第2部



「・・事情は大体理解した。だがここは童話主人公どころか、人っ子一人いないようだが?」

 ムーンアークを後にし、パンドラと赤ずきんが降り立ったのは、人間どころか動物の一匹すらいない、荒れ果てた場所だった。

 荒野の様な地に無数のビル群が、その半分以上と思われる部分を地中に沈めており、中には崩壊して瓦礫の山と化している物まである。

「確かにこのエリア一帯に生体反応がない。初めからいないか、もしくは全て滅んだ後の様だ」

「なら何だ。この・・」

 そう言いながら、赤ずきんは誰もいない筈の周囲に視線を向けた。

「君も感じるか? 何かにずっと見られている様な空気を」

「どうする気だ?」

「ムーンフェイス。ここにいた童話主人公は誰だ?」

『ヘンゼルとグレーテル。双子の兄弟だ。常に片方が生者で聖属性の魔法を使い、もう片方が亡者で虚属性の魔法を使う。亡者の側が生者の側を殺す事で入れ替わり、二人で一つの生と死を共有する』

「我々を認知しているのが亡者の側だと仮定して、向こうが我々に直接干渉してくるのを待つか? いや、ただ待つというのも癪だな・・・」

 自分達に目をつけている存在に対し、考えを巡らせたパンドラは、一つの方法に行き着く。

「フム、いい事を思いついた。【蝶・創・生クリエイト】」

 パンドラの両手から、無数の小さなキューブ上の物体が現れ出ると、それらはパンドラの身体と同じ物質であるアヴリウムとなって、人の形を形成し、ヴェールで顔を覆い隠した、黒一色のゴスロリ服マネキン集団が、眼前に揃い立った。

「コレは!」

「私に代わってあらゆるフィールドワークを行い、そこでの情報を逐一私に送り、幾らでも生産可能で、且つ時と場所に応じて姿形を瞬時に変更可能な私設兵――そうだな、【ドールトルーパー】と名付けよう」

「ドールトルーパー・・・」

「お前達、これよりこの童話世界の全方位に散開し、あらゆる情報を集めろ。童話主人公の居場所は特にな。さてと・・」

「どうする気だ?」

「こちらから亡者にコンタクトする手段が無い以上、生者の側にコンタクトしておびき出すしかない」

『だろうな。実際に私もそうした』

「ならこの際聞いておくが・・」

 ここにきて、パンドラは兼ねてから疑問に思っていた事を【機械人形の右眼サイバドールアイ】となったムーンフェイスにぶつける。

「童話主人公を洗脳するにあたって、具体的にどういった行程フェーズを踏んだ?」

『ツクヨミ博士が開発した、他人の脳の波長を乱し、その制御をジャックする特殊波導プログラムを浴びせた』

「特殊波導プログラム・・なら何故私にはそれを浴びせなかった?」

『貴様にはそもそも洗脳ではなく抹殺命令が出ていた。それにアレは対象に一定時間の間浴びせ続けなければならない。つまり、特殊波導プログラムを浴びせるには、対象の動きを封じておく必要がある』

「成程。当然解除プログラムは・・」

『想定すらしていない事象のプログラムなどある筈が無いだろう』

「だろうな」

「チッ」

 ムーンフェイスの回答に赤ずきんが落胆の舌打ちをする中、パンドラのもとに、展開させていたドールトルーパーからの知らせが入った。

「! 生きてる方を見つけたか・・」

『戦闘状態に入ったようです』

 【魔導人形の左眼マギカドールアイ】となった童話主人公の一人、アリスが、今現在のトルーパー達の状況を伝える。

「使えるのか? あのドールトルーパーとやらは」

「それなりに出来るようには造ったつもりだが、初陣の相手が童話主人公ではどうだろうな」

 トルーパーからの信号を元に、パンドラが背中に展開したフォースウィングを羽ばたかせ加速すると、暫くしてドールトルーパー達と戦う一人の男が目に入った。

「アレはどっちだ?」

『兄のヘンゼルだ。当然だが、私が洗脳する際に一度入れ替わって、そのままのようだな』

「さて、聖属性とやら。どんなものかな?」

 ヘンゼル目掛けて急降下したパンドラは、そのまま波導エネルギーを球状に凝縮させたフォースボールで殴り掛かる。

 だがヘンゼルはこれに気付くと、一瞬早くバックステップでかわし、持っていた剣を空に掲げた。

 すると次の瞬間、眩い光が上空を満たし、その中から西洋の騎士の様な鎧に身を包んだ人型の白い大群が降り立った。

「コレは・・・」

『パンドラさんと同じ事してます!』

「気に食わんな。」

 そう言うとパンドラは、両手からフォースボールの時と同じ様に、今度は漆黒に蠢く重力球を生成する。

「【蝶・重・力ハピネスグラビドン】」

 すると、周囲にいたヘンゼルのトルーパー達が、一斉に花開くように現れたマイクロブラックホールに呑み込まれ、次々と身体の中心からひしゃげる様に引きずり込まれていった。

「・・・・・・」

 トルーパー達を一瞬で失ったヘンゼルは、洗脳されているせいか、殆ど感情をあらわにしないまま、右手を上空へかざす。

 直後、遥か高所から、パンドラ目掛けて巨大なメイスが落下してきた。

『そんな! あんなにデカいのどうすれば・・・』

「フン、神の鉄槌とでもいうつもりか」

 それこそ軽く高層ビル群を纏めて潰せそうな程の大きさが上空から迫って来るのに対し、パンドラは不敵な笑みを浮かべると、これまた【蝶・創・生バタフライクリエイト】で自らも武器を作り出した。

「! プリンシパルか」

 赤ずきんが、先のブレーメンの世界でパンドラが使用していたのを思い返す。

「少し違う。これは私好みに、よりスペックを洗練させた物だ。さしずめ【バスターソード―オルタナティブプリンシパル】といったところか」

 赤ずきんにそう説明しながら、パンドラは魔法陣型のインストールゲートから無数のマルチビットを呼び出すと、それらに構えたプリンシパルの周囲で陣形を組ませた。

極大剣形態モードカリバーン

 次の瞬間、マルチビット同士が光の線で結ばれていき、巨大な光の剣を形成すると、パンドラはそれを落下してくる巨大メイスへ向けて振り下ろした。

 迫りくる脅威を斬り開いたパンドラは、そのままヘンゼルをも斬り伏せようとするが、これを回避したヘンゼルは剣を手に、パンドラとの距離を一気に縮める。

 これに対しパンドラは、極大剣形態を解除すると、プリンシパルで直接ヘンゼルと斬り結んだ。

 その直後、パンドラは真っ二つにされ落下中だった巨大メイスの片割れを、【蝶・念・動バタフライキネシス】で操りヘンゼルへと方向転換させ、自身は【蝶・効・果バタフライエフェクト】でその場を離脱する。

 それに気づいたヘンゼルが剣から雷を放ち、巨大メイスの片割れを粉々に砕いた所へ、【蝶・念・動バタフライキネシス】で同時に操られていた巨大メイスのもう片方が叩きつけられた。

「さて、どうくるかな?」

 生体波導感知能力によって対象の位置も生命力も把握出来るパンドラにとって、ヘンゼルが未だ健在なのは自明の理であり、特に距離を詰める訳でもなく、ただじっと待ち構える。

 すると、巨大メイスの残骸を打ち砕き、大規模な光線がパンドラに迫った。

 だがパンドラは身じろぐでもなく、展開していたマルチビット複数基を使い、フォースバリアを展開してこれを防ぐ。

「コレで終わりか?」

 それとほぼ同時に光線の向こうから躍り出たヘンゼルは、新たに先の巨大メイスを等身大に縮小した物を手に振りかかる。

 縮小したとはいえ、それでも手持ち武器としてはかなり大型のメイスを、それに引けを取らない程の大きさを誇る大剣――オルタナティブプリンシパルでいなしていくパンドラ。

 だが、それでもその都度、自らに及ぶ目に見えない謎の感覚の正体を、パンドラは探りかねていた。

「・・重力か? いや違うな・・・」

『どうした?』

「重力魔法を食らっても無い筈が、身体の動作に僅かな重みを感じる」

『えっ? どういう事です?』

「それが分からんから困っている」

「どうせプレッシャーか何かだろう」

 乱入し援護する赤ずきんがそっけなく答える。

「私が今更緊張しているとでも?」

「そっちの心配はしてない。向こうがお前に与えている特有の圧力じゃないかと言ってるんだ」

「成程。ならば・・・ムーンレイ発動」

 【魔導人形の左眼マギカドールアイ】に十字の光が灯ると、パンドラの背後に山吹色に輝く等身大の満月が出現した。

 続けてゴスロリ服の袖とスカートの裾にそれぞれ十字の煌き模様が浮かび上がると、パンドラの身体から光の奔流がヘンゼルへと吹き付ける。

「!? 何だあれは・・・今までのムーンレイと違う?」

 すると、目の前にいたヘンゼルの動きが止まり、力を失った様にダランと、武器を持つ手を下げる。

「・・・・・・」

「これは!」

「本来、ムーンレイとはそれに連なる者たちの願いを具現象化させる蝶・特殊魔法だ。やろうと思えばこういう事も出来るさ。その分多くの者の願いを統一させる必要があるが、これで・・・」

 そう言うとパンドラは、オルタナティブプリンシパルをインストールゲートへ戻すと、必殺体勢を取った。

「・・ムーンライトキック」

 アゲハ蝶の様なフォースウィングを展開し、一瞬で上空へ飛翔すると、右脚へ凝縮された波導エネルギーでヘンゼルへと蹴り込む。

 直撃を受け、大きく後方へ吹っ飛んだヘンゼルは、そのまま神と思われる存在が描かれたステンドグラス風の紋章へと変化した。

『やった! 紋章形態になりました!』

『フン、何だもう片づけるとはツマラン』

「神如きの力で私に抵抗出来ると思われているのが心外だ」

「・・・(前回に比べて、恐ろしくあっさりと倒したな。これも新しい身体を得たせいなのか?)」

 片割れを倒し、喜ぶアリスとパンドラをジッと見つめながら、赤ずきんは一人思案する。

 だがそんな中、パンドラが封印契約を結ぼうと自身の魔法陣を掌に出現させた時だった。

「何?」

 突然、地面から無数の骨と化した人間の手が現れたかと思うと、そこから這い出る様に幾人もの骸骨達がその上半身を露わにし、宙に浮かぶ紋章形態のヘンゼルに向かって祈りを捧げ始めたのである。

『な、何ですかこれ!』

「亡者・・グレーテルか?」

『私も初めて見る光景だ』

 その場にいた誰もがそうであろう光景に、パンドラ達が警戒態勢に入る中、多数の亡者の祈りを得た紋章形態のヘンゼルは、見せつける様に元の人間形態の姿を取り戻してみせた。



《第3部へ続く》

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