第7話 ジークとセドナ

当日、借り物の豪華な馬車が4人を乗せて走る。

その馬車の中で、機嫌が良さそうにジークは尋ねた。


「サージマルの領主はどんな人なんですか?」

「……裕福な暮らしのせいか、とても大きい方ですね」


 恐らくはデブと言いたいのだろうと察した。

 返答した彼女は先日購入したドレスを着ており、髪型もセミロングのストレートになっている。美しい装飾品で身を飾り、その珍しい姿にジークは上機嫌だ。

 

「そうなんですか。ところで師匠、綺麗ですよ」

「――っ!? ぁ、ありがとうございます」


 照れて戸惑う表情こそが、女性の一番の魅力である。

 最近のジークは割と本気でそう思っていた。


「……私の姿はどうですの?」


 嫉妬したような顔つきでハリティが尋ねた。

 彼女は純白のドレスに身を包み、一切の汚れを感じさせない姿である。

 髪型はストレートで銀髪の美しさが際立っていた。


「もちろん綺麗ですよ」

「お嫁さんにしたいくらい?」

「――え!?」

「…………」


 ハリティの唐突な発言にジークは一瞬石になった。

 グリーナは無言になり、2人を訝しげに見ている。

 嫌な視線が突き刺さり、冷や汗が滲む。


「私も綺麗でしょ! どうどう?」


 無邪気に尋ねる可愛い妹、空気を変えたのは怖いもの知らずのプリシャだ。

 金髪のボブが黄色いドレスに似合っており、思わず頭を撫でたくなる。

 その無意識なフォローにジークもほっこり。


「ああ、可愛いよ。金色のヒヨコみたいで」

「……え!?」

「……フフフ、そうですね」

「可愛いですわ、ヒヨコみたいで」

「え?」


 褒められたのか、分からない。

 プリシャはそんな顔をして、首をかしげる仕草をした。


「お待たせしました、皆さん着きましたよ」


 御者台の男が言った。馬車を降りた彼等の目の前には、サージマル領を治める領主の巨大な屋敷があった。ラーナの街の中央区画、その中央に建てられているのがこの屋敷である。いつもは遠くから見ていた場所だが、近くで見るとその迫力に圧倒された。


「うわー、大きいね! 掃除とか大変そう。一日かけても終わらないね」

「本当に大きいですわね。入るのは初めてなので、緊張しますわ」

「使用人の人数が気になりますね。維持費だけでも凄そうだ……」

「皆さん。入ってもいいそうなので、行きましょう」

 

 門番が扉を開くと、そこには別世界が広がった。天井には豪華な装飾が施されたシャンデリアが吊るされている。床には真っ赤なカーペットが敷き詰められており、辺りには美術品や工芸品が飾られていた。恐らくは客人に見せるのが目的だろう。その光景にジークは懐かしさを覚えた。


「……少し似ているな」


ジークは小さく呟いた。そこへ、使用人らしき者が近づいてくる。


「お待ちしておりました。大魔導師グリーナ様と一番弟子のジーク様ですね。

 お隣の方々もお弟子様とお見受けしました。どうぞこちらへ……」

「さぁ、3人とも行きましょう」


 使用人に連れられて、パーティー会場に隣接した控えの間に向かった。


「あら、やっと来たの。遅かったわね」


 燃えるように美しい、赤髪の女性が声をかけてきた。


「お師匠様! 何故ここにいるんですか」

「セドナさんお久しぶりです」

「セドナさんだ! お久しぶりです」

「セドナ様! どうしてここへ?」


 ハリティすらも超える妖艶の大魔女、セドナ・マキシマ・ミディランダ。

 孤児だったグリーナを養子にして育てた師匠である。つまり大師匠。


「あら、ハリティとプリシャも来たのね。私はグリーナの師匠だから呼ばれたのよ。ミディランダの一族として領主とは面識もありますしね。それにしてもズメイ討伐おめでとう。私が教えた大魔法が役に立ったみたいで嬉しいわ」

「ありがとうございます。大魔法の一発で終わり助かりました」

「聞いたわよ……フフフ。良い男に育って嬉しいわ」


 彼女の瞳から性的な気配を感じ、思わずジークは身震いした。

 子供の頃よりセドナからセクハラを受けてきたせいだ。


「お師匠様は相変わらず神出鬼没ですね……」

「そうかしら? ところで報酬の話は聞いたのかしら。

 ジークも女性にモテモテになるわね」

「……え、俺がモテモテ? 詳しく教えてくれませんか」


 モテモテという言葉に食いつくジーク。

 

「まだ聞いてないの? 詳しい爵位は知らないけど、貴族にするらしいわよ」 

「――なっ!? お師匠様、それは本当ですか?」

「ジークが貴族とは本当ですの? 素晴らしいですわ。これで釣合いますの」

「すごい……の?」

「貴族……俺が……」


 貴族、その言葉にジークは憧れていた。権威と羨望の対象である。

 その肩書きだけで女性は群がってくるだろう。

 ましてや、魔法使いとして有能な男であれば尚更だ。


「男爵か子爵かしらね。伯爵だったら大出世ね。その時は皆でお祝いかしら」

「私も貴族ですから、ジークとは貴族同士仲良くしたいですわ」

「おめでとう! よく分からないけど凄いね!」

「…………」


 みんながジークを祝う中、グリーナだけが複雑そうな顔をしていた。


「……フフフ、俺は貴族になれるのか」

「良かったわね。大魔法を教えた見返り、期待しているわね」

「え……は、はい」


 一瞬だが、セドナが淫猥な表情を見せたが恐ろしいので記憶から消した。それから談笑を楽しみ、小一時間は過ぎただろうか。そろそろ約束の正午が近い。もうすぐ始まるだろうとジークが身なりを整えると、使用人が姿を現した。


「大変長らくお待たせ致しました。もう暫くしましたら、サージマル様のスピーチが始まります。その後、今回の賓客であるグリーナ様とジーク様をお呼びしますので、お2人で会場にお越し下さい。他の方々は先にパーティー会場へお越し下さい」

 

 ついに出番が近いようだ、緊張でジークが震え始めた。彼は緊張に弱い。


「ではジーク、グリーナ師匠、先にパーティー会場で待っていますわ」

「先に行ってるね!」

「私も良い男がいないか物色しているわ」

「はい、また後で」

「お師匠様! 恥ずかしい言動は慎んでくださいね!」

「はいはい」


 3人は先に会場へ向かい、控えの間にはジークとグリーナの2人だけになった。


「ジーク……お話があります」

「なんですか?」

「本当に貴族になりたいですか?

 権力争いなどに、巻き込まれる立場になるのですよ?」


 彼女は不安そうな表情でジークを見つめた。


「確かに色々と面倒なことが起こると思います。それでも、貴族の地位と人脈があれば、何かの役に立つはずです。それに、少しでも可能性を広げたいんです」

「……可能性?」

「はい。自分自身の可能性です。平民のままでいるよりも、貴族として生きた方が成長できる気がするんです。それに貴族になれば、俺の故郷を効率よく探せるかもしれない。だから貴族になりたいです」

「そうですか……わかりました。それなら私は全力で応援します。

 微力かもしれませんが、何かあれば言ってください」

「師匠、ありがとうございます。大好きです」

「……はぃ」


 彼女はそのまま俯いてしまい、部屋には静寂が訪れた。暫くして、会場からは拍手とスピーチが聞こえてきた。どうやらパーティーが始まったらしい。そろそろ出番のようだ。


「大変長らくお待たせしました。もうすぐ呼ばれますので、お支度をお願いします」


 その使用人の言葉に応えて、2人は身なりを整えた。

 ジークは緊張して震えている。そして、ついにその時が来た。


「それでは、今回の悪竜ズメイ討伐の最大貢献者であるお二人をお呼びしましょう。すでに皆様はご存知でありましょうが、かの第二次魔人戦争を終結に導いた大魔導師、そして一番弟子のお二人ですぞ」


 サージマルのスピーチに応えて、会場から拍手が鳴り響いた。


「では、お入りください。大魔導師グリーナ様! 一番弟子のジーク様!」


 サージマルのその言葉で、使用人がこちらを一瞥し無言で扉を開き始めた。


「師匠、行きましょう。緊張しますね……」

「はい。……ジーク、震えてますが大丈夫ですか?」

「師匠が隣にいるから大丈夫です。帰ったら頭を撫でてください」

「もう、子供なんだから……」


 会場への扉が開き、2人はその中へと足を踏み入れる。

 その瞬間、割れんばかりの拍手喝采が会場に轟いた。


「「「「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」

「グリーナ様! お美しい! やはり勝利の女神様はお美しい」

「ジーク様、かっこいいじゃない! あんなイケメンだなんて素敵」

「グリーナ様は今日も緑がお似合いですな。うちの子供も緑にしますかな」

「ジークだ! 緊張した顔してるね。体が硬くなってる」

「僕、アルバイトぉぉぉぉぉぉぉぉ! 水汲みはセルフでお願いします!」

「ジーク様! グリーナ様! 立派ですぞ! サージマルの救世主!」

「全然いい男が見つからないわ……やっぱりジークを……やるしかないわね」

「きゃ~ジーク様~♂ 素敵ですよ~、すぐに私と結婚してください♂」

「ジーク! グリーナ師匠! 素敵ですわよ! 私もいつか……」

「グリーナさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、貴方こそ勝利の女神です!」

「グリーナ様素敵です! 緑は王国の旗色に加えるべきでしょ!」


 会場からは、これ以上ない賞賛の声が響き渡った。非常にうるさく、耳を塞ぎたい。轟く拍手に頭痛がする。視線が集まり緊張で倒れそうだ。ジークは震える足を引きずって、サージマルの隣へと向かう。


「皆様! このお二人こそが! 犠牲者を出さずに悪竜を葬った英雄ですぞ!」

「「「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」


 サージマルの大げさな紹介に、さらに会場の熱は高まり歓声が鳴り止まない。

 緊張のせいでジークの頭は真っ白になった。


「私はこのお二人に尊敬の念を抱いております。お二人がいなければ、魔人や悪竜により滅ぼされていても不思議ではなかった! これは過大評価では断じてない!それは、皆様もご理解のことでしょう! そこで、この悪竜討伐の記念の宴に、お二人には私からの特別報酬を差し上げたい!」

「「「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」

「いいぞ~サージマル様! やはり領主様は懐が大きい! 素晴らしいです!」

「よっ、太っ腹! サージマル様の大きな器に、私は感動しました!」


 いちいち太鼓持ちが騒いでうるさい。

 そう思ったが言葉を飲み込むジーク。

 最早、緊張の臨界点に達していた。


「では始めに、最大貢献者である大魔導師グリーナ様に、報酬をお渡しします!」

「「「「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」

「グリーナ様! 救国の英雄! その名はゴードレアの歴史に語られますぞ!」

「羨ましいわ! あんな色男を弟子にして、私も大魔導師になりたいわ!」


 様々な歓声が上がる中、サージマルの領主よりついに報酬を頂く時が来た。

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