第3話 お師匠様と、悪竜討伐!
「師匠、おはようございます」
「…………おはよう」
いつも元気なグリーナの様子がおかしかった。目の下にはクマができており寝不足なのか生気が感じられない。何かの不満を溜め込んだかのような顔つきで、ジークのことを真正面から凝視している。ジークは心配になりグリーナに声をかけた。
「師匠、どうしました?」
「……いえ、何でもないです」
「本当ですか? 顔色が悪くて心配です」
「……そんなに酷い顔をしていますか?」
「その顔も可愛いから好きですよ」
「――――っ!?」
ジークに突然褒められたせいか、グリーナに生気が戻り顔に紅葉を散らす。
すぐに回復した様子を見て、大丈夫そうだとジークは胸を撫で下ろした。
「大丈夫そうですね。朝食を準備しましたので、一緒に食べましょう。
今日はシジール芋のバター焼きと、干し肉のスープです」
「……ぁ、ありがとうございます。いただきます」
グリーナは赤い顔で黙々と食べているが、チラチラとジークを見ている。
ジークはそれに気づいていたが、あまりの可愛さに気づかないふりをした。
そして密かに彼女を愛でた。
「……ふぅ、ご馳走様でした。師匠、美味しかったですか?」
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「良かった。愛情たっぷりですからね」
「…………」
「片付けたら会議室に向かいましょう」
グリーナとの至福の朝食が終わり、ライナーが引く馬車に乗って再び作戦会議へと向かう。
「おはようございます」
「おはようございます。中へ入ってもよろしいですか」
「おはようございます、グリーナ様、ジーク様。どうぞ中へお入りください」
昨日の見張りの兵士と挨拶を交わし、ジーク達は突き当りの部屋へと移動する。 ギギィーと音を立てる木製の扉を開き、中にいる方々に会釈をして入室した。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「やぁジーク君、おはよう。グリーナ様もおはようございます」
「はい。おはようございます」
まだ騎士団長マグウェルなど何人かの姿が見えない。恐らくは、時間がまだ早いからだろう。する事もないので全員が揃うまでの間、周りと雑談でもしてジークが親交を深めようとした――その時。
「急襲、急襲です!」
「――悪竜が来たぞぉぉぉ」
「うせやろ……」
「――――ズメイだぞ、ズメイが来たぞ!」
「うわああぁぁぁぁ」
ガンガンガンガンと敵襲を知らせる鐘の音が鳴り響く。それと同時に外から恐怖を感じる幾人もの叫び声がこだまする。その叫び声の中には、見張りで外に立っていた兵士の声も混じっていた。室内にいた全員が慌てて外に飛び出すと、その先で背筋が凍る恐怖を見ることとなった。
そこには、澄み切った天空を我が物顔で飛翔する3つ首のドラゴン。
――――悪竜ズメイ急襲――――
ジークは拠点全体に殺気が走り抜けるのを肌で感じた。
鐘の音に遅れて、敵襲を知らせる赤い
――まずいっ!
その場にいた誰もが気づいただろう、自分達の首に死神の鎌が振り下ろされる直前であるという事実に。ズメイが狙っているのは拠点の中心地、つまりはジーク達のいる場所だった。猛毒の息か灼熱の炎か、どちらにしても吐かれれば絶対の死が待っている。いち早く変化に気づいたジークは、長い詠唱を開始した。
そしてグリーナは、悪竜よりも早く無詠唱魔法を放つ。
【
発動と同時に、グリーナを中心に大地が
天空に届く大地の要塞が姿を現し、中心部を守るように飲み込んで、そのまま巨大な大地の槍がズメイを貫こうとした。グリーナが咄嗟に使った魔法は上級土魔法で、並の魔法使いでは無詠唱で放つことは許されない強力な魔法である。
しかし、ズメイは
『グオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ』
グリーナが動かなくなった。腰が砕けそうになるのを必死で堪えているように見える。それほどの圧倒的な殺気を放つズメイの
風が泣き叫び大地が震える。ズメイの咆吼が周囲の動きを恐怖で止めた。
生態系の頂点、捕食者の王、そう畏怖される理由がそこにはあった。
これが
誰もがその光景に息を飲み、誰もが釘付けになっているようだ、ただ一人を除いて。
彼は長い詠唱を終えようとしていた。
彼女が動くその前から、彼女を信じて詠唱していた魔法を、彼は終えようとしていた。グリーナの時間稼ぎは十分だった。咆吼の力で動けずとも魔法を発動できればいい。詠唱が終われば、勝てる威力をこの魔法は秘めている。
そして、彼は要塞の中から天空に両手を向けて、その詠唱を終えた。
「天上の裁き 落ちる所に罪はあり
地獄の裁き
天使が明示した 神より授かりし清浄の雷光
悪魔が暗示した 魔王より与えられし不浄の稲妻
空を裂き 風を切り 大地を伝い 火を放て
今ここに天空に示す 雷神の万雷」
【大魔法-
その時、ズメイが飛翔する天空から雷光が放たれる。
その眩い光は、世界を一瞬にして輝かせた。
美しく神々しい光は拠点のすべてを飲み込んでいく。
人も、家も、木々も、大地も、すべては光輝に包まれる。
ズメイは雷光に目を潰されたのか、暴れ狂うように飛び回った。
次の瞬間、天空より万雷が発生し放たれる。
音速を遥かに超える数多の稲妻が、ズメイに追尾して襲いかかった。
高速で逃げたとしても意味などない、体躯を翻そうとも無意味だろう。
無慈悲な神の鉄槌が、ズメイの体に突き刺さる。
その雷の前では鋼のように硬いズメイの鱗に価値はない。
抵抗できない
身は引き裂かれ、外皮は焼かれ、脳にまで雷撃が伝わったようだ。
巨体を制御する神経すらも麻痺させて、ズメイは大地に落ちようとしている。
そして、ようやく世界に雷鳴が轟いた。
万雷の轟音は人々の鼓膜に抗えない衝撃を与える。
光と音の暴力で、討伐隊は悲鳴を上げて
その光景は、まるで神の前に
その直後、地面にズメイが落ちた衝突音が響き渡った。それと同時に大地は悲鳴を上げて、煙の様な砂埃を舞い上げる。これが、わずか一分にも満たない戦いの内容であった。
「ふぅー、倒せてよかった。師匠も無事みたいだ」
彼の名前はジーク・ザイフリート・シグルズ。今年で15歳になり成人になったばかりの魔法使いである。美しい茶髪が風になびき、碧い瞳が輝いていた。その眉目秀麗な容姿でズメイを倒して立っている姿は、物語に出てくる英雄のようであった。
「うせやろ……」
その光景を目の当たりにした誰かが言った。さっきも聞いた気がする訛りのある言葉である。その誰かは眼前にある現実を、受け入れられないでいるようだ。それは当然の事だろう。小国すらも滅ぼせる、悪名高きズメイが無残な姿で死んでいるのだから。
「――――おぉ!? おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわぁぁぁぁ、すげえ、すげえぞお前!」
「素敵……」
「うせやろ……」
「あの子、可愛いお尻してるわね♂」
「……信じられない。あのズメイが一撃だと?」
「これが、大魔導師の一番弟子か」
辺りからは拍手喝采が沸き起こる。その誰もが信じられないと言いたげな顔をしていたが、信じるしかないだろう。何故なら、彼が大魔法を操りズメイを一撃で葬った場面に、彼らは立ち会っていたのだから。そこに、愛らしい緑のヒヨコが小走りで駆け寄ってきた。
「……お疲れ様です。ジーク」
「お疲れ様です、師匠。怪我はありませんか」
「いいえ、ありません。少し腰が抜けただけです」
「おんぶしますよ。それとも、お姫様抱っこがいいですか?」
「……もう、自分で歩けますよ! ジークも無事でよかった」
そう言うと、彼女は心の底から安心したような笑顔を見せた。その笑顔を見たジークは、思わず彼女を抱きしめてしまい、周囲からのヤジで2人は一緒に赤面した。
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