第12話 エルフの王女


「こちらです。足元や頭上には気をつけてくださいね」

「ああ、しかし……よくこんな場所で生活できるね。木の根や植物だらけで移動しにくいし不便じゃないか?」

「そうですか? 暮らしやすいと思いますよ。むしろ私から見れば、人族の密集した街の方が住みにくいですね。自然も少なく息苦しいです」

「そうか……生まれ育った文化や環境の違いなのかな」

「私は森には住めませんわね。虫とか湧きそうで嫌ですわ」

「湧いた虫を食べればいいじゃないですか!」

「「えっ!?」」


 森に住むエルフ達は野菜や果物は勿論だが、虫も食べるらしい。

 ゴードレア王国に虫を食べる文化はないため食虫には抵抗があった。


「ヒエッ……あの、ご飯に虫は出さないでくださいね」

「虫を出したら帰りますわよ」

「え……美味しいのに何故ですか? 甘くてサクサクしててご馳走ですよ」

「見た目が……ちょっと無理です」

「私もよ。特に毛虫を見ると燃やしたくなるわ」

「ちょ、森の中で火の魔法は止めてくださいね! 食事に虫を出さないように言っておきますから」

「お願いします」

 

 そして、木造の家々が建ち並ぶ王都に到着した。

 樹上や大地に様々なデザインの家があり、木の上にある道は縄の橋で出来ている。子供が好きそうな秘密基地の様な街で、とても静かだ。


「おおー、これがエルフの国か……楽しそうだなぁ」

「そう? 巨木の枝に家を建てるなんて……落ちたらどうするのかしら」

「そうそう落ちませんよ、職人が安全を考えて作ってますからね。それよりも、王女様はあの一番大きな木の上の建物でお待ちしています。早く行きましょう」


 それは巨木の中の巨木、その上に建てられた木造のお城だった。

 急かすレギンの後を追い、王女の下へと向かう2人。

 城への道は木の階段で出来ており、上がるたびにミシミシと音を立てた。

 階段を上り終えたジーク達は服装を整え、2人に目配せをしてレギンは扉の前で声を上げる。


「王女殿下にジーク様とセドナ様をお連れしました」

「……今開ける」


 落ち着いた女性の声とともに、ゆっくりと扉が開く。

 そこには、中からジーク達の様子を窺う女のエルフがいた。

 恐らくは王女の護衛であろう。

 

「……お入りください。くれぐれも失礼のないように……」


 足を踏み入れると、周囲からジーク達を見極めようとする視線を感じた。

 見渡すと、護衛と思われる女エルフが10人ほどこちらを警戒した様に睨んでいる。ジークは美人エルフに凝視されることに興奮を覚えながら部屋を進んだ。


「王女殿下、こちらがセドナ様と竜殺しの英雄ジーク様です」


 レギンの紹介で周囲の視線がジークに集まった。

 目の前の王女ペルトナもまた、ジークをまじまじと見ている。恐らくは竜殺しの称号に食いついたのだろう。2人は気にせずに頭を下げて、貴族として挨拶をした。


「紹介に与りました、ジーク・ザイフリート・シグルズと申します。ゴードレア王国で伯爵を務めさせてもらっていますが、今回は個人的な協力ということで参りました」

「同じく紹介に与りましたセドナ・マキシマ・ミディランダと申しますわ。ジークは私の孫弟子であり、今回はファーヴニル討伐の手伝いに参りましたわ」


 王女ペルトナは2人の挨拶を聞き、ニッコリと微笑んだ。

 美人……という訳ではないが、安心感を与えるポッチャリとした顔つきで、優しそうな表情の女性である。


「遠路よりご足労頂き感謝します。私の名前はペルトナ・アールヴ・チュートン、この国の王女です。亡き王に変わり貴方達を歓迎致します」


 そう、エルフの国王は崩御した。

 悪竜ファーヴニル率いる魔物の軍勢により敗北し、その心労からか体調を崩して亡くなった。これは、長命で不死に近いエルフには珍しいことである。そのため、現在はペルトナがエルフの指導者となっていた。


「……長旅で疲れたでしょうが、客室と料理の準備が終わるまで、お話をしてもよろしいですか?」

「はい。勿論です」

「よろしいですわ」

「ありがとうございます。ジーク様とセドナ様に重ね重ね感謝します」

 

 ペルトナはペコリと頭を下げ、現在の状況を2人に説明し始めた。


「……そうですね。まずは現在のエルフの状況からお話ししましょう。

最初の頃はファーヴニルの配下に王都は占領されており、自由に行動することもできませんでした。しかし、我々が軍門に下り指示に従うようになったためか、現在ではファーヴニルの配下は引き上げてエルフの自由が確保できました。ですが、このままではチュートンは滅びます……だから引き上げたのかもしれません」


 ペルトナは深いため息をつき、悲しそうな表情を見せた。


「……チュートンが滅びる理由とは?」

「……人口の減少です。エルフの男は狩りや戦いが得意で、戦士のほとんどが男でした。それがファーヴニルとの戦いで大半が亡くなり、今この国にはほとんど男がいないのです。そして逃げ出した国民も多く、賑やかだった王都は静寂に包まれました。それに自由といっても食料や財の要求は続いており、このままでは国を維持できなくなるでしょう……」

「そうでしたか……だから王都なのに人影も少なく静かだったんですね」

「……はい。この3年間で人口は半分以下になりました。それに、ファーヴニルの要求で、私は……ファーヴニルに……うぅっ」


 ペルトナの目から大粒の涙が溢れ出した。

 下唇を噛み、手を握り締めて、悔しそうに2人に語る。


「私は……ファーヴニルの……慰み者に選ばれました。……もし要求を断れば、今度こそ国は滅びるでしょう。しかし、残された王族は私一人……要求に従いファーヴニルの下へ行っても、チュートンは滅びます……うぅ……」


 肩を震わせて話し続けるペルトナを、レギンや護衛が沈痛な面持ちで見守っている。ジークの想像以上にエルフは追い詰められた状況にあり、残された時間は多くなかった。2人はそれを理解し、ペルトナに優しく言葉をかける。


「なら、さっさとファーヴニルを倒しましょう」

「そうですわね。それでニーベルンゲンと協力して、国を再興させて解決ね。簡単ですわ」


 迷いなく、自信満々に言い放った。

 それが当たり前のことのように、真っ直ぐにペルトナを見つめて。


「……ファーヴニルを倒せるでしょうか……ずる賢く、配下を持つ強大な悪竜ですよ?」

「……倒しますよ。俺とセドナさんで、必ず」

「ええ、私達なら余裕で勝てますわよ。そのために来たんですもの」

「――――はい…………お二人を信じます」



 ペルトナは明るく微笑んだ。

 その笑顔を見て、ジークは心を決める。

 この国を必ず守ろうと。



「……どうぞ、こちらです。今日はゆっくりとお休みください。もうすぐ食事も運ばれてきますので、少々お待ちください」


 ペルトナとの話が終わり、今日は城で泊まることとなった。

 2人は使用人に客室まで案内されて、くつろぎながら夕食を待つ。


「……ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「どうしたの?」

「いえ、俺が思った以上に深刻な状況で……悪竜、倒せますよね?」

「あら? さっきの自信満々なジークはどこへ消えたのかしら」

「……泣いている王女様の前で、弱音は吐けませんよ」

「そうですわね。まぁ、勝てる可能性は十分にありますわ。魔法が通じる状態にして、大魔法を直撃させれば……ですが」

「そこが厄介ですね……」

「ファーヴニルの攻略法、伝承を読み直して考えてみましょうか」



――悪竜ファーヴニル。


 ……かつて、豊かなドワーフの国があった。

 その国は鉱物資源に恵まれており、それを利用する優れた鍛冶職人が数多くいた。そんな国で1人の子供が生まれる。その子は生まれつき魔法の力が強いドワーフだった。優れた鍛冶職人の父と兄弟達に囲まれて、その子供は立派に成長していく。


 ……しかし、平和な日々は続かない。

 その子供の父親が、神々から黄金を手に入れたのだ。

 もちろん子供の父親は喜んだ、魔法がかかっている黄金とも知らずに……。


 ――数日後。

 その黄金に魅せられた子供は、父親を殺害し兄弟を追い払う。

 自分だけの財宝、自分だけの幸せ、自分だけのモノにするために。

 そして黄金を守るために魔法を使った、自分自身をドラゴンに変化させる特殊魔法である。子供は欲望に取り憑かれ、さらなる財宝を求めて彷徨う邪悪な存在となったのだ。


 後日、彼は自分が生まれた故郷に飛来する。

 豊かな鉱物資源で潤った祖国、そこから財を奪い取るために。

 同族だったドワーフを裏切り、脅し、殺し、さらなる富を求めて世界を廻る悪竜と化した。最早ドワーフに戻ることはないだろう。


 黄金にかかっていた魔法。

 それは不幸をもたらす禁忌の魔法だった。

 黄金を手にした父親は死に、子供は悪竜となり絶望を振りまき続ける。

 その命が尽きるまで……。


――彼は多くの財宝を抱え込んだことにより、こう呼ばれた……。


     ――抱擁するものファーヴニルと――


        魔物学者 グランテーク著 【悪竜討伐記】より抜粋。



「魔法を解除できれば元のドワーフに戻りますかね? そこで大魔法を使えば勝てると思いますが……」

「解除魔法は使えますが、効くかは怪しいですわね。伝承が正しいか疑問ですし、何百年もドラゴンとして生きている存在に効く保証はないですわ」

「やっぱり、他にも作戦を考えた方がいいですね」

「ええ、明日はファーヴニルについて詳しく聞きましょう。まだ時間はありますわ、慌てずに万全の状態で挑みましょう」

「はい」


 その後、運ばれてきたエルフの料理を2人は堪能する。

 野菜や果物を中心に、森で採れたキノコやお肉でホッとした。

 虫がいなくて良かったと。


 翌日。

 

「……体調が良すぎる」

「ん? どうかしましたの?」

「なんだか魔力が漲って、体調も良いし不思議な気分なんですよ。エルフの料理のおかげですかね!」

「…………良いことですわ、ファーヴニルとの戦いが楽になるかもしれませんわね。しばらくはチュートンに滞在して準備を整えましょう」


 セドナは神妙な面持ちでジークの話を聞いていた。

 本人は特に気にしておらず、絶好調な体で準備体操をしている。

 そして、再び2人はペルトナとの話し合いに向かった。


「おはようございます。王女殿下」

「おはようございます。ジーク様、セドナ様。昨晩はよく休めましたか?」

「はい、おかげで体調がいいです。料理も美味しかったですし、ありがとうございます」

「ええ、寝心地は良かったですわ。それに、ここの果物は美味しいですわね。

木の実で作ったパイもなかなかでしたわ」

「喜んでもらえてよかったです。今日は何をお話しましょうか」

「……昨日の続きですが、ファーヴニルの居場所など、少しでも情報があれば教えて頂きたいです」

「わかりました。そうですね……まずはファーヴニルの居場所ですが、グニタヘイズという洞窟を根城にしています。チュートンより北へ行き、大樹海を超えた野原地帯、そこでファーヴニル自身が造った洞窟です。集めた財宝もそこに隠しているようですが、配下の魔物が見張っており、近づくのは難しいでしょうね……」

「北の野原にある洞窟ですか……ちなみに、ファーヴニルの弱点などは知りませんか?」

「すみません、弱点はわかりません。しかし、ファーヴニルは魔法を使い、毒の息を吐くのはわかっています」

「また毒の息ですか……魔法も厄介ですね」

「臭そうですわね……」


 ズメイに続きファーヴニルも毒を吐くようだ。

 正直勘弁して欲しい。毒の種類次第では解毒ができない場合もあるからだ。


「そうだ! レギンから聞いた話ですが、ファーヴニルを倒すために協力してくださるエルフの戦士がいるのですよね? 今のうちに挨拶がしたいです」

「そうですね……ディーナ! こちらへ」

「はっ!」


 ジーク達の前に来たのは、金髪碧眼で長身の女戦士だった。

 エルフらしいスレンダーな体型で、引き締まった体をしている。


「彼女の名前はディーナ。私の護衛の1人で、チュートン随一の剣の使い手です。

彼女が神剣を扱えば、必ずやファーヴニルの鱗さえ切り裂くでしょう……」

「ジーク様、セドナ様。私もファーヴニル討伐にお供しますので、以後よろしくお願い致します」


 ディーナは左胸に右手を置き、エルフ流の敬礼を2人に見せた。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「前衛は頼みますわね。危険な仕事ですが、貴方の働きにかかっていますわ」

「はい! 命を懸けてやり遂げてみせます!」

「ありがとうございます。ですが、実際に死なれたら困るので、危なくなったら下がってくださいね」

「いえ! 命を懸けて戦い抜きます!」

「……無理はしないでくださいね」

「いえ! チュートンのために、この身を捧げる覚悟は出来ております!」

「あ、はい」


 忠誠心の強い脳筋軍人だなコイツ、と思うジーク。


「それで、ファーヴニルの鱗すら斬れる神剣とは……?」

「はい。ディーナ、お二人に神剣を見せてください」

「はっ!」


 ディーナは左腰に差してあった剣を鞘ごと外し、2人に見せた。

 その瞬間、ジークの記憶が蘇る。亡き父が持っていた剣を。


「――なっ!? この剣は……」

「……ジーク様、知っているのですか? この剣は、かつて滅んだ国の王が持っていたもの。オーディン神より授けられた伝説の剣」


 ――神剣グラム――


 それは、ジークの父シグムンドの剣だった。

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