第2話 お師匠様と、宿泊抱擁!
緊張した面持ちの2人は、討伐隊最高責任者の騎士団長に挨拶をしに向かう。
その騎士団長こそが、ジークとグリーナに討伐協力依頼をした張本人である。
「騎士団長に会うのも久しぶりですね。手紙のやり取りはしてましたけど、会うのは数年ぶりですよ」
「あれからジークは身長が伸びましたからね、気づかれないかもしれません。
私よりも小さかったのに、もう見上げないとですし……」
ジーク達は物々しい雰囲気が漂う拠点を見渡しながら、その中心部にある一番立派な家屋を目指す。どうやら、この拠点は魔物との戦いで滅びた町を利用した野営地のようだ。中心部には町の跡を利用して、その周りにテントなどで拠点を作っている。
それと急造にしては、拠点の周囲に土魔法で作った壁と堀が立派なものだった。 これならば、人間の2倍以上の大きさのトロルが来ても問題ないだろう。
「結構立派な拠点ですね。悪竜には微妙ですが、他の魔物ならば十分そうです」
「そうですね。魔法使いが土魔法で頑張って作ったのでしょう。これならば、寝泊りは安全そうです。悪竜には無意味でしょうが……」
そして家屋の前に到着すると、見張りと思われる王国の兵士が一人おり、ジークとグリーナは馬車から降りて挨拶を交わした。
「私の名前はグリーナ・ミディランダ。騎士団長様に呼ばれて参りました」
「私の名前はジーク・ザイフリート・シグルズ。グリーナ師匠の弟子であります」
「おお! 大魔導師グリーナ様と一番弟子のジーク様ですね、お待ちしておりました。マグウェル団長は中で会議中でございますが、どうぞ中へお入りください」
「ありがとうございます。では行きましょう、師匠」
見張りの男はグリーナに畏まった礼をして、2人を中へと案内した。
その応対を見たジークは誇らしい気持ちになっている。自分の師匠が魔人戦争を終結に導いた大魔道士であることに。そして、彼女の前では王国の兵士であろうと頭を下げる光景が、とても誇らしかった。
「流石です、お師匠様」
「……っ」
ジークがグリーナの耳元でそう囁くと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
照れ臭そうにモジモジとした愛らしい仕草を見せている。それを見て、抱きしめたい衝動を必死に堪えたジークであった。その後コツコツと木造の床を歩き、突き当たりの部屋の前で見張りは足を止める。そして、扉を4回ノックした。
「大魔導師グリーナ様と一番弟子のジーク様がお見えになりました」
「おお! すぐに通せ」
見張りが中へ報告すると、部屋からはジークが懐かしさを覚える低い声が響いた。2人が見張りが開けた扉を通ると、大魔導師の名のせいか、会議をしていた者達の好奇の眼差しに晒される。
「待っていたぞ! 大魔導師グリーナと弟子の坊主! 元気そうだな、来てくれて助かる」
開口一番にそう言った男こそ、ズメイ討伐の最高責任者だった。オールバックの黒髪を固めた30代くらいの偉丈夫、王国第三騎士団長マグウェル・ダルカスである。
マグウェルは王国騎士団で最強と謳われる常勝無敗の男であった。
ジークは懐かしくなり昔を思い出す、魔人戦争での出来事を。
騎士団長マグウェルとは魔人戦争からの付き合いだった。魔人との戦いで所属する部隊が壊滅したジーク達を、死の瀬戸際から助け出したのがマグウェルである。 それから知り合いとなり、今回の討伐協力依頼が届くこととなった。
「坊主……でかくなったな! 随分立派になりやがって……」
「お久しぶりです、マグウェル団長。微力ながら手伝いに来ました」
「そうか、助かる。一人でも戦力が必要な事態だ……」
そう言うと、マグウェルは深刻そうな表情を見せる。それは、ジークにとっては意外だった。常に威風堂々としていた記憶しかない男から弱気を感じたからだ。
それがズメイの恐ろしさを物語っている。
「お久しぶりです、騎士団長様」
「ああ、久しぶりだなグリーナ。相変わらず緑だな……」
「私は緑が好きなんです」
「そうか。……似合っているな」
「師匠は何でも似合いますからね」
グリーナを見れば誰もが思うだろう、彼女は緑が好きなんだと。
若干変化はさせているが、帽子から服に至るまでほぼ緑の色彩だ。
彼女の髪も緑色であり、瞳の色は綺麗なエメラルドグリーンである。
例えるなら緑のヒヨコだ。
「本題に入ろう。お前達も会議に加わってくれ、集めた情報と現状を説明する。
少し長くなるが、お前達の意見も聞きたいから付き合ってくれ」
「勿論ですよ、マグウェル団長」
マグウェルの一言で場の空気がガラリと変わる。
先程まで少し緩んでいた空気が引き締まり、緊張感が増した。
そして、マグウェルが詳しい説明を始めた。
「まず、集まった討伐隊の詳細から説明する。構成は冒険者が350人、魔法使いが300人、王国兵は10,000人で、合計10,650人が持てる戦力だ。通常なら、冒険者や魔法使いが手柄欲しさに志願するのだが、魔人戦争での犠牲者が多かったために志願者が少なかった。はっきり言って、戦力不足と考えているが意見を聞きたい」
「私は、10,000人の兵士がいればギリギリで倒せると考えています。
その根拠としては、調べた資料とジークの火力です。
勿論、勝てると断言はできませんが、可能性はあると思います」
「……ジークの火力?」
「はい。ジークはミディランダ相伝の大魔法を習得しました」
「――なっ!?」
大魔法。その言葉で会議室に驚きが広がった。それは、扱える者が少ない強力な魔法である。その威力であれば、悪竜すらも倒せる可能性があるのだ。
「それは本当なのか……?」
「はい。私のお師匠様が教えた切り札で、その威力は想像を絶します。
大魔法が悪竜に効かなかった場合は、最早打つ手はありません」
「しかし、ジークは15歳だったよな? そんなに早く覚えられる魔法なのか?」
「いいえ、並の魔法使いでは一生扱えません。私にも扱えません」
「……そうか、分かった。ジーク、お前には期待しているぞ」
「はい!」
マグウェルは大きく頷き納得した様子を見せた。
「では、次に悪竜ズメイに関する情報を説明する。悪竜がズメイであることは確実だが、雌雄の判別がついていない状況だ。ズメイの雄は雌に比べると温厚であり、運が良ければ戦いを回避できるかもしれない。そのために、ズメイの性別を調べている訳だ。現在、ズメイは近くの草原地帯に居を構えている。小隊に監視させているが、性別はまだ分からない。その事で意見を聞きたい」
マグウェルの状況説明が終わると、会議に参加している一人が立ち上がった。
「私は悪竜に関する研究をしている者です。今の話を聞きまして、専門家の私から意見があります」
「話してくれ」
「ズメイの雌は非常に攻撃的であり性格も狡猾です。もしも悪竜が雌であれば、とっくにサージマル領は被害を受けているはずです。ですが、被害報告はありません。つまり、この事実がズメイの性別が雄であることを示していると考えます」
「なるほど。もっともな考えだな……」
「私も同意見です。悪竜ズメイの雌であれば、サージマルは洪水に見舞われているはずです。伝承を鵜呑みにすれば、ですが」
悪竜ズメイは雄の可能性が高い。
それが事実ならば無血解決ができるかもしれない。
「……だが、俺達は最悪の事態に備える必要がある」
「確かに、たとえ雄でもズメイです。期待しない方がいいでしょうね」
「そうですね……」
その言葉に誰もが頷いている。ここに油断できる勇敢な愚か者はいないようだ。
それからも詳細を聞き、この日の会議は現状説明だけで終わった。明日改めて作戦会議を開くこととなり、挨拶をして解散した。
「マグウェル団長、今日はお疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」
「おう! お前らも今日着いたばかりで疲れただろう。すまんな」
「気にしないでください。騎士団長様もお疲れでしょう、ちゃんと休んでください」
「ああ、戦いに向けて休んでおかないとな。今日の寝床だが、部下に使える家屋まで案内させる。そこでゆっくり休んでくれ」
「マグウェル団長、ありがとうございます」
「騎士団長様、心遣い感謝します」
その後2人は、宿泊できる家屋に案内されて、部屋の中で休憩をとった。
「いやー疲れましたね。ところで師匠、明日まで用事はないですよね」
「ええ、用事はないですね。後で拠点でも見て回りますか?」
「いえ、できれば2人きりの部屋でゆっくりしたいと思いまして」
「……え、ぁ、そ、そうですね。移動で疲れましたからね」
突如、爽やかに微笑むジークの意味深な発言で、グリーナは動揺したように赤くなっていく。それを確認したジークは、彼女の隣に移動して瞳を見つめて迫り出した。
「師匠、突然ですが俺のことをどう思いますか?」
「――っ!? ぁ、ゆ、優秀な弟子だと思っています」
「いえ、顔のことです」
「……ぃい? い、いいんじゃないですかね」
「師匠の好みですか?」
「――――な、何を言ってるんですか? 答える必要はありません!」
隣から質問を繰り出す愛弟子に、グリーナは答えづらそうに顔をそらす。
何かを確信したジークは、口元を隠してニヤリと笑った。
「変な質問をしてすみません。
ところで、師匠の髪は本当に綺麗ですよね、触ってもいいですか?」
「な、唐突になんですか」
「師匠が綺麗だから触りたくて……」
瞳を見つめながら微笑んで、彼女の頬を優しく撫でながら、歯の浮くような台詞をド直球で投げつけた。
「……ぇ、ぁ」
小さな声が漏れると同時に、彼女の体が茹でダコのようになった。効果は明らかだが、ジークは満足せずに畳み掛ける。硬直した彼女の体を優しく抱きしめて、耳元でわざと息がかかるように囁いた。
「本当に可愛いですよ」
「……ぁ、ぅ」
「師匠の全部が可愛いですよ」
ジークが耳元で囁くたびに、彼女の呼吸は激しくなる。
「子供の頃から、ずっと好きでしたよ」
「…………」
彼女は無言だったが、小刻みに震えながら
その様子にジークは満足したのか真面目な顔に戻り、そして彼女の目をまっすぐ見つめ直して力強く断言する。ただその一言を断言する。
「――どんなに悪竜が強くても、師匠は俺が絶対に守ります」
その一言だけ残し、ジークは別室に移った。
そして、翌日。
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