第二章 ジークの出世

第5話 ジークとプリシャ

蒸し暑い夏の朝、ジーク達は台所にて挨拶を交わす。


「おはようございます」

「おはよう!」

「ジーク、プリシャ、おはよう」


 あれから数日が経過して、街はようやく落ち着きを取り戻した。最初は家にまで民衆が押し寄せて大変だったが、今ではすっかりと静けさが戻っている。この日は、料理の得意なジークが朝食を作りながら、3人は談笑を楽しんでいた。


「いい朝だね~、やっと静かになった!」

「本当にね、あそこまで騒ぎになるとは思わなかったよ」

「本当ですね、お祭りまで始めてましたからね……」

「お祭り楽しかったなぁ、2人も行けばよかったのに」

「もう人ごみは嫌だよ……あれから野次馬に追われたり、吟遊詩人が話を訊きに来たり、疲れたよ」

「私もです。しばらくは静かに過ごしたいですね」

「あはは! お疲れ様」


 今日のメニューは高いお肉が入ったクリームシチューだ。これはプリシャの大好物であり、ジークの得意料理の一つである。プリシャは待ちきれない様子で、宝石のような碧い瞳を輝かせていた。


「よしできた! プリシャ、テーブルに運ぶのを手伝ってくれ」

「うん!」

「私も手伝いますよ」


 台所の隣にある食堂のテーブルへ、3人は仲良く食事を運んだ。

 出来立てのクリームシチューをパンと一緒に食べ、新鮮な果実を搾ったジュースで喉を潤す。朝から贅沢な食事がとれるのは、それだけ稼いでいる証拠である。


「おいしい! ジークのクリームシチューは本当に美味しいね。

 毎日作ってもいいんだよ?」

「毎日は俺が飽きるから嫌だよ」

「でも、本当に美味しいですよ。ジークは料理が得意で羨ましいです。

 きっと、良い旦那さんになりますね」

「褒めすぎですよ。……師匠の旦那さんになりましょうか?」

「ぶっ!」

「な、なにを言ってるんですか……」

「冗談です」


 冗談と言葉を濁したが、師匠と結ばれたいのがジークの本音であった。その時。

 コンコンコンコン、不意に玄関から扉をノックする音が聞こえてくる。

 ジークは席を立ち玄関まで小走りで向かい、家の扉をゆっくりと開いて何者かを出迎えた。


「はい、どちら様でしょうか」

「朝より失礼いたします。私はサージマル領の領主より使者として参りました、アダガス・マンティナと申します。貴方様は大魔導師グリーナ様の一番弟子である、ジーク様とお見受けしました。報酬の件でお話がありますので、お時間よろしいでしょうか」

「わかりました。グリーナ師匠もいますので、中へどうぞ」

「ありがとうございます。失礼いたします」


 アダガスと名乗った老年の男を迎え入れ、居間にて師弟3人で話を聞くことにした。プリシャは急いでお茶を入れ、4人分のシジール茶をテーブルに並べる。その様子を見たジークは、妹分が成長していることに嬉しくなった。昔の彼女ならば、何もしないで隣にいただろう。


「こちらの可愛いお嬢様はお弟子さんですか?」

「はい、私の二番弟子のプリシャと申します。プリシャ、ご挨拶を……」

「プリシャ・ハートラと申します。粗茶ですが、どうぞお飲みください」

「ご丁寧にありがとうございます。この様な優秀なお弟子さんを何人も育てるとは、流石は大魔導師グリーナ様でございますね」

「そのようなことはありません。プリシャを育てたのはジークですから」

「ほほう、それは素晴らしい……」


 グリーナの言葉には少し誇張があるものの、プリシャに魔法や勉強を教えたのは大抵はジークであった。孤児院からプリシャを引き取って以降、ジークは実の妹のようにプリシャの面倒を見ていた。


「アダガスさん、それで報酬の件ですが……」

「おお、そうでしたな。本題に入りましょう」


 ジークが報酬の件を切り出し、ようやく本題となった。


「我が主である領主ヴァノハ・ウィンデルン・サージマル様より、今回の悪竜討伐の最大貢献者である大魔導師グリーナ様と一番弟子のジーク様を、是非屋敷に招待して直接報酬をお渡ししたいとの話をお伝えしに参りました」


「領主様に会えるのは光栄ですね。師匠、どうしますか?」

「わかりました、ジークと共に伺います。詳しい日取りはいつごろでしょうか」

「明後日の正午より、悪竜討伐を祝ってのパーティーを開きます。その主賓として来ていただきたく存じます。場所は、中央区画の領主邸でございます」

「承知しました。明後日の正午前には、ジークと共にお伺いするとお伝えください」

「ありがとうございます。サージマル様も大変お喜びになられるでしょう」


 グリーナは何度も経験があるので、落ち着いた様子で応対している。

 ジークの方は、主賓で参加するのは初めてで、内心ではかなり戸惑っていた。


「2人ともパーティーいいなぁ。私も行ってみたかったよ……」

「仕方ないよ、プリシャは留守番よろしくな」

「主賓としてではございませんが、お弟子さんの参加であればサージマル様は歓迎するでしょう。是非プリシャ様もご出席ください」

「本当ですか? やった~」

「プリシャ、よかったな! アダガスさん、ありがとうございます」

「いえいえ、可愛らしいお弟子さんが来れば、パーティーも盛り上がりましょう」

「……フフフ。よかったですね、プリシャ。

 この後、皆でパーティー用の礼服を買いに出かけましょうか」

「そうですね。礼服を新調しないと……恥はかきたくないですし」


 その後、当日の詳しい予定を聞きアダガスを見送ったジーク達は、ラーナの街中央区画の貴族用高級店で買い物をすることとなった。プリシャは綺麗な金髪に似合う黄色いドレスを購入し、グリーナは美しい淡い緑色のドレスを購入する。

 ジークは何が良いのか分からないため、グリーナの好みの服を買うことにした。


「師匠、よかったら俺に似合う服を選んでくれませんか?」

「え……私が決めるんですか?」

「はい、師匠の好みがいいです」

「……ぁ、わ、わかりました」

「私が決めてもいいよ!」


 ジークはプリシャの発言を華麗に流した。


「うーん、ジークに似合う服ですか……うーん」

「ジークは茶髪だから茶色でいいんじゃない? うん、茶色がいいよ!」

「プリシャ、ちょっと黙ってて」

「ぶー」


 ジークの言葉にプリシャは頬を膨らませて露骨に拗ねた。

 しかし、顔立ちが良いせいで可愛い顔になっている。

 例えるなら、金色のでぶヒヨコだ。ジークは思わずほっぺをつつく。


「な、なに!?」

「ん。つついただけだよ」

「むぅ……何よ」

「うーん、うーん。ジークに似合う礼服……身長はあるから、男らしいのを。

でも、もっと爽やかなデザインの方が……いや、やっぱり騎士用の礼服を。

あぁ、貴族用のキュロットやジュストコールで……似合うかなぁ? うーん」

「師匠、気軽に選んでください。師匠が選んだ物なら、俺は何でも喜んで着ますよ」


 グリーナは、頭から湯気が出そうなほど悩んでいるようだ。

 ジークはその様子を見て、心がほっこりとしている。


「……これなんて、どうでしょうか」


 長考した結果、グリーナが選んだのは騎士鎧を元に作った礼服であった。

 ゴードレア王国では様々な種類の礼服がある。その中の一つに、騎士が着るプレートアーマーを軽装にして動きやすくし、上からコートやマントを付けた種類があった。グリーナが選んだのはこの種類の礼服である。


 胸当ての部分には緻密な細工が入っており、美しく銀色に輝いていた。鮮やかな紫色のマントが付いており、それが銀の胸当てをより際立たせている。動くと腕に付けたガントレットや、膝を守るプロテクターが光を反射して美しく輝く。ジークの心が決まった。


「いいですね! これにしましょう。かっこいいです」

「本当にいいのですか? 後悔しないでくださいね」

「しませんよ。本当に気に入りました。ありがとうございます」

「それならいいのですが……」


 ようやく3人の礼服が決まり、後はパーティーの日に着ていくだけである。

 支払いは、グリーナとジークが折半して3人分を購入した。

 礼服の金額は高いので、稼ぎが少ないプリシャには出させなかった。


「本当に出さなくていいの?」

「気にしないでいいよ。今回の報酬でお釣りがくるはずだし」

「私とジークからのプレゼントとして、受け取ってください」

「わかった! ありがとうね。ジーク、師匠」


 買い物が終わり、3人は近くにあった高級料理店で外食をして帰路に就く。

 普段食べられない料理を堪能して、ジーク達は大いに満喫した。


「あぁー今日は楽しかった! ドレスも買ってもらえて幸せだよ」

「そうだね、お金はかなり使ったけどね」

「たまに羽を伸ばす程度なら、問題ありませんよ」


 満足したジーク達は、足取り軽く家へと向かう。

 そして、玄関の扉を開けて家に入った直後、その声は奥から聞こえてきた。


「お帰りなさいませ。何処に行ってらしたの?」


 声の主に目を向けると、そこには綺麗な銀髪の美女が立っていた。

 髪を二つに分けて三つ編みにしており、それを豊満な胸へと垂らしている。


「久しぶりです、ハリティさん。買い物に行ってました」

「あ、ハリティお帰り! 帰ってきてたんだ」

「ただいまです、ハリティもお帰りなさい。お師匠様とどこへ行ってたのですか」

「……色々な所ですわ。その話の前に、ジークとグリーナ師匠には賞賛を贈らせてくださいませ。悪竜ズメイを2人で倒した話は聞きましたわ。わたくしは弟子として鼻が高く、誇りに思いますわ」


「ありがとう、ハリティさん。でも運が良かっただけですよ」

「ええ、プリシャにも話しましたが紙一重の内容です」

「だとしても、結果は変わりませんわ。実力があっての運ですもの」

「ねーねー、セドナさんは?」

「セドナ様はしばらく帰らないそうです。用事が出来たので先に帰れと……」

「そっかー」

「セドナさんは気まぐれですからね、そのうち帰ってくるでしょう」

「そうですね。お師匠様のことですから、気まぐれでしょう。

 ハリティは帰ってきたばかりで疲れているのでしょう?

 ゆっくり休んだ後で、色々と話を聞かせてください」

「わかりましたわ。ジークとグリーナ師匠のお話も、後で詳しく聞かせてくださいませ」


 ハリティは18歳で年上だが、ジークのもう1人の妹弟子だ。

 名前はハリティ・マッカート・キュライ。グリーナの三番弟子であり下級貴族の三女である。この日は久しぶりにグリーナの弟子が全員揃い、それぞれの話で盛り上がった。この時、ジークは不気味な気配を感じていた。それは、悪竜討伐の活躍を聞いたハリティの目が輝き、ジークを潤んだ瞳で見つめていたからである。



 この後、ジークはとこに就くときに思い知る、彼女の肉体の恐ろしさを。




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