第三章 亡国のエルフ

第11話 エルフの国へ


 「悪竜」その言葉を聞いてズメイの咆吼を思い出す。

 ジークにとって二度と戦いたくない相手だ、たとえ勝てたとしても。


「悪竜ファーヴニルの名前は知っています。それがエルフの国を追い詰めているのですか?」

「はい。数多の財宝を求めて彷徨うファーヴニルが、エルフの国に来たのは3年前でしょうか。当初はエルフの戦士達だけで倒せると思っていました。何故なら、私達エルフは魔法や弓の扱いに長けた種族でドラゴンにも負けないと自負しておりましたので。しかし、ファーヴニルの卑劣な戦術の前に手も足も出ず、戦士達は敗れました。そしてファーヴニルは私達に要求してきたのです。「全ての財宝を差し出し、我に忠誠を誓い配下となれ」と」


 少女の熱い語りに静かに耳を傾ける。

 ジークは目を瞑り何かを考えていた。


「戦士を失った我が国に選択肢はありませんでした。いつか隙を突いて倒すために断腸の思いで軍門に下りました。しかし、ファーヴニルの要求は続き、エルフの王女ペルトナ様を渡せと言ってきたのです。それを受け、私達は早急に行動に出ました。一刻も早くファーヴニルを倒すための戦力を集めるために……」


 少女はジークを見つめて頷いた。


「ジーク様……どうか、私達にお力をお貸しください。お礼ならなんだってします。財宝であろうが権力であろうが、私達に差し出せるものなら何でも……」

「何でも?」


 何でもという言葉に食いつくジーク。


「はい。差し出せる範囲でなら……」

「…………」


 ジークは再び目を瞑り、顎に手を当てて考える。

 そして、ポツポツと疑問を口にし始めた。


「なぜ、国ではなく私個人にお願いするのですか? 周辺国に援軍を頼んだ方が確実でしょう。ゴードレアの伯爵である私に頼むなら、王国に直接頼んだ方がいいと思いませんか?」

「国に頼めば見返りを要求されるでしょう。それこそ、疲弊したエルフの国を食い物にするほどの……」

「……確かに」

「それに、私達は外交を断ち鎖国していた立場です。今更助けてくれと泣きつけません。何より、悪竜ファーヴニルと戦うリスクを負ってまで助けてくれるとは思えません」


 少女の説明にジークは納得した。

 鎖国していた滅びかけの国を、悪竜と戦ってまで助けたいという国があるはずもない。あってもエルフを食い物にして採算を合わせるだけだろう。つまり、個人に頼むしかないのだ。


「事情はわかりました。しかし、相手が悪すぎる。ファーヴニルの逸話は知っていますが、致命的な相性です。魔法が効かない相手を倒せるとは思えません」


 そう、ファーヴニルには魔法が効かない。

 正確には鱗が魔法を弾くのだ。その鱗さえ砕けたなら話は別だが、鱗そのものは鋼より硬く、並みの武器では歯が立たない。魔法使いのジークには致命的な相性だった。


「そこはご安心ください。ファーヴニルの鱗さえ切り裂く剣を、私達は所有しています。その剣を扱えるエルフの戦士がいますので、鱗を破壊した後に魔法を使っていただきたいのです」

「……なるほど、勝算はあると。しかし……」

「……ダ、ダメなの……ですか?」


 ジークが渋ると少女は再び泣き崩れそうになった。

 その目の端には綺麗な涙を浮かべており、今にも零れそうだ。


「私は伯爵領を預かる身です。その領主が国に無断で遠征しに行くのは許されない。やはり、ゴードレア王国を一度通してください。それで王国が認めれば、私も快く協力できます」

「……それはダメです。国にはお願いできません」

「何故ですか? 見返りは要求されますが、国が滅ぶよりはマシでしょう」

「……それでも、ゴードレア王国は信用できないのです」


 そう言うと、少女は暗い顔で俯いた。

 過去に王国と何かあったのだろうか?


「それでは、私も救援には行けません。申し訳ないが、他を当たってください」


 その言葉で少女は俯いたまま涙を零した。

 胸は痛むが仕方がない。ジークの判断は領主として正しかった。

 

「話は聞かせてもらったわ! 救援に行くわよ!」

「!?」


 突然、扉の向こうから声が響く。

 そして、ノックもせずに部屋に入ってきた魔女は言った。


「一緒に私も行きますわ、ジーク。エルフを救いに……」

「なっ!? セ、セドナさん? どういうことですか」

「エルフを救うべきと考えたからですわ。エルフには個人的に借りがありますの」

「……事情は知りませんが、いくらセドナさんの頼みでも……」

「そう? じゃあ、貴方の性癖と秘密と弱点を皆にバラしますわ!」

「ちょ」

「行くの? 行かないの? 死ぬの? ここで決めなさい。5秒以内に」

「ちょ、ま」


 展開の早さにジークは混乱した。

 なぜこうなった? どうしてこうなった?

 伯爵になり部下とイチャイチャする予定が! 彼は脳内で叫んだ。


「行きます! 行けばいいんですね!? 分かりましたよ!」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 希望が出てきました! 本当にありがとうございます。きっと王女様も喜びます」

「よろしい! 流石は孫弟子ですわ! それでこそ私の所有物のジークよ」


 いつからセドナの所有物になったのか、ジークは本気で戸惑った。


「旅の途中でイヤラシイご褒美をあげるから、期待してなさい」

「い、いえ、結構です」

「イ、イヤラシイ!? く、詳しく……」


 エルフの少女が身を乗り出して食いついた。


「あら? エルフの子供はませてるのね。貴方も混ざりたいの?」

「……えっ!? い、いえ、遠慮しておき……ま、す」

「そう? 混ざりたいなら言ってね。ジークをひん剥いて弄るから……」

「やめてください……」

「ひ、ひん剥いて弄る!? な、なんて羨ま……ふ、不潔な……はぁはぁ」


 かなり残念そうな表情で断る少女。


「ところで、貴方のお名前は? いつまでも貴方と呼ぶのも変ですわ」

「あ! 自己紹介を忘れていました。大変失礼しました。私の名前はレギン。王女の部下、レギンと申します。これからよろしくお願いします。エルフの国の者として本当に感謝します」

「よろしくお願いしますわね、レギン」

「よろしくお願いしますね、レギンさん」

「レギンと呼び捨てにしてください。後、私に敬語は不要です、ジーク様」

「わかった。これからよろしくね、レギン」

「はい!」


 こうして、エルフの国へ救援に向かうことが決まった。

 事情を説明するために、皆と席を設けることに。


「事情はわかりました……しかし、伯爵領はどうするつもりですか?」

「すぐに倒して帰ってきますわ。それまで、家令と執事とグリーナの3人でなんとかなるでしょう。後は適当に任せますわ」

「……お師匠様、それなら私がジークと一緒にエルフの国へ行きます。お師匠様が残ってください」

「嫌ですわ、私はエルフに借りがありますの。それを返すいい機会ですわ。それに、グリーナには荷が重いですわ。貴方はファーヴニルと相性が悪いですからね。私と違い、支援魔法も使えないでしょ? 大魔法も」

「うっ……で、ですが、ジークが心配で……」

「いい加減、弟子離れをしなさい。いい機会ですわ。ジークは私がたっぷりと可愛がっておきますから、貴方はお留守番してなさい」

「うぅぅ……ジークに変なことしないですよね?」

「……当然ですわ」


 セドナはそっと顔を逸した。


「師匠、留守の間……よろしくお願いします。無理なお願いをして本当にすみません。俺がいない間、ハリティとプリシャを支えてあげてください」

「……わかりました。絶対に無事に帰ってきてください。約束ですよ」

「はい、絶対に帰ってきます。約束します。ハリティもプリシャもごめんな。できるだけ早く戻るから、それまで伯爵領を頼むよ」

「うん! 任せて! 私もファーヴニルと戦いたいけど我慢するよ」

「ジークがいない間、私が家令として頑張りますわ! 何も心配せずにファーヴニルを倒してくださいませ。そして、無事に帰ってきてください……待ってますわ」

「あぁ、セドナさんと2人で必ず帰ってくるよ。エルフを救ってね」


 それからの行動は早かった。レギンと共に旅の準備をして、ジークが不在でも問題ないように整えた。……そして、出発の日を迎える。鎧を身に纏った猛々しい姿のライナーが馬車を引き、それに乗ったジークとセドナとレギンの3人が、皆に見送られてエルフの国へと出発する。


 悪竜ファーヴニルを倒すために、ジークの新しい冒険が始まったのだ。

 目指すはニーベルンゲン領の北、聖サルバドラ王国に入り東に抜けた先の樹海。

 そこにエルフの国があり、片道2ヶ月の長旅になるため万全な準備を整えた。

 しかし、一つの懸念が残っている。


「サルバドラにゴードレアの伯爵が侵入したと知られたら、恐ろしいですね」

「仕方ないわよ。獣族は他種族嫌いで鎖国状態だから、事情を説明しても入れてもらえないわ。勝手に入るしかないのよ。迂回しようにもニヴルヘイムが邪魔で片道6ヶ月は超えてしまうし、黙って入っちゃいましょう。それが賢いわ」

「安心して下さい、ジーク様。私達が使う秘密のルートなら見つかりません。それに私の隠密魔法もありますし、万が一もないです。もし見つかったら私が責任を持ちますよ!」

「わかった。そこまで言うなら信用するよ。さっさとエルフの国へ行って、ファーヴニルを倒そう」

「はい! ジーク様はとても頼もしいですね」

「あらあら、ズメイを倒した程度で調子に乗ってると痛い目にあうわよ? 

 油断は命取り、帰りたいなら慢心しないことね」

「わかってますよ、ズメイを倒せたのも運が良かっただけです。今回は相性が悪いですし、油断はしませんよ」

「そう……それでいいのよ」


 ジーク達は獣族に見つからないように細心の注意を払い進んだ。

 警戒を怠らず、レギンの隠密魔法で堅実に進む。

 その結果、幸いにもトラブルもなく旅は終わりを迎える。

 サルバドラを東に進み、ついに樹海をその目に映したのだ。


 鬱蒼と生い茂る緑、苔むした巨木が森を埋め尽くしている。

 太陽の光は遮られ、歩んだ道も分からなくなる大樹海。

 この奥にエルフの国はある。ジーク達は2ヶ月の旅路を終えて到着したのだ。


 ――エルフの国、チュートン――


「ようこそ! ジーク様、セドナ様。ここが私達エルフの国チュートンです。

お二人の話をしてきますので少々お待ちになってください。すぐ戻りますので」

「ああ、わかった。ここで待ってるよ」

「できるだけ早くしてね。旅の疲れを早く取りたいわ……」

「はい! では行ってきます」

 

 少女は見た目に反して素早い動きで視界から消えていった。

 エルフの身体能力はかなりのものらしい。獣族には敵わないが人族よりは明らかに速いだろう。ジークはレギンが消えた方向を見つめて、そんなことを考えていた。――その時。


「……2人きりになれたわね。フフフ」


 ――ビクン。背後からの言葉にジークの体が震えた。

 珍しく道中では大人しくしていたセドナから獣のような気配を感じる。


「さすがに子供の前だから我慢したけど、そろそろご褒美をあげないとね……」

「い、いえ、結構です。すぐにレギンも帰ってきますし。森の中では、ちょっと」

「……ここからだと木が邪魔で誰にも見られませんわ。話にも時間はかかるでしょうし、少しなら大丈夫よ……フフフ」

「いや、ホントに、森の中でこんなことしちゃダメですって、あ、ちょ!」


 セドナの早業で一瞬にしてひん剥かれたジーク。

 体を手で隠してうずくまる男の姿がそこにあった。


「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」

「なに女みたいな悲鳴を上げてるの? 本当は嬉しいのでしょう? 体が期待しているわよ……フフフ」

「勘弁してください。これ以上辱めないでください」

「嫌よ。ほら……優しくしてあげるから、全部見せて……ね?」


 セドナは背後から覆い被さる様にして耳元で囁いた。

 そして無理やりジークの手をどける。


「や、やめてください……」

「……フフフ。やめてください? じゃあ、なんで逞しくなってるの?」

「違うんです。たまたまなんです」

「そうね。たまたまもあるわね」

「ちょ」


 そう言って、セドナはジークの体を弄り始めた。

 胸元からお腹を通り、そして下腹部へ。

 ゆっくり時間をかけて柔らかく美しい指で撫でていく。

 緩急や強弱を付けて、荒々しく優しく触る。

 耳元では甘い息を吹きかけてジークの理性を奪う。


「あらあら、すっかり逞しくなったわね。期待してるのね……」

「あぁ……セドナさん。も、もう……」

「我慢しないでいいのよ、私のも触っていいわよ……ほら」


 セドナは豊満な胸をジークの後頭部に押し付けてきた。

 ジークの呼吸は荒くなり、もはや欲望は爆発寸前である。


「な、何をしてるんですか……はぁはぁ」

「「あっ!?」」


 そこには、真っ赤な顔をして2人をガン見しているレギンがいた。


「チッ 思ったより早いわね」

「こ、これは……ちょっと、マッサージを……」

「はぁはぁ……ど、どんなマッサージなんですか? なんで裸なんですか?

く、詳しく教えてください。よかったら私も……」

「あら? いいわよ。レギンも来なさい……3人で仲良くしましょう。フフフ」

「え、ちょ」

「は、はい! あ、じゃなかった! し、したいですけど、王女様がお呼びです。

すぐにお二人に会いたいと言っておりますので、どうぞお越しください。はぁ」


 レギンは顔を赤らめたまま、残念そうに肩を落とした。

 彼女は思春期のエルフらしい。


「チッ 仕方ないわね。王女様に会いに行きましょう。この続きは今度ね」

「こ、今度? ……はぁはぁ」

「……ふぅ。とりあえず助かった」


 ジークがいそいそと服を着る様子をレギンはずっとガン見していた。

 その後、この先にある王都を目指して2人はレギンと共に森の奥へと進む。

 エルフの王女ペルトナに会うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る