お師匠様と、魔法使い! ジークフリート冒険記

松本隆志

第一章 悪竜ズメイ

第1話 お師匠様と、一番弟子!

 ――夏、晴天の日。


 御者台には青年と女性が仲睦まじく座っていた。

 荷馬車に乗った2人は、とある事情から草原の奥へと向かっている。

 その道中で暖かい日差しを浴びながら、綺麗な茶髪の似合う青年は断言した。


「師匠、今日も可愛いですね」

「……な、な、何を言ってるんですか。そんな事はないです」

「いいえ、可愛いです。その否定する奥ゆかしさが可愛いです」

「……ジ、ジーク! 師匠をからかわないでください! 最近のジークは変です。

 子供の頃はそんな事を言わなかったのに……」

「それは子供だったからです。

 もう15歳で成人しましたから、本音で話してもいいかなと思いまして」


 青年の名前はジーク、彼が師匠と呼んだ女性の一番弟子である。

 女性の名前はグリーナ、孤児だったジークを拾い育てた母親であり師匠である。

 畳み掛けられて褒められたグリーナは、照れた顔を慌てて両手で覆い隠した。

 しかし、嬉しそうな笑みを浮かべる彼女の顔が見えていた。


それから2人は他愛もない会話をしながら、綺麗に整地されていない街道を使い、目的地を目指した。


「師匠、討伐隊はどのくらい集まりますかね」

「……難しい質問ですね。今回は相手が悪いですし冒険者も減りましたからね」

「では、どのくらい集まれば倒せると思いますか」

「伝承が本当であれば、10,000人は必要でしょうね。そもそも、人数がいれば勝てるという相手ではないかもしれません。中途半端な戦力は、犠牲を増やすだけかもです。正直、情報が少ないので断言できません……」

「覚悟して全力で戦う。それしかないですか……」


 ――2人の気配が変わる。

 その表情は歴戦の強者つわもののそれだ。

 2人が草原へ向かう理由は魔物討伐の依頼を受けたからである。

 その魔物は人類にとって強大な敵であり、単独での戦いならば確実に死ぬ。

 そう言い切れる存在だった。その名前は――


 ――悪竜ズメイ。


 首を三つも持っており、火と毒の息を吐く魔物。

 鱗は鋼のように硬く、生命力は他の生物とは比べるのもおこがましい。

 さらに、雌の悪竜ズメイは人間に対して非常に攻撃的で知られている。

 長時間飛行ができないタイプのドラゴンだが、その恐ろしさはジークが学んだ伝承を知れば理解できるだろう。


 ……かつて、人間が治める小さな国があった。

 人々は貧しくとも平和に暮らす長閑のどかな国だったという。

 そこへ、天空より一頭の竜が飛来する。

 雌のズメイが小国に舞い降りたのだ。


 ――それは、国家存亡の危機だった。


 我が国を救わんと、討伐隊は決死の覚悟でズメイに挑む。

 上空より吐かれる猛毒の息、他の首より放たれる灼熱の炎。

 それらが次々に討伐隊に襲いかかった。


 為すすべもなく血反吐を撒き散らして死んでいく人々。

 抵抗の甲斐なく、燃え盛る炎によってもがき苦しみ灰になる者達。

 ズメイに放った矢は届くことなく大地に落ち、唱えた魔法は羽ばたき一つでかき消された。


 さらに、追撃のような豪雨による天変地異が国を襲った。

 天候は荒れ狂い、農作物は枯れ果てる。

 討伐隊は全滅し、国民達も死に絶えた。

 雌のズメイは、天候や水を操ることができたのだ。


 ――そして小国は、一頭の悪竜ズメイにより滅びの運命を迎えた……。


        魔物学者 グランテーク著 【悪竜討伐記】より抜粋。



「資料を見ると、本当に人間が勝てるか不安になる相手なんですが、俺の大魔法は効きますかね?」

「……ジークの大魔法は効くはずです、多分。私はそれで勝てると信じます。

 あの魔法が効かなければ、最早打つ手はないですからね……」

「魔人との戦いよりも厳しそうですね」

「個の力で比べれば魔人は赤子も同然です。悪竜とはそういう存在です。

 私もお師匠様に聞いた事しかありませんけど……」


 魔人、その言葉をジークは懐かしく思う。

 つい最近まで大陸全土を苦しめた存在の名称だ。

 4年前、ジークとグリーナは魔人討伐隊に参加している。

 その際、魔人に追い詰められて部隊の壊滅を経験したのだ。

 今思い出してもゾッとする経験だった。


「最悪の場合、俺が命にかえても師匠を守りますからね。安心してください」


  彼は碧い瞳を輝かせ、力強く宣言した。


「……っ、ぁ、ありがとうございます」


 その言葉にグリーナは、照れ隠しで俯いた。

 魔人との戦いでは、ジークの決死の攻撃によりグリーナは救われた事がある。

 それ以来、彼女はジークを溺愛しているようだった。


「ですが、ジークを守るべきは師匠である私の役目です。今度こそ私が守ります」

「……師匠」


 赤い顔を上げたグリーナは、ジークの瞳を見つめて力強く言い切った。

 その表情に迷いは見られない、覚悟を持った人間の顔である。

 ジークはグリーナの言葉に感動して、思わず彼女を包み込む様に抱きしめた。


「――――ふぁぁぁぁっ、な、なんですか! は、離してください」

「師匠、大好きですよ。離したくないです」


 彼女は全身を包まれて、体中が燃え盛る。

 なんとか抵抗しようにも、大きく育った弟子の力には勝てないようだ。

 ジークはグリーナを抱きしめて、愛する人の匂いと温もりを堪能する。


「師匠、いい匂いですね。安心する匂いです」

「ぁ、ジーク。ダ、ダメですよ。私、臭いかもしれないから……」

「いい匂いですよ。だから、もう少しだけ」

「……ぁ」


 ジークは抱きしめながら彼女の耳元で囁く、「好きですよ」と。

 それを聞き、グリーナは恍惚とした表情で体の力を抜いていく。


「師匠と結婚したいなぁ……なんて言ったらどうしますか?」

「……ぇ、わ、私は師匠ですし保護者だから……」

「ダメですか? そうですね。でも好きですよ……」

「…………」


 ゴトゴトと、車輪が大地に鈍い音を出している。

 広大な草原の中にある街道を、馬車は走り続けた。

 御者台では手綱を放り出したジークが、師匠を抱きしめ続けている。


 そんな馬車を黙々と引く動物の名前はライナー。

 コッグタードと呼ばれる種族で、牛に似ているが一回りは大きく、額には一本の白い角を持つジークの相棒♂だ。ジークはライナーのことを信頼できる友人だと想っている。そのせいか、手綱を手放したままだ。


「……長々とすみませんでした」

「…………」

「悪竜にビビって、ちょっと不安になってました。

 でも、師匠を抱いてたら安心して元気が出ました。ありがとうございます。

 また、機会があったら抱きしめてもいいですか?」

「……はぃ」


 ジークは満足した顔を見せた。グリーナの顔は赤いまま、放心状態で遠い目をしている。息も荒くなっており、彼女は興奮していたのが窺えた。と、その時。


「――あっ! 見えてきましたよ」

「……はぃ?」


 ジークは気づき指をさした。

 放心状態だったグリーナも指をさした方向に目をやる。


 そこには鎧を着た戦士達がいた、ローブを着た魔法使い達もいる。

 戦士が動くたびに金属の擦れるような高い音が響く。

 物資を運ぶ馬車の音、何かの指示を飛ばす声、喧騒とした場所に張り詰めた空気が漂っている。かなりの人数を収容できる規模であり、中心部には立派な家屋が建っていた。遠目からでも物々しい雰囲気が分かる場所である。


 ――悪竜ズメイ討伐隊拠点――


 ここがジーク達の目的地である、彼はこれまでの経緯を思い出す。

 今回の討伐隊編成の切っ掛けは一ヶ月前の出来事だ。

 この国、ゴードレア王国のサージマル領にて事件が起こる。

 竜と思われる飛行物体の目撃情報が相次いで報告されたのだ。


 魔人との戦争で疲弊した状況で、強大なドラゴンを相手にしたらどうなるか。

 ましてや、人間に対する攻撃性が強い悪竜だった場合は最悪な事態にもなり得る。悪竜ズメイや悪竜ファーヴニルだったら大惨事は間違いない。きっと誰もがそう思う。目撃情報を報告されたサージマル領の領主は、さぞ青ざめた事だろう。


 そして、報告を受けた領主は即座に行動に出た。討伐隊の編成と目撃情報の確認である。編成には金と時間はかかるが仕方がないだろう。もし悪竜だった場合、編成していなければサージマル領が滅ぶだけでは済まないからだ。領主として最悪の場合に備えた彼の判断は正しい。だが、無慈悲にも最悪の答えが出る。


 首が3つのドラゴンが王国兵によって確認されてしまったのだ。

 それは、悪竜ズメイ特有の特徴である。もう疑いようもない情報だった。

 噂では、ズメイと判明した瞬間に領主は失神してしまい、その場は騒然としたらしい。


「師匠、いよいよですね……」

「ええ……」


 ジークとグリーナはゴクリと唾を飲み込んだ。

 ズメイとの戦いの時は近づく。


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