第3部
『そんな!』
『ホウ』
「・・・撤退する」
『えっ?』
「撤退だ。想定外の事態に対し無策で挑むなど、最適でも最善でもない』
そう断言すると、パンドラはドールトルーパー達に通信で撤退命令を送りつつ、自らは赤ずきんと共に【
そしてその戦闘区域から大きく離れた廃都市エリアの一角、外壁の一部が崩れ去り、窓ガラスなど当の昔に失われ、日差しと僅かな風が入り込むビル内の一区画に姿を現すと、そこでやっと一息、胸を撫で下ろした。
「ふぅ。まさか亡者の祈りで復活するとはな」
『やっぱりアレはグレーテルさんの仕業なんでしょうか?』
「だろうな。つまりグレーテルが自由である限り、どれだけヘンゼルを先に戦闘不能にしたところで、意味は無いという事だ」
『亡者の側から倒すと?』
「そうするしかあるまい」
『なら何故、先の亡者共が出た折に、全て殺しておかなかったのだ? そうすればグレーテルを引きずり出せたかもしれんというのに』
「その可能性は確かに否定出来ないが、出てくる保証があったわけでもない。ただでさえ、どこで戦おうにも向こうの庭なのだ。地の利が向こうにある以上、受け手に回る迎撃戦は避けるべきだな」
『ではどう攻め込むというのだ? 向こうは死者の世界にいるんだぞ? 不死だという貴様のどこに攻め込む手段がある?』
「確かに、こちらから亡者の世界にアクセスする方法を探さなければどうにもならん」
「言っておくが、“童話主人公の制約”がある以上、当然我々童話主人公も無理だぞ?」
「分かっている」
『となると、いよいよ私の出番かな? 私であればそもそも生と死の概念自体が存在せず、且つ童話主人公でもない』
「冗談はよせ。折角取り込んだ貴様をみすみす野放しにする程、私は馬鹿ではない」
『チッ』
「ならどうする?」
「知れた事、無ければ作ればいいのだ。私でも童話主人公でもなく、かつ冥界へ行ける兵をな」
例によって不敵な笑みを浮かべながら、パンドラは【
そうして出来上がった新たなトルーパーは、およそ手足らしい手足も無く、故に地面に立つのではなく最初から宙に浮遊しており、そして何より向こう側が見透かせる程、身体そのものが透けていた。
「実態を持つのではなく、最初から幽体であればコンタクト出来るだろう。さしずめ【ゴーストトルーパー】といったところか。お前達、冥界にいる筈のグレーテルを探し出し、可能であれば撃破しろ」
『了解。ゴーストダイブを開始します』
『ゴーストダイブ』
『ゴーストダイブ』
『ゴーストダイブ』
・
・
・
パンドラの命を受けたゴーストトルーパー達は、次々とその姿を、まるで空間に溶けていくかの様に不可視化させ、パンドラ達の前から姿を消していく。
「コレは・・・」
『一体何が起きている?』
驚く様子を見せる赤ずきんとムーンフェイスに対し、パンドラはやや得意気に口を開く。
「冥界へ自分達の存在次元を移させた。直接赴けない我々の代わりにな。当然、その行動をモニタリングする事も、更なる命令を送る事も出来る様に作ってある。ただ、ゴースト故に制御系統は全て【
『が、頑張ります!』
「赤ずきん。上へ上がってドールトルーパー達とこの建物の周辺を警戒しろ。一部の指揮権を譲渡しておく」
パンドラは【
「・・・了解」
赤ずきんはヘッドセットを受け取ると、それを装着しつつ、待機中のドールトルーパー達へ指示を飛ばす。
「部隊を八人編成で各フロアに展開する。フロア毎に各方向へ二人ずつ。余りは全員、私と上へ来い」
『『『了解しました』』』
「・・・さて、我々も作戦開始と行くか」
そう言うとパンドラは、【
『コレが・・・』
現世の光景による影響だろうか、荒廃した環境を想像していたパンドラにとって、意外にもそこは真逆の環境だった。
草木は生い茂り、後方では幅十メートル以上はあろう川が、向こう岸との間を分断している。
『・・向こう岸は現世か? まぁいい、探索を開始する。ここで見る物触れる物は全て貴重だ。記録しておけ』
『了解しました』
『とはいえ、相手は亡者だ。私の生体波導探知も意味を成さん。人海戦術で行くしかないか・・・』
何かグレーテルに繋がるは無いものかと、周囲をくまなく観察し始めたその時だった。
『!?』
他のゴーストトルーパーからの敵影補足の警告音に、パンドラはワイプで映し出された敵影に注目する。
『コレは! 先の亡者共か』
『数が尋常じゃありません! さっきの数倍以上はいます!』
『流石に奴等のホームとなれば、こうもなるか・・・全軍戦闘態勢に移行。先に骸骨共を殲滅する!』
ゴーストトルーパー達が一斉に戦闘態勢に入ると、それを見た骸骨軍団もカタカタカタと音を立てながら駆け出し、一帯はさながら戦国時代の戦場の様な様相を呈した。
『でもこのままじゃ数で押されます!』
『問題ない。どうせすべて我々の物になる』
『えっ?』
どう見ても不利な戦力差を訴えるアリスに、パンドラは尚も余裕の雰囲気を崩さない。
そしてその答えはすぐに現れた。
『総員、ゴーストジャック開始』
『了解』
『了解』
『了解』
パンドラの命を受けたゴーストトルーパー達は次の瞬間、その幽体を黒い煙状へ変化させ、次々に骸骨兵へと組み付いたのである。
『わ!』
驚くアリスをよそに、骸骨軍団は自分等に組み付いたゴーストトルーパーを引きはがそうともがくも、実体の無い身体を捕らえる事は出来ず、一人、また一人と、その動きを止め、だらんと力無く項垂れていく。
その直後、突然顔を上げた骸骨軍団の、存在しない筈の眼球部分に怪しげな光が灯り、全員直立でその動きを止めた。
『・・敵戦力のコントロール掌握を確認。これよりグレーテル捜索を再開・・!?』
その時、敵影の警告と同時に、急激な地殻変動でも起きたかのような地響きが起こり、火山の噴火の様な轟音と共に、地割れの中から全長五十メートルはあろうかという強大なローブを纏った人の半身がその姿を現す。
『コイツは・・』
『恐らくグレーテルだろうな。冥界の姿での』
『これが・・グレーテルさん・・・』
地を這いつつも掻き消えそうな音を周囲一帯に響かせながら、そのフードやローブの中は暗闇に覆われ何も確認出来ず、唯一、袖口から除く様に骨と化した腕が確認出来るのみであった。
そしてグレーテルは、その巨大な骨の手を地面へかざすと、そこから無数の霊魂の様な物を吸い出し、それを素に人を四~五十人は一片に刈り取れそうな程の鎌を創り出す。
『鎌だと? チッ、私とした事が、ゴーストに対する手段を不足させるとは・・・鎌はあまり馴染み無いが仕方ない』
そう言うと、パンドラは【
その直後、振り下ろされたグレーテルの大鎌に、大半のゴーストトルーパーは辛くも逃れたものの、一部はその刃の餌食となり、崩れる砂像の様に一瞬で掻き消される。
『一撃で三分の一だと!?』
『あと少し遅ければ半分は持ってかれたな』
『チッ、これでは迂闊に近づけん』
『あー。アー。聴こえるかい? お困りの様だね』
意外にも霊的な物に対する手段を持っていなかった事に焦りを募らせるパンドラ達に、助け舟とばかりにムーンアークからトーマスの通信が入った。
『トーマス? ・・あぁ、【
『やっぱりつながったね。それよりゴーストへの対抗手段に困ってるんだろう? こっちでも色々調べてみたよ』
『何か分かったのか?』
『うん。どうやら一部の国ではそういう霊的な物を討ち払う時に“破魔”という特殊効果を付与させた類の物を使うらしい』
『ハマ?』
『そう破魔。魔を破るという字を書いて破魔』
『ホウ。破魔効果とやらが付いていれば何でもいいのか?』
『調べる限りでは特に指定は無さそうだけど、ポピュラーな物だと、矢に破魔効果を付与した“破魔矢”ってやつなら、今の状況的にも良いんじゃないかな?』
『矢か・・・アナログな気もするがやってみるか。破魔に関する資料をこっちに送れるか?』
『やってみるよ』
程なくしてトーマスから【
『フン、資料に夢中になりすぎてご自慢のトルーパーが疎かなようだが?』
ムーンフェイスの言葉に、意識をゴーストトルーパーに戻すと、その間にも部隊はグレーテルに蹂躙され続けていた。
『構わん。どの道新たに増援を作って送り込む』
そう言うなり即座に資料に意識を戻す。
『成程。破魔とは本来、邪なる物を排除せんとする願いを、文字や装飾といった形で、武器や建造物、護符の類に込める事で、それらを退けたり、あるいは未然に防ぐ効果を発揮するという事か。・・道理で人間共が定期的に縁起がどうとか言う訳だ』
『願いって事は、ムーンレイとの連携が大事って事ですね!』
『そうなるな。破魔効果を付与させていればいい事は分かった。ならついでに他の武装や奴の動きを封じる手段も一緒に講じておくとしよう』
そうしてパンドラは【
『こんなとこか。対ゴースト装備の製造及び装備完了。以降
そう言うと、大量に作り出したゴーストトルーパーに加え、新たにもう一機、他のトルーパーにはない大小それぞれの刀、前立ての付いたシルクハット、ゴシックファッション風の装い、そして少しだけパンドラ自身に雰囲気を寄せた黒いマネキンの様なトルーパー(以下、
『・・これで良し。第二陣、降下開始!』
パンドラの号令によって
『・・やはり急造に等しい第一陣では、太刀打ちは難しいか。だがこいつ等なら・・ムーンレイ発動』
【
それと同時に、ゴーストトルーパー達が援護するように
声無きまでも身悶えるその姿は、
『ならコレはどうだ?』
すると、それから僅か一~二秒で物体が爆発し、中から大量の液体が溢れ出ると、それを浴びたグレーテルの胸部が青い焔に包まれていく。
『中々良好だな・・おっと!』
暴れるグレーテルの攻撃をかわした
『自由にさせるのも何だ。動きを封じておくか』
そう決めたパンドラが、
そして手にしていた
「!」
己の身に起きた異変に気付いたグレーテルだったが、時既に遅く、ピクリとも動かないその身体は、次の攻撃を許す事になる。
直後、
そして、最後に人間大のシルエット一つのみが、その場に残ったのである。
『・・アレが本体か』
『この冥界に蔓延る無数の骸共を寄せ集めて巨大化していたという事だな』
『じゃあ、アレを倒せば・・!』
『そうなるな』
『・・月夜の戯れ。兎の型、祓い――』
次の瞬間、振り抜いた
『『・・・兎月一閃(とげついっせん)』』
そして膝をついたグレーテルの身体が風に吹かれる砂像の様に崩壊していく中、パンドラ達が待ち望んだ紋章形態へと姿を変えた。
『・・・倒したか』
『やりましたね!』
『これでヘンゼルとの戦闘も仕切り直せるか・・・ン?』
障害となっていたグレーテルの陥落に安堵しつつ、
『まさか・・・』
その場にいた全トルーパー達もそれを見上げる中、光の中から現れた黒い人型が、手にしていた杖をグレーテルへ向けた。
するとその直後、紋章形態だった筈のグレーテルは、まるで時が戻ったかの様に元の人間形態の姿を取り戻したのである。
『先と逆の現象が起きたという事か』
『神の加護で亡者が復活すると?』
『忘れてはいないかね? 神は何も天界にいる奴等だけではないという事を』
『・・冥界の神という事か。お前に神云々を説かれる事になるとはな・・・作戦を立て直す』
『わ、分かりました!』
【
《最終部へ続く》
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