第十章――【ヘンゼルとグレーテル】編――
第1部
(パンドラを含めて)誰一人として予想しなかった悲劇の地を後にしたムーンアークだったが、その街一つ擁する巨体は、まるで嵐に見舞われる船の様に大きく揺さぶられていた。
「くっ・・船が安定しない! 次元座標がこんなに乱れる事なんて今までにないぞ!?」
舵を握るキタカゼの表情は険しく、その肩にまで力が漲っているのが分かる。
「プラス値とマイナス値を行き来してるじゃないの!」
座標の計測器を見る桃太郎の表情からも、動揺の色が見て取れた。
「ホールが現れるまで可能な限り姿勢制御に専念しろ」
そんな中、ただ一人パンドラだけが狼狽える事無く、キタカゼに指示を出す。
「穴ぼこが出てきおったぞ!」
「危険だけど、このまま突入するよ!」
シラユキの観測したホールにキタカゼが舵を切ると、暫くの後、船を激しい縦の揺れが襲った。
「ッッッ!」
やがて揺れが収まったかと思うと、一時の静寂の後、衝撃音と共にムーンアークは新たな世界の地に根を下ろす。
「・・・オーナーのパンドラより、艦内にいる全員に通達する。次元座標の乱れにより大きく安定性を欠く形ではあるが新たな童話世界に辿り着いた。動ける者は怪我人を城の医務室へ運べ」
パンドラは艦内放送で城内、そして広大な甲板にいる全てのクルーにそう告げると、メインブリッジを後にした。
「主殿はどうする?」
「赤ずきんの所へ行ってくる」
金太郎に行き先を告げると、パンドラは先の戦いで大怪我を負った赤ずきんの眠る医務室へと向かう。
*
「・・・コレは?」
視界に天井が映り込み、そっと身を起こそうとした赤ずきんは、真っ先に己が身の異変に気が付いた。
「大事無いか?」
「!? ・・っっ!」
その声と、自分の最後の記憶を重ねた赤ずきんは、反射的に傍らの銃を取り、その銃口を主へと向ける。
だが、それでもパンドラが取り乱す事はなく、当然の事といった様子で言葉を続けた。
「・・・君の言わんとする所を言い訳するつもりはない。あれはどう言い繕っても私が童話主人公を殺した事に変わりはないからな。その上で君に頼みたい事がある」
「・・何だ?」
赤ずきんはベッドの上で銃を構えたまま応じる。
「ブレーメン殺害の失態はこの先の旅における行動と成果で取り戻していかなければならないと考えている。その為にも君には私の傍で見ていて欲しい」
「フン、腕一つ吹き飛ばされて終わった私に対する皮肉か? 今となってはお前もムーンフェイスも大して変わらんそ」
「かもな。そのムーンフェイスは私がこの身体を得る際に、物理的に取り込んだ。もうこいつが童話世界を侵略する事はない。そしてアリスも私が元の意識を取り戻す際に一体化してくれた。もし次私に何かあれば、この二人が私を殺すだろう」
「! ・・だから安心しろと?」
「そこまでは求めん。だがあの後何があったのか、君にも道中話そうと思う。動けるようなら一緒に来てくれ」
「道中?」
「この船は既に新たな童話世界に到着した」
蝶々仮面のパンドラ
《第2部へ続く》
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