第8話 ジークと大出世


「では、大魔導師グリーナ・ミディランダ様こちらへ!」


 サージマルの言葉に応えて、壇上にいるグリーナは彼の前へと進み、そして向き直った。


「大魔導師グリーナ・ミディランダ。貴方の活躍はサージマル領のみならず、ゴードレア王国すらも救った英雄の働きである。それを称え報いるために、ここに貴方へ、国家及びサージマルの名において、報酬を与える!」


「……ありがたく頂戴いたします」

「金貨1000枚と、サージマル家に伝わる秘宝、祝福の杖を与える!」

「――!?」

「嘘……伝承に出てくる杖じゃない。そんな物を与えるなんて!」

「祝福の杖だと!? エルフと交流があった時代の宝ではないか! そんな貴重品を」

「あらあら、グリーナは大当たりを引いたようね。準国宝級の杖を貰えるなんて」

「す、凄い杖なの? エルフは本で知ってるけど、祝福の杖は初めて聞いたよ」

「……相当な魔力を感じる杖ですの。グリーナ師匠が羨ましいですわ」


 サージマルの言葉とともに、会場に大きな衝撃が広がった。金貨1000枚にではなく、侯爵家の秘宝を与えたことにである。かつてエルフと交流があった時代、当時の大貴族が友好の証に頂いたものだ。祝福の杖は、持つ者に守りと癒しを与えると言われている。強力な魔法付加効果エンチャントが付いた杖なのだ。


「ほ、本当によろしいのですか?」


 グリーナさえも、驚愕の表情で聞き返している。

 それほどの逸品を差し出したのだ。


「よい。サージマルの男児に二言はない! 我が家で腐らせるよりも、大魔導師の手で使われれば本望。杖もそう望むはずだ。これからも平和に貢献して欲しい!」

「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」

「よっ! 太っ腹! 流石はサージマルの領主、ヴァノハ様! 男前ですな!」

「さすがサージマル様だ! その心意気、まさに大貴族の名に相応しい!」


 今度ばかりは太鼓持ちに賛同した。サージマルは本当に太っ腹である。

 ジークは敬服し、デブのおっさんと思った非礼を心で詫びた。


 「ありがたく……」


 グリーナは最大のお辞儀を見せ、恭しくサージマルに謝意を表す。


「うむ。我が領地サージマルのため、そしてゴードレア王国のため、その力を存分に発揮していただきたい。グリーナ様の活躍に期待しておりますぞ!」

「承知しました」


 そう言うと、グリーナはサージマルから離れてジークに目配せをした。

 それを確認し、次は自分の番だと悟る。緊張による震えを、覚悟でかき消した。


「大魔導師の一番弟子、ジーク・ザイフリート・シグルズ様! こちらへ!」

 

 その言葉と同時に、ジークはサージマルに向けて堂々と歩き出す。鮮やかな紫のマントをなびかせて、胸を張って進んでいると、貴族の令嬢達から黄色い声援が上がった。


「ジークの番だ! 騎士みたいで格好良いよ! 頑張って!」

「ジーク、素敵ですわ! 礼装が似合っていますわ! 格好良いですわ……」

「いや~ん、何度見ても色男。私、本気になっちゃう♂」

「……素敵。あの殿方に許嫁はいるのかしら……お近づきになりたいわ」

「ジーク様……素敵ですわ。あんな殿方だったなんて……噂以上ですわ」


 ジークの中身はともかく、容姿は間違いなく美形だ。綺麗な茶髪に淡いブルーの瞳。マントの下からは、銀色に輝く胸当てが見える。若干15歳にして大魔法を操る超新星の魔法使い、出世は間違いないだろう。会場の女性陣の目が釘付けになった。


「では、ジーク様……」


 サージマルに向き直り、ジークは精一杯凛々しく見せた。


「きゃー、素敵! 本当に好みだわ。背も高くて男らしいわ」

「ほんとほんと! 英雄みたい……いいえ、王子様みたい」

「あのお尻が特にいいわ! 締りが良さそうよね♂」


 さっきからオカマが混ざっている気がするが、きっと気のせいだろう。

 ジークはそう思うことにした。


「大魔導師の一番弟子ジーク・ザイフリート・シグルズ。貴方の活躍もまた、大魔導師グリーナに負けないものである。魔人との戦いでは弟子として師を守り、悪竜との戦いでは大魔法で圧倒したと聞き及ぶ。最早、そなたは次世代の大魔導師と言えるだろう。その功績と力を称え、ここに国家とサージマルの名において、報酬を与える!」


「ありがたく頂戴いたします」

「金貨500枚と、ニーベルンゲン伯爵領を与える!」

「――――っ!」

「うせやろ……」

「……いっきに伯爵か。ミディランダの手前妥当か? いや、それでも異例だな」

「平民が伯爵。前代未聞だぞ……他の貴族は納得するのか?」

「ジークは大出世を引いたわね、さすがだわ」

「伯爵? 結構偉いのかな? 貴族の階級わかんない……」

「王国の貴族は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士の順ですわ。ジークは中級の貴族になったと言えますわ。私の家は男爵なので、ジークの下になりますわね。フフフ……もう、本気になるしかないですわ」


 再び大きな衝撃が会場を包み込んだ。伯爵の爵位を持つ領地を渡される。

 つまり、伯爵となるという事だ。その権威は貴族としては中級と言えるものであり、15歳の平民からは大出世と言っていい。


「きゃー、素敵ですわ! 大出世ですわ! まるで英雄のお話みたい」

「ジーク卿! こちらを向いて下さいまし! ジーク卿!」

「すごい……我慢できなくなっちゃう♂」

「ニーベルンゲン伯爵! おめでとうございます!」

「ジーク卿、ニーベルンゲン伯爵! 前代未聞ですぞ!」


 辺りからは賞賛の大合唱が巻き起こった。平民から貴族になるケースは存在するが、伯爵になることは前代未聞である。それが、15歳の青年であれば衝撃が走るのも当然だ。異例中の異例であった。


「貴方は英雄であり、ミディランダ大公家の孫弟子とも言える人物だ。そこで、相応の領地を用意させてもらった。それが、聖サルバドラ王国との国境近くにある領地、ニーベルンゲン伯爵領である。これからは、ニーベルンゲン伯爵ジーク卿と名乗られよ!」

「ありがとうございます!」


 この瞬間、聖サルバドラ王国とサージマル領の間に位置するニーベルンゲン伯爵領、その領主、ニーベルンゲン伯爵ジーク卿が誕生した。


「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」

「……防波堤か? 獣族のサルバドラとサハギン海に接した領地だぞ」

「恐く防波堤だな……そういう訳か。都合のいい捨て駒だ」

「サルバドラとの架け橋ですな! 国交ができたら大手柄ですぞ!」

「治める貴族が死んだから、丁度いい代わりというわけか……くくく」

「ジーク卿! 素敵ですよ! ニーベルンゲンを導いてください!」


 ジークの耳に、賞賛とともに不穏な言葉が聞こえてきた。


「この領地の決定は国王様の考えでもある。今回の伯爵領の授与は私が行うこととなったが、他の貴族も納得している話なのだ。一代限りの貴族ではなく、栄えあるゴードレア王国の伯爵家として、長く繁栄してもらいたい。そして、王国のためにその才覚を発揮して欲しい。ジーク卿の活躍に期待しておりますぞ!」

「はい!」


 ジークは疑念を追い払い、サージマルに深々とお辞儀をした。


「うむ、めでたい。実にめでたい日となった。さぁ、改めて祝いを行おう!

この若き英雄達と共に、さらなるゴードレアの繁栄を願い、心ゆくまで楽しもう!

悪竜討伐と魔人戦争の終結、その戦勝を祝い、大魔導師グリーナとジーク卿に……乾杯!」


 そのサージマルの言葉とともに、会場の空気がガラリと変わった。

 豪勢な料理に高い酒、楽団が奏でる美しい音色、綺麗な貴族の令嬢の微笑み。

 それを輝かせるのは巨大なシャンデリア。7色に光る装飾品の数々。


 その全てが素晴らしいモノであった。

 豊かなゴードレア王国でも、侯爵であるサージマルは指折りの貴族だ。

 そのサージマルが催した最大級の宴である。素晴らしいの一言だった。


「さぁ、ジーク様もどうか楽しんでください。

 最高級の食べ物と音楽を用意しました。きっと気に入ることでしょう。

 それと、パーティーが終わる頃に、またお話でもしましょうぞ」

「はい。ではサージマル様、また後ほど」


 サージマルはそう言って、他の貴族の所へと向かった。

 ジークは周囲を見渡して、グリーナを探す。


「ジーク卿! 悪竜討伐のお話をお聞かせください」


 そこに、美しい貴族の令嬢が話しかけてきた。


「私も聞きたいですわ! ジーク卿はどのような魔法が使えるのですか?」

「ジーク卿は許嫁などはいるのですか? 私、ジーク卿が気になりますの」

「ジーク卿、私と踊って頂けませんか? こう見えても自信ありますの」

「ちょっと! 私が先に話しかけたのよ。順番は守ってくださいまし!」


 最初の一人を皮切りに、堰を切ったかのように令嬢たちが押し寄せてきた。女の色香をぷんぷんと匂わせた彼女たちに、ジークは困惑する。前代未聞の大出世を果たした眉目秀麗な魔法使い。それに興味が湧かない者はいなかった。


「悪竜は、正直怖かったですね。師匠との協力で倒せたのは幸運でしたよ」

「そうなのですか? たった一発の魔法で、簡単に倒したと聞きましたわ」

「私もですわ! 知り合いの、討伐隊に参加した騎士が言ってましたわ!」

「先に攻撃されていたら死んでましたよ。悪竜の咆吼は凄まじかったです」

「きゃー、怖いですわ。ジーク卿に守ってほしいですわ」

「私も私も! ジーク卿に抱かれて守られたいですわ♂」

「私も守って頂きたいですわ! ジーク卿なら安心ですもの……」

「ジーク卿に許嫁はいるのですか? いないのでしたら、私と……」


 もてたい願望はあったが、大人数に囲まれて応対で精一杯だった。

 群がる女性に煩わしさを感じ始めたジーク。

 

「許嫁はいませんよ。ただ、心に想っている人がいますので、女性と交際するつもりはないです」

「きゃー! 誰ですの? 羨ましいですわ」

「ジェラシー感じちゃうわ♂」

「残念ですわ。想い人がいるのですか……せめて踊って頂けませんか?」

「すみません。師匠と話もしたいので、私はこれで……」

「えー、もっとお話を聞きたいですわ! 一緒にお喋りしましょう」


 耐えられなくなったジークは、話を遮りその場を離れた。


「……ふぅ。疲れるなぁ」

「そうね♂」

「――っ!?」


 その言葉と同時に、お尻に違和感を覚える。

 とても柔らかく、熱い何かが肌にあたっている感触だ。

 何故か悪寒を感じ、ジークは動けなくなった。


「……討伐隊の拠点で見た時から、ずっと気になってたの。

 強いし、出世しちゃうし、私メロメロよ♂」


 柔らかい何かが、お尻で肥大化してきた。

 ジークは冷や汗を流し、悪夢であることを祈る。


「顔も可愛いし、体も素敵だし、好みなの……一目惚れよ♂」


 まずい。これは不味い。

 ジークは人生で最大の危機に直面していた。

 何故か周りの人々が、気づいて助けに来てくれない。

 早くオカマを振り払わないと、心にトラウマを残すことになる。


「ど、どちら様ですか? 私は急いでいるので……」

「い・け・ず♂」


 耳元で囁かれ、全身に鳥肌が立つ。

 女性のような声色だが、やはり男の声が残っている。

 ジークは勇気を出してオカマに振り返った。


「…………」


 その姿は美女だった。

 容姿の良さであれば、ハリティやセドナにも匹敵する美貌。

 服装も貴族のように清潔感があり、きちんとした騎士の礼服だ。

 胸も豊満であり、何か入れてるのだろうか?

 声さえ完璧なら完全な美女だった。

 スカートが短く太ももが見えており、白い柔肌が魅力的である。

 

「……あ、あの、何か御用ですか?」

「ジーク卿の妾になりたいの、ダメ? 正妻は諦めるから、妾でいいわ」

「……いえ、そういう趣味は……」

「あ!?」

「ヒェッ」


 オカマの眼力による威嚇でビビるジーク。


「ごめんなさい。いきなりは困るわよね。お友達から始めましょう、ね?」

「……と、友達ならいいですよ」

「良かったわ、これからよろしくね! 私の名前はシロエ。王国の騎士よ」

「ぁ、ジークです。よろしくどうぞ……」

「ふふふ。ちなみに周りが気づかないのは、私の装備の魔法付加効果よ。

 だ・か・ら、こんなことを衆目の前でしても大丈夫なの」


 そう言うと、シロエは熱くたぎった立派な肉を、ジークのお尻で擦った。

 ぐりぐりと押し付けるようにお尻を攻め、恍惚とした表情で息を荒くしている。


「師匠! 助けて!」


 ジークは絶叫した。

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