第4話 お師匠様と、英雄凱旋!

 そこに、遠くからジーク達を呼ぶ大声が響く。


「おーい、お前らぁー!」


 赤くなったジーク達は声の主に目を向けた。そこに映ったのは、完全武装したマグウェルが早馬に乗って駆けてくる姿である。彼が身にまとった装備は、どれもが一級品だと一目で分かった。


 黄金に輝く兜と鎧からは強力な魔法付加効果エンチャントが付いているのが感じ取れる。さらに左腰に差した剣からは、鞘越しからでも名剣だと分かる魔力が強烈に伝わってきた。その鞘からは漆黒で怪しい輝きが放たれており、そこには精緻な蛇の絵が刻まれている。ジークは、彼の装備がゴードレア王国でも最上級の物だと確信した。


「マグウェル団長遅いですよ。もう終わりましたよ」

「……そうらしいな。いやー参った。ここまで強くなっているとは思わなかったぞ。もう坊主なんて呼べんな、ジークよくやった!」

「ありがとうございます。でも、師匠のサポートが無ければズメイの息で死んでいました。俺一人の功績ではありません」

「そうか……そうだな! グリーナもご苦労だった、ありがとう」

「いえ、私は途中で腰が抜けましたので……」

「そんな事はないさ、この巨大な要塞を見れば分かる」


 そう言うと、マグウェルは大地の要塞に目を向けてグリーナを労った。

 当然だ、グリーナの魔法が無ければ間違いなく多くの犠牲者が出ただろう。

 結果だけ見れば楽勝に思えるが、実際は紙一重だった。もしあそこでズメイの息が吐かれていれば、亡骸となったのはジーク達なのだから。


「まったく大したもんだ。これなら悪竜の大群が来ても安心だな」

「ご冗談を。ズメイが伝説よりも弱くて助かりましたよ」

「今回は運が良かっただけでしょうね」

「……そうだな、とにかくよくやってくれた。悪竜の情報が広まったせいで、王国全体が混乱していたからな。悪竜のいるサージマル領は特に酷かった。だが、これで王国の人間は安心して生活できるだろう。きっとお前達は英雄と呼ばれるはずだ」

「英雄ですか。出世できるといいなぁ」

「ん? ジークは出世が望みなのか?」

「はい。やっぱり貴族とか騎士とかに憧れがあります」

「そうか、お前の功績ならば問題ないだろう。今回の件で出世できると思うぞ。

報告書にも、お前の活躍を書きまくってやろう」

「本当ですか!? ありがとうございます」

「騎士団長様、ジークに特別扱いは必要ありません。贔屓ひいきされなくとも、自分の実力で出世しないと……」

「グリーナは厳しいな、だが大丈夫だ。控えめにしても、ジークの活躍を書く事になるからな。勿論、グリーナの活躍もだ。一番活躍してないのは、武装して終わった俺だな! がははははは! 情けなくて涙が出るぜ」


 マグウェルは豪快に笑って自虐した。


「もし騎士になりたければ、いつでも言ってくれ。お前の実力なら大歓迎だぞ、ジーク。それと、これから討伐隊は街に戻り解散するが、お前達には後日改めて連絡が行くと思う。報酬の件でな」


 報酬の件、その言葉でジークは破顔しそうになった。

 悪竜ズメイを倒した功績を考えれば、報酬の額は相当なものになるはずだ。庭付きの豪邸が買えるかもしれない。そう思うとジークは上機嫌になった。


「報酬ですか! 出世と一緒に楽しみにしていますね」

「ハッハッハ、もしかしたらサージマルの領主から特別な褒美もでるかもな。

討伐隊結成の際に挨拶をしたが、真っ青な顔で死にそうになっていたからな。

ズメイを討ち取ったと報告すれば、喜んで恩賞を出すかもしれん」

「相当怖かったのでしょうね」

「ああ、自分ごと治める領土が消えるかもしれんからな。正直、俺もビビってた。

幸いにも出番がなくてよかったと思うほどにな……」


 おそれるのも仕方がない。接近戦を得意とする戦士と、空を飛ぶ竜とでは相性が悪すぎる。どんなに強い戦士でも、手の届かない上空から攻撃をされたら為す術がないのだ。


「さて、無駄話も終わりだ。ズメイの亡骸を運んで凱旋するとしよう。

お前たちを呼んで正解だった。本当に助かったぞ」

「はい、役に立ててよかったです」

「騎士団長様、また何かあれば言ってください」

「ああ、その時はよろしく頼む。後は俺達の仕事だ、2人は先に帰るといい」

「では、お言葉に甘えます。ラーナでまた会いましょう、マグウェル団長!」

「ああ、またな!」


 2人はマグウェルに別れを告げて、ライナーと共に我が家への帰路に就く。

 とても短い悪竜退治になったが、グリーナが無事でよかったとジークは安堵した。


「さぁ、ラーナの街に帰りましょう。プリシャとハリティさんが心配してます。

 セドナさんは分かりませんけどね……」

「ええ、皆に無事を報告しないと。それに、家でゆっくりと休みたいですね」

「俺は師匠と、もう少し2人でいたいですけどね」

「……ぇ」

「師匠が無事で良かったです」

「……はぃ」


 帰路の途中、ジークが何度も彼女を抱きしめたのは言うまでもないだろう。

 そしてこの時、ジークはグリーナの表情におかしな気配を感じた。まるで、欲求不満が蓄積して、大爆発を起こす寸前のような気配を。

 

 ――ラーナの街――


 フェッド大陸の西に位置する国、ゴードレア王国。

 この国は資源が豊かな場所であり、森や川、そして平原の多い環境にあった。

 ラーナの街は、そのゴードレア王国のサージマル領において最大の都市である。

 森林とシーヌス川の恵が集まる花の都、それこそがジーク達の家がある場所だ。


 この日、ジーク達が着いたときはラーナの街はお祭り騒ぎになっていた。

 恐らく、悪竜ズメイが被害を出すことなく討ち取られたことが、早馬の情報で分かったからだろう。そのため、それを成し遂げたのは魔人戦争を終結に導いた大魔導師と、その一番弟子であるジークだと瞬く間に知れ渡っていたのだ。ジーク達が拠点を出てから1週間。ラーナに入るための門に着くと、その途端に周囲が大きく騒ぎ始める。


「うわあぁぁぁぁ、グリーナ様だ! 隣の人がジーク様か?」

「おお、緑だ。噂通り、緑の大魔導師なんだな」

「可愛いー!」

「キャー、ジーク様かっこいいじゃない!」

「ほんとほんと♂」

「ズメイを倒してくれてありがとおぉぉぉ!」


 バレた原因は、グリーナの容姿がわかりやすくて有名だからであった。全身緑色で少女のように可愛い魔法使い。この国には一人しかいない特徴である。気づかない方がおかしい。辺りからは次々と野次馬が押し寄せて、ジークはその光景に驚いた。少しの騒ぎは想定していたが、予想以上の反響だからである。ジークが考えていた以上に、サージマル領の人々は悪竜に怯えていたようだ。辺りからは拍手喝采がドッと沸き起こった。


「本当にありがとう!」

「まったくすげ~な。おかげで国外に逃げる必要がなくなったぜ」

「あんなのでも倒せるなら、悪竜なんて名ばかりだったのさ」

「違いない。俺でも倒せそうだ」

「ちょっと押さないでよ!」

「今度うちの酒場に来てくれよ! サービスするからよ」

「ばかやろぉぉ! 足踏んでんじゃねーぞ」

「悪竜なんてトカゲと一緒よ」


 人が集まりすぎて進めない。ライナーも迷惑そうにゆっくりと進んでいる。

 割れんばかりの拍手にグリーナは照れて俯いた、その横顔が可愛かったので、思わず耳元に息を吹きかけるジーク。


「ふぅー」

「――ひゃっ! な、なんですかジーク」

「いえ、つい可愛かったもので」

「も、もう!」


 ラーナの門から数時間後、ようやく家に到着する。荷馬車を片付けてから庭にある小屋でライナーを休ませると、2人は玄関を開けて中へと入った。懐かしいような落ち着くような匂いを嗅いで、ジークはやっと肩の荷が下りるのを感じた。


「ただいまー」

「ただいま戻りましたよ」


 玄関で帰ったことを知らせると、ドタバタと勢いよく音を立てて女性が走ってきた。そんな元気な彼女の名前はプリシャ・ハートラ。ジークの妹弟子の1人である。


「お帰りなさい! 2人とも大丈夫だった? 怪我はないの?」

「ああ、なんとか大丈夫だったよ」

「心配をかけましたね、私達は無事ですよ」

「よかった~、心配してたんだよ」


 2人の無事を確かめたプリシャは胸を撫で下ろしたようだ。

 彼女は昔からジークとグリーナを慕っており、家族のような関係である。


「そうか、心配してくれてありがとな」

「プリシャ、ありがとね」

「うん」


 2人がプリシャに感謝を伝えると、彼女は無邪気な笑顔を見せた。

 プリシャは天真爛漫てんしんらんまんな性格で、その笑顔にジークは癒される。

 すぐに調子に乗る性格が玉に瑕だが、とても愛らしい妹分だ。


「ねぇねぇ、ズメイを倒したんだよね? 後で詳しく教えてね」

「わかった、ご飯とお風呂が終わったらゆっくり話すよ」

「うん! 準備するから2人は休んでてね」

「ありがとうね。ところで、ハリティとお師匠様はいないのですか?」

「数日は帰らないって、2人で出かけていったよ!」

「2人で? 珍しいな……」

「ええ、お師匠様はともかくハリティは心配ですね……」


 その後、ジークとグリーナはお風呂に入り、プリシャの手料理を堪能した。お世辞にもあまり美味しくはなかったが、久々の家での食事にジークの心は満たされる。グリーナもホッとした様な表情を見せていた。


「ふぅー。ご馳走様でした。プリシャありがとな」

「ご馳走様です。美味しかったですよ、プリシャ」

「本当? また作るね!」


 その夜、3人は悪竜討伐の話で盛り上がった。プリシャが碧い瞳を輝かせて2人の話を聞いている。実力不足で参加できなかったが、彼女も魔法使いだ。いつかきっと活躍の機会はあるだろう。


「凄い! じゃあ、本当に2人だけで倒しちゃったんだ」

「結果的にね、運が良かっただけだと思うよ……」

「そうですね、今回の戦いは紙一重でした」

「それでも凄いよ! 私もズメイ見てみたかったなぁ」

「私は二度と見たくありません……」

「見ないほうがいいよ、本当に怖いからな。俺は漏らしそうになったよ」

「あはは、そんなに怖いんだね」


 ジークの弱気な発言に、笑をこぼしたプリシャ。彼女の可愛い微笑みに、ジークは少しドキリとする。彼女は顔立ちが良く美人に育っており、最近では体も女性らしくなってきていた。そんな彼女は、綺麗な金髪を肩まで伸ばした15歳の同い年。ジークの事が好きらしいが、今のジークは彼女を妹として扱っている。これからどうなるかは分からないが。


 しばらく会話は続き、気づけばジークとグリーナは疲れたようで眠ってしまった。プリシャは2人にそっと毛布をかけてあげ、長い一日は終わりを迎える。

 こうして、ジーク達の悪竜討伐は幕を閉じた。



 次回 新章 大貴族への道 ジーク出世編

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