。私はもう少し話していますわ」

「……? わかりました、セドナさんもまた後で」

「ええ」

 

 1人客室へと戻り準備ができるまでの間、部屋でゆったりと寛ぐ。

 そして、ネーデルラントに思いを馳せる。いつか、死んだ家族を弔いに行きたい場所。その故郷のことや父のこと、ジークにとって価値のある話だった。

 

「詳しい場所とか色々と訊こう……昼食が楽しみだな」


 ――しかし、その昼食が訪れることはなかった。

 突如、カランカランと木材がぶつかる音が響き渡る。

 何かの警報だったのか、城内が慌ただしくなっていく。


「――何が起こったんですか!?」


 ジークは部屋から飛び出して、城の者から話を聞いた。

 

「そ、それが! ファーヴニルの配下がチュートンに……。

王女殿下を今すぐ渡せと要求してきたのです。約束の日まで、まだ一ヶ月はあったのに……。今、話し合いを行っている最中ですので、しばらくお待ちください。

王女殿下と護衛の者がなんとかするはずですので……」


 ジークに嫌な汗が流れた。

 戦力を集めていたのが漏れたのか、それともファーヴニルの気まぐれなのか。

 もし漏れていれば、奇襲や先制攻撃が難しくなる。その時は間違いなく犠牲が増えるだろう。


「俺達のことがバレてなければやり過ごせるか……? いや、期待しない方がいいか……」

「ジーク! 念のために準備をしなさい。急いで!」


 そこに、セドナが合流しに駆けつけた。

 彼女が走る姿を初めて見たジークは、ことが深刻であると判断する。


「セドナさん! わかりました。すぐに準備します」


ジークは頷き、客室で急いで準備を始めた。紫のマントをなびかせて、銀の胸当てを輝かせる姿。ジークは礼服に魔法付加効果をつけて、そのまま武装として持ってきていた。

 

「ジーク、準備は出来ましたわね? 今、玉座の間で話し合いがされていますわ。

私達はバレないように近くで待機しましょう。万が一の場合は……」

「……はい。配下を倒し、情報が漏れる前にファーヴニルを討ちましょう」

「……ええ、王女が人質にされたら面倒ですわ。渡すくらいなら勝負を仕掛けましょう」


 2人は頷き玉座の間に走る。その手前の通路には大勢の兵士が集まっており、今にも爆発しそうな緊張が走っていた。

 

「ジーク様にセドナ様、ファーヴニルの配下に気づかれますのでここでお待ちください。もしもの時は、お力を貸して頂くことになりそうです」

「はい、そのつもりで来ました」

「準備は出来ていますわ」

「ありがとうございます」


 中にはペルトナとディーナ、レギンや他の護衛達……そして化物が3体いるようだ。2人は兵士達と共に、覗き穴より様子を窺う。

 

「……では、ペルトナ様はファーヴニル様に逆らうということですね?

よくわかりました。今から戻り、お伝えしなくては……ひひひ」


 人を苛立たせるように嘲笑う、気色悪いフード姿の化物が言った。

 人型だが異常に青白い肌をしており、人外の気配が漂っている。

 そこそこの魔力が感じられ、魔法を使う可能性が高そうだ。


「グエエッ、ファーヴニル様にご報告しないと、グエッグエッグエッ」


 紫色をしたカエルの化物が意地悪に笑った。

 その容姿と声からは嫌悪感しか湧いてこない。

 大きな盾を背負っており、前衛で戦うタイプのようだ。


「…………」


 2体の化物の中央で、寡黙なトカゲ人間が腕を組んで睨んでいる。頑丈そうな黒い鎧に身を包み、腰にはブロードソードを差していて、リーダー格と思われる強者の気配を放っていた。


「お待ちください! 先程も言いましたが、ファーヴニル様には従います。

ですが、チュートンを離れる準備にしばらく時間がかかるのです。もう少しだけお時間をください!」


 汗を垂らしながらペルトナが懇願している。

 その必死な姿を、カエルとフードの化物はニタニタと笑いながら楽しんでいる様子だ。


「そう言われましてもねぇ……ファーヴニル様の指示なんですよ。ひひひ」

「そうそう。だから我々に言い訳しても……グエッグエッ」

「……来ないなら、そう報告するまでだ」


 よくない流れだ。ジークとセドナは小声で話す。


「……どうしますか?」

「……あの3匹、まぁまぁ強そうね。それでも私とジークが奇襲すれば余裕で勝てる相手ですわ。ここで戦力を削り、情報が伝わる前にファーヴニルにも奇襲できれば……」

「こちらの戦力が整っても、ファーヴニルに迎え撃たれたら勝算は薄いですか?」

「ええ。悪竜に先手を打たれるのは不味いですわ。それなら、戦力不足でも奇襲したほうが可能性が高いと思いますわ」

「……セドナさんを信じます。それで行きましょう」


 セドナはこくりと頷き、2人は魔法の詠唱を開始する。

 それを確認した兵士達は、戦闘準備を静かに始めた。

 戦いは一瞬だろう。ペルトナを巻き込まないように3体を迅速に仕留める。


「……どうしても、ダメでしょうか……」

「執拗い! 執拗いですねぇ……待つ理由が私達にはないんですよ。ひひひ」

「どうしてもと言うなら、相応の礼が欲しいですな……グエッグエッ」

「……もう待たん。来ないなら我々は報告に戻る」


 トカゲが椅子から立ち上がる仕草を見せた。

 最早これまで。ファーヴニルに報告されて後手に回るよりも、ここで3体を倒して奇襲を仕掛けた方がいい。できれば戦力を整えてからにしたかったが、仕方がない。時間は残されていないのだから……。ジーク達はそう判断して行動に移した。




 

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