第9話 ジークと仲間達

「なんだ今の声は? 酔っぱらいでも騒いでるのか」

「命が消える寸前の声がしたぞ!」

「気のせいか? 見当たらん、少し酔いすぎたか……」

「――今の声はジーク!?」


 その心からの叫びにグリーナは反応した。

 どうやら、魔法付加効果は音にまで影響しないらしい。

 グリーナは言い寄る男性貴族たちをかき分けて、声がした方向に進む。


「……ふぅ、ここまでね。その内会いに行きますから。またね、ジーク卿♂」


 そう言い残し、シロエは姿を消した。

 その途端、周りの視線が集まったのを感じる。


「いた。ジーク、呼びましたか?」

「……はい。助かりました」

「助かった?」


 ようやく解放されたジークは胸を撫で下ろした。シロエとは何者だったのか、いや、オカマなのは知っている。しかし、ただならぬ気配を感じた、強者特有の気配だ。それが、オカマ特有の気配でないことを祈る。


「顔色がよくありませんね。何があったんですか?」

「ちょっと、頭がおかしな人に絡まれました。怖かったです」

「……災難ですね。貴族の世界は恐ろしいですから、一緒に行動しましょうか」

「はい。ずっと一緒がいいです」

「……甘えん坊ですね」


 グリーナの優しい言葉のおかげか、彼は冷静さを取り戻した。

 貴族達の玩具にされないように、今後は単独行動は避けたほうがいい。

 そうジークは悟った。


「何か食べますか? 美味しい料理やお酒がありますよ」

「師匠を食べたいです。そっちの方が美味しそうなんで……」

「な、な、なにを言ってるんですか!」

「すみません。冗談ですよ」

「……もう!」

「あらあら、仲が良さそうね。私も混ぜて欲しいわ」

「ジーク! これからはジーク卿って呼べばいいの?」

「私の家よりも上の爵位を授かるとは、もう呼び捨てにできませんわね」


 いつもの漫才をしていると、ぞろぞろと師弟が集まりだした。

 見慣れた光景に安堵して、ジークは皆でパーティーを回ることにする。

 他の貴族との交流、美味しい料理、普段聞けない音楽、高い酒。

 それらを存分に楽しむと、すでに夜になっていた。


 パーティーは終わり、サージマルと重要な話をして帰路に就く。

 濃厚な一日であり、実りある時間だった。そしてジークは考える。

 伯爵として、師匠の下から巣立つ時が来たのかもしれないと。


「…………」

「他の貴族の方々と交流できて良かったですわ」

「そう? いい男がいないし退屈だったわ」

「お師匠様は、そればっかりですね……」

「貴族って、無駄にお金を使うの好きだよね!」

「見栄など理由は色々ありますわ。私の家も下級とはいえ、お金は使いますもの」


 来る時よりも、狭くて賑やかになった馬車。

 家に着いたのは真っ暗な夜更けだった。

 疲れたジークはすぐ床に就き、長い一日が終わりを告げる。

 それから数日が経った、ある日の朝。

 

「おはようございます」

「おはよう、ジーク」

「……ふあぁぁぁぁぁ、おはよう」

「おはよう、ジーク卿!」

「おはようございます。ニーベルンゲン伯爵ジーク卿」


 ハリティは仰々しくお辞儀をした。


「伯爵と卿を付けるのは禁止と言いましたよね? ハリティさん、プリシャ」

「えー、かっこいいじゃん!」

「格上の貴族に対する礼儀ですわ! ……フフフ」


 あれから、ハリティが毎晩誘惑しに部屋に来ている。

 伯爵となったジークに、いよいよ本気を出したようだ。


「朝から元気ね。それよりジークは準備できてるの?」

「もちろんです、セドナさん。領地の視察に向かうわけですし、念入りに準備しました。いつでもニーベルンゲンに出発できますよ」

「皆で旅行楽しみ! 初めてだよね」

「遊びに行くわけじゃないですよ。領地の視察は大事な仕事です。伯爵となったからには貴族として民を守らないと……」

「グリーナ師匠の言う通りですわ。プリシャはいつまでも出世できないわよ」

「えー、別にいいし!」


 本日は師弟5人でニーベルンゲン領に向けて旅立つ日だ。

 旅立つと言っても、領地と伯爵の屋敷見学が主である。


「以前の伯爵が使っていた屋敷、素敵な場所だといいですわね」

「うーん。この家と、どっちが広いのかな?」

「間違いなく伯爵の屋敷ですわ。この家は中央区画にあるせいで狭いですし」

「ここも大きいと思うのに、伯爵ってすごいね!」

「当然ですわ! 領民から税収が得られるんですもの」


 プリシャとハリティが屋敷の話で盛り上がっている。

 確かに伯爵ともなれば、税収で稼ぐことも可能だろう。

 しかし、理由は様々だが没落する貴族も多いのだ。

 ジークとて失敗する可能性はある。


「税収か……責任重大だな」

「その気持ちがあれば、ジークなら大丈夫ですよ。私も師として手伝います」

「生かさず殺さずがコツよ」

「ジークなら大丈夫だよ! 私も手伝うよ!」

「私も精一杯協力致しますわ!」

「皆、ありがとう」

 

 妹弟子の心強い言葉が頼もしい。

 しばらくして、荷物を荷馬車に積み終わり出発の時を迎える。


「では、行きましょうか。ニーベルンゲンの地へ!」


 ジークの言葉とともに、3台の馬車は走り出す。先頭はライナーが引くジークの荷馬車、二番目はグリーナの荷馬車、最後尾にハリティの荷馬車だ。プリシャは自分の荷馬車を持っておらず、ジークの隣に座っている。セドナはグリーナと一緒だ。


 一列に並んだ3台の馬車は、ラーナの街から北を目指す。出発してから3日が経ち、街道近くの山を見て、ジークは昔を思い出した。この近くの山沿いで、魔物狩りをして稼いだ日々である。その稼ぎでライナーを購入した、忘れることのない思い出だ。


「懐かしいなぁ……魔物でないかな。お金に困ってないけど」

「急にどうしたの? そう言えば、金貨500枚で何か買うの?」

「そうだなぁ、まずは移動用の豪華な馬車でも買おうかな。伯爵が荷馬車で移動してたら恥ずかしいだろうしね。後はライナーに格好良い防具でも買おうかな。きっと見栄えが良い馬車になると思う」

「おぉ~、いいね! ライナーが鎧着たら絶対格好良いよ!」

「だろ? 後は残しておくよ」


 鎧を装備した想像上のライナーは凄まじく格好良い。

 体格の良さと額にある一本角がより際立つだろう。

 想像するだけでジークが満足する姿である。


「残りは貯金するの?」

「うん、万が一のために残しておくよ。

 それとも、プリシャに荷馬車を買ってあげようか?」

「……うーん。自分で頑張って買うから大丈夫!」

「そうか、偉いな」

「えへへ!」


 無邪気に笑う妹分を見て、ジークは思わずほっこりする。

 他愛もない会話は続き、ニーベルンゲンを目指して馬車は進んだ。


「遠いですわね。飽きてきましたわ……退屈」


 出発から5日目、ジークの隣にはセドナがいた。

 グリーナとの会話に飽きたのだろう。


「あ、あの……」

「なんですの?」

「そこを撫でるのは、やめて頂けませんか?」

「……なぜ?」

「見られたら、勘違いされますよ」

「……フフフ、後ろからは見えませんわ。それに、体は喜んでるみたいよ?」

「…………」


 会話をしながら、太ももの周りをマッサージしてくる。

 その手つきは繊細で、明らかに経験豊富な腕前だ。

 隣から香るセドナの匂いに、ジークの欲望が刺激される。


「フフフ」

「あの、そろそろ不味いのですが」

「そうみたいね。逞しく育って嬉しいわ」

「うぅ、恥ずかしいから見ないでください」

「嫌よ、その照れた表情が見たいの」


 グリーナとは完全に逆の立場である。

 昔から、セドナには逆らうことができなかった。

 すでに調教済みなのだ。


「あの、本当に、そろそろ……」

「気持ちいいの? 遠慮しないで、どうぞ」

「あぁ……もう」

「フフフ、見ててあげるわ」

「…………っ」

「……すごい……いっぱいね」


 気持ちのいいマッサージで、汗がいっぱい出た。

 まさしく、太もも揉みの達人と言える。


「2人だけの秘密よ……」 


 意味深なことを言うセドナを乗せて、馬車は街道を走り続けた。

 そして、ラーナを発ち10日目。


「そろそろ、ニーベルンゲン領に入ったはずよ。つまりジークの所有物ね」

「うっ……そ、そうですか……」

「フフフ……ピクピクしてて可愛いわ」


 セドナが御者台の隣に座り、いつもの様にマッサージをしている。

 旅が退屈なのか、あれからセドナはジークを玩具にしていた。


「伯爵の屋敷はすぐに分かるわ。ジークのと同じで大きいですもの。フフフ」

「そ、そうですか……お、大きいですか?」

「平均より大分。とても立派よ……フフフ」

「…………」


 それから数日後。ジーク達一行の、14日の旅路が終わりを迎える時が来た。

 崖の上に城のような建物が見える、あれこそが伯爵の屋敷だろう。

 天然の要塞のような屋敷だが、地震が来たら崩れないか心配になる場所だ。


 ラーナの家とは大きさの規模が違い、伯爵の屋敷は城と言っていい。

 屋敷から見える景色は絶景で、周囲全てがジークのモノであった。

 遠くに見える山々も、草原も、森も、川も、農地も、領民さえも全て。

 ジークのモノである。

 

「うわー! すごい! ここがジークのモノなの? 広~い」

「……はぁぁ、ため息しか出ませんわ。これが伯爵領ですか……」


 プリシャが屋敷と領地の大きさに騒ぎ出し、ハリティは感嘆の吐息を漏らす。

 セドナとグリーナは慣れているため、特に感動は無いようだ。


「以前の伯爵が亡くなってから放置されていたせいか、埃がすごいですね」

「そうですわね。使用人を雇って管理しないとダメですわ」

「確かに、埃が積もってますね」


 以前の伯爵は魔物の襲撃で亡くなった。恐らくは魔人の仕業だとジークは考えている。伯爵が亡くなり3年、ようやく新しい領主が生まれた。それまでサージマルがラーナより管理しており、屋敷は使わずに放置していたらしい。


「使用人ですか、早々に募集しましょう」

「そうですね、早いほうがいいでしょう。広すぎて手に負えません」

「やはり執事とかも雇ったほうがいいですか?」

「ええ、必要ですね。ジークを補佐する者は、教養のある人物が理想ですね」

「わかりました。大体の相場を調べて、出せる給料で募集してみます」

「私が執事をやりますわ!」

「……え?」


 全員の視線がハリティに集まる。執事を申し出たのは彼女だった。

 執事に求められる能力は高く、知識や礼儀作法はあって当然であり、信用できる人物に限られる。ハリティは文句なく基準を満たしていた。


「で、ですが妹弟子のハリティさんに頼むわけには……」

「構いませんわ! ジーク卿配下の貴族としてお仕え致しますわ!」

「い、いつ配下になったんですか」

「ジーク卿が伯爵になった時からですわ。どうか執事にしてください、私はジーク卿のお側にいたいのです。何でもしますから……」

「何でも……?」

「何でもです。お望みのままに……」


 何でもという言葉に食いつくジーク。

 彼の脳内では欲望が生まれ始めていた。

 妖艶な執事、それを好きに扱える。そういう立場なのだから。


「だ、だめです! 募集して見つけた方がいいです」

「グリーナ師匠、何故ですの? 執事が務まる有能な人材が、すぐに見つかると思いますの? 私がしたほうが確実で安心のはずですわ」

「ぅ、ほ、他にも使用人は必要ですから、一緒に募集した方が効率的です。

 それで見つからなければ、再度考えればいいでしょう」


 突如、グリーナはハリティが執事になることに反対し始める。

 その表情からは焦りが感じられた。


「……嫌ですわ! いくらグリーナ師匠の提案でも引けませんわ。

 自分の意志で、ジーク卿の執事になりたいのですわ!」

「……ぅ、で、ですが、どちらも仕事には慣れてないでしょうし」

「あらあら、それならグリーナが執事になれば解決ね。フフフ……」

「え!?」

「え!?」

「ふぁ!?」


 セドナの提案に、ハリティとグリーナから困惑の声が漏れた。

 ジークからは変な声が漏れる。


「え! じゃあ、私も執事になるよ!」


 プリシャの発言は全員流した。


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